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<東京怪談・PCゲームノベル>


浮き世物語

<0>

 行く川の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず――

 少年はぼんやりと川辺に座り、その流れを眺めていた。昔は魚がたくさんすんでいたというその川も、今ではすっかり汚染され、白い泡がなかなか消えずに流れていく。
「一体、わたくしめの主殿はいずこに居られるのか……」
 少年は、古風な着物を身につけていた。紺の長着に安灰色の袴、縞の帯を締め、その上には薄い青の羽織を着ている。男の和装がブームになっている昨今では珍しくもない服装かもしれないが、お祭りでもない日に年若い男が着ているのはやはりまだ不自然だ。行きかう人が必ず一度は彼のほうを振り返る。
 しかし、彼にとってそとの事などどうでもよかった。深いため息をつき、
「己の主を忘れるとは、何たる不実。成仏できるとはよもや思うまいが、せめて今一度、ご尊顔を拝し奉りたく……っ」
 少年は言葉を詰まらせ、涙がこぼれそうになるのを必死にこらえた。

 そう、少年は一度命を落とした身のうえであったのだ。
 しかし、何かこの世に未練があったのか成仏できず、こうして浮世をさまよっているのだが――

 風が冷たい。空の曇り具合からいって、もうすぐ雨が降ってくるかもしれない。うかうか川辺でたそがれているわけにもいくまい。
 少年は、すそを払うと立ち上がった。知らず右手が自分の腰あたりを撫でる。普通ならばここに彼の愛刀「冥尽丸」がささっているのだが、今はない。武士ならば肌身離さず持つものなのだが、あれを持っていると妙に目立ってしまうし、おかっ引のような輩に追い回され、あわや取られそうになった。以来、信頼の置ける場所に隠しておくことにしたのだ。
「さて、どこへ参るべきか……」
 少年がくるりと土手の上を見たときだった。そこにいた人物と目が合った。
「あ、主殿……っ!」
 なぜそう叫んでいたのか。
 少年は、その人物へ向かって駆け出していた。


<1>

 櫻・紫桜は、世の学生の例に漏れず学校の帰りであった。雨が降りそうにどんよりとした天気が気になり、少し急ぎ足になっていた。そんなときである。妙な少年に声をかけられたのは。
「あなた様が、わたくしの主殿なのですね…!」
 時代錯誤な古風な着物を身につけていて、言葉遣いも外見を裏切らない。変わった子だな、と納得しかけて違和感に気づいた。彼のかもし出す、妙な雰囲気。どうやらこの少年は、この世のものではないらしい。
「…幽霊には関わるなと曾祖父の代から…」
 言い聞かされてきたかは定かではないが、少なくとも今はなるべく関わりたくなかった。しかし相手はすでに彼の目の前にいる。背格好は同じくらいだ。年は、どうも目の前の少年の方が顔に幼さが残っている。まだ15になるか否かというところだろうか。しかし、幽霊の外見年齢ほどあてにならないものはない。
「あぁ、お会いしとうございました! いったい今までなにをいたしておいででしたか?」
「何をっていっても、ふつうに学校にいって勉強を…」
「勉学に励んでいらしたのですね! 文武両道、まさに侍の鏡でございます!」
「さ、侍ですか…?」
「そうでございましょう? わたくしめをお忘れでございますか?」
 幽霊に知り合いがいる人のほうが珍しいはずだ。櫻はどう返事をしようかと迷い、迷う必要もなかったことに気づいた。
「すみません、人違いですよ」
 この一言で万事解決だ。意気揚々と家路につくはずが、服の袖をむんずと掴まれた。
「なんでしょう…」
「わたくしめのことがお嫌いになられたのでございますか? 主殿を見失って以来ずっとそのお姿を拝見すべく東奔西走しておりましたわたくしめを…やはりもっと身を入れてお探しすべきだったのですね。こんなにも長い間お待たせしては、愛想を尽かされるも至極当然」
 一人でうめき、雷にでも打たれたようにガタリと倒れ込む。しかしその姿は真剣そのもので、からかいの色は一切ない。幽霊にからかわれてはしゃくだが。
 その場で泣き崩れてしまった幽霊の少年に、櫻は仕方なく声をかけた。
「俺はあなたの主とやらじゃないけど、探す手伝いくらいならしてあげられますよ」
「まことでございますか!」
 さっき泣いた烏が何とやらだ。
「再度お尋ねもうしますが、本当にわたくしめの主殿ではござらないのですか?」
「違う…と思いますよ」
「そうですか…。あなた様がわたくしめにお示しになった情けが、わたくしめの心の琴線に触れたような気がいたしましたので…」


<2>

 人懐っこい。これを幽霊を形容する言葉にするのはおかしいだろうか。
「櫻殿は、剣術をたしなんでおられますね」
「剣術というか、まぁ剣道は習ってますけど…分かりますか?」
「もちろんです。わたくしめは常に戦とともにあったのでございます。身のこなしくらい見抜けずに戦乱の世を生き抜けるわけがございませぬ」
「そのわりには自分の最期も主君も覚えてないみたいだけど…」
 記憶がない。それは幽霊にとって唯一といってもいい弱点であった。櫻の何気ない指摘に、幽霊は大げさによろめいた。
「わたくしめの不実をお責めになるは道理でございましょう。名前も顔も覚えておらず、ただただこの世にとどまっている我が魂魄には、我ながらしぶとく未練がましいことと情けなく…」
 朗々と自分の悲劇を歌う幽霊だ。
「悪かったよ、長い間主君を待ち続けてるっていうのは、よく考えたら忠誠心の現れですよね」
「そ、そう言ってくださいますか」
「そうですよ。今は覚えていなくても、きっと本人を前にすれば思い出すはずです」
「しかしながら、わたくしめは櫻殿のことを主殿と勘違いいたしました…」
「あれはきっと、僕も剣術をたしなんでいて、その共通項に引き寄せられただけですよ」
 櫻の説明に、それまで自信なさげだった幽霊がようやく笑顔になった。
「じゃあたとえば、あの人なんかどうですか」
 櫻は、ちょうど前を歩いていたサラリーマンを指さして尋ねてみた。ビール腹も見方によっては恰幅がいいといえなくもない。が、少年はあっさり首を横に振り
「我が主君はあのように無駄にブクブクと太ってはおりませぬ」
「じゃあ、あっちの人は…?」
「あのような嫌らしい笑みしかできない者が我が主君の生まれ変わりだなどとは、たとい死んでも信じませぬ!」
 確かに、エッチな雑誌を立ち読みしてにたにた笑っている人間が、かつて自分の命を預けた人物だというのはいやだろう。
「うん、ごめん。今のは冗談です」
 櫻は素直に謝り、ふと空を見上げた。
「どうされたのですか」
「……雨だ」
 櫻がぽつりと呟く声にまるで呼応したように、頬をぽつりと冷たいものが触れた。あいにくこの辺りに雨宿りできそうな場所はない。
「ええと、広隆くんだっけ。走りますよ!」


<3>

 細い路地ならば、だれもいないだろうと思っていたのが間違いだった。
「誰だ、お前ら」
「邪魔するんじゃねえよ」
「通りたいんか? なら通行料払えよなあ」
 細い路地にたむろしている部類の人間がいることをすっかり失念していた。声の主は、高校生らしい制服を着ていた。幸いというべきか、櫻とは別の高校のものであるようだ。髪は示し合わせたように明るい茶色に染めてある。
「このような所で、一体何をしているのでありましょう」
「聞いても答えてくれるとは思えないですけど……」
 櫻がつい苦笑して少年に答えた。
 しかし、暗がりの高校生たちは、なぜかその笑みを別の意味にとったようである。
「てめぇ、俺たちのこと舐めてんだろ」
「通行料、払ってくれる気もねぇみたいだし?」
「財布ごと置いて家けや。痛い目見たくなきゃな」
「財布……ですか」
 大した額は入っていない。未成年なのでカードは持っていないが、それでもほいほい差し上げられるものではない。逡巡していると、
「実力行使にでてもいいってことだよな?」
「マジで? これ、使って見たかったんだよね」
 高校生の一人が、懐に手を入れた。再び現れた手には、銀に光る何かが握られている。
「一体何が彼らの癇に障ってしまったのでございますか」
「うーん……虫の居所が悪かった、かな」
 櫻は、自然と少年を守るように動いていた。狭い路地での戦闘の利点は、相手の数に関わらず一対一で対峙できるところだ。
「だ、大丈夫でございます、櫻殿! わたくしめこそ、あなた様をお守りするお立場でございます…!」
「あなたは今、丸腰でしょう」
「それをいえば、櫻殿こそ…」
「僕は、違うんですよ」
 しゃべっている間にも、相手は間合いを詰めてくる。櫻は少年を安心させるよう笑みを浮かべ、す、と両手を胸の前へと上げた。
「ここにある」
 手のひらから光が溢れた。それを優しく掴み、引出す。
「な、なんだてめぇ……っ」
 怪異としか言いようのないその光景は、不良に毛が生えた程度の高校生を怯えさせるのには充分であった。全部を取り出すのを待たずに、「き、今日はこの辺で勘弁しといてやるぜ!」と月並みな捨て台詞を吐いて走り去ってしまった。
「――良かった」
 櫻はホッとため息をついた。出きれば刃を交えるようなことはしたくなかったのだ。威嚇で逃げる程度の相手で良かった。
「お強いのですね、櫻殿」
 気付けば、少年が眩しいほどの尊敬の念を込めてこちらを見ていた。


<4>

 その幽霊との別れはあっという間の出来事だった。
 路地で雨をしのいでいるわけにもいかない。そう考えた櫻は、
「とりあえず、表に出て、雨宿りできそうな場所を探しましょうか」
 そう幽霊に声をかけ、表通りへと再び出てきた。雨は本降り、傘をさしていない人はいない。近くのコンビニまで走ろうか、そう思った時だった。少年が嬉しそうに駆け出した。
「九頭鬼殿!」
 聞きなれない名前だ。もしや、記憶が戻ったのだろうか。
 「くずき」と呼ばれたのは20代後半くらいの男だった。黒い傘をさしながら、余った手にはもう一つ傘を持っている。
「うちのバカが、またどこかの誰かに迷惑をかけてるんじゃないかと思ってきてみれば、案の定だ」
 肩をすくめ、少年を傘のうちに入れると櫻の前まで歩いてくる。使っていないほうの傘を差し出してくれた。
「使っても良いんですか?」
「うちのバカのせいで、こんな目にあってるんだろう。せめてものわびだ、受けとってくれないと困る」
「じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
 薄水色の傘だった。雨をイメージした模様がちりばめられていた。
「もしかして、あなたが彼の主人なんですか?」
 幽霊は、彼のことを覚えていた。嬉しそうに駆け寄っていったところを見ると、ちゃんと主に会えたように思えるのだが、
「いや、違う。彼がうちに自分の大切な愛刀を置いてるんだ」
「そうだったんですか」
 結局、主人は見つからないのか。九頭鬼にさとされたのか、少年がしおらしげな顔で
「すみませぬ、櫻殿。何のかかわりもない櫻殿を、わたくしめの迷惑な願いにつき合わせてしまい……」
「気にしてないですよ」
 つい、優等生な受け答えをしてしまうと、
「それなら!」
 急に顔が変わった。まるで、大好きなおもちゃを与えられた子どものようだ。
「今度、剣の腕前を見せてくださいませ。」
 目の輝きはまるで小型犬のようだ。これを断れる人は相当な冷血漢だろう。
「……わかりました、今度ですね」
「ありがとうございまする」
 櫻の返答に、幽霊はふかぶかとお辞儀をした。
「ほら、帰るぞ。締め切り詰まってんだから」
 九頭鬼が少年を急かした。櫻も帰ろうとして、一つだけ聞いていないことがあることを思い出した。
「すみません、あなたのお名前は?」
 振り返った少年は、きょとんとしていたがやがて嬉しそうに答えた。
「広隆、と。苗字はなく、広隆と申します」



FIN.


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5453 / 櫻・紫桜 / 男 / 15歳 / 高校生】

【NPC / 広隆 / 男 / 16歳 / 幽霊】
【NPC / 九頭鬼・簾 / 男 / 27歳 / 小説家】

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          ライター通信
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初めまして。月村ツバサと申します。
今回は「浮き世物語」に参加してくださり、ありがとうございます。
うまく魅力を引出せたか心配ですが、少しでも気に入ってくだされば幸いです。

月村ツバサ
2005/07/19