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<東京怪談ノベル(シングル)>


至福の思考
 棚には平時のストック以外は気紛れに置いた魔法薬がある。その作製の工程は全て頭に入っているから何かに書き留める必要はないが、それこそ本当に気紛れ以外の意味を持たないものが多々ある。例えば、きっかり一時間だけ眠れる薬や、甘さだけを感じなくさせる薬。他にも、どうにも名前が効能をそのまま示しているとしか思えない怪しげな薬が入れ替わりで並んでいる。
 シリューナ・リュクテイアはその内の一つを手に取り、瓶ごと宙に投げてキャッチした。再び投げ、手の中に収める。ひやりとした感触が暖かい手の中に伝わり、すぐに瓶へと温度が移動する。
「……これは、ストックを補充する意味でも作らないとな」
 確認の意味を込めてシリューナは一人言を口に出し、硝子の瓶を木製の机の上にことりと置く。それから別の棚から魔法薬精製に必要な材料をてきぱきと取り出して、いつの間にか存在していた鍋の中へと投げるように放り込んだ。それはあまりにも原始的な作製方法ではあるのだが、魔法をそのまま詰め込んだ液体であるよりも効能が高いことが多いという。理由はシリューナ自身もよく理解し得ていないのだが、自然の摂理というものが元よりそういうものらしい。物理法則を式に無理矢理変換するのか可能でも、“どうして”そういうことが起こりえてのかという根本的な部位は分かる人間は恐らく存在しないだろう。
 第一、魔法を詰め込むことの利点といえば、効果を半永久的に持続させた装備品であるか、或いは魔法を使えない者に対しての即時的なものであるかの二点くらいなものだと、書物や経験上知識として入れていた。
 幾つかの工程を終わらせ、あとは魔法薬の完成を暫くの間待つだけに留まった。手近な椅子に腰掛け、後ろへと重心を移動させる。均衡が上手く取れているため、椅子は不安定ながらも安定した。上を向いた顔はすべきことを失ってかつまらなそうなものであったが、俄かにそれは好奇だったものに色がつく。
 シリューナは空間から分厚い本を転送させると、椅子の重心を本来あるべき位置に戻して本を読み始めた。
「何か愉しいことでもあればいいんだけどな……愉しい“モノ”は既にあるからいいとして、何をするかが問題だ」
 弟子を彫像にする行為は幾度となく繰り返してきている。その方法も一通りやり尽くしてはいるのだが、“一通り”の種類はそれこそ膨大だ。先に思考していたように、装飾品に魔法を込めたトラップめいたものこそ試してはいないのだから、これは一つ試してみるのも手だ。騙される、といえば聞こえは悪いが、“上手く口車に乗せられる”のを得手としている愛弟子だ。疑いを抱いても、それはシリューナにとっては微生物並みの小ささでしかない。信じるか信じないかは脳内の議題に上がることはなく、容易に可決された案を実行すべく、手近にあった銀製の指輪を摘み上げる。
 口にするのは簡易な言霊。魔法の詠唱にも近い単純な呪文を呟くと、銀色は綺麗な月色へと変容する。装備した途端に効果はすぐに発揮されるようにしているから、この目で彫像と化していく状況をしかと見ていることが出来るに違いない。まあ万が一時間に相当の差が生じたとしても、可愛い弟子の傍にいて、発動まで見守り続けることに何の疑いも抱かれない……はずだ。脳内議題では一時問題に上がるも即時撤回されたことからしても、彼女にしてはあまり問題ではないのだろう。
 シリューナは鍋の中に視線をやる。完成まで、時間はあと少し。それまでの一時を暫し目を瞑り、思考をクリアにする。使いにやった弟子の帰館の音を耳に、同時に魔法薬の完成の時刻を肌で感じ、シリューナはただただ静かに立ち上がった。





【END】