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<東京怪談ノベル(シングル)>


天体観測

 静かで、静かで、穏やかな夜。
 闇色にも見える空の下にあるのは、一人佇むには余りに寂しい、静寂。けれど、彼女にとっては慣れたものだ。
 相変わらず両親が不在の彼女の家は、当たり前のように静けさが存在している。
 そんな、家の中。梅田・メイカは自室の窓から、ぼんやり、空を見上げていた。
 いつもなら星が瞬いているはずの空だが、今日は雲も多く、何処か、淀んで見えた。
 そういえば、深夜の時間帯には雨が降るようなことを、天気予報が告げていた気がする。
 残念だ。夜の仄かに冷たい風にあたりながら星空を眺めるのは、とても楽しみな時間なのに。
 でも……。
 口許に、ほんの少し笑みを作りながら。メイカは窓辺に預けていた体を振り返らせた。
 見渡せば、自分の手で整えあげた部屋が、視界を埋める。
 趣味が趣味なだけに、彼女の部屋は全体的にデジタルなもので染まっていた。
 よく言えばシャープ。悪く言えば……無機質、だろうか。
 壁際に備えられたホームシアターシステムに始まり、机の上には高性能自作パソコン。視線を移せばプラズマテレビ、空気清浄機が並び、別の一角にはコンポが据えられている。
 唯一歳相応かと思われるゲーム機は、DVDプレイヤーを兼ねていたりするのだから、なかなかどうして、少女らしさが伺えたものではない。
 もっとも、メイカらしさがありありと描かれている室内だとも、いえるが。
 そんな、何処か淡白で、機械的にも見える室内において、ど真ん中に佇むダンボール箱だけが、妙な生活感を醸し出している。
「いいタイミングで、届きましたね……」
 それは今日の夕方、学校から帰ってきたメイカを出迎えたものだ。
 楽しみにしていた宅配物。ネットの通販で超特売セールの名に惹かれた、一品だ。
 部屋を埋めるデジタル趣味もさることながら、ネット通販で極限まで安い店を探し、デジタル家電を買うこともまた、メイカの趣味だ。
 それのおかげで、この部屋が出来上がったといっても……恐らく、過言ではあるまい。
 ともあれ、メイカはそっと窓を閉め、うきうきとした気分で、ダンボール箱を開けた。
 現れたのは、小型のプラネタリウムセット。取扱説明書がついていたが、見る限り、特に必要のあるものではなさそうだ。家庭用と銘打ってあるだけあって、使い方は、シンプルなものである。
 一応、四つに折り曲げてある紙を開き、ざっと目を通してから。メイカはそれを起動させ、そのままコンポに手を伸ばし、静かな雰囲気に拍車をかけるような曲を、流し始める。
 部屋の明かりを消して、きちんと起動しているのを確認すると、仄かな明かりを頼りに、ベッドに腰を落ち着けた。
 淡白だった部屋は、一転。まるで屋根や壁の垣根が取り払われたかのように、神秘的な星空が描かれた。
 人工的な星空は、けれど東京の空を見上げるよりはずっと、美しい。
 本などで見たことのある星座や、まるで知らない星々まで。静かな曲調に乗って、メイカの瞳に映しこまれていく。
「綺麗……」
 ベッドに寝転び、天井を見上げていると、星の海を泳いでいるような錯覚に陥る。
 メロディがそれを助長し、メイカは奇妙な浮遊感の中に、落ちていく。
「本当に星の海を泳げたら……楽しい、ですかね……」
 実際の星がこんなに煌びやかなものでないことは知っている。
 けれど、この地上に足をつけ、高い空を見上げる者の特権として、空想的なその場所に夢を馳せるのだ。
 それは決して、悪いことではないのだから。
 ふと、意識が現実に戻ってきた。曲が、終わったのだ。
 丁度、そろそろ眠ろうかという時間。メイカは穏やかな余韻を胸に残したまま、瞳を伏せる。
「今度は、別の曲もかけてみましょうか……」
 本物の星空も見たい。風と、自然の音色に晒されて。
 けれどやはり、時々こうして誰かが作った星空に、夢を馳せていたい。
 またいつか、そう、静かで、静かで、穏やかな夜に――。