|
調査コードネーム:かたりつぐ命
執筆ライター :水上雪乃
調査組織名 :草間興信所
募集予定人数 :1人〜4人
------<オープニング>--------------------------------------
陽光が差し込む。
広くもない部屋。
明るい色調で揃えられた調度が、日差しの中でおどる。
新たな一日の始まりを祝福するかのように。
だが、それは少女にとって何の意味ももたなかった。
太陽の明るさも、空の蒼さも、両親が揃えてくれた綺麗な家具たちも。
風間七海には、まったく一片の意味すらもたない。
「ん‥‥」
ゆっくりと。
ゆっくりと身を起こす。
狭いシングルベッド。
わずかに寝癖のついた黒髪。
透けるような白い肌。
頬に残る涙の跡。
そして、開かない両の瞳。
「同じ夢‥‥諦めが悪いったら‥‥」
呟いて涙を拭う。
光を失ってから一二年だ。もうとっくに諦めている。
諦めているはずなのに。
「見たいよ‥‥優くんの顔‥‥ねぇ‥‥どんな男の子に成長したの‥‥?」
ぽろぽろと涙が零れる。
開かない瞼から。
何年、同じ夢を見れば気が済むのだろう。
幼馴染みの顔も、自分の顔さえも、けっして見ることはできない。
五歳のときに巻き込まれた交通事故。
それが、七海の人生を変えるギャラルホルンだった。
「ねぇ‥‥私って邪魔者だよね‥‥」
鏡に問いかける。
映ることのない鏡。
白い顔。
いつもと変わらない、朝。
「と、いうわけなのよ」
「不死人ねぇ」
「全然信じてませんって顔ね」
「そりゃ全然信用してないからな」
草間武彦が苦笑する。
よれよれのスーツ、整えない前髪、くわえ煙草。
怪奇探偵の異称をもつ男だ。
「身も蓋も底もないわね。武彦は」
肩をすくめるのは、新山綾。
茶色く染めたセミロングヘア、切れ長の黒い瞳。美人と評して大過ないが、希少価値を主張するほどでもない。
薄汚れた探偵事務所の応接間。
まずいコーヒーをまずそうにすすり、
「そんなバカバカしい話をするために、わざわざ札幌から出てきたのか? 綾は」
唇を歪める草間。
「噂だけなら、わたしだって動かないわよ」
綾の言葉は、やや言い訳めいたものだったかもしれない。
たしかに怪奇探偵が疑うのは当然なのだ。
古代バビロニアの時代から生きる「不死人」が存在するなど。
もしこんなことを頭から信用する人間がいるとしたら、精神科なり心療内科なりの世話になった方がよい。
だいたい、情報を伝えている大学助教授からして半信半疑である。
「より正確には、信が二五パーセント。疑が七五パーセントってところね」
「そんな不確かなのに動いてるのか?」
「調べてみて何もなかったときは、笑い話で済むから」
「ま、そりゃそうか」
婉曲的な綾の言葉に草間が頷く。
無駄になるから調べない、というわけにはいかないのだ。
放置していて何かあったときこそ、事態は深刻になる。
不死など存在するはずがない。
絶対に。
この世には、壊れないものはないし、死なないものはない。
この惑星も、あるいはこの宇宙も、いつかは滅び、原子へと還元する。
時とは万物を律する法則であり、これに勝利することはどのような神話の神にだって不可能だ。
そして、不可能だからこそ、人は憧れるのだろう。
永遠というものに。
「むしろ、不死人がいるかどうかという事実よりも、その存在を信じるものがいるという真実の方が重要かもね」
「ああ。そうだな」
「そんなわけで、武彦にも手伝ってもらうわよ。調査」
「やっぱりなぁ。そう言うと思ったぜ」
「わたしがここに現れたときから予想はついていたでしょ? 厄介事の」
「ま、そりゃそうだ」
シニカルな笑いを草間が浮かべた。
「おっけー じゃあ報酬とかの話をしましょうか」
満足そうに頷いた綾が、ハンドバッグの蓋を開く。
ポケットをまさぐる。
固い感触が指先に伝わる。
小さなナイフ。
握りしめ、少年は奥歯を噛みしめた。
緑川優。
それが彼の固有名詞だ。
「待ってろよ‥‥もうすぐだからな」
内心の呟き。
黒い瞳から放たれた視線は、十数メートルの距離を空けて歩く銀髪に注がれている。
探して探して。
足掻いて足掻いて。
ついに見つけた手掛かりだ。
不死人。
けっして死なない身体。
それは、最後の可能性。
「もうすぐだからな‥‥」
ちいさく口に出す。
あるいは自分を奮い立たせるように。
ここに辿り着くまで、ずいぶんと時間と金を使ってしまった。前者はともかく、親の口座から勝手に引き下ろした金も、もう残り少ない。バレるのだって時間の問題だろう。
それでも、優は最後の望みを不死人に賭けている。
やめるつもりも、退くつもりもない。
「絶対‥‥光を取り戻してやるからな‥‥」
服地のなかでナイフを握りしめ、少年が尾行を続ける。
東京の雑踏。
だれ一人として、彼の姿を見咎めるものはいなかった。
彼の決意を知るものがいないように。
運命という名の砂時計。
砂粒がこぼれ落ちてゆく。
音もなく。
邂逅の刻へと向かって。
※生と死をテーマにしたシリーズです。
全4回を予定しています。
今回の段階ではなにも判っていません。下調べがメインになるでしょう。
※このシリーズが、水上雪乃がテラネッツで描く最後の作品になる予定です。
※水上雪乃の新作シナリオは、通常、毎週月曜日にアップされます。
受付開始は午後9時30分からです。
------------------------------------------------------------
ほどよく空調が効いた事務所。
すらりとした足を組んだ新山綾。
「おそいっ!」
なんか怒っている。
時刻は八時半。
「まあまあ綾さん」
黒髪蒼眸の事務員が冷たい麦茶などを出す。
「なんでこんな時間までぐーたら寝てんのよっ! あの宿六はっ!」
ちなみに宿六あつかいされているのは草間武彦といって、この美貌の事務員‥‥シュライン・エマの亭主である。
「や、ぐーたらしてるわけじゃ‥‥」
「なにいってんのよっ 銀行だってとっくに営業してるわよっ」
「そりゃ北海道だけでしょうが‥‥」
昨年くらいから、北の島ではサマータイムが試験的に導入されている。ヨーロッパなどの先進諸国に遅れること数年だ。
これには事情があって、日本というのが先進国の中でもかなり南の方にあって、夏と冬での昼の長さの差があまりないことが最大の理由である。
わざわざサマータイムを設ける必要はあまりないのだ。
それでも、北海道だけはやってみよう、ということになったのは、基本的に右にならえがこの国の国是だから。
実際に北海道在住の人に聞いてみると「上司の手前、はやく仕事を終えて帰ることもできないので、一時間はやく出勤する分、就業時間が長くなっただけ」という解釈が一般的なようである。
ただ、今回は集合時間に遅れている草間が全面的に悪いので、サマータイム云々はあまり関係がない。
「赦してあげて。昨夜は遅くまで調べものをしていたみたいだから。あの人」
「あら珍し。全然やる気なさそーだったのにね」
「いろいろあるのよ」
ちらりと隣室へ続く扉へと視線を送るシュライン。
義妹の部屋が、そちらにあるのだ。
零。
草間とシュラインにとって血の繋がらない妹。本当は彼らよりもずっと年上の。太平戦争中に造られた、死霊兵器ゼロ。
それは、ある意味において不死人に近く、ある意味においては最も遠い。
零という娘は老いることがなく、少なくとも草間やシュラインが生きている間に活動を停止することはないだろう。
生きている、というのとは少し意味が違うからだ。
「‥‥ヴァンパイアロードとかと同じ、か」
「綾さん。そういう言い方は」
「‥‥ごめん」
カテゴリ分けするなら、零もまたアンデッドモンスターということになる。綾の言うとおり吸血鬼などと同じなのだ。
家族として接しているシュラインには、認めたくないことではあるが。
「ところで、他の面子は?」
やや不器用に話題を変える北の魔女。
わだかまりを解く笑顔でシュラインがファイルを差し出した。
スタッフ名簿である。
巫灰慈、守崎啓斗に北斗といった馴染みの深い名前が踊っている。三人とも不死などという戯言を信じているわけではないが、ようするに綾への義理立てというニュアンスだろう。
「シオン・レ・ハイと飛鷹いずみってのは聞き覚えがない名前ね」
「会ったことなかった?」
「ないと思う」
「シオンさんは、まあ一言でいうと貧乏人よ。いずみちゃんは子供。安心して」
「なかなか安心できない説明だけど、武彦の人選だもんね。信用するわ」
「それは褒められたと思っていいのかしら?」
「さあねー」
悪戯っぽい笑みを浮かべる魔女と、肩をすくめる黒髪の美女。
壁掛け時計が黙々と時を刻んでいる。
そもそも、不死の存在というものはありえない。
アンデッドモンスターなどは生者ではなく死者の側だ。死なないのではなく、生きていないのである。
怪奇探偵の台詞ではないが、この世に死なないものはないし壊れないものもない。
地球だっていつかは太陽に飲み込まれる運命を背負っている。
むろんそれは何十億年先という途方もない未来のことであろうが。
「限りある命を持った星に生きるものが、不死というのは滑稽な話ではありますね」
紳士風の男が口を開く。
シュラインがいうところの貧乏人、シオンである。
もっともらしいことを言っているが、メンバーの中で彼が最も不死に近い。というのも、シオンは人間ではないからだ。
カテゴリ分けするなら、精霊種ということになる。
むろん、不滅の存在というものでは、まったくない。
人間とは異なる法則に従って生きているだけで、いつかは必ず終焉のときが訪れる。
「それでも、より長く生きたいってのは、人類の永遠の夢なんだろうよ」
突き放すように巫が言う。
彼はまだ若いが、死を覚悟した経験が幾度かある。
啓斗と北斗も同じだ。
死にたいと願っているわけではないが、死んでも後悔のない場面というものがたしかに存在する。
たとえば巫にとっては綾がそれである。
彼女のためにならば、紅い瞳の青年は命だって簡単に差し出す。
それを綾が望まなかったとしても、である。
守崎兄弟にとっては、互いの存在がそうだ。
もちろん自分だって死にたくはないが、どちらか一人しか生き残れない状況に追い込まれたなら、啓斗は北斗を、北斗は啓斗を迷わずに選ぶだろう。
そういう次元の戦いをくぐり抜けてきた彼らなのだ。
「だから、不死の記録は世界各地にあるんです」
浄化屋の言葉を補強するように口を開いたのは飛鷹いずみだ。
今回のメンバーでは最年少である。
なんとまだ一〇歳だったりする。
「東方見聞録にも登場しますよ」
「マルコポーロの?」
「ええ」
なかなか壮大な話だが、
「でも、あれ自体があんまり信憑性がないからなぁ」
肩をすくめる啓斗。
有名であればいいというものではない。それに、東方見聞録は日本でいうと鎌倉時代にあたる。
「ちょっと時代が違ってるよーな気がするぜ。今回の不死人ってのは古代バビロニア‥‥ち、そうか。関係ないのか」
自分の言葉に、北斗が落第点を付けた。
実在するとすれば、相手は不死なのだ。
古代バビロニアだろうと中世ヨーロッパだろうと近世中国だろうと現代日本だろうと、出現場所にこだわる必要はない。
「ちなみに、なんと記載されてるんです?」
シオンが言った。
一件紳士風の貧乏人は、明らかに年少者が相手でも腰が低い。
「元寇の時ですね」
いずみが説明を始める。
元帝国の皇帝フビライ・ハーンに寵愛されたイタリア商人、マルコ・ポーロがアジア諸国を漫遊してしたためたのが東方見聞録であり、この著書によってオクシデント(西方世界)のアジアに対する関心が爆発的に高まった。
この中で日本は「黄金の国ジパング」として登場する。
元という国はモンゴル帝国であり、初代の皇帝はテムジン(鉄木真)といい、日本ではジンギス・カンの名が知られている。元という国名が定まったのは第五代皇帝フビライの時代である。
当時の中国には西夏、南宋、金などの諸国が王朝を築いていたが、ジンギス・カンによって西夏は滅ぼされ、フビライが最後に残っていた南宋を滅ぼし、中国は政治的に統一される。
統一王朝の成立は、むろんジンギスやフビライの有能さを証明するものであるが、多分に経済的な必然性もある。
オリエント(東方世界)とオクシデントを結ぶシルクロードの存在。
これが両方の世界に莫大な富をもたらしていたのだが、群雄割拠の状態では交易路自体の安全が保たれないし、交易路周辺の都市国家が好き勝手に通行税を取り立てたのでは、交易そのものが成立しなくなってしまう。
したがって、大元帝国の成立は、交易商人たちの強力なバックアップがあってこそ、という側面を持つ。
当然、歴代の皇帝たちは交易商人を優遇した。
マルコ・ポーロも優遇された一人である。
元寇は、西暦の一二七八年と一二八一年の二回。
どちらも元が敗退している。
鎌倉幕府軍が奮戦したから、という理由ではない。残念ながら。
そもそも元と鎌倉幕府では国力の蓄積が違う。まともに戦って勝機などなどなかったのだが、なぜか元という国は、海を越えての侵攻に成功したことがないのだ。
西夏を滅ぼし、ホラズム帝国を滅ぼし、南宋を滅ぼし、ビルマやタイを服属させ、西方の戦いでは最強を誇ったドイツ騎士団を完膚無きまでに叩き潰した元軍だが、どういうわけか上陸戦は苦手だったのである。
もちろん、二度の侵攻で、二度とも台風に遭遇したという不運もあった。
「で、その二回目の侵攻のときに八人の不死人が登場します」
「八人?」
首をかしげる巫。
いずみの説明は続く。
「剣で斬っても死なず、矛で突いても死なず、という描写がされてますね」
「日本側だったのか?」
「いいえ。元側ですね。記録によれば二人ほどが生け捕りにされたらしいのですが」
「が?」
「いつの間にかいなくなってしまったそうです」
「ミステリーですねぇ」
ふむふむと感心するシオン。
とてもピュアなのだ。彼は。
シオンほど無垢でもない啓斗と北斗は顔を見合わせて肩をすくめただけである。
それだけでは、不死というにはやや弱い。
剣や槍が効果がなかったのは甲冑の性能が良かっただけかもしれないし、捕虜を殺したという不名誉を糊塗するために記録から抹消したのかもしれない。
「さて、そいつはどうかな」
下あごに手を当てる巫。
「私も巫さんに賛成です」
すかさず、いずみが賛意をしめした。
「まだ、なんもいってないんだけどな」
「モンゴル軍は軽装で重い甲冑など付けていなかった。捕虜を殺した場合でも、当時はそれを隠す必要などなかった」
歌うように言う。
聡い小学生である。
ドイツ騎士団が元軍に敗れたのは、じつにいずみの述べた理由だ。
火薬を使用した戦術、機動力を優先した馬術。このふたつが元軍の勝利の方程式だったのだ。
「なるほど、な」
得心したように腕を組む啓斗。
不死人の存在にではなく、今回のメンバーにいずみが選ばれた理由についてである。
シュラインは冷静だし、綾には知識があるし、どちらも頭脳役として申し分ないが、アプローチは多角的におこなったほうが良い。
いずみは第三の頭脳ということになるだろう。
「つーか女ばっかだよなー 参謀ー」
兄の思いに感応したのか、北斗が頭の後ろで手を組んだ。
どういうものか、男が肉体派で女が頭脳派という役割分担になってしまっている。
まあ、シオンが肉体派かどうかは微妙なラインだが。
それはともかくとして、
「街には不死人の情報なんぞ流れてなかったな」
ケントマイルドの先に火を灯す巫。
「歩行喫煙は禁止ですよ」
「歩いてないって。ちゃんと立ち止まってるだろ」
「へりくつへりくつへりくつへりくつ」
「まあまあ。ちゃんと灰皿もありますから」
シオンが携帯灰皿を出したりして。
「どうしてそんなもんもってんだ? お前さん吸わないだろ」
「いやぁ。これをもって道路に落ちているの吸い殻とか集めているとですね」
「ふむふむ」
「近所の小母さまたちが「えらいねぇ」とかいって、お菓子などをくれるものですから」
「‥‥‥‥‥」
さもしい。あまりにも。
そもそも、不死という話がどこから出たかという問題がある。
「もってきたのは、もちろんわたしだけどね」
「綾さんを動かしたのは?」
「日本政府」
「その背後にいるのは?」
事務所で女性ふたりが会話を交わしている。
シュラインの問いかけには韜晦を許さない真剣さが含まれていた。
「どこだと思う?」
反問。
「イングランドだろ」
割り込む男の声。
怪奇探偵だ。
「おはよう。武彦さん」
「おはよ。なんでそー思う?」
「不死に興味を持ちそうなのはアメリカ。というより俗物のモリスだろうがな」
サイリード・モリス大統領。
かつて怪奇探偵たちが警護したこともある人物だ。
当時は大統領ではなかったが、俗物ぶりはシュラインや巫も熟知している。
「なるほど。あの人なら不死を求めてもおかしくないわね。でもそれがどうしてイングランドに繋がるの?」
小首をかしげる蒼眸の美女。
「たしかにそのままじゃ繋がらないけどな。あいだにいろいろと挟むと繋がるぜ」
整えてない髪を掻き回し、マルボロに火を付ける。
「不死なんてもんはない方が良いし、仮にあったとしても独占されて良いもんじゃない」
だが、もし実際すれば、その技術は一部権力者に独占されるだろう。
秘密の独占、特権の独占こそが、権力を維持する常套手段だからだ。
であれば、そんなものは存在しない、とした方がずっと良い。
「それに、不死を認めちゃいけない立場の連中がいる」
「あ、それは判ったわ。バチカンね」
シュラインが手を拍つ。
故人となったヨハネ・パウロの開明政策によってキリスト教はかなり柔軟になった。ダーウィニズムの肯定などもその一例であるが、それでも魂は神が作り賜うたものであるという立場は崩していない。
それが、神以外の不死の存在などを認めるはずがない。
「で、バチカンから女王陛下に要請があった。そういうこと?」
「そういうことだろ? 綾」
夫婦に確認され、北の魔女が肩をすくめてみせる。
バチカンから直接アメリカに圧力をかけることはできない。なんだかんだいっても、アメリカという国は近代社会の暴力的な面の具現者だからだ。
だからイギリスを使う。
もちろんイギリスだってアメリカと事を構えるつもりはないが、英国女王は北の魔女‥‥新山綾と個人的な信仰がある。
舞台が日本ならばこの上なく強力な味方だ。
「ちょっと待って。綾さん」
「なに? シュラインちゃん」
話を止める事務員に意地悪な笑顔を向ける。
「日本が舞台になるって、どういうこと?」
看過できぬ部分だ。
不死人の存在に、綾は半信半疑だったのではないか。
どうして話がそこまで進んでいるのか。
「わたしが信じるかどうかってのは、あんまり関係ないのよね」
「信じる連中がいる、ってのが問題なわけか。動いてるのはどこだ?」
「CIA、IO2、クルセイダー、MI6、それに内調。こんなところかしら」
魔女の言葉にシュラインが青い目を大きく開く。
「あっきれた‥‥」
関係四カ国の特殊機関や諜報機関が勢揃いだ。
はっきりいって国際規模の謀略戦である。
「しがない探偵にどうこうできるレベルの話じゃないって‥‥」
げっそり。
事務用椅子にもたれかかる。
黒い髪がさらさらと流れた。
「でかいヤマになりそうだな‥‥」
呟く怪奇探偵。
煙草をもみ消す。
乱暴な扱いに抗議するように、灰皿から煙が立ち上った。
「ちょっとあれ」
いずみが指をさす。
街での調査の帰り道、探偵たちの視線の先に不審な行動をする人物がいた。
ポケットに手を突っ込んで歩く少年。
右手は何かを握っているのだろうか。不自然に膨らんでいる。
「殺気がばりばり出てるな」
呟く啓斗。
さすがに歴戦の戦士である彼には、素人が放つ殺気などお見通しであった。
「白昼堂々と通り魔かよ」
舌打ちした巫と、無言のままの北斗が、すっと少年との距離を詰める。
お節介だと思わなくもないが、明らかに殺意を振りまいている者を放置しておくわけにもいかない。
ポケットのふくらみは、おそらくはナイフだろう。
それ以外の武器は、この国では簡単に手に入れることができないはずだ。
とはいえ、ナイフでも充分に剣呑である。
「狙っているのは誰‥‥?」
きょろきょろと視線を動かすいずみ。
「あれじゃないですか?」
シオンが見つめるのは銀髪の後ろ姿。
この角度からでは老人なのか若者なのか判らない。あるいは外国人かもしれない。
何の恨みがあってつけ狙っているのかは知らないが、
「見てしまったら、素通りというわけにもいかない」
ちらりと先行するふたりと視線を交わした後。
ぱんっ、と、啓斗が大きく両手をあわせた。
少年が驚いて硬直する。
それは、砂時計からこぼれ落ちる砂粒が数えられるほどの短い時間。
だが北斗と巫にとっては充分すぎる時間だった。
右手と右肩を浄化屋が、左手と左肩を忍者ボーイが、それぞれ押さえ込む。
「なっ!?」
「おっと動くなよ。死にたくなかったらな」
ドスの効いた声でささやく巫。
なかなかの演技者である。
「こんなところで殺人させるわけにもいかないんでね。悪く思うな」
ごく柔らかく北斗は言ったつもりだったが、少年の反応は予想を超えていた。
「はなせっ! あいつがいっちまうっ!!」
怒鳴り、藻掻き、暴れる。
通行人たちの非難の視線が集中する。
まあ、この状況では巫と北斗がカツアゲかなにかをしているように見えなくもない。
「暴れんなってっ」
「やっとみつけた手がかりなんだっ! 邪魔するなっ!!」
浄化屋の腕にまで噛みつく始末だ。
「いててっ!?」
「手がかりって、何の手がかりだ?」
歩み寄ってきた啓斗が訊ねる。
痛がっている仲間のことは、まあ横に置いておいて。
「あいつがいれば七海の目を治せるかもしれないんだっ!」
興奮しているのか、少年の言葉には整合性がない。
目を治すということとナイフとストーキング。どことをどうやっても繋がらないであろう。
そして少年が追っていた銀髪の男も、騒ぎに気がついたのが、さっと姿を消してしまった。
絶望の呻きを発する少年。
「待ってくれ‥‥不死の秘密を教えてくれ‥‥」
がっくりと膝をつく。
その言葉に、今度は探偵たちが立ちつくした。
いま少年はなんといったのだ?
「ねえあなた‥‥いまなんて‥‥」
問いかけるいずみ。
「お前らのせいだっ! せっかくここまで不死人を追いつめたのにっ! 七海の目が治らなかったらお前らのせいだっ!!」
激昂。
少年の目から涙が溢れる。
「不死人って‥‥なんでそれを‥‥」
どうしてこんな子供がそんなことを知っているのか。
街には情報など流れていなかったのに。
いずみの頭脳で疑問が渦を巻く。
「いったいどうなってるんでしょうか‥‥?」
シオンが長身を伸ばして人混みを透かし見た。
むろん銀髪の男の姿は、すでにない。
雑踏。
雑踏。
雑踏。
そこにあるのは人の波だけ。
立ちつくす探偵たち。
蹲る少年。
見向きもせずに素通りしてゆく。
運命の歯車が回りはじめた瞬間を、気づきもせずに。
つづく
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086/ シュライン・エマ /女 / 26 / 翻訳家 興信所事務員
(しゅらいん・えま)
0554/ 守崎・啓斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗 /男 / 17 / 高校生
(もりさき・ほくと)
0143/ 巫・灰慈 /男 / 26 / フリーライター 浄化屋
(かんなぎ・はいじ)
1271/ 飛鷹・いずみ /女 / 10 / 小学生
(ひだか・いずみ)
3356/ シオン・レ・ハイ /男 / 42 / 貧乏人
(しおん・れ・はい)
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
お待たせいたしました。
「かたりつぐ命」おとどけいたします。
オープニングでも書きましたが、このシリーズが水上雪乃の描くテラネッツでの最後の作品となります。
生と死というちょっと重めのテーマです。
まずは序章ですね。
キャラクターたちはまだ名前を知りませんが、緑川優との邂逅が果たされました。
ここから物語は動き始めます。
どのような運命の糸が紡がれるのか、ご期待ください。
また、これがラストですので、キャラクターたちにはそれぞれの結末を用意する予定です。
どのような結末がそののキャラクターに相応しいか、ご希望を言っていただけると幸いです。
ただ、それはもちろん水上雪乃作品の世界だけのことですので、他のライターの作品世界にはまったく影響しません。
さて、珍しく後書きを長く書いてしまいましたが、本編の方、お楽しみいただければ幸いです。
それでは、またお会いできることを祈って。
|
|
|