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<東京怪談・PCゲームノベル>


花は空に舞い

 風の香りが変わった。それまで歩いていた雑踏の、排気ガスや埃にまみれたそれから、いつの間にかしっとりとした花の香りに包まれていたのだ。木漏れ日も静かな桃の苑。街の中にこんな場所があると気付く人は、殆ど居ないだろう。ついさっきまで聞えていた雑踏のざわめきも車の音も聞えない。静かだった。
「ふぅ。これで終わり…か。これもつとめとは言え、面倒よのう」
 木々の向こうから聞えてきたのは、その言葉遣いには似合わぬ、少女の声だ。白い髪に真っ赤な瞳、うっすらと紅色のさした着物を着た少女は、都会の真中に現れた桃の苑と同じくらい、異質な雰囲気を持っている。少女の周りには敷き布が敷かれ、その上にはちょっと変わった品が並んでいた。
 
 四宮灯火(しのみや・とうか)が苑に迷い込んだのは、いつものようにある人の気配を探して、ふらりとさ迷っていた時だった。
「少し、不思議な…」
 甘い香りに包まれて、灯火は戸惑いつつも、辺りを見回して、少々失敗したかと後悔した。真白な髪をした少女が、赤い瞳をまん丸にして、こちらを見ている。魂を持ち、大抵の事なら出来るとは言え、人から見れば、灯火はやはり、人形だ。子供というにも小さい程の大きさの、不思議な青い瞳をした日本人形。普通は動くものではないと、皆思っている。だからこそ、近頃は周囲に人気の無いのを確認してから、移動するようにしているのだが、それでも時折、こうして人を驚かしてしまう。見れば幼い少女。怖がらせるのは本意ではない。だが、少女は一旦、驚いただけで、すぐににっこりと笑うと、
「面白いお客じゃのう」
 と言った。見かけにそぐわぬ言葉遣いに、灯火はもしや、見た通りの子供ではないのかもと思いつつ、
「四宮灯火と申します」
 と挨拶をした。少女は
「灯火どの、か。美しい名じゃ」
 と頷いて、天鈴(あまね・すず)、と名乗った。ここに住んでいるのだと言う。
「不思議な場所でございますね。花の香りが心地よい…」
「寿天苑、と申してな。我が先祖に当たる者が作りだしたる、亜空間よ。これは苑が作られた時、仙界より移植した桃の木でな、こうして時を選ばず花を咲かせ、同時に実も付ける」
 話す鈴の横で、桃の木がはらはらと花びらを散らす。仙界の桃とは、珍しい。灯火は少しだけ顔を上げ、桃の木を見上げた。
「美しい…。花びらにも…また、精気が宿って居るような…」
「ようお分かりじゃ。ここは元々仙界の気を封じ込めてありはするが、気を巡らせておるのはこの桃の木じゃ。邪気を纏う者には苦しゅうてならぬであろうが、そうでなければ心地良う感ずるもの。…中へ入られよ、灯火どの。見た所、迷い込まれたようじゃが…」
 微笑む鈴に、灯火はこくりと頷いた。
「人を探して居るうちに…」
「そうか。少し休んで行かれると良い。これも何かの縁ゆえ」
 鈴の誘いを、断る理由は特に思いつかず、灯火は寿天苑に足を踏み入れた。仙界の桃の木々の下には小さな池があり、彼らの落とす花びらを受け止めている。池のすぐ傍に敷かれた布には、何故か色々な品が並べられていた。店でも開いているのだろうか。灯火が首を傾げると、鈴は、
「ああ、済まぬ。蔵の品を風に当てて居る所でな」
 と言って、品の間をすり抜けるのを手助けしてくれた。
「蔵を…お持ちなのですね」
「お持ち、と言うよりは、本来は蔵のほうが主なのじゃよ、ここは。我が先祖は仙界でも大分変わり者でのう、古今東西の不可思議な品々を集めるのが趣味であったらしい。…ほれ、あの向うに見える」
 鈴が振り向いた先には、白壁に小さな窓がいくつかついた、建物が見えた。
「あそこに…その、品々を…?」
「そうじゃ。最初に建てられたのは、蔵の方でな。苑はあの蔵の為に作られたようなモノじゃ。品々を愛するあまりかは知らぬが、蔵を建てた本人も、ここに暮らすようになったそうじゃ」
「…今は…?」
 灯火の問いに、鈴は黙って首を振った。
「分からぬ。苑は一度焼けたのじゃよ。千年ほど前に」
「焼けた…?それ…では…」
「主は姿を消し、収めてあった品々は全て流出してしもうた。以来、苑はその一族の者達に代々受け継がれ、蔵守を受け継いだ者達は、流出した品々を取り戻し、再び蔵に収める事を務めの一つとして来たのじゃが…。これが中々難しゅうてな。今はまだこの通り」
 敷布の上を見やって、鈴が少し、肩をすくめる。
「大変な……」
「まあな」
 灯火の言葉を慰めと取ったのか、鈴は苦笑いして見せると、敷布の傍に腰を下ろした。灯火もそれに続く。目に付いたのは、筆の山だ。小さめのだるま筆のような形の筆で、灯火が目を止めたのに気付いた鈴が、一本取り上げて見せた。
「弘法の筆、と申してな。この世に答えられぬ問いは無い、と言う不思議の筆じゃ」
「本当…に…全ての問いに…?」
「まあ、無理な物もあるがのう。未来だの、人の気持ちだの、揺らぐモノは分からぬ」
「そう…ですか…」
 少し落胆したものの、灯火は筆に触れてみた。声が、聞こえる。
「…まあ…」
 思わず声に出した灯火に、鈴がぴくりと顔を上げる。
「すみません…ただ、とても…喜んで、居られましたので…」
「喜んで?…筆が、かの」
「はい。…わたくしも、人ではありません。だから、でしょうか…」
「物の声を、聞かれるのじゃな」
 鈴が目を細める。
「弘法の筆は、喜んで居るのか。…それもそうじゃの、作られてより長き間、誰も使う者はおらなんだからのう。元はとある富裕な家の親御から、息子をどうにかして科挙に受からせたいと頼まれた仙が作ったものなのじゃが」
「うまくは…」
「そう、行かなんだ。訳は、使うてみれば分かる」
 鈴に言われて、灯火は触れたまま、何とか筆を持ち上げた。すると、さっきまでだるま筆の姿をしていたのがするすると小さくなり、灯火に丁度良い大きさの、筆ペンのようなものに変わった。
「それもこ奴の力の一つ。手にした者の使い勝手の良い姿に変わるのじゃ」
 なるほど、と少し感心すると、筆から嬉しげな言葉が聞えてくる。
「さあ、これに」
 差し出された紙の上に、筆を載せた。
「うまく…書けるでしょうか…」
「何か問いを、心の中に思うだけで良い」
「…はい…」
 灯火はまずは無難な所を、と、ここに住む者の名を聞いてみる事にした。鈴の名は既に聞いたので、筆の力を知る事が出来る。筆はするすると紙上を走り、三つの名を書き連ねた。
「ほう、ここに住まう者の名か」
 鈴が言う。どうやら筆の答えは正しいようだ。
「これは、鈴様、玲一郎様と仰るのは…」
「弟じゃ。今はあるばいとに行って居る。しかし…ふうむ、呑天も入れたか」
「どのような方なのですか?」
 灯火が聞くと、鈴は少し考えてから
「ほれ、あのような奴じゃ」
 と、屋根の上を指した。何時の間に現れたのか、白い鳥が、じいっとこちらを見詰めている。
「あれが、呑天様」
「そうじゃ。元は川鵜じゃが、白うて変わっておるであろ?あれも色々あってのう、ずっとここに暮らしておる」
 鈴の声が聞こえたのか、呑天はばささ、と羽ばたくと、鈴と灯火の間に降りてきた。通せんぼうをするように羽根を広げつつ、長い首を左右に折り曲げて、しげしげと灯火を見る
「これ、呑天。お客人をそのようにじろじろ見つめるものではない」
 鈴に咎められてまた、首を傾げて一声鳴く。だが、危険な相手ではないと悟ったのだろう。首を伸ばして灯火の手に、そっと頭を乗せて見せた。
「挨拶のつもりじゃよ。撫でてやって下され。こやつ、元々雄でなあ、女子にはそう悪さはせぬ」
 鈴に言われて、灯火はそっと筆を置いて、呑天の頭を撫でた。ふう、と息を吐いて目を閉じる呑天を、鈴が面白そうに見ている。少しべたついてはいるけれど、呑天の羽毛は柔らかく、楽しい手触りだ。
「…優しい…感じです…」
「そうか」
 鈴が微笑む。
「一つ聞いても宜しいか」
「はい」
「灯火どのは、一体誰を探してらしたのかの」
 と聞かれて、灯火は最初にそう説明したのを改めて思い出した。
「それは…」
「もしや、元の主を探して居られるのではないかの?」
 説明するより早く言われて、灯火は少し驚いた。
「物に心が宿るのは、本当はそう珍しい事ではない。わしにとってはのう。昔はそのように魂を宿した人形を、あちこちで見かけたものじゃ。人形だけではない、櫛や手鏡、屋敷でも、魂や、それを越えた神のようなモノを宿す事はある。じゃが、それも昔の事。近年ではめったに見かけぬようになった。もしや主が与えた深き想いが、主を求める強き願いが、魂となったのやも知れぬと思うてな」
「…はい。その通り、私はずっと…」
「たった、一人きりでかの。力持つとて、人形の身で」
「…以前は」
 ただ『あの方』の事を思い、たった一人で旅に出た時の事を思い出しながら、灯火は言った。確かに最初は一人きりだった。だが、今は違う。
「…わたくしを…助けて下さる方に…出会いました」
 今はその人の店で、手伝いをしているのだと言うと、鈴はそうか良かった、と我が事のように嬉しげに微笑んだ。
「一人きりと言うのはのう、自分で思うて居るより、ずっと寂しいものじゃ」
 鈴は、呑天の頭をそっと撫でながら、言った、
「鈴様も…一人きり…?」
 聞いてから、いやそんな筈はない、と思いなおした。さっき共に暮らす人の名を、聞いたばかりだ。だが、鈴は頷くと、
「昔の事じゃがの」
 と笑った。今は一人では無いのだ。寂しくは、無いのだ。それは灯火も同じだ。寂しくは無い。店に居られるから、一人ではないから。沢山の出会いもあった。けれど、それでもやはり求める心は変わらない。
「贅沢・・・でしょうか…」
 灯火は呟いて、呑天の羽毛をまた、撫でた。
「今が…不幸せな訳では…ないのに…」
 時折、思う事だ。だが、鈴はいや、と首を振り、
「皆同じじゃ。逢いたい心を抑える事は無い。今共にある友の事を、大切に思う気持ちさえあればな。そう思わねば、苦しゅうてやってはおられぬ」
 と言った。この少女にも、誰か逢いたい人が居るのだろうかと思いつつ、ふと視線を転じた灯火は小さな声を上げた。
「…ああ…」
 緩やかな風の中ほんの微かに揺れた桃の木が、ひとひら、ふたひらと薄紅の花びらを落としている。ゆうらりゆうらり舞いながら、池の水面に落ちて行く花びら達は、思わぬのだろうか。まだそこに居たかったと、樹の上で、皆と一緒に揺れて居たいと。手を伸ばせば、その声が聞けるであろうか。と思いかけた灯火は、たとえ出来たとて、詮無き事と気が付いた。落ちた花びらは元には戻らぬ。それが彼のさだめなのだから。そして、そう考えるなら自分も…。
「灯火どの」
 鈴の声に我に返った。
「我らと花は、違うものじゃ」
「鈴様…」
 なあ、と鈴が微笑み、灯火も小さく、頷いた。花びらはまだ一片、風の中に舞っている。

<花は空に舞い 終わり>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【 / 四宮 灯火(しのみや・とうか) / 女性 / 1歳 / 人形】

<登場NPC>
天 鈴(あまね・すず)


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■         ライター通信          ■
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四宮 灯火様
初めまして、ライターのむささびです。この度は初のご発注、ありがとうございました。お楽しみいただけたでしょうか? 不思議なお客に、鈴も楽しいひと時を過ごしたようです。ありがとうございました。今回は撫でていただいただけでしたが、呑天も興味を持ったようです。弘法の筆は、鈴が『記念に』とお渡ししたようです。また、このゲーノベではお決まりになりつつありますが、桃の花が一片、灯火嬢の袂に入り込んだまま、お持ち帰りいただいたようです。ほんのり花の香りなぞ致します、何かの折りにお使いいただければ幸いです。
それでは、またお会い出来る日を楽しみに。

むささび。