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◆路地裏の迷子◇
メイド長を勤めている篠原・美沙姫は、屋敷の外への遣いを頼まれることが多い。
今日も遣いで外出していた美沙姫は、遣いを終えた処で、そういえばと思い出した。
今身に付けているブレスレットを買った店が、この近くにあったはずだ。
時刻を確かめ、まだ余裕があるのを知ると、屋敷へ向かっていた足をずらす。
買い物が目的ではないが、パワーストーンを扱うその店は、商品を眺めてみるだけでも楽しい。
お店の様子は変わりないかしらと思いを馳せつつ道筋を辿っていると、ふと頬に触れる風が何かを告げた。
「? 何でしょう?」
なにか空気が変わったように感じられたのだが、視覚では変化を見つけられない。
一度立ち止まってあたりを見渡してみたが、明確な変化は微塵も感じられなかった。
用心に越したことはないと、早足になって美沙姫は先を急ぐ。
「……変ですね」
道を誤ったわけでもないのに、一向に『jeweler's shop−榴華−』が見えてこないのは何故だろう。
代わりに、というのもおかしな表現だが、美沙姫の目の前には『アンティークショップ・レン』が門を構え、来客を今か今かと待ち侘びている。
「仕方ありません」
目的の店は見つからないし、行き着ける店が此処だけならば、選択の余地はない。
「こんにちは、お邪魔します」
ドアを潜るなり一礼し、顔を上げるとカウンターには複数の人影がある。
来客中かと心得たように身体をずらしたその時
「美沙姫?」
「あ……柘榴、様?」
聞き覚えのある声に振り返ると、会いに行くはずだった少女が美沙姫をみて嬉しそうに笑った。
どうしてこんな処に、と驚く美沙姫を後目に、黒髪の少女は喜び勇んで飛んで来る。
人ではないこの少女は美沙姫が行きたかった店の店員であり、宝精である。
「久しぶり、元気だった?」
「はい。柘榴様もお変わりないようで……」
思わぬ再会に顔をほころばせ、美沙姫は安堵した。
状況を把握してはいないが、知り合いに会えたのは嬉しい誤算だ。
「ブレスレット。してくれてるんだ」
美沙姫の目の前まで飛んできた柘榴は、美沙姫の手首に見慣れたものを見つけて破顔する。
客として来た美沙姫の為だけに作った代物だ。着用しているのを見るのはとても嬉しい。
無邪気に喜ぶ柘榴に釣られるように美沙姫も微笑みを浮かべる。
「えぇ、その節はお世話になりました。大変重宝しております」
仕事の邪魔にもならないし、いざというときに役立つ。――未だその『いざ』という時は訪れてはいないが。
「妙なことに巻き込まれてしまったようなのですが、もしかして柘榴様達も、ですか?
知り得た限りの情報で良いので教えて頂けませんか?」
柘榴はこの店に居るのは何か不自然な空気であるし、なにより彼女の主人である少女がこの場に居ないのがおかしい。
美沙姫の問いに、蓮は煙管を銜えたままにやりと意地悪く笑い、カウンターの前に立つ古手川真亜の腕を小突いた。
説明を任せるという蓮の意思表示に軽く嘆息し、真亜は仕方なさげに一つ、美沙姫に向かって頭を下げる。上司に色々押しつけられるのは慣れているし、なによりこの場で一番年下は自分である。
「初めまして、古手川といいます。俺も詳しいことはよく判らないのですが……」
あまり役に立てないだろうから期待しないでくれと前置きをすると、真亜は簡略な説明をし始めた。
この店にピースの欠けたパズルが持ち込まれたこと。
そのパズルはこの地区の地形と似た模様をしていること。
柘榴も自分も、目的地へ辿り着けないこと。
柘榴が『jeweler's shop−榴華−』の場所が描かれたピースを持っていて、このパズルの空いたその場所に、ぴたりと一致したこと。
++
「――推測の域を出てはいませんが、恐らくこのパズルを完成させてしまえば、この不可思議な現象も終了するのではないか、と」
「なるほど。了解しました。及ばずながらわたくしもお手伝いいたします」
カウンターの上に置かれたパズルは空いた箇所が多く、探し出すピースは複数個あるということだ。
こういう場合は少しでも人手が多い方が良いはずで、なによりこのままでは美沙姫自身も屋敷へ帰れないということにもなりかねない。
手伝いを申し出た美沙姫に蓮が良かったじゃないか、と嘯いた。彼女はほとんど店から出ることはないので、事態が解決してもしなくてもさほど困らないのだ。
物であり、自由意志を持たないはずのパズルが、単体でできる芸当ではないだろう。
なにかしらの魔力が関わっているのだろうと当たりを付けた。その魔力を辿れば、他のピースを探し出すのはわけがないはず。
店を後にした美沙姫は早速風の精霊に呼びかける。
「お願いします」
――御意
美沙姫の呼びかけに応じた風の精霊は、先ほど美沙姫が検分していたピースにまとわりついていた不可視の魔力を探る。
程なくして、精霊はとある場所を指した。
「有り難う」
その示された場所へ向かうと、異様に猫の数が多い。
猫溜まりと呼ばれる猫の溜まり場らしかった。
「……こんにちは」
猫しか居ない、猫だけの場所に、人間が何の用だと云わんばかり猫達が美沙姫を見上げる。
一、二匹なら可愛いと思える小動物も、群を為すと気圧されてしまう。
「お邪魔するつもりはありません」
不用意に足を踏み入れると引っかかれてしまいそうだ。
ぎりぎりの一歩を越えないように、美沙姫は目当ての物を目視で探す。
美沙姫を意識する猫達の間、小さな魔力の源を探り当てた。
けれど手を伸ばして取れる位置ではなく、側近くに控えていた風の精霊に目配せる。
風の精霊は頷き返し、片手を上げて天を指し示した。
不可視の者に敏感な猫達は風の精霊の動きに反応して空を見上げた。綺麗な青空に、ぽっかり白い雲が浮かんでいる。
淡い光に守られるように浮き上がったピースが、そんな猫達の間を縫うように移動して、美沙姫の目の前へ躍り出た。
両手で受け止め、美沙姫は笑む。
「では、お邪魔しました」
大事そうにピースを両手の平に包み込み、猫達に礼儀正しく一礼を残すとその場を後にした。
++ +
一つを回収できると心得ができたのか、同じ魔力を辿って探し出すのは容易になり、美沙姫は風の精霊の力を借りて次々と回収していく。
始めは同じ付近をぐるぐる回っていたようだが、回収する度毎に行動範囲が増えていくように感じられた。
何度か『jeweler's shop−榴華−』の前も通りかかったが、今は立ち寄る余裕はなく、会釈をして回収作業へ戻る。
十数個ほど回収したところで、『アンティークショップ・レン』へ向かった。
あとどれくらい回収するのか確かめておくためと、持ち歩くピースの数にも限度があるためだった。
「おや、お帰り〜」
出たときと同じく、蓮が煙管を吹かして店番をしている。
「柘榴様と古手川様は?」
「そろそろ戻ってくる頃だろう。さ、あんたが持ってきたピースを嵌めてみな」
促され、美沙姫は慎重に一個一個嵌め込んでいく。
途中、戻ってきた柘榴や真亜も数個ピースを回収してきていたが、数は美沙姫が遙かに多かった。
+ + +
全てのピースが嵌め込まれた。
しかし別段変わった様子は見受けられない。
「終わった…、のでしょうか」
「何だか呆気なさすぎですね」
あれだけの魔力を持っていたとは思えないほど、ひっそりとしている。
他に何かやるべきことがあるのだろうかと手を伸ばし、美沙姫はパズルの表面に触れた。
一つ一つのピースが、美沙姫に語りかける。
ピースに描かれたその場所に居る土地神達の眷属が一匹ずつ封印されている、らしい。
住み慣れたその場所から放り出されるのが厭で、逃げたのだそうだ。
故にピースは欠け、離れたくないと留まる強い想いのせいで、その場へ足を踏み入れた者まで足止めを食らうことになってしまった──。
読み取ったパズルの記憶を話すと、真亜は呆れたように嘆息を洩らす。子供の遊戯に強制的に巻き込まれてしまったようなものだ。
普段から巻き込まれるのに慣れているだろう真亜を一笑に付し、そういえば、と蓮が気付いたように口を開いた。
「この辺りの守りを担う柱をこの店に据えようかって話、出てたんだっけ」
「蓮、忘れてたのか? 本当に」
他人事のように煙管を吸い、蓮はけらけら笑った。
「まあ何にせよ全てのピースは揃ったわけだし、捻れた空間も戻ったんだ。お帰り」
真相を知っていて面倒だから回収を押しつけたのではないかと不審げな視線を受け流し、ひらひらと手を振り、帰宅を促す。
「そろそろバイトの時間も終わりますし、俺は帰ります。片付けがありそうなんで」
淡々と言葉を綴ると、真亜は頭を下げて店を出ていく。
「そうですね、わたくしもそろそろお暇したいと思います。柘榴様、『jeweler's shop−榴華−』へご一緒しませんか?」
「うん、行く!」
問題事は解決したし、美沙姫は当初の予定通り『jeweler's shop−榴華−』へ向かう。
一足先に帰っても良さそうな柘榴はまだ店の中に居て、美沙姫の申し出に嬉しそうに大きく頷いた。
■登場人物〜thanks!〜□
+4607/篠原・美沙姫/女/22歳/宮小路家メイド長/『使い人』++
NPC
+碧摩・蓮/女++
* *
+ ー・柘榴/女++
+古手川・真亜/男++
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