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<東京怪談ノベル(シングル)>


折り鶴の行方
「はぁぁぁぁ」
 放課後の教室。明智武丸はひっそりとため息をつき、机の上に頬杖をついた。
 窓の外に見えるのは日がおちかけた空と、部活動で走り回る生徒達の姿。
 教室には武丸以外の姿はない。
 廊下もひっそりと静まりかえっている。
 そんな様子を眺めやりながら、再びため息をついた。
 武丸が着ている制服は薄いブルーのシャツ。胸にエンブレムが入った白のベストに灰色のパンツ。
 しかし窓の外を下校していく生徒達の制服は違っていた。
 転入生。
 その文字が今の武丸の全てを語る。
 関西で育った武丸の周囲は、いつも雑音で満ちていた。しかし東京は違う。確かに同じように音は多いが、それは武丸へ届く物ではなかった。
 他人への無関心さか、はたまた優しさか。気弱でおとなしい性格故に、自分から話しかけられないでいると、そのままおいていかれる。
 そういった事がなかった関西がまた恋しくて、いつの間にか手は折り鶴と折っていた。
 そこへばたばたばた、と足音が響いてきて、武丸がいる教室の前でとまる。
 そして勢いよくドアが開かれた。
「あ、れ……? 明智くん……だけ?」
 一人でぽつん、としている武丸を見て、ドアをあけた男子生徒は戸惑ったように聞く。
それに武丸は小さく頷くだけ。
「そ、か…。じゃ」
 小さく言って男子生徒の足音が遠のいていった。
 つい人と関わる事に身構えてしまう。
 それは武丸の中にあった能力故のこと。
 古来より天人の降り立ったとされる伝説の里を守り続けている一族の末裔。しかしその傍流のため何も知らずに育った。だが、先祖がえりにより、武丸の中に眠っていた能力が開花。当時通っていた友人達に知られたくなくて、逃げるようにしてやってきた東京の学校。
「どないすればええんやろ」
 一人ぽつりと呟く。
 返答は勿論ない。
 今日もぼーっと考え事をしている間に放課後を迎えていた。考え事をしている自分を放っておいてくれたのか、はたまた関心がないのか、誰にも声をかけられないまま今に至る。
 以前の学校ならば誰かしらが声をかけてくれて、賑やかな下校をしていたはずなのに。
 と、前の学校を懐かしんではため息。
 自分から踏み出さなければいけない、とわかっていても、それができれば苦労しない性格で。
 お節介焼きでやかましかった前の学校がよりいっそう恋しくなる。……自分から逃げてきたとはいえ。
 梅雨独特の湿り気を含んだ、なま暖かい風が武丸の頬を撫でる。掃除の後、窓を閉め忘れたのだろう、視線をやると全開の窓が目に入った。
 それにそっと手元で折っていた鶴を窓の方へと飛ばす。
 鶴は魂をもった鳥のように飛び立つ。
 武丸の能力の一つ。折り鶴に擬似的な生命を付与して使い魔のように使役する事が可能なのだ。といってもスズメ程度の速度で、視覚聴覚を共有する事はできるが、味覚や臭覚はない。
 現在遊び程度でしか使った事がなく、それが実践でどれだけ使える物なのかわからない。
 しかしそれでもよかった。無機質な折り鶴が飛んでいる姿はどこか嬉しそうで、武丸の表情にわずかな笑みが浮かぶ。
「……どうやってとばしてるの??」
 不意に声が聞こえて、武丸は思わず立ち上がる。
「あ、ごめんね。教室に鞄とりにきただけなんだけど」
 言って女生徒は教室に入ると自分の机の横にかけてある鞄を手に取った。
「…そんなに身構えなくてもとって食べたりしないよ」
 くすくす、とがちがちになっている武丸の格好を笑う。
 その頭上をくるくると鶴が飛んでいる。咄嗟に鶴をおとそうと思ったが、目覚め始めたばかりの能力を制御する事はまだできなかった。
「あ、その鶴? 気にしなくていいよ。最近そういう力使える人増えてるし。実際うちのクラスにもちょっとした能力みたいのを持ってる人いるよ」
 言われて驚愕の表情を浮かべる。ひた隠しにしていた自分はなんだったんだろう、と。
「どうしたー?」
 他の生徒もわらわらと、5人男女入り交じって入ってくる。
「みてみて明智くんてば、鶴とばせるんだよ」
「あわわわわ」
 慌てた武丸に、女生徒はあっけらかんとした口調で言う。
「ほんとだ。すげぇ、糸でつったりしてないぜ」
「かわいー。この鶴、明智君が折ったの?」
「器用だな」
 口々に言われてパニックの極地。この学校に入ってから、これほど自分に対して言葉が向けられたのは、転入初日以来だろうか。
「え、あ……気持ち悪く……」
 ないのか、と問おうとした口が震えてうまく言葉にならない。
「べっつに。うらやましい、とかは思うけど」
 あっさりとした返事に、武丸の気が抜けてぺたん、と床に座ってしまう。
「なんだっけー? ほら怪奇探偵、とかいるじゃない。あそこってもっとすごい能力もった人の集まりがいる、とか」
「月刊アトラスの編集部にもすげーいるらしいなぁ」
「ねね、明智君そういうとこいく機会あったら、サインもらってきてよー」
「サイン貰ってどうすんだよ。みたって名前わかんねぇだろ」
「えー、でもーなんかの記念になるじゃない?」
 目の前で繰り広げられる会話の応酬に、ついていけなくて、床に座ったままぽかんと見上げていた。
「……スカートの中身でも見えるのか?」
 武丸を立たせるふりをして、男子生徒の一人が横に座り込む。
「え、いや、みえへん……」
「二人ともエッチー! スケベヘンタイ」
「そこまでいうか……っていうかスカート短すぎだろっ。それじゃみてください、って言ってるようなもんだ!! な、明智!」
「え、あ、う、うん……」
 勢いに任せて頷いてしまった武丸に、女生徒の冷たい視線がふってくる。
「あ、いや、そんな事ないわっ。っていうか俺みてへんし」
 動揺のあまり、身に付いたエセくさい関西弁が口から飛び出す。
「まったく…、ほら、はやくたちなよ」
 言われて立ち上がると、皆何故か笑顔になっていた。
「放課後の教室、なんて怪談話しになりそうだな」
「やめてよね、変な事言わないでよ」
「んじゃ帰ろうかー。明智くんちってどこだっけ?」
 問われて家の場所を言うと、うちと近いじゃん、かえろかえろ、と背中を叩かれる。
 さっきまで違っている雰囲気。でも以外と居心地がよくて、武丸は微笑った。
 鶴はいつしか窓をこえて、校庭の上を抜けてどこかへ飛んでいった。
 視覚を共有して追う事もできたが、そうはしなかった。
 今はしっかりと、自分の目で。
 できようとしている友人達の顔を、しっかりと見ておきたかったから。