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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


□捩れた思い□



+opening+

 蒸し暑い日中、古めかしい草間興信所のブザー鳴らした人物は、磨りガラスの填め込まれた扉の向こうで、開けられるのを大人しく待っていた。
 思っていたより大きな音で驚いたのかも知れないが。
 草間は零が買い物に出かけていたのを思い出し、銜えていた煙草を灰皿の端で名残惜しそうに消し、席を立つ。
 怠そうな仕草なのは、室内に冷房がかけられて居ないからだ。
 扇風機のスイッチを入れて、気休め程度に風を対流させる。
 扉を開け室内へと依頼人らしき少女を誘う。
 室内に入る事に最初躊躇する様子を見せたが、すぐに吹っ切れたのか小さく礼をして、古ぼけたソファに案内されると座った。
 そして、幅広の爽やかさを感じる帽子を両手に持ちながら、少し怯えつつも草間を見上げいった。

「姉の行方を調べて頂きたいのです」

 武田由香里(たけだ・ゆかり)、と名乗った依頼人は姉の内山雅(うちやま・みやび)が事故ではなく、誰かに殺されたのではないかと疑っているという。
 疑問に思うきっかけになったのは、最後に会った時に交わした言葉が記憶に残り気がかりで仕方が無かったのだ。
「由香里ちゃん、私が殺されたら真実を探してね」
「雅お姉ちゃん何をいってるの? 変な冗談はやめてよ」
 その時、雅は冗談交じりで由香里にいっていたが、冗談ではなく本当だったのでは無いかと、最近になって思い始めたのだ。
 雅の交友関係は広かったが、特別な関係の人物は少なかったように思えた由香里は、もしかすると何かを隠すために、わざと振る舞って居たのではと考えたのだ。
 由香里は高校生で、雅は大学に通っていた。
 3回生で、履修科目は1、2回生時に殆ど履修済だったので、大学に通う日にちも少ない筈だったのに、毎日足を運んでいた。
 帰宅も遅く、クラブに入っている訳ではなかったと判ったのは、行方不明になってからだった。
「3年前に両親が離婚したので、名字が違うのです。最後に会ったのは4ヶ月くらい前でした。行方不明になったのは、それから……1ヶ月後でした…。捜索願も出しましたが、行方不明者って多いらしくて、書類に書いて提出だけだったみたいです。私は後から父に聞いて判ったのですが。その事を母にも伝えてから、毎日探し回って疲れ果てて、今は入院しています。雅お姉ちゃんが居なくなったのに、一緒に暮らしていた父は捜索も何もしてくれないので、私が……」
 由香里は涙を零すと、そのまま黙ってしまった。
 沈黙が降りる。
 草間は、仕方ないという風に頭を掻くと、溜息を吐いた。
「良いだろう、引き受けよう……だから、泣きやんでくれないか。どうも苦手なんだ」



+1b+

 昨日は翻訳の仕事の締め切り日で、興信所に顔を出せなかったのを、シュライン・エマはその間にお仕事入ってなかったかしらと考えつつ、スーパーを出てから電話をかけようと思った。
 仕事中だと分かっていると、変に気を利かせて連絡をしてこない草間に、興信所の事務員なんだから遠慮しないで電話してと何度いっても、興信所の仕事が入ってシュラインが本業で忙しい間は我慢して格好良く見せようとするのだ。
「……まぁ、武彦さんらしいのだけれどね」
 カゴの中には夏野菜に袋麺のパック。
 サラダ風の冷麺を作ろうと考え、何人分買うといいかしらと、袋麺をいくつ入れるべきかとカゴにひとまず8人分くらいをいれる。
 フレッシュレモンをかけてさっぱりしたのも良いわねと、レモンをカゴの中に追加する。
『そういえば、真夏もすぐそばなのに興信所のエアコンが壊れているのが痛いわね……。そろそろ直したいのだけれども、先立つものが貯まらないんだもの、しょうがないわよね。汗でべったりと張り付くの、好きじゃないのだけれど』
 興信所の会計内容を把握している身としては、直すにも直せないことが分かっていたので、季節が過ぎるまでにエアコン修理用にお金を積み立てるべく、経費節約に努めようと思うのだが、草間のお願いをついつい聞いて仕舞うのだ。
 甘いと思いつつ、そこはやっぱり惚れた弱みなのよね、と吐息をはいた。
 そうして、買い忘れがないのを確認してからレジで精算すると、シュラインは草間に連絡を取った。



+2abcd+

「ただいま」
 そういってシュライン・エマは興信所の扉を開けると、ソファには依頼人らしき少女の姿を認めた。
 入り口近くに学生鞄が置いてあり、みなもの鞄だったと思い出し、台所から聞こえる音に居場所を特定する。
 俯いた少女の仕草に気付いたのか、シュラインは草間をきっ、と睨んだ。
『武彦さん……』
『違うっ、泣かしたのは俺じゃない!』
 妙なジェスチャーで訴える草間へ、数瞬冷たい視線を向ける。
 いきなり声をかけるのもどうかと考え、面白いことになっている草間をそのままにシュラインは、買い物袋を持って台所へと姿を消す。
 まずは冷たい麦茶でも入れてこようと。
 涙を流した後には、すっきりとする飲み物を飲むと落ち着く事を経験的に知っていたので、用意をしているであろうみなもの手伝いに。
「草間……さん…」
 いつのまに現れたのか、四宮灯火が由香里の隣にちょこんと座っていた。
「お、灯火、相変わらず突然だな」
 草間の言葉にこくん、と頷き、由香里の方を見る。
 表情が変わらなくともその仕草で由香里の事を心配しているのかが分かる。
「悲しまれて…い…る理由は……、何で……しょう……か」
 草間が口を開こうとしたその時、扉が開いた。
「草間さん、居るー?」
 ファルス・ティレイラだった。
 これで捜査員が全員揃ったようだった。
 シュラインと海原みなもが、トレイに乗せた冷たい麦茶が入ったコップを皆の前に配り終え、各自座ったのを確認すると草間は依頼内容を話し始めた。



+3abcd+

「皆さん、よろしくお願いします」
 武田由香里は淡いピンクのハンカチで涙をそっと押さえる。
「出来る範囲でお手伝いさせて下さい。もし、あたしのお姉様が行方不明だったらと思うと……」
 みなもは由香里の状況をを自分に置き換えると、どんなに心細いかと思った。
「私、絶対にお姉さんを見つけるね」
 ファルスは由香里の手を取り、力づけるように見つめ、いった。
「ありがとうございます」
 シュラインは、由香里の話を聞いて調査すべき要点を纏め、調べることが数多くあると考える。
 家庭内事情に深く関わる問題であるために、調査は慎重に進めなければならない。
「調査の為……に、雅様のお部屋に……入らせて……頂きたいのです……が、ご……了承……願え…ます……でしょうか……」
 人形姿の灯火が、言葉を話しているのに多少驚きはしたが、ここが草間興信所であることを思い出したのか妙に納得し、雅の部屋への入室許可を出した。
「雅さんの部屋の方は灯火ちゃんにお願いして、私は大学での雅さんのことを聞き込みの後、病院へ行ってみようと思うの。由香里さん、面会時間の方お母様は問題ないかしら。お話出来る状態なら、伺ってお話を聞きたいのだけれど」
「母ですか? ええ、話の方は大丈夫だと思います。疲労で入院しているだけなので、あと2日くらいで退院しても良いと先生が仰ってたので」
「由香里さん、雅さんの写真貸して欲しいな。あ、携帯で撮ったのでもいいんだけど、あるかな?」
 聞き込みをしに行こうと考えていたファルスは、手がかりになる写真を借りられればと考えたのだ。
「あ、はい。あります」
 ファルスの意を受けて、由香里は鞄から携帯電話を取りだし、保存してある画像を探してシュライン達にも見えるようにする。
 みなもは由香里とあまり似ているようには思えない雅の姿に、一瞬違和感を感じたのだが、そういう場合もあると自分の大切な家族を思った。
「雅さんの画像、携帯に送って貰えるかしら」
 シュラインも携帯電話を取りだし、画像を送って貰い確認する。
「あの……立ち入ったこと聞くことになるのですけれど、何故由香里さんは雅さんがお亡くなりになったとお考えなんですか。今の時点では、事故死にしても殺人にしても失踪でしかないと思うんですよね。それとご両親の離婚のことなのですけど、3年前って由香里さんや雅さんにとって微妙な時期ですよね。離婚された理由はご存じではないですか?」
 立ち入ったことを聞くことになる為に、みなもはしばらくの間黙って、聞くか聞かないかと葛藤して、調査で必要になるかもしれないと結論を出した。
「理由……、最後に会った時の出来事を何度も夢に見るんです。『真実を探して』と。でも、その日は他にも珍しいことがあったんです。初めて、携帯で撮った写真見せてくれたんです。男性の。」
「写真ですか?」
「ええ。携帯の写真って公園で見かけた猫や犬を撮ったものが多くて、人物見せてもらったの、多分初めてだったと思うんです……」
 どのような人物だったのか思い出そうとする。
「お姉ちゃんと同じくらいの年齢の人ですね」
「同じ大学の人かも知れないわね。その人のことも大学で聞き込みしてみるわ」
 彼氏だと思うのが妥当だろう。
 シュラインはメモに調査項目を付け加える。
「あと……、離婚原因は、不仲だったと思うんですけど、ハッキリとした理由は当時教えてもらえませんでした。今では、聞こうと思わないので分からないままです。過去のことを思い出すのって辛いかなって思って。私もそうだから」
 離婚当時13歳だった由香里にとって、大事なのは雅と離ればなれになることで、随分泣いた記憶があった。
「あっ、その男性の人の名前、名字は分からないですけど、玲(あきら)君っていってました」
「玲って人、私探すね。彼氏だったら、何か知っていると思うの」
 ファルスはすっくと立ち上がり、由香里にまかせて! と元気づけるようにいうと、興信所から、忽然と姿を消した。
「あっ、ファルスちゃん!」
 シュラインがファルスを呼び止めるが、既に遅し。
「大学に行くなら、連絡を取る為に携帯電話番号教えて欲しかったのだけれど……、ファルスちゃん目立つと思うから、調査が一段落したら探すことにするわ」
「では……、わたくし……も……雅様の……お部屋に……お伺……い……をさせて………頂き……ま……す」
 灯火は一言断ると、ファルス同様興信所からかき消えるように、姿を消した。
「転移能力のある人が多いのですね」
 みなもはシュラインと二人見合わせ、苦笑する。
「私達は足で稼ぐとしますか」
「はい。あたしは由香里さんと雅さんのお部屋に向かいますね」
「私は、大学、病院と回ったら、一度連絡するわね。武彦さんは連絡役お願い。もしかすると、私が探す前にファルスちゃんから興信所に連絡が入るかも知れないから、よろしくね」
 紅一点ならぬ、白一点な草間は女性陣に圧倒されていたのか、終始黙って聞いていた。
「分かった、行ってこい」



+4d+

 ファルスは大学内の人気のない遊歩道に降り立つ。
 時間的には夕方であったが、夏場ということもあり、空は夕闇が迫ってきてはいたが、まだ明るく講義室とは反対側にあるクラブハウスからは光が漏れ学生が多く残っていることが分かる。
「クラブ活動って、玲さんしてるかな……」
 コの字型のクラブハウスは随分と立派で、ホールも併設されてイベント会場に設定することが出来るようになっているらしい。
 今もホールを使用する学生が玄関前に荷物をクラブハウスから持ち出し、ホールへと運び込んでいる最中だ。
「すいません、少しお話いいですか?」
 女性が作業を止めて、楽器ケースらしき大きさの物を床に置いて、ファルスを見る。
「何かしら?」
「玲さんって、ご存じですか? 内山雅さんの彼氏みたいなんですけど」
「玲……ねぇ、ごめん知らないわ。でも、雅なら同じ学部だから知ってる。最近大学に来てないはずよ。内山助教授から休学届け出ている筈だから」
「助教授?」
「ええ、そう。雅のお父さん、内山雅貴(うちやま・まさき)っていって遺伝子工学の助教授なのよ。私達の専攻する学部は違うけど」
「そうなんですか、ありがとうございます」
「その玲って人のこと、学部が違えば知っている人が居るかも知れないから、聞いてみようか? 簡単にだけど」
「お願い出来ますか」
 女性の願ってもない申し出に、ファルスは素直にお願いする。
「じゃ、この荷物ちょっと見ててもらえる?」
「はい」
 女性はこの場を離れて、クラブハウスの中へと入っていく。
 同じクラブに所属している人物に聞いてくれているのだろう。
 そう時間の経たない内に女性は出てきて、有益な情報を教えてくれた。
「色々教えて下さってありがとうございました」
 ファルスは丁寧にお礼をいって、クラブハウス棟を後にした。
 学部棟の方へと、歩きながら先ほど聞いた情報を再確認する。
(遺伝子工学って、んー、どういうのだったかな。研究者さんってことは分かるんだけど、この世界の事そんなに物知りじゃないから。聞いたことは頭に留めておいて、後で皆に聞こう。玲さんは、経済学部の人で、早川玲(はやかわ・あきら)っていって、宗教音楽研究部の部員、と)
「ん? 経済学部の建物って何処……?」
 ふと周りを見ると、学部棟の奥まったところに来ていたらしく、何処か分からない場所にたどり着いていた。
「案内板何処かな……」
 案内板を探すのに手間取り、すっかり疲れ果て、案内板側にあるベンチに座り込んだ。
 歩き疲れて暫く休憩することにする。
 そんなファルスをシュラインが回収するのは、それから暫く経ってからだった。



+4a+

 灯火は雅の部屋へと瞬間移動し、静かな室内を見渡す。
 人気のない室内は、部屋の主が帰ってこないことを悲しんでいるように思えた。
 すぐに帰ってくると信じているのだろう、机やベッドには白布は被せてはおらず、いつでも帰ってきても大丈夫なようにと掃除され、ゴミ一つ落ちていない。
「私が……殺さ…れ……たら…、真実を……探し…て……とは……何…を」
 灯火は雅が毎日使って居たであろう、スタンドミラーへと小さな手を触れさせ、雅を思う意志を尋ねた。
 溢れ出す思いが灯火へと流れ込んでくる。
(雅様は……何処へ……行かれた……のでしょう。教えて……下さい)
 ミラーに全てを委ねるように、思いを掬い上げる。
 目を閉じ、声に意識を合わせた灯火に語り始めた。
 
 視界が赤に彩られる。

 殺された、殺された、大好きな雅。
 もう、戻ってこない。
 赤く染まった雅。
 目を閉じた雅。
 あの男が、あの男が!
 雅を殺した!
 許さない、許さない!

 怒りに染まったスタンドミラーの思いは、灯火の心に赤い色を灯す。
 流されないように、留まるように、ゆっくりと宥める。
(静まって……下さい……。わたくしは、雅様を…捜す為、ここに……)
 それでも、収まらない怒りに一時的にミラーに形を与えることを考え、室内にあった白いくまのぬいぐるみに似せた形を与える。
 淡く光を発光し、その後に現れたのは灯火より小さく、半透明な白いくまのぬいぐるみ。
 自由に動く体を得たことで、一目散に目的の場所へと向かうぬいぐるみに、灯火は人形の身体を床から浮かび上がらせ、ついていく。
 雅の部屋は2階で、ぬいぐるみが向かったのは同じ2階にある主寝室だ。
 父親の使っている部屋のようだ。
 主寝室にウォークインクローゼット、書斎が一つになった広い部屋だ。
 ベッドの前を通り、ぬいぐるみが向かうのはクローゼットの扉だ。
 引き戸になったその扉を透過し、姿を消す。
 灯火も同じくその場所へと踏み込もうとしたが、中から聞こえる微かなモーターの音に嫌な予感が走り、立ち止まる。
『………探してね。待っているから』
 聞いたことのある声。
「まさ……か………」
 灯火にもし心臓があれば、どくん、と跳ねたに違いない。
 それくらいの衝撃。
 予想される光景に、灯火は目を閉じることなく、その蒼い瞳に真実だけを映し込んだ。



+4b+

 シュラインは大学へと向かう前に、携帯電話で警察へと電話をかけ、興信所で事件を解決していく内に懇意になった刑事に連絡を取り、内山雅の捜索願いに関する進捗具合を聞いた。
 返ってきたのは、全く無いといっても良いくらいだった。
 ただ、捜索願を出してきた人物、父親の内山雅貴のことが刑事の勘というか、気になったらしい。
「娘馬鹿って近所じゃ評判だったらしいんだが、捜索願いを出してきた時には、そういう素振りがなかったんだ。俺は実際にその時居たわけじゃないけどな、刑事の勘ってのはそうそう外れない。調査するなら、分かっているだろうと思うが、気をつけてな」
「ありがとう、助かったわ」
 気遣いを見せる刑事に笑みを浮かべ礼をいって電話を切ると、大学へと向かうバスに乗り込んだ。
 夕方という事もあって、大学へ向かうバスの中は数人しか乗っていない。
 バスが大学の正門前に止まり、バスの中にいる人間が全て降車する。シュラインはバスの運転手にひとこと断り、携帯画面に映る雅の写真を見せた。
「ああ、内山助教授の娘さんじゃないか。最近見ないね。前はよく一緒にバスに乗っているのを見かけたが」
(内山氏はこの大学の助教授なのね)
「雅さんが助教授以外に一緒にバスに乗っているのを見かけたりしませんでした?」
「そこまでは分からないな。助教授、かなり背が高い方だからバスの中でも頭一つ飛び出しているから覚えているだけで」
「そうですか……、ありがとう」
 運転手に礼をいい、バスを降りると大学校内の案内板に沿って、まずは大学事務局へと足を向けた。
 事情を説明すると、雅の事情は父親から話が通っているのか、情報を教えてくれた。
 メモに取り、礼をいって学科棟内に入る許可も念の為に貰い、パスを受け取る。
 学生に聞き込みをする時にはあった方が良いと判断したからだ。
(雅さんは薬学部で、田辺教授のゼミに所属、クラブには所属無し、と。内山氏も同じ大学の教鞭を執っているとのは意外だったわ。ゼミの教授にお話を聞いて、同じゼミの学生にも話を聞いた方が早いかしら。薬学部だと、実験もしているだろうし……、間に合うと良いのだけれど)
 フロアで田辺教授の研究室を確認して、在室であるプレートがチェックした後、エレベーターに乗り、4階のボタンを押す。
 途中、数人の学生が乗り込んでくるが、4階で降りたのはシュラインだけだった。
 扉をノックし、室内より返事を貰い中に入る。
 中には教授らしき人物の他に同じゼミの学生が数人、ミーティングテーブルに座っていた。テーブルの上にはノートパソコンに書き込まれた用紙が散乱している。レポートの纏めをしているのだろう。
「はじめまして、草間興信所の調査員、シュライン・エマと申します。内山雅さんのことでお聞きしたいことがありまして、お邪魔しました」
 髭を生やした壮年の男性。白衣を身につけ、煙草を銜えている。
「こんな所までようこそ。田辺昌美(たなべ・まさみ)だ。内山君のことについて、聞きたいとはどういうことかな。込み入った話なら、奥のテーブルで聞くが」
「あ、はい。お願い出来ますか」
 シュラインは田辺の好意に頷くと、パーティションで区切られた個人面談用らしきテーブルに案内される。
「さっそくですが、内山雅さんのことで学内での様子をお聞きしいと思いまして」
 大学には内山助教授が休学願いを出していることを話し、本当は雅は失踪しており、警察へ捜索願いを出し、妹の武田由香里が草間興信所へ捜索依頼を出していることを説明する。
「内山君ねぇ、勉学熱心な子だね。ゼミには毎日一回は顔をだしておったし、知り合いが居るのかクラブ棟へもマメに通っておったな。最近は服の趣味が変わったのか、ジーンズなども着るようになったなぁ。お嬢さんっぽい服装の方が、内山助教授は好みだったみたいだったがな。一度、教員食堂で一緒に食事をする機会があったときに、愚痴っておったわ。思い通りになる子どもなど、面白くもないのにな」
 長年の教育者としての経験なのか、実感のこもった言葉だ。
 煙草を灰皿に押しつけ消すと、再び新しい煙草に火を灯す。
(親子関係に問題があったのかしら)
「雅さんが失踪した一ヶ月前、何か様子のおかしな所はありませんでしたか? 小さなことでも構わないので」
(まさかね……?)
「儂はその頃は丁度、学会の研究発表で海外におったんで、よく分からん。その辺はゼミの学生に聞いてくれ。あまり力になれず申し訳ないんだが。内山君が見つかることを祈って居るよ」
「いいえ、有益な情報ありがとうございます」
 田辺教授に礼をいい、先ほどのテーブルでレポートの纏めをしている学生に、話を聞くことを了承を貰い、一ヶ月前の雅の様子を聞く。
「雅? その頃って、彼氏が出来て凄く嬉しそうだったけど、なかなか父親に話せないみたいなこといってたわ。何か、一度それらしいこと話そうとしただけで、怒られたっていってたもん。内山助教授って、背が高くて格好いいんだけど、ちょっと近づきにくいのよね。神経質っていうか。まぁ、研究内容が内容だから、几帳面じゃないとやってられないと思うんだけど」
「そう。雅さんが行方不明になった日、何処か違った様子無かったかしら? 小さなことでも構わないの」
「その日はどうだったかな……。ねぇ」
 隣でパソコンに入力していた男子学生に振ると、
「あー、その日って水曜じゃなかったっけ? 内山助教授と一緒に帰宅してたはずだけど」
「あ、水曜だっけ。水曜なら、助教授と一緒に帰ってる日だよ」
「そういや、内山助教授その次の日から、2日くらい休んでたな。クラブで一緒の奴が、休講になったってやけに喜んでたから。そいつが、授業で内山助教授に何か冷蔵庫を買うから良い所知らないかと聞かれてたな。実家が電気店だったの知ってたからだと思うけど」
(失踪前日に一緒にいたのは内山氏なのね……)
「ありがとう、凄く助かったわ」
 学生達に礼をいい、颯爽と部屋を後にする。
 雅の部屋へ向かった灯火とみなもは大丈夫かしらと心配しつつ、玲君を探しにいったファルスを探し始めた。



+4ac+

 みなもは由香里と共に、内山家へと向かっていた。
 途中、由香里が感じる父親のことを聞く。
 父親について、あまり好感を持っていないように思えたからだ。
「お父さんのこと、あまり好きじゃないんです。お姉ちゃんのことばかり気にするから。ああ、離婚してからのことじゃないですよ、物心ついたころからなんです。お父さん、お母さんと離婚するまでは、武田の家に婿養子として入っていたんです。武田の家って、お母さんだけなんです、子ども。だから、名字はいずれ内山から武田に変わる予定だったみたいなんですけど、名字変える前に離婚してしまったので。本当はお姉ちゃんもお母さんが引き取る予定だったらしいんです」
(お父様の愛情が雅さんにだけ、傾いていたんですね。愛情を平等に与えてもらえないのは、幼くても敏感に感じますから)
 みなもは分け隔て無く愛情を注いでくれる母のことを思い出す。
「でも、その分お母様が愛情を注いで下さったのではないですか?」
「そうですね、少し我が儘な母ですけど」
 母親の子どもっぽい所を思い出したのか、笑みを浮かべる。
(友達みたいな親娘関係なのでしょうか)
「あ、そろそろ見えます。あの家です」
 そういって指さしたのは、洋風建築の住宅だ。
「かわいい家ですね」
(ああいう家って、小さい頃に見たアニメで良く見るんですよね)
「お姉ちゃんが選んだんです」
(でも、何だか心なしか暗い感じがします)
 夕闇を背景に建つ家は、何かが潜んでいるようだ。
 門を通過し、扉に鍵を差す。
「鍵はお姉ちゃんから、貰ったんです。使った事はありませんでしたが。これが初めてなんですよね……お姉ちゃん何処にいるのかな」
「見つかるといいですね」
「ええ。どうぞ入って下さい」
 几帳面な性格なのか、余計なものは置かない主義なのか、モデルルームのような内装と調度品だ。
「お邪魔します」
 ひとこと断って上がるが、1階には誰も居ないのか気配が無い。
「灯火さん、何処にいるのでしょう。雅さんの部屋は2階ですか?」
「ええ、2階へ上がって一番最初の扉がお姉ちゃんの部屋です」
「2階に上がりますね」
 みなもが先導する。
 もし、何かあったときにはとっさに由香里を守ることが出来るように。
「由香里さん、こっちの扉はお父様の部屋ですか?」
 雅の部屋の扉のノブに手をかけたが、隣の部屋から漂う微かな湿度が気になった。
 良い方の勘ではなく、悪い方の予感。
「そうです、父の部屋です」
「入っても?」
「まだ帰って来てませんから、大丈夫です。どうぞ」
 みなもは一つ深呼吸をすると、由香里にいう。
「由香里さん、あたしが中を確かめてくるまでここにいて下さい」
「……わかりました」
 先ほど話していた、年齢相応なみなもの様子と、いまの雰囲気さえ変わったみなもの様子に気付いたのだろう。
 何かあると。
 扉を開け、音を立てることなく直ぐに閉める。
 静かな部屋の中、感じるのは湿った空気。
 温い、凝った、目を背けたくなるような。
 感じるままに、ウォークインクローゼットの扉の取っ手に手をかけ、息を整え一気に開ける。
 そこにあったのは。
「灯火さん、それは………」
 大型の業務用冷蔵庫と、その前に立つ灯火と半透明の白いくまのぬいぐるみ。
 隠すように置かれている大型冷蔵庫から連想することに、不安を打ち破って欲しいと思いつつ灯火に問う。
「ここに……、雅様が……おられ……ま…す」
 悲しげに見えるぬいぐるみをその腕に抱き、慰めるように撫でている。
「中は開けて確かめられましたか?」
 ふるふると首を振る灯火。
 人形の身では扉を開けることは困難だ。
「念の為に確かめます……」
 泣きそうな気持ちになりながらみなもは、目を閉じ取っ手に手をかける。
 本当は見たくないのだ。
 本当に。
 手にぐっと、力を込める。
 そして引き開けた。



+5abcd+

 シュラインは、ファルスを無事見つけることが出来、互いの情報を統合して今必要なことを考えた。
「ファルスちゃん、急いで病院へ一緒に転移してもらえるかしら、多分時間が無いの」
 もうそろそろ、陽が落ちる。
 夏だからと面会時間が延びるということは無い。
 出来る事なら、目立つことはしない方が良いのだが、建物の影で転移をしてもらえば問題ないだろう。
「あ、その前にパスを返却してこなくちゃ」
 シュラインは事務局へパスを返し、戻ってくると息を整えつつ、いった。
「じゃ、お願いできる?」
「はい、いきますね。何処か掴まってて下さい」
 大学構内から二人の姿がかき消える。
 再び現れたのは病院の駐車場だ。
 幸い周囲に人影は無い。
「由香里さんのお母さん、話してくれるかな」
 病院のロビーを足早に通り過ぎ、エレベーターホールで、部屋番号を確認する。
 直ぐに来たエレベーターに乗り込み、二人は息をつく。
「話してもらわないとね、まだ何かある気がするのよ」
 7階へ到着し、迷うことなく辿り着く。
 面会時間がそろそろ終わりに近づいていたが、なるべく早く済ませるつもりだ。
 武田舞(たけだ・まい)。
 個室だ。
 ノックをして応答を待つ。
 返事がないのを、もう一度ノックする。
 中には誰も居ないのをシュラインは優れた聴覚で捉えた。
「居ないみたい。もうっ、時間がないのに」
 思わず、言葉が荒くなる。
 周囲に目を配っていたファルスは、歩いてくる女性に既視感を感じた。
「あ、あの人じゃないかな。由香里さんに似てる」
 振り向いて、ファルスのいう女性に目を向ける。
 面影が似通っている。
「由香里さんのお母様ですか?」

 短い時間で舞から確認した後、二人はそのまま雅の家へと向かう。
 一度、みなもに電話をかけたが繋がらない。
 二度、三度とかけ直すが、聞こえるのは呼び出し音だけ。
 何かあったのだろうかと、不安になりながら、シュラインは再びファルスに転移をお願いした。

 既に外は闇が支配し、雲が月を覆い隠し闇が更に濃くみえる。
 不安を更に煽るような暗い空。

 シュラインは、草間に電話をかけ、概要を説明し警察を呼んで貰う。
「気を付けろよ」
 ぶっきらぼうな草間の言葉の裏に心配しているのを感じ取ると、
「大丈夫、何とかなるわ」
 焦っていた気持ちが何処かへ行き、いつも通りの自分に戻っていることを感じる。
 電話を切り、明かりの落ちた家を見上げる。
 鋭い聴覚は室内に、みなもと由香里以外の人物を捉えている。
 家に入る前に皆の居場所を小さな声でファルスに説明する。
「それだと、私は外から行った方がいい?」
(転移能力もあるし、空も飛べるし)
「そうしてくれる? 私は玄関から行くわ」
(だって、空は飛べないしね)
 ファルスは紫色の翼を背から出すと、すうっと音もなく舞い上がる。
 シュラインはその姿を確かめると、出来るだけ音をたてないように室内へ滑り込ませるようにして足を踏み入れた。
 暗闇に沈んだ人影が動く。
 瞬きを数回し、闇に目を慣れさせる。
 その人影はまっすぐ奥にある階段を見上げている。
(助教授だわ……!)
「由香里が何故ここにいるのかな、鍵は渡していない筈だが」
 自分の娘だというのに、何処か冷めた口調の声。
(何て、平坦で感情のこもらない声なんだろう)
 由香里に幼い頃の嫌な思い出が蘇る。
 怒れた時の声と同じ声。
「どうして、ここに居るのかな由香里は」
 丁寧な口調だが、由香里を不法侵入者として責めている。
「お父さん……!」
 怖い!
 由香里は階段を上がってくる父の声から逃げるように、みなもが入った部屋へと扉を開け飛び込む。
 みなもが先ほど待っているようにといった言葉を忘れて。
「みなもさん、助けて!」
 本能的に父に怯える自分に、涙が零れる。
「待ちなさい!」
 怒った声で、由香里を追いかける。
「だめっ!」
 シュラインは、内山が手にしている刃物に気づき、注意を逸らせるべく声を出す。
 自身の危険を顧みず。
 然し、内山は由香里を追いかける事に集中しているのか、振り向きもしない。
「ファルスちゃん、由香里さんを守って!」
 外で待機してくれているファルスにシュラインは、外に聞こえるくらいの大きな声で名前を呼ぶ。
 中の状態を把握していた、ファルスが寝室へと転移をして、由香里を背にして内山と向かい合う。
「由香里さんには触れさせません!」
 泣いている由香里を見て、きっ、内山を見据える。
 元気づけてあげたいが、今はそれどころではない。
 みなもと灯火がウォークインクローゼットから出てくる。
 背後にある冷蔵庫を極力見せないように、みなもは由香里を抱きしめ、内山を睨みつける。
「どうして、雅さんを……」
 みなもは先程見た光景を忘れる事が出来ないだろうと思う。
 そして何より、自分の娘を殺した内山が許せなかった。
 由香里に肉親が人殺し、それも自分の姉を殺したのが父親であるのを最悪の場面で知ってしまうことになるのだから。
「不法侵入だね、君たちは。それとも由香里が連れ込んだのかい」
 冷たい目をした内山が皆を見渡す。
 手には太刃のカッターナイフを持っている。
「抑え……て…下さい……」
 それまで小さな人形の手で押さえていた灯火の腕から白いクマのぬいぐるみが抑えきれずに飛び出す。
 ぬいぐるみが内山の顔に張り付く。
 剥がそうともがく内山に、みなもがポケットに入れていた小瓶を取りだし、栓を抜き内山に向ける。
 流れる水が飛び出し、ぬいぐるみを剥がそうとしている内山の両手をロープの要領で縛りあげる。
 握っていたカッターナイフが絨毯の上に落ちる。
 ファルスが内山の足を払い転ばせる。
 受け身を取る事が出来ずに内山は後頭部を打ち付けたのか、意識を失った。
 ぬいぐるみも願いがかなったのに満足したのか、ぴくりとも動かない。
 灯火は雅の仇をとり満足して消えようとしている、ぬいぐるみを抱き上げ、優しく抱きしめる。
 内山が気を失ったのを確かめると、念の為とシュラインが洋服ダンスから、ネクタイを取りだし、みなもが水で縛っていた両腕を縛り直す。
 皆の行動と言動に、一人呆然とした由香里が内山にいった。
「お父さんがお姉ちゃんを殺したの……?」
 パトカーのサイレンが段々と近づいてきていた。



+ending+

「色々とありがとうございました。まだまだ、吹っ切ることは出来ませんが、お姉ちゃんを取り戻すことが出来て良かったです、本当に」
 由香里は警察などの事情聴取、雅の葬式と忙しかった。
 悲しむ時間も無かったのだ。
 忙しかった分、これからが大変だ。
「お姉ちゃんの言いたかったこと、分かった気がします。私にとって、血が半分しか繋がってなくても、お姉ちゃんはお姉ちゃんです。それは永遠に変わりません」
 何とか一段落した今日、協力してくれた皆に挨拶したいと訪れていた由香里は、挨拶に訪れていた。

 冷蔵庫に入れられていた雅が父親に殺されたのは、大学から一緒に帰宅した水曜の晩。
 彼氏である玲のことがきっかけだった。
 つき合っている男性がいると、雅が話す前から気付いていた内山は、隠しごとをする雅の態度に、不満を抱いていた。
 元々、潔癖性の気があった内山にとって、清廉潔白な娘である雅が誰とも知らない男に触れられているのかと思うと、それだけで我慢ならなかった。
 実際は、深い関係までは至って居なかったのだが、雅に男が出来た時点で内山には汚されたも同じことだった。
 遺伝子工学を専門にしているだけあって、思いついたことを実行に移すのは容易だった。 思い通りにならない娘ならば、自身で作ればいいのだ、と。
 未だ、実証されていなかったが、夢を現実の物とするのが研究者だ。
 娘だと思っていた雅の遺伝子配列が、自身の遺伝子を持たない赤の他人であったと気付いたとき、内山の中で何かが変わった。
 離婚した妻の舞に問い質せば、雅は舞の遠縁の画家である男が父親だと告白した。
 舞と内山の血液型から考えて、雅の血液型は問題なかった為に、今まで気付かなかったのだ。
 遺伝子配列を確認しなければ分からない問題だからと黙っていたのだ。
 雅に舞と同じ血が流れていると思った時。
 雅が自室に籠もり、携帯電話の画面を見ているのを取り上げて見た時、その時に起こったのだった。

 由香里を見送り、軋む椅子に身体を投げ出し、煙草を銜えたまま草間は感慨深げにいった。
「愛しすぎるってのも考え物だな」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【受注順】
【3041/四宮・灯火/女性/1歳/人形】
【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1252/海原・みなも/女性/13歳/中学生】
【3733/ファルス・ティレイラ/女性/15歳/フリーター(なんでも屋)】

【公式NPC】
NPC/草間武彦

【登場NPC】
NPC/武田由香里/16歳/高校1年生・依頼人
NPC/内山雅/20歳/大学3回生・薬学部
NPC/武田雅貴/45歳/助教授・遺伝子工学博士
NPC/内山舞/43歳/華道の師範・由香里と雅の母
NPC/早川玲/21歳/経済学部・宗教音楽研究部部員・雅の彼氏
NPC/田辺昌美/53歳/薬学部・教授・雅のゼミの教授
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■         ライター通信          ■
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 初めまして、竜城英理と申します。
 ご参加下さり、ありがとう御座いました。
 分かり難いオープニングで申し訳なく思いましたが、皆様の的確なプレイングのお陰をもちまして、謎が全て解けました。
 今回全員参加下さった方全員女性ということで、密かに草間さんはハーレムだったのですが、シリアス展開の為、喜びの場面は無くなりました。
 今回個別オープニング以外は、皆様共通になっております。
 テーマ曲はラヴェルの「ボレロ」でした。
 では、今回のノベルが何処かの場面ひとつでもお気に召す所があれば幸いです。
 依頼や、シチュで又お会いできることを願っております。


>シュライン・エマさま
ご参加ありがとう御座いました。
あちこちと走り回られて、足がお疲れだったと思います。
ちょっと危険な目にあったりしましたが、如何でしたでしょうか。
お気に召したら、幸いです。