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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


brilliant bride

【 01 : before 】

「僕のために、この世で一番美しい花嫁になって!」

 そんな素っ頓狂な雄叫びがこだましたここは、毎度お馴染み昼なお薄暗き特別な店「アンティークショップ・レン」。店主の碧摩蓮は今日も今日とて片肘を突きながらカウンターで紫煙を吹かし……ているはずなのだが、本日はどうやら様子が違うらしい。愛用の煙管を片手にしてはいるものの、ゲンナリウンザリと墨書したような世にも暗〜い表情をしている。ぐったり半身が机に沈み気味なのも、恐らく見間違いではあるまい。
 彼女の前には二人の男がいた。
 一人は、蓮の義息(?)・嵯峨野ユキ。”ヒトガタ”という最もヒトに近い人形である彼は、製作者である故・嵯峨野征史朗の魂を探すため、現在征史朗の知己たる蓮の元で厄介になっている。高慢な微笑が常の彼だが、しかしこちらも蓮同様、苦虫を噛み潰した様な顔をしている始末。どうすんのさ、と蓮に上目で訊かれて、知りませんよ、なんて眉間の皺を深く刻むばかりだ。
 一体、何が二人を斯くも悩ませてるのかと尋ねれば。その原因、実は今一人の男にあった。
「さあ、今すぐ結婚式を挙げようじゃないか! 君を、この世で一番幸せな花嫁にしてあげるから!」
「だー!! もうっ、いい加減お黙り!!」
 ぶおんっ。青筋を立てた蓮が煙管をフルスイングする。その軌道はカウンター前に立つ男を確実に捉えていたのだが、結果は虚空を空振りしたのみ。白いタキシードに身を包んだ三十路前後のその男、見目は然程悪くはないが、何分もって体の向こうが透けているのだから仕方ない。
 つまり彼は、この魔都では実にありふれた所謂”幽霊”なのだ。偶々通りかかった結婚式場前で彼を引っ掛けてきたのは、現在しかめっ面全開のユキその人。そして、往年の少女マンガよろしく目にお星様を詰め込んでいる幽霊の男・A男(仮称)に言い寄られているのは、何を隠そう蓮、だったりする。
「大体、何であたしが幽霊なんかの花嫁にならなきゃならないのさ! それにあんた、先刻”結婚式当日に花嫁に逃げられて首を括った”とか言ってたじゃないか! 化けてでるんだったら、その女にすればいいだろうっ!?」
「うん、あの時はちょっと悲しくてついうっかり死んじゃったけど……いやでも、今僕の心を虜にしているのは君なんだ蓮ちゃん!」
「れれれれれれれ蓮ちゃんっ……!」
 ぞぞぞっ、と蓮の全身にサブイボと鳥肌が立ったがA男は意に介さずに続ける。
「知り合ってからまだ12分と50秒くらいだけど、愛と運命に時間なんて関係ない。さあ蓮ちゃん、僕と一緒に結婚式と披露宴とハネムーンと、真っ白な家での新婚生活ををセットで!」
「誰がするかいしかも長い!」
 ぶおんっぶおんっ。キラキラ大量照射中のA男を蓮の煙管が往復で襲う。が、やっぱり結果は空振り計三振。A男は透けている手で蓮の手を包み込むと(触われてないけど)。
「僕、生きてる時から憧れてたんだ。素敵な花嫁と素敵な僕の、この世で一番幸せで美しい結婚式に。大まけにまけて大出血サービス、名古屋みたいなド派手な披露宴(キャンドルサービスとお色直し含む)だけでもしてくれたら僕は大人しく成仏するからさ」
「……何気に図々しいよあんた」
「それさえ叶えばもう心残りはない。だからさ、お願いだ。人助けだと思って」
 少々真面目な顔をして訴えるA男に流石の蓮も怯んだ。────そして更にこのダメ押し。
「……もし言うこと聞いてくれなきゃ、毎晩枕元に立ってやるんだから」

「わかりました」

 と。答えたのは、沈黙を守っていたユキだった。
「蓮さんもクリスマスケーキを終えて早一年ですし、そろそろこの辺りで手を打つべきかもしれません。いいでしょう、この嵯峨野ユキが、蓮さんと貴方の結婚式あーんど披露宴をみっちりきっちりプロデュースして差しあげようじゃありませんか」
「本当ですか!」
 A男の瞳がさらに輝きを増し、蓮の頬がひくりと引き攣った。
「会場は……そうですね、手狭ですがここにしますか(予算がありませんし)。あとは何人か人を巻き込んで、お手伝い及び友人一同になってもらいましょう。さあそうと決まれば善は急げ、プロジェクト名『JBR(ジューン・ブライド・レン)』発進しますよ!」
 おー! なんて拳を突き上げている何故かノリノリのユキを見て、蓮は眩暈を起こさないのがやっとだった。


【 02 : bad-baby 】

「「「「「それはまた難儀な」」」」」

 コメントが同じならばタイミングも全く同じ。上記ユキの宣言通り、半ば無理矢理計画に巻き込まれた男女五人組はそれぞれ思い思いの視線を見交わした。どこから引っ張り出してきたのか、大きな木製の円卓を囲んでのことである。上座には『JRB』のちゃっかりリーダー・ユキが陣取り、そこから時計回りに、
「いや、でも面白そうだな。俺は参加ね」
 ノリ良く身を乗り出している男は藍原和馬。バイトが入っていなかったから、という至極暇潰しな理由でやって来た彼は、出された茶菓子に遠慮なく手をつけては舌鼓を打っている。
「『JRB』、ね。……ふふ、左に同じよ、乗った!」
 続いて力強い発言を繰り出したのは嘉神しえる。某公園に行く途中に寄っただけ……のところを拉致られて最初は不機嫌全開だったが、話自体には大いに乗り気らしい。最早長居モードで茶を注ぎ足している。
「そうね、場所も予算も限られている以上制約は多いけれど、やってやれないことはないわ」
 その隣りで、既に具体的なプランにまで考えを及ぼそうとしているのはシュライン・エマ。日頃事件騒動何でもござれの某興信所で事務員をしているだけあって、さすが飲み込みのスピードが速いらしい。
「それにしても逢って速攻恋に落ちた…ですか。一目惚れですねえ、いいですねえ」
 そのまたお隣りで渋い緑茶をズズッと啜っているにこにこ笑顔は、槻島綾。手土産に取材先で買った茶葉を持ってきてくれたのはいいが、自ら率先して飲んでいるのだから世話はない。
「……それで、どうして私までここに同席しているのかしら」
 そして最後にぐるりと一周ユキの右隣り、綾和泉汐耶が実に複雑な表情で溜息を一つ吐き出した。偶々仕事が休みで、偶々「レン」に足を運んだだけだったのに、何の因果かすっかり実行犯の一員に加えられているのだから頭の一つも抱えたくなるところ。そんな彼女に、傍らのユキは営業スマイル全開でずずいと迫る。
「まあそう仰らずに。これも一つの巡り会わせ、貴女の様な方とお知り合いになれて私は光栄です」
「……あと5センチ近付いたら、辞書(箱入り)の角で殴打してもいいですか?」
「冗談も素敵ですね」
「はーいはいそこ、下手なナンパは後にしなさいなユキ。とりあえず話を進めましょ」
 しえるの仕切り直しに一同が机上で向かい合う。と、せんべいに噛り付いていた藍原がきょろきょろと辺りを見回した。
「お、そういえば、蓮さんと……なんだ、A男クンだっけ? そいつはどうしたんだ?」
「蓮さんは憑かれて、基、疲れて奥の部屋でお休み中。A男さんはそれを助長中です」
「生々しい漢字変換だな、おい……」
「じゃあ、新郎新婦の希望やらは嵯峨野さんに訊くとしましょう。先刻の話だと、新郎は派手なのがいいみたいだけど……式は、そうね和式がいいかしらね」
「あら、それは聞き捨てならないわ」
 シュラインの提案にしえるが柳眉をぴくりと動かした。それは何故にと尋ねれば。
「私、一応クリスチャンだし。和装が良けりゃ披露宴でやれって、A男サンに釘を刺すつもりだったのに」
「んー、確かに俺も結婚式ったら純白のウエディングドレスとか考えたな。やっぱアレは女の子の憧れだろ?」
 最中(つぶあん)の袋を破りながらの藍原の援護射撃を受け、しえるはうんうんと頷くと。
「それに、式が洋式じゃないと肝心の、大事な、一番重要なものがないじゃない。ブ・ー・ケ・ト・ス、がっ!」
 目一杯の力一杯、だむっと机を拳で叩いての青年の主張に、残りの女性二人が「あーなーるほど」と顔を見合わせる。
「まあ彼が納得するなら私は別にいいけど。ほら、彼って実体がないんでしょう? その状態で誓いの口付けって、出来ない分歯痒い思いをして癇癪でも起こすんじゃないかしら」
「……というか、蓮さんの安全を確保するためにはその方がいいのでは」
「まあ、それもそうね」
 汐耶の飽くまでも冷静なコメントにシュラインがひょいと肩を竦める。とりあえず式は「洋式」ということで話をまとめた一同の片隅で、槻島がまたズズッと渋茶を飲み干した。
「素敵な結婚式になりそうですねえ、ははははは〜」

 ────さて、そんなこんなで式当日。

「あら、意外と見れるものね」
 濃紫のドレスで装ったシュラインがそう腰に手を当てて言えば、藍色のパンツスーツ姿で麗人も斯くやらんという汐耶と、藤色のワンピースを艶やかに着こなしたしえるが、感嘆の溜息混じりに同意した。
 店の奥の一室、女性衆の集まるここは臨時で設けられた花嫁の控え室だ。本日着付け担当のシュラインと汐耶によってウエディングドレスに身を包まれた蓮は、先述の言葉通りなかなかどうしてナイス花嫁っぷりを披露していた。常は上げている髪を両脇に垂らし、小ぶりのティアラを頭上にそっと載せている。ややピンクがかったマーメイドラインのドレスは鎖骨より上が露出するセクシーなデザインだが、全身透明オーガンジーのフリルとフラワーモチーフが散りばめられているため女性らしい甘さも兼ね備えている。化粧もナチュラルメイクでばっちり清楚な花嫁さん☆……とここまではいいものの、如何せんその顔色が迷彩色なのだから致し方ない。
「ちょっと蓮サン、仮にも“この世で一番美しい花嫁”なんだから仏滅みたいな顔してないの」
「いえ、どちらかというと売られていく仔牛の表情だわ」
「あら、いい所俎上の鯉じゃない?」
「……あんた達、人事だと思って……」
 ひくり、と米神に青筋が立つものの、その拳は振り上げられる前に萎んでしまう。椅子に腰掛けた蓮は後ろに縦線と人魂を幾つか背負い込み、口から魂をはみ出させていた。そんな蓮に「もーう」と声を上げたのは、しえるだ。
「こんなんじゃブーケトスまで体力持ちそうもないわね。ほら蓮サン、コンビニで買ってきた栄養剤を適当に混ぜておいたからこれ飲んで」
「……飲めるかーい(裏手)」
「ツッコミに全く覇気がありませんね。気の毒には思いますけど、ご愁傷様」
「あんた、傍観者も同罪だって言葉知ってるかい……」
 すっかりドナドナ気分の蓮の台詞を右から左、「それにしても」と汐耶は話を切り替える。
「よく揃えましたね、サムシング4」
 言いながら目で指したのは、傍らの台に置かれている青い花を基調としたラウンドのブーケと、蓮の足元に白く輝く下ろしたてのパンプス。共に、しえるが蓮を引っ張って買出しに出かけた成果だ。(無論、領収書は「碧摩蓮様 但し結婚披露宴代として」で切ってある)
 汐耶の指摘にシュラインも頷く。
「青は花、新品が靴。古い物は……この、さっき店の陳列棚から拝借してきたティアラね」
「そ。花と靴は買い足しだけど、古物なんてこのお店に山とあるものね。少しくらい呪われた曰くアリでも気にしない気にしない」
「じゃあ、借り物は?」
「あら、言ってなかったかしら? このドレス、それからあっちに掛けてあるお色直し用のドレスも全部、借り物よ」
 しえるが軽く片目を瞑って付け加える。────「あの、コスプレ好きの某女神様からね」
「ってちょっと待ちな! これ一式全部、あの某公園の女神のコレクションなのかい!?」
「まだ元気が残っていましたか。そうでなくては面白くないですけど」
「そこ、さらっと黒いこと言わない! じゃなくて、選りにも選って何て後が厄介な所から借りてくるんだいあんたはぁっ!」
「えーなんで? いいじゃない」
「あたしにだって越えたくない一線ってモンがあるんだよっ!」
「あ、ちなみにこれ、借用書ね。蓮サンが直々に返しに来るからって、あっちには言ってあるから。もーちーろーん、クリーニング代は蓮サン持ちでヨロシク」
「……あ、あんたらぁ……!」
 きゃんきゃんと続くしえると蓮の不毛な言い争いを横目に、汐耶とシュラインは苦笑の瞳を見交わす。
「まあ、花嫁がこれくらいでないとあの夢見る花婿の相手は務まらないでしょうね」
「ええ。というか、逃げたという本物の花嫁に同情するわ。あんな男性は私だって願い下げだもの」
「右に同じ。あ、披露宴の料理は私が作ってきたものだから、存分に食べて頂戴。今頃、会場係の男性衆が並べてくれてるはずよ」
「ええ、それは楽しみ。私の担当は着付けだけだから、まあ楽しめそうなところは楽しんで後はスルーの方向で」
「貴女、相変わらず正解」
 くすっと笑んだシュラインは、そこでふと視線を外して口元に手を遣り。
「……本物の花嫁、ね」
 目の端をキラリと光らせたのには、隣りの汐耶も気付かなかった。

「あーあー、マイクテス、マイクテス」
 一方、こちらは披露宴会場に様変わりした「レン」店内、男性サイドである。女性一同が花嫁担当になったのに対し、男性一同(何故か黒子衣装のユキ含む)は会場設営が主な仕事となっていた。白いクロスを被せた丸テーブルを二つ客席として用意し、新郎新婦が座る雛壇の背後には金の屏風を配している。
「ふう、何とか式場の形になりましたね。すごいな」
 労働の喜びを噛み締めつつ額の汗を拭う槻島は、今回淡いグリーンのスーツ姿。隣りのユキも「ええそうですね」と同意する。
「とか言いつつ、力仕事はほとんど俺がやったんじゃないか。あーあー、テステス」
「そういう藍原さんこそ、先刻から電源もスピーカーもないマイク片手になーに一人テスト芝居なんですか」
「るせっ。こういうのは雰囲気なんだよ、雰囲気。だって俺、司会者だし? テステス」
 一頻りのテストに満足したらしい藍原がマイクをスタンドにセットする。本日の彼の担当は、披露宴及び式中の司会進行である。いつもの着たきり雀疑惑な黒スーツを脱ぎ捨て、何処から調達してきたのかダブルの(でもやっぱり黒)スーツで決めている辺りに彼の気合の程が窺えよう。────尤も、この服装に落ち着くまでに金ラメやら紫ラメやらのスーツが廃案となったのは、今や触れなくても良い過去なのだが。
「そうですね、あれは一体どこのなんちゃって演歌歌手かと」
「だから触れるなっての!」
「まあまあ、そのスーツも中々どうして歌舞伎町か新宿二丁目で、僕は結構だと思いますよ」
「……いや、おまえそれ、褒めてもフォローでもないから」
 とほほな表情の司会・藍原は本日の進行表を改めて確認する。今回のエセ結婚式は通常とは違い、披露宴の後に式を行うという変則スケジュールだ。諸々の演出と会場の模様替えのため、というのが表立った理由だが──藍原は知っている。今テーブルに並べられているシュライン作の家庭的且つおいしそーなご馳走を前にした参加者一同が「……早く腹に収めてしまいたい」と、濁った目でよだれを拭ったことを……。
「ははは、一番目の色を変えて尻尾まで振っていたのはどこのどなかただったか、僕は覚えていますよ藍原さん」
「俺も、片付け中におまえが『あ、これ何の品だろう、興味深いですね……』と全く全然これっぽっちも掃除に参加しせずに店を物色してたばかりか、小学校のお遊戯会レベルの紙のお花をちまちまわんさか大量生産していたことなんて、ばーっちり覚えてるってなモンだぜっ!」
「それは心外ですね。学生時代の学芸会や文化祭の甘くてほろ苦い思い出と懐かしさを提供する、立派な飾り付けではないですか」
「まあ何事も物は言い様とは申しますね、ふふふのふ」
「……あの〜」
 三竦みの間に控えめな仲裁を入れたのは宙を漂う透け透け幽霊、つまりはA男だった。デフォルトがタキシードなため用意は何もない、既に臨戦態勢で暇を持て余していた彼の瞳の中は今日も一段とお星様が飛び交っている。金屏風にだって負けていない。
「どーでもいいお取り込み中悪いんだけど」
「バカヤロウ、これは男のぷち聖戦だ!」
「はいはい、藍原さん黙る黙る」
「モガフガッ……!!(口の中に例のマイク在中)」
「結局、僕と蓮ちゃんのハートフルでスウィートな結婚式あーんど披露宴はどういう段取りになったのかな?」
「……フッ、それはもうお任せ下さい」
 黒子服の腰に両手を当て、無意味にフンッと胸を逸らしてユキが言う。
「何たってこの! “主様”こと嵯峨野征史朗の最高傑作であるこの! 私、嵯峨野ユキが総指揮を執っているのですから! 大船どころか宝船に乗った気分で左団扇でもしていれば宜しいのです・よッ!」
「あはは、ユキさんったら、単に召集かけただけじゃないですか。いやだなあ、もう」
「ふふふ、そういう槻島さんこそ先刻の章でお茶描写オンリーだったじゃありませんか。いやですねえ、もう」
「モガフガモガガッ!!(いい加減にしろてかこれ取れよ! と言いたいらしい)」
「とにかく!」
 ビシィ! と天井を指したユキは紫電の瞳を光らせて高らかに宣言した。
「私は一度やると言ったらやるんです! 『JBR』、ついに開幕ですよ!!」


【 03 : burning 】

< ラウンド・T 入場〜乾杯 >
「……コホン。えー、それでは皆様、長らくお待たせ致しました。はいそこ食べるのやめろなー、俺の分も残しとけなー。……コホン。只今から、我らが店長・碧摩蓮さんと、乙女系幽霊・A男クンの結婚披露宴を行いたいと思います。はい拍手拍手。(パチパチパチやんややんや)……では早速、新郎新婦の入場です。ミュージック、あ、ス・タートッ!」

♪ ちゃーちゃちゃ ちゃーらららー ちゃーちゃちゃららん ちゃらららららー ♪

 司会の後ろに控えた黒子・ユキがCDプレーヤーのスイッチを入れると、会場に流れ出したのは定番も定番『結婚行進曲』。厳かなメロディーをBGMに、腕を組んだ(いや実際は触れていないのだが)蓮とA男がしずしずと奥の部屋から入場してくる。
 招待客として着席していたしえるにシュライン、そして槻島に汐耶(及び空間を埋めるために並べられた「レン」所蔵の人形が何体か)は、そんな二人を生暖かい瞳で見守りながら拍手で迎えた。日頃薄暗い店内にはどこから掘り出してきたのかミラーボールやら色セロファンの張られた照明やらがドギツイ光を飛び交わせ、足元にはドライアイスをかき集めて作ったスモークがもうもうと煙を上げている。そのおかげか、花嫁のげっそりした表情はさりげなく隠されているようだ。
「本当は、入場にはゴンドラを用意したら、って言ったんだけど」
「低予算が痛いところよね、シュラインさん」
「待って問題はそこなの」
 程なく金屏風前にそろって腰を下ろした新郎新婦にあわせ、音楽と拍手が止む。
「では、まず初めに二人の結婚を祝い乾杯をしたいと思います。音頭は、花嫁の幼い頃からの友人である槻島綾さん、お願いします」
「ちょ、ちょっとあんた、いつからあんたがあたしの昔馴染みになったんだよ!」
「ええと、このたびは、僕の幼馴染である蓮さんが目出度くご成婚に漕ぎ付けたということで……正直、感無量です」
「人の話を聞けー!」
 体力ゲージ黄色状態で絶叫した蓮をにこやかに無視し、友人代表・槻島綾は、蓮が小学校の頃にカレーが食べられず泣いたとか中学校のバレンタインデーにサッカー部のキャプテンに手編みのマフラーを贈ったとか(勿論総て捏造)、果ては結婚式の定番・三つの袋の話まで出した暁に。
「……というわけで、A男くん。是非、蓮さんを幸せにしてやってください。君なら大丈夫、きっと明るい家庭を二人で……あ、すいません。少々涙で前が……くう、二人の人生にさちあれ! 乾杯!」
「任せてください、きっと丘の上の白い家で幸せになります! 乾杯!」
 友人代表と花婿が熱い瞳を見交わしい、そのまま駆け寄ってがしっと硬い握手を交わす。(だから触れてないのだが)
「侮りがたいわね、槻島サン。なかなかの役者っぷりだわ」
「これは私も負けていられないわね」
「ですから問題はそこなのかと」

< ラウンド・U ケーキ入刀 >
「さて続いては、お二人の初めての共同作業に移りたいと思います。えー、ワタクシ・藍原がバイトのツテで格安にて調達してきたケーキ・オブ・ビッグサイズに、お二人で仲良く入刀していただきましょう」
♪ ごろごろごろごろごろ じゃーん ♪
 おお、と客席から喚声が上がった。ドラムロールと共に黒子に引っ張り出されてきたのは、天上まで届きそうな真っ白見事な結婚披露宴用ケーキ。プレゼンターである藍原は得意満面で、紅白のリボンがついたナイフを蓮に渡す。
「さーあ蓮さん、思いっきりずっばーとやっちゃってくれ!」
「わあ、嬉しいなあ、楽しみだなあ。蓮ちゃん、早く早く一緒にぃ♪」
「……ていうか、あたしが一人で切るんだろ?」
 止まない頭痛を抑えつつ蓮がナイフを携えケーキの前に立つ。A男は形だけながら蓮の手に手を添え、傍目、それなりに格好は整っているようだ。
「あら司会サン、なにカメラ構えてるのよ」
「だってこれシャッターチャンスだろ。色んな意味でレアだぜ、レア」
「それはいち参加者として同意するところね」
「……用意していたのねデジカメ」
 客席がファインダー越しに見守る中、半ヤケになった蓮がナイフを大きく振りかぶり、「せいやー!」との掛け声も凛々しく上段から一刀両断を浴びせようとした────のだが。

 ぐらっ。

「「「「「「「へ?」」」」」」」
 ナイフが入る直前、ケーキの上部が不意に傾いた。それは重力に逆らうことなく客席に向かって倒れ込み、阿鼻叫喚が炸裂するカメラマン達の上へと白い生クリームを撒き散らしながら、宛らバベルの巨塔の如きそのケーキは(以下、自主規制)。
「ちょっとー! 藍原サンあなた私に喧嘩売るつもり? いい度胸ね消費税込みで買うわよ!」
「わー、俺のせいじゃない違うってだから首を絞める……ぐえっ」
「……あまり尋ねたくないのだけれど、運んできた黒子さん、どういうことか説明してくれますか」
「そうですね、台を押してきた感覚から察するに……中の空洞部分がもしかすると大き過ぎて、そのくせ上の方だけデコレーションに凝ったために、ケーキがついつい自身の重みに耐えられなくなったとか」
「おま、そんだけわかってたなら言えよ! って苦しい苦しいギブギブ!!」
「何分今日の私は黒子という裏方ですので、お客様である皆様にお言葉を差し上げるなんてそんな」
「……成る程、その衣装は責任逃れの免罪符ということですね」
「お褒めの言葉ならどれだけでも頂戴しますよ」
「ユキ、貴方、文字通り雷落としてあげるわよ……」
 生クリーム直撃を受けて怒髪天となったしえるが、勢い蒼鳳を出現させようと目を吊り上げた────ところに。
 コホン。ひとつ咳払いをしたのは、シュラインだった。
「……備えあれば憂いなし、って言うわよね」

 さく、と慎ましく入れられたナイフに、生クリームを拭った一同は素直に拍手を送る。今度こその再チャレンジは、シュラインが料理ついでに焼いてきたお手製ケーキによって行われた。藍原が用意した既製品よりぐっと小さくはあるものの、フルーツがふんだんに使われたそれは見ているだけで食欲をそそられる逸品だ。────尤も、それもあの台さえなければ、の話だが。
「ひとつ、訊いても?」
 半ば遠い目をして問う汐耶に、シュラインは「なあに?」と首を傾ぐ。
「何故、人体模型(男)と骨格標本(女?)が両手を捧げている上に、そこに美味しそうなケーキが載っているのかしら。そして何故、放心状態で目を逸らす蓮さんとにこやかなA男さんが、そのケーキにナイフを入れているのかしら」
「ほら、ケーキだけじゃ見栄え的にには地味だし」
「……そういう問題なのよね」
 不本意ながら、汐耶は漸く納得したらしかった。

< ラウンド・V スピーチ&出し物 >
「ではここで、僭越ながらワタクシ・司会藍原よりお二人のプロフィールなどを紹介したいと思います。まずは花嫁・碧摩蓮さん、クリスマスケーキ+1歳」
「その辺りは気にしない気にしない♪」
「(……何で俺の隣にいるんだしえる嬢) えーと、蓮さんはここ『アンティークショップ・レン』の店長であり、趣味は人の魂が込められたカードを集めること。毎度毎度怪しいモノを仕入れてきては、東京中に騒動を巻き起こす一端を担っているステキな美人です(……と言っておこう)。
 続いて花婿・A男クン(仮称)。年齢不詳につき享年もわかりませんが、田園調布出身で幼稚園の頃はベンツの送り迎え、小学校の頃には既にファンクラブがあり中学校では長身を活かしてバスケ部のエースとして活躍、高校時代には渋谷でタレント事務所にスカウトされ二十歳でハリウッドに進出……って、んなわけねーだろっ!」
 さすがに吼えた藍原に、当のA男は「いやあ」なんて照れて髪を掻きあげる。
「ほら何分、僕幽霊なんで。結婚式をボイコットされた以外なーんにも覚えていないもので」
「だからっておまえ、然るべきトコに訴えるぞ!」
「はいはい滾らないで頂戴な。三分間スピーチも終わったようだし、次は私の出し物よ」
 実はこのために藍原の隣りを陣取っていたしえるが、纏っていたマントをバッと取り去った。中から現れたのは、先刻のケーキでクリーニング行きとなったワンピースと同じ色合いの振袖姿。指をぱっちんと打ち鳴らせば、それを合図に黒子ユキが朱の柱、朱の高欄に松の描かれた背景をずささささっと用意して。舞扇片手のしえるは用意された舞台の中央、艶やかな微笑を浮かべて見せた。
「祝舞『君が代松竹梅』、とくと御覧なさい?」

 作者注:長唄『君が代松竹梅』は「松」「竹」「梅」それぞれその情景唄に織り込んだ、正月など慶事向けの舞踊曲である。羽衣伝説を描いた「松」は厳かに、竹のしなやかさ・強さを表した「竹」はしっとりと、そして女心の詰まった「梅」は華やかな雰囲気で舞われる。
 ────以上。

「ってちょっと待ちなさいよ、私の舞パート、これだけ!?」
「さあ、お色直しと後半戦に続きますよ!」
「……ユ・キ・〜……!!」

< ラウンド・W キャンドルサービス >
 お色直しを終えた花嫁と花婿の再入場によって、披露宴は後半に突入した。
 シュライン・汐耶の着付け部隊が二番目に選んだのは、真紅のチャイナドレス風ドレス(ああややっこしい)だった。普通のチャイナでは普段のアレ(全身図参照)と変わり映えがないということで、裾がAラインに広がったノースリーブのチャイナ風ドレスがセレクトされたのである。胸元が大きく水滴型に開いているのと、Aラインのくせしてスリットが遠慮なく入っているのが、抜群にセクシーだ。────なお、A男どころか槻島(実は脚好き)までやんや喝采を送ったことは、こっそりばっちり記しておこう。
「さて、花嫁もより美しくなって心機一転。キャンドルサービスに参りたいと思います。お客様方は各テーブルにてお待ち下さい」
 火を灯したキャンドルを持つ新郎新婦が(ってこれもまたA男は触れていないのだが、いい加減説明は割愛)、落とされた照明の薄暗さの中、丸テーブル上の蝋燭へと明かりを移していく。
「……ああ、僕ぁ幸せだなあ。蓮ちゃんみたいな可愛いお嫁さんと結婚式が出来て、うん、一度死んでみるのも悪くないね」
「あんたね……」
 すっかりほっこり幸せ顔のA男は、蓮の目から見ても大層嬉しそうで。
「確かに、キッカケとしては災厄だったかもしれませんが、同じ男として少々同情すべき余地はあると思いますね」
 槻島が蓮にそう耳打ちすると、幾分か大人しくしていた彼女は「ふう」と溜息をつきつつも、言い返すことはしなかった。
 二つのテーブルの上で揺らめく、小さいながらも温かな炎。この披露宴がなんちゃってであることを誰もが暫し忘れ、その橙色の火に見入っていた────の、だ・が。

 パチパチパチ…………。

「ん? 何だこの、時限爆弾に着火していくようなボンバーマンな音は……」
「さすが藍原さん、そのものズバリではありませんか。ねえ、シュラインさん?」
「……アレ、本当にやったのね」
 ユキに同意を求められたシュラインが、ひく、と頬を引き攣らせた瞬間に────それはきた。

 シュワー、パンパンパン、パチパチパチパチ!!

「うっわ、何だこれ、わ、火が、火が飛んでくる〜!!」
「ねずみ花火に打ち上げ花火各5本、というところかしら……」
「妙に太くて歪な蝋燭だと思ったら、ユキ、貴方花火仕込んでたわね!?」
「本日私は黒子につき、責任追及は総て開口一番のシュラインさんまでどうぞ」
「……言うんじゃなかったかしら」
「ユキさん、実行犯の方が罪は重いのですよっ」

 ドーン!!

「た〜まや〜……ってとこかい?」
 ご丁寧に天井近くで花を咲かせた火花と逃げ惑う一同を見渡して、一応ここの店長であるところの蓮は、そう遠くないだろう店内リフォームの時期に思いを馳せていた。

< ラウンド・X ありがとうお母さん >
「……えー、生きてますか皆さん。それでも俺は司会を続けるからついて来てくれよな。……という世知辛い雰囲気の中、次はついに披露宴クライマックス。嫁ぐ娘から母親へ、愛の花束贈呈です」
 パ、とピンスポットが当たった先に現れたのは、いつの間に着替えたのか黒い留袖姿のシュラインだった。皆まで言う必要もないことくらい、そろそろ蓮は観念していた。
「……あれが、あたしのお母さんなんだね(もう突っ込むつもりもない)」
「そうそう、はい蓮さん花束これね。贈呈ね」
 既に役に入っているらしい母・シュラインは、きらりと涙に光る(多分目薬)目許をハンカチで押さえて娘を迎える。
「蓮、これから先は辛い時も楽しい時も、A男さんと一緒に頑張るのよ。母さんは見守っているからね……」
「その明らかにキャラ違いな土ワイ系の演技は嫌がらせかいあんた」
「よよよよよ……」
 しみじみとしたBGMも静かに流れ出し、会場のあちこちから感動に鼻を啜り上げる音が漏れ聞こえてくる。何かもう違う意味で泣きたくなった蓮はそれでも踏み留まり、母・シュラインへと両手に一抱えもある花束を手渡した。
「ああ〜感動だなァ! お義母さん、蓮ちゃんはこの僕が必ず幸せにしますからね! 任せてくださいね!」
 と、そこにひょっこり割って入ってきたのは、これまた涙をだーだーと無駄に全開しているA男だった。
「まあ頼もしい旦那さんね、蓮。母さん嬉しいわ……よよっ」
「お義母さん!」  がしっ!(義息の熱き抱擁)
「A男、さんっ!」  が、がしっ?(だから触れないって)
「……ちなみに母さん、あんたあたしと同い年って知ってるかい」
「…………」
 私もブーケトスを狙おうかしら、とか一瞬思ったがとりあえず口にはしないでおいた26歳、シュライン・エマだった。


【 04 : bride 】

(────さて皆さん、いよいよ結婚式の始まりです。
 私もそろそろ黒子は飽きてきましたしね……ふふ、お楽しみはこれからですよっ!)

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 披露宴が終わるや否や怒涛の会場模様替えが行われ、主に藍原・槻島の尽力により店内は教会へと様変わりを遂げた。中央奥の壁には十字架が掛けられ、手前に祭壇、そしてそこから一直線に赤い絨毯が敷かれている。列席者は両側の椅子へと着席し、後は花嫁の入場を待つのみとなった。
「アナタはー、カミをー、信じマスかー?」
「……槻島サン、仮にもクリスチャンの私の前でそのエセ神父っぷり。命知らずだとは思わない?」
 式に際して聖歌隊の衣装に身を包んだしえるが仁王立ちをするのも何のその、神父役槻島はオーバーリアクションで肩を竦め、ふるふると首を横に振る。
「チガイまーす。僕はイマ、神父のアヤーヤ・ツキシーマでース」
「……ここはスルーね」
 ぼそり、と呟いた汐耶の言葉を合図にするかのように、バージンロードの向こう、控え室から繋がる扉が厳かに開かれた。
 賛美歌を高らかに歌い上げるしえるの声を受け、進み出てきた花嫁は、純白のプリンセスラインのドレスに同じく真白なヴェールを被いた順当真っ当文句ナシの正装姿。裾を引き摺り一歩ずつ歩いてくるその手には例の青いブーケが握られて、また、俯くそのかんばせは感動に照れている本物の花嫁のように見えなくもなくて。────ま、もっとも、青筋がひくひくと痙攣しているのだけは、どーにも隠しようがないわけだが。
「……それにしてもさあ、指輪とか誓約とかマジでやるの? ヤラセっつっても、一種の約束なんじゃないか?」
 神父の前に並び立つ新郎新婦を横目に、藍原がそっと歌い終えたしえるへと囁く。
「それはもう、ここまで来たんだから最後までいくのが道理じゃない? 何たって、蓮さんにはブーケ投げて貰わないといけないワケだし」
「いやー、まあそうなんだけどさあ……A男クンが披露宴中に満足して成仏してくれれば、とか思ってたんだけど……甘かったか、俺」
 そうこうしている間にも聖書片手の神父が両人へと視線を配り、「デハー、新郎のA男(仮称)サーン」と至極怪しい発音で宣誓文句を開始した。
「アナタはー、富めるトキも貧しきトキも、健やかなるトキも病めるトキモ、この女性を妻とシテー、生涯愛スルことを誓いマスかー?」
「はい。全力で誓いますッ!」
「ハイハーイ、よい子ノお返事ですネー。デハ次にー、新婦の蓮サーン。以下同文、オッケー?」
「……あんた、本当にこれが済んだら大人しく成仏するんだろうね?」
「……うん、そりゃあモチロン!」
「今の間は何だい今の三点リーダー二字分はっ!」
「蓮サーン、さっくり誓ってクーダサイ?」
「……ったく、背に腹は変えられないね。誓い……ますッ!」
「それデハ、指輪の交換デース」
 神父がにこやかに一対のマリッジリング(プラチナと見せかけプラスチック)を差し出すと────途端、幸せ絶好調だったA男の表情が見る見る内に曇った。ああやっぱり、と溜息をついたのはシュラインと汐耶だ。
「蓮ちゃん……僕、指輪嵌めてあげられないよ。どうしよう……ううううう」
「泣くんじゃないよ鬱陶しいね。そんなの元から解ってたことだろう? 何かに乗り移ったりしない限り、まあフリで我慢するんだね」
「……そっか。乗り移ればいいのか、僕幽霊だもんね!」
 パッと顔を輝かせたA男が振り返った先、運悪くターゲットロックオン! されたのは傍観していた藍原だった。その意図する所に速攻で気付いた藍原は、途端、「ぎょえっ!」と蛙が踏み潰された様な奇声を上げる。
「ま、まままま待て待つんだジョー! じゃなくてA男クン! 俺にだって人生を選択する権利と必要最低限の身の安全を主張する自由がある!!」
「あーらこの場合、大多数の幸福のためには少数の不幸は止む終えないっていうこの国の法律が、適用されるんじゃなあい?」
 すっかり逃げ腰の藍原が逃げようとするのを、でん! と塞いだのはしえるの颯爽たる爪先だ。(なお、彼女が空手・合気道の実力者であることを、参考までに書き添えておこう)
「ブーケトスに漕ぎつけるためなら、多少の犠牲は仕方ないわよね! さあA男サン、遠慮なく飛び込みなさい!」
「うおおおおうういい、羽交い絞めるな急所を狙うな!」
「お言葉に甘えて、A男、行っきまーす!」
「ぎゃーっ!!!」
 進退窮まった藍原は半ば獣化しかけの無我夢中でしえるの拘束を振り解く。待ちなさいッ、と追い縋る手に青褪めて、手近にあった「何か」を身代わりに突き出せば。

「「「「「「あっ!」」」」」」

 その場にいた全員の叫びが、瞬時見事にハモった。咄嗟に目を瞑っていた藍原が恐る恐る瞼を上げていくと、そこに在ったのは────。
「OH! 藍原サーン、またステキなモノヲ……作ってしまいましたね、本当に」
 うっかり素に戻って苦笑する槻島のコメントを待つまでもなく、藍原の外れた顎がどーんと落ちて床にめり込む。彼が慌てて掴み押し付け、尚且つそこへとA男の幽体がダイブしてしまったもの。────それは、先刻ケーキを載せていたあの、人体模型(男)だった。
「……台を提案した貴女の責任は、どの辺りにまであるのかしら」
「それは……難しいところね」
 汐耶の指摘に心なしか視線の泳ぐシュラインをさて置いて。人体模型に入ったA男は、生身でないとはいえ容器を入手したことに満足したらしい。血管や筋組織の露な腕をカクカク動かして、
『ヤッタァれんチャアン。コレデおさわりオウケイダネエ!』
 ケタタタタ、と表情の変わらない笑顔で笑い声を立てるその不気味さ。ひぃっ! と悲鳴を上げた蓮は自分の体温が氷点下にまで下がるのを感じた、いやもう感じないでか。
『サア、ゆびわノコウカンダヨォ。ケタタタタタ』
「ちちちちちち近寄るんじゃないよあんたぁ!! 内臓をはしたなく晒してる男となんか、誰が嘘でだって結婚するかいっ!」
 迫りくる人体模型にメンタル・フィジカル両面の危機を察知し、蓮はドレスの裾を抱え上げ、猛然とくるり、踵を返して逃げ出そうとする。────しかし!
「オーノー! イケマセーン、蓮サーン!」
 そんな蓮の肩をぐわしっ! 後ろから掴んだ腕の主は、言わずと知れた神父・アヤーヤである。
「花嫁ガ逃げマシタラァ、まーたA男サンが絶望シテ怨霊直行確定デース。サアサ、大人シクスルですネー!」
「はわわわわわわわ……!!」
 ぐいっ。喜色満面の人体模型が、神父に取り押さえられた蓮(蒼白)の薬指へと指輪を押し込む。さらにその指へと自分の分を持たせ、これまたぐいっ。こうして無理矢理且つ無事に、新郎新婦指輪の交換は完了されたのであった。
「お気の毒に。合掌」
「と言いつつ、助けないのね貴女」
「そちらこそ」
「それも……難しいところね」
 と。上目遣いで言葉を濁したシュラインが、はたと左手首の時計に目を遣る。時間を気にしているらしい仕草を不審に思い、汐耶がその旨尋ねてみれば。
「……ねえ、あの幽霊の彼の本物の花嫁ってどんな人だと思う?」
「それはまた藪から棒な質問ね。少なくとも、アレを花婿に選んだ時点で同情と相容れなさを禁じえない、というところかしら」
「じゃあ、会ってみたい?」
「……どういうこと?」

 真意を量れない返答に汐耶が眉を寄せた頃、渦中の花嫁と花婿はついにファイナルステージ・「誓いのKISS」へ突入ししていた。────正確に言うと、A男in人体模型が、今度こそ死ぬ気で抵抗する蓮へと半分血管の顔をぐいぐい近づけているところだった。
『れんチャアアンン、ボクゥ、コノママれんチャントはねむーんガシタイナアアア』
「ああああんたぁぁぁっ、約束ぅ、反故にする気かああいいいいっ!!」
「おーっと蓮選手押し戻した! しかしA男選手も負けじと応戦するぅ!」
「……まあ、司会と実況は似たようなものですしね」
「ああもう、どっちでもいいから早くブーケ投げてくれないかしらね。トス、トス!」
 熱いマイク捌きを展開する藍原に、神父終了の槻島、それにしえるが見守る中、蓮VSA男の戦いは最終局面を迎えようとしていた。さすが腐っても幽霊、A男の粘りは蓮の意地を越えていたらしい。
『れんチャアアアンン、らああぶうううう!!!』
「ぬわあああああーーーーーー!!!!!」
 A男が蓮を壁際に追い詰める。危うし蓮、このまま人体模型と濃厚なベーゼを交わしてしまうのか。それでいいのか碧摩蓮、ファンが泣いてるぞ碧摩蓮。そんなはらはらドキドキの野次が一同の胸中に去来した、まさに、その時。

「ちょっと待ったぁーーーーー!!!!!!」

 バーンッ!!!

 店の扉が盛大に開け放たれた音に驚いて、瞬時全員の視線がそちらを向く。屋外の陽光を背後に煌かせ、勇ましい立ち姿でそこに参上していたのは誰あろう。
「な……何してるの、ユキ!? というか、いつの間に外へ?」
 一足早く我に返ったしえるが声を上げる。(その横の槻島が「ぼ、某外国映画……?」と厳かに呟いたのはこの際流しておこう) 問われたユキはサッと髪を掻き上げ、優雅な足取りで祭壇へと歩き出す。
「聡明な皆様方ならば早お気付きのこととは思いますが……式開始以後、黒子の台詞が全くなかったのは、別に私が大人しくていたからではありません。ある極秘任務を承っておりまして、ね?」
 客席を通り過ぎ様シュラインへと意味有り気に片目を瞑れば、彼女は嘆息しつつも「ご苦労様」と一言返す。ユキはそれに微笑み返すと、呆気に執られている司会・藍原の手からマイクを素早く失敬し。

「それではオチに登場して頂きましょう。A男さん(仮称)の本物の花嫁さま、入場です・よ!」

「ほ、本物の?」
「花嫁?」
「ええっ、何それ!」
「……成る程。そういうこと」
「そ。そういうこと」
 シュラインが切れ長の目を細めたその横を、扉から現れた一陣の風がマッハの速度で駆け抜ける。その風は蓮に迫っていた人体模型を一直線に目指し、
「こおぉおおおおの、おバカー!!!!」
『具、グエエエエエエエッッッッ!!!!』
 勢いそのまま人体模型の頚椎へとラリアート。衝撃のせいなのか何なのか、A男の幽体が押し出される様に外へ出て模型はぱたりとその場に倒れた。助かった……と蓮がへなへな崩れ落ちたのは言うまでもない。
「全くもう、目を覚まさないもんだから心配してたのにこんなところで油売ってあたし以外の人と結婚式なんてどういうことなの説明しないさいよしかも幽霊になってるってどういうこと死んでないのに勝手に死んでるんじゃないわよこの、おバカ!!」
 呆然とするA男に肩を怒らせまくし立てたのは、長身短髪の中々に気の強そうな女性だった。むべなるかな、その吊り上がり気味の眦や女性らしい身体のライン、ちょっと蓮に似ていないこともないかもしれない。
「改めてご紹介しましょう。この方こそ、シュラインさんが事前調査で見つけてくださったA男さんの正真正銘の花嫁、匿名希望でとりあえずB子さんとしておきますね」
「余計に場が混乱するだけかと思ったけど、来てくれるよう連絡を取っておいたのよ。この場合、正解だったかしらね?」
「つまりこの女性が、彼が世を儚んで自死を選んだ原因及び相当な物好きなということだと」
 ユキとシュラインの説明に汐耶がうんうんと頷くその向こう、漸く我に返った藍原がハッと何かに気付いた様に目を剥いて。
「っておいおい待てよ! B子さんだっけ、あんた、今こいつのこと“死んでない”とか言わなかったか?」
「そ、そういえば僕も聞いた覚えが……」
「その通り。私も先刻知ったばかりなのですが、A男さんはまだ生存している人物の幽体。つまり、生霊のようなのです」
「「「「は、はああ〜〜ん!!??」」」」
「何でもね、首を括ったものの発見が早くて、一命を取りとめ現在昏睡状態だそうよ。しかも花嫁が逃げたっていうのも彼の勘違いで」
「ええ。A男さんが一週間早く結婚式を覚え違えていたそうで、B子さんはすっぽかしてはいなかったのですよ。全く傍迷惑なそそっかしさです」
「……そんなオチなの?」
「綾和泉さん、それは禁句です」
 突然のB子の乱入にA男は初め目を丸くしていただけだったが、どうやら徐々に生前(?)の記憶を取り戻していったらしい。ぱちくりと瞬くこと数回、ああっ! と雄叫びを上げた。
「思い出したよ。そうか……僕は、可愛いうっかりさんだったんだね。ごめんよ、ハニー」
「……解ればいいのよ、ダーリン」
 項垂れたA男にB子が表情を和らげる。見つめ合った二人の間にはお星様とお花さんと点描トーンが飛び交い、成る程この花婿にこの花嫁がアリなのだと、すっかり蚊帳の外となった一同は最早コメントを述べる気力と気遣いもなくしてしまっていた。────と、そこにゆらり、立ち上がる白い影。
「ちょっと……あんたたち……」
「あ、蓮ちゃん! ごめんねごめんね、僕、全部思い出したんだ。それで僕、生き返ってハニーと今度こそ結婚することに決めたよ。蓮ちゃんのことも大好きだけど、ごめん、僕モトサヤに収まるよ!!」
「ほーう……」
 穏やかな口調に相反して、蓮の足元から「ゴゴゴゴゴゴ」という地響きにも似た轟音が湧き上がる。握り締めた拳は血管が浮き出るほどにぶるぶると震え、先の対決ですっかり乱れていた赤い髪は逆立って天を突き、そしてぶっちーん、と何かが景気良く千切れる音が脳内から炸裂したかと思うと。

「あんたら、二度と来るんじゃないよおおおうううううう!!!!!!」

 大きく振りかぶった大リーグばりの投球フォーム。血走る瞳に瞋恚の炎を灯した蓮が、持っていたブーケをぶおんっ! と勢い良く投げつけた、もののそれはA男の体を通り抜け。
「あーっ!!」
 しえるが指差し叫ぶ中、青い花束は汐耶の胸にポンッと当たり見事その両手に受け取られてしまった。
「な、何やってるのよ蓮サン! 今のはナシよ、遣り直しを要求するわっ!」
「あーえー……じゃあこれで、結婚式は終わりってことか……?」
「何とか無事に丸く収まりましたね、ああ中々楽しい一日でした」
「まあ、結果だけを見つめればそう言えないこともないかしらね」
「……私、暫くは花嫁なんて御免なのだけど」
 ────かくして。五者五様のコメントが呟かれる中、すったもんだの『JBR』は一応の終結を見たのであった。


 了


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書
1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男性/920歳/フリーター(何でも屋)
2226/槻島・綾(つきしま・あや)/男性/27歳/エッセイスト
2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女性/22歳/外国語教室講師

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■         ライター通信          ■
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今日は、若しくは初めまして。ライターの辻内弥里と申します。この度は拙作へのご発注、真に有難う御座いました。こちらの都合で締め切りを破ってしまいまして、本当に、大変申し訳ありません、すいません。そして皆様を色々と弄り倒してしまい、どうぞどうぞひらにご容赦を……っ!(汗)
力技でいきますとの告知、打たせていただきましたが……皆様のプレイングにより予想以上の捻り伏せとなりました。少しでも笑っていただければ幸いです。苦笑じゃないことを祈ります……本当に。

>シュライン・エマ様
初めまして。お会いできて光栄です。……しかしファーストインパクトがこれでよかったのでしょうか大丈夫でしょうかはらはら。
シュライン様は今回のアイディア大賞。プレイングにありましたネタは有難く随所に使わせていただきました。元々オチをさっぱり考えていなかったこの話、結末を考えることが出来たのはひとえにシュライン様のおかげでございます。(平伏) 知的さ冷静さそして的確なツッコミっぷりを、と心がけましたが……如何でしたでしょうか。

それではご縁がありましたらまた、ご用命下さい。
ご意見・ご感想・叱咤激励、何でも切実に募集しております。よろしくお願い致しますね。
では、失礼致します。