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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『ゆっくりと、ほどける糸』



 平たく、無機質で人の気配のない倉庫街を見て、ここは面白くも楽しくもないところだ、と思う者がほとんであろうか。倉庫のひとつひとつを見ても、飾り気はなく、ましてや住宅街のような人間の営みの欠片は、ここには皆無と言って良い程であった。
 だから、たまに散歩でここへ足を運んだ者が、倉庫のひとつの前を通りかかったとしても、ここに誰かが住んでいる、などとは思わないだろう。しかしその日の朝、何の面白みもない倉庫のひとつから、温かみのある生活のひとつである、「いい匂い」が漂っていた。



 シェラ・アルスターは、腹の虫を刺激するその匂いで目を覚ました。
 本性がサキュバスであるシェラは、その性分の通り、どこか妖しげで魅力的な外見の持ち主であったが、今彼女が横たわっていたベットはところどころ継ぎはぎだらけで、4つある、木で出来た足のひとつは、鉄のパイプで補強がされており、シェラの外見とは悉くつり合わない。
 それもそのはず、シェラの周辺にある家具は、この倉庫街の近くにあるゴミ捨て場から、拾って来たものなのだから。
「こんな匂い、久々だな」
 シェラはそう呟くと、そのままベットから降りて、匂いの元へと進んでいった。
「嵐?!」
 一瞬、自分達とはまったく関係のない人間が、そこに立っているのかとシェラは思った。しかし、落ち着いて考えれば、この倉庫の家に、自分と、成り行きで共同生活をするハメになってしまった、元は敵である嵐・晃一郎以外に誰かがいるはずもない。
 例え他人がフラリと気まぐれで入ってきたとしても、シェラの目に今映っているような姿はしないだろう。
「嵐、だよな?」
 我ながら2回も言うのはしつこいと思いながらも、シェラはその言葉を口からこぼしていた。
 目の前にいるその男は、白い頭巾を頭にしっかりと被り、白い色の見た事もないような服を上半身につけ、拾ってきたもので作り上げたキッチンで何かの食事を作っているのであった。
 しばらく、頭が真っ白くなりながらも、シェラがその後ろ姿を見つめていると、男は振り向き、シェラに楽しそうに声をかけた。
「おー、もう少し出来るから、座って待っとけ」
 その顔から生み出された晃一郎の表情は、どう見ても楽しんでいるようにしか見えない。
「座ってって。何をしているんだ?」
「見ればわかるだろ?料理をしてるんだ。朝食の支度」
 そう答えて、晃一郎は包丁で野菜を刻み始めた。
「いや、それはわかる。私が聞きたいのは、そ、その格好…」
 シェラがそう言うと、晃一郎が再び振り向き、白い服のすそを引っ張りながら言った。
「ああ、教科書に載ってた。そこに置いてある教科書にな」
 右手には包丁、左手には野菜を持っているせいで指を指せないせいだろう、晃一郎はそばのテーブルに置いてある教科書に、視線を送って指し示して見せた。
「これに、そんなおかしな格好が?」
 シェラはそう言いながら、教科書を手にとり、ページをパラパラとめくった。
 シェラと晃一郎は、いまいる世界とは別の世界からやってきた異世界人であった。途中、色々な事があり、今こうしてこの倉庫街で生活をしているのだが、何しろ異世界人でこの世界の事は何も知らない。二人はすでに大人であるが、まったく未知の世界に置いては子供のようなもの。
 ひょんな事から、二人に関わる事になった草間興信所の所長、草間・武彦から、この世界の事をもっと勉強しろと送られた、どこからか拾ってきたようなお古の子供の教科書で勉強しつつ、少しずつこの世界の事を吸収しているのであった。
「これか」
 シェラは『料理』と書かれたページに指を挟み、そこに載っている写真と晃一郎の姿を交互に見つめた。
 どうやらその本によると、晃一郎が頭につけている布が三角手ぬぐい、着ている服は割烹着と言って、この国では、ちょっと前までは多くの女性が料理をする時に、つけるスタイルらしい。
「だからって、何もこの格好を真似しなくても」
 シェラの呟きは聞こえなかったのか、晃一郎は振り向きもせずに、出来た料理を次々に皿に盛り付けている。しかも、その手さばきがなかなか見事であるのを見て、シェラは再び目を丸くしたのであった。
「そんな驚く事ないだろ?これも、この世界に慣れる為の勉強じゃないか。ほら、出来たぞ、朝食」
 晃一郎は、まだ驚きの表情を隠せないシェラを横目で見ながら、テーブルへと朝食の支度を整えた。
「本当に楽しそうね、嵐。この食事も、この教科書を見ながら作ったのか?」
 驚かされっぱなしにはなるものかと、シェラはテーブルを濡らした布で拭きつつ、晃一郎に尋ねた。
「ああ。和食、って言うらしいな。これが和食のメインとも言うべき米。これは炊いて食べる物らしい。それから、そのいい匂いしてるスープが味噌汁。具は葱を刻んで入れてみた。この世界には色々なスープがあるが、味噌汁っていうのは、日本独特のスープらしいぞ」
 晃一郎は味噌汁をアルミの椀に入れつつ、自分で作った料理のひとつひとつを説明する。
「この魚はアジって言ったかな。開いて塩をかけて焼いただけだが、これがなかなかうまい。まあ、焼加減がちょっと難しかったけどな。それから、これは自信作だ」
 と言って、晃一郎は野菜が入った皿をシェラの目の前に置いた。
「ほうれん草のおひたし。味付けも、我ながらうまくいったと思うけどな。あとは、焼き海苔に漬物、飲み物は緑茶だ」
 全ての料理を並び終え、晃一郎はテーブルへとついた。
「いつまでも立ってないで、食ってみろよ。毒なんて入ってないからな。こんな状況で、そんなつまらない事なんてするわけないからな」
 割烹着を着たまま、晃一郎が笑顔を見せた。
「いらないなんて言ってない。それに、その格好、いい加減」
「いいじゃないか、シェラ。このスタイル、なかなか気に入ってるんだからさー。似合うだろ、これ?」
 晃一郎はなかなか料理に手をつけられないシェラよりも先に、自分の作った料理を口に運び始めた。
「うーん、初めてのわりには、うまくいったかな」
 自分で自分を褒めるなんて、と思いつつ、シェラもスプーンを使って、食事を口に入れた。
 あ、うまい!心の中のシェラの言葉は、正直に出てきたものであった。目の前で、晃一郎はシェラを楽しそうに眺めつつ、食事を口にしている。
 料理は、私の方が上手いと思っていたのに…と思いつつ、シェラは気が付けば、出された食事は全部食べてしまっていた。あいつが、敵だったあいつに、こんな特技があるなんて。でも、あの割烹着姿、結構似合うかも、と心の中で呟いた瞬間、あいつになんて負けてられない!と、シェラの中にある負けず嫌いの根性が熱く燃え始めた。
「見よう見まねで作ってみたが、いい出来だろ?夕食には、もっと違うものを作ってみるかな。なあ、シェラ」
「あ、そ、そうだな。それなりにうまく出来たんじゃないか?」
 素直に、美味しかったと言う事がシェラには出来ない。確かに晃一郎の料理はとても良かった。だが、あいつになんて負けてたまるか、というシェラの気持ちが邪魔をし、心の中に浮かんだ言葉は、絶対に嵐に『俺より上手いな』と言わせてやる!という、強い決意だけであった。



「じゃあ、また、使えそうなものを拾ってくるからさ」
 食事をし、しばらく休んだ後、晃一郎は何枚かの袋を手にして、倉庫の外へと出て行った。
 拾った物を修理しつつ、生活の中で使っているが、ゴミが次々に運ばれてくるので、その度にシェラや晃一郎はゴミ捨て場へ足を運び、使えそうなものを拾ってくるのであった。
「だんだん暑くなってきたからな。暑さをしのぐものが欲しくなってきたところだ」
 シェラはそう言って、晃一郎の姿が見えなくなったのを確認してから、キッチンへと駆け込み、晃一郎が脱いでいった割烹着と三角巾を身につけた。
「こんなこと、ちょっと練習すればうまくなるに決まっている!」
 あいつに負けたくない。今のシェラを突き動かしているのは、その感情だけであった。
「たかが、料理じゃないか。この本に書いてある通りにやればいいんだろ?そんなの子供にだって出来る」
 シェラは『家庭科』と書かれている本をそばに置き、そこに書かれている材料をかき集めて、包丁を手にした。
 ハンバーグ、という料理を作る事にした。シェラは決して、料理がヘタというわけではない。だから、ある程度の料理方法はわかっているつもりであった。それにはまず引き肉をこねなければならない。
 さらに、ただの引く肉じゃ、あいつは驚かないだろうと、葱を混ぜてにんじんとさやえんどうを添えてみる事にした。
「ボリューム出すには、もっと大きくしてみるか」
 シェラはひき肉を大きくまるめて、みそとみりん、卵とパン粉を加え、ある程度こねたらそれを油を引いたフライパンの上へと乗せた。
「我ながらいい感じだな」
 歌でも歌いだしそうなほど、スムーズにシェラの料理が進んでいく。
 シェラはひき肉を焼き上げる為、コンロに火をつけた。ところが、である。さっき晃一郎が使っていた時は何事もなかったのに、シェラがコンロの点火ボタンを押したとたん、赤い火柱が立ち上がった。その火柱はシェラの身長よりも高く上り、天井にまでつきそうになった。
「うまく直せてなかったのか?」
 しょせんは拾い物だな、と思い、シェラが手をかざすと、炎は次第に小さくなり、やがて調理をするに丁度いい、小さな炎へと変わった。
「やれやれ、料理で、自分の能力も使わないといけないとはな」
 シェラは自分の能力で調節した炎で、ハンバーグを焼き始めた。油の焦げる音が静かな倉庫に響き渡っていた。
「こんなもんかな」
 シェラは時間を見ながらハンバーグを裏側にした。
「うわ、焦げてる」
 少々焼きすぎてしまったらしい。だが、やり直しをする分の材料が手元になかった。新しいものを作るのを諦め、やっとの事で、シェラはハンバーグを焼き終えたのであった。
 手本にした本にある写真と比べると、どうも形と色が悪いような気がする。仕方なく、シェラは次の料理に移る事にした。様々な野菜を入れて、それをドレッシングで混ぜて茹でたペンネを入れたパスタサラダを作ろうと思ったのだ。
 ところが、野菜を切って、冷蔵庫を覗いたら、ドレッシングがない。ちゃんと確認しておけば良かったと後悔しつつ、シェラはごま油と酢、はちみつでサラダをあえて見る事にした。
「味、大丈夫だろうか」
 自分でも、だんだん心配になってきた。味見をしてみたが、それなりに美味しいような気がする。これで晃一郎が驚くかどうかについては、やや自信がなかったが。
 これだけでは寂しいかな、と思い、シェラはかぼちゃを煮て、それをしゃもじで潰し、中にパンプキンビーンズを入れた簡単なサイドメニューを作ってみた。
 かぼちゃの皮を剥こうとした瞬間、手が滑って指を包丁で切ってしまった。かぼちゃの皮は滑りやすく、うまく包丁を当てる事が出来なかったのだ。
 指の怪我は大したものではなかったが、料理でミスをして怪我をした自分に、腹が立ってしまった。
「あいつは、もっと完璧にこなしてたのに!」
 そう呟き、シェラは時計に視線を移した。晃一郎が出て行って、1時間程になる。そろそろ、戻ってくる頃かもしれない。シェラは急いで飲み物を用意し、新しく炊いた白米を盛り付け、その日の夕食の支度をした。


「シェラが夕食を作ったのか?へえ、びっくりだな〜」
 いくつかの拾った家具を置き、晃一郎は驚いた表情でシェラの横へと立った。
「あなたに負けられないと思ったからな」
 すでに夕食のセッティングは済んでいた。自分で見ても、本のような完璧な出来栄えとは言いがたい。白米は少し水っぽいし、ハンバーグには焦げがついている。
 それでも、晃一郎は昼間と同じ笑顔で、ゆっくりと席についた。
「じゃあ、早速食べてみるかな」
 晃一郎が料理を口にするのを、シェラはじっと見つめていた。とにかく、反応が気になって仕方がなかったのだ。
「うーん、シェラらしい、いい味だな」
「な。どういう意味だそれは。美味しいのか?それとも、まずいのか?」
 晃一郎が次々の料理を口にするのを目で追いながら、シェラは答えた。
「なかなか美味しいと思うぞ?それに、その格好、似合っているぞ、シェラ」
 そう言われて、シェラは自分が割烹着を着たままであった事に、ようやく気づいた。
 指につけたばんそうこうを見つめて笑う晃一郎のその言葉を、素直に受け止める事の出来ないシェラは、慌てて割烹着を脱ぎ捨てると、下を向いて食事を食べるフリをしながら、恥かしさで顔が赤くなるのを、感じるのであった。
「だけどさ、シェラ」
 急に食事の手を止め、先程とは違うややトーンの低い声で、晃一郎は呟いた。
「こうやって平穏に暮らすというのは、戦うことしかできなかった俺達が、別の可能性を見出すいい機会なのかもな」
 晃一郎はシェラをじっと見つめていた。それは、とても真剣な視線であったけれど、かつて戦場で見たものとは違い、穏やかさがあった。
「そう、かもしれない。私だって、あの時、まさかこんな生活をする事になるとは思っていなかった。いや、こんな生活、私には無縁のものだと、ずっと思っていた」
「俺もそう思うよ。色々あって、こんな生活する事になったけどさ。こうしていると、憎しみあう必要なんてなかったと感じるんだ」
 最後の一口を飲み込み、晃一郎はそっとフォークを置いた。
「とにかく、お互いに知恵を出し合ってさ、この先も生活していこうな、シェラ。そんなわけでひとつ。ハンバーグ、みそ入れ過ぎ。辛いぞ、うまかったけど」
「それは悪かったな!ちょっと分量を間違えただけだ。お前の料理には負けてない!」
 シェラはそう言い返したが、心は何故か穏やかであった。
 この生活を続けていくうちに、まったく異世界にいるのにも関わらず、自分の心に少しずつゆとりが出来てきたような気がするのであった。いつまでこの生活が続くのかは、シェラ自身にもわからなかったが、このような、ゆっくりとした環境の中で暮らすのも悪くないと、思い始めているのであった。
 それはきっと、目の前で笑っている晃一郎も、同じ思いでいるに違いない。(終)



◇ライター通信◆

 いつも有難うございます!新人ライターの朝霧青海です。
 今回はシェラさんのお料理、という事で、シェラさんが晃一郎さんに負けまいとして奮闘する姿を、書かせて頂きました。
 意地っ張りで、素直になれない。でも、頑張りは人一倍。そんなイメージで描いてみました。朝食や夕食のメニューは、その料理が並んでいるのを想像しながら書いたので、本当にお腹鳴ってました(笑)晃一郎さんの料理は、とても美味しそうですね(笑)
 今回は流れからして、シェラさん視点で物語が展開していくのですが、ご指定にあった通り、シェラさん(晃一郎さんも)の心が少しずつ柔らかくなっていく様を描いてみました。タイトルは、それに合わせたものをつけてみました。
 それでは、今回はどうも有り難うございました!