コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


 彼女は誰・・・シュライン・エマ編

「どうぞ」
 零が差し出した紅茶に目もくれず、楠田七海(くすだ・ななみ)はただ黙ってうつむいていた。すっきりとしたショートヘアと、膝小僧の絆創膏が彼女の活発さを物語っている。普段はきっと、とても明るくて周囲から慕われているような少女なのだろう。けれど今彼女は、ただただ黙って座っているだけだった。
 さて、どうしたものか。
 草間は肩をすくめた。零もまねをして肩をすくめる。
「・・・友達が」
 数分ほどそうしていただろうか、突然ポツリと、七海が呟いた。
「友達が、捕まっちゃったの。だから、助けて欲しいの」
「捕まった・・・って、誰に」
 どうやら怪奇の類ではない「普通の」仕事のようだ。久々のそういった依頼に、不謹慎にも声が明るくなってしまう。
「誰って・・・。その、えと」
 歯切れが悪い。彼女は困ったように眉を寄せ、鼻の頭をかいた。
「わからない?」
「ううん、わかってるの。だってアタシの目の前で捕まっちゃったから。アタシ・・・助けようって手を伸ばしたんだけど、全然間に合わなくて・・・それで」
 そこまで言って、言葉を切る七海。上目遣いに草間を見た。幼さが残る、けれどほんの少しだけオトナの色香も感じさせる・・・不思議な瞳だった。
「信じてくれる?アタシが話すこと」
「話にもよる・・・が、大抵のことは信じるよ。幸か不幸か、普段信じられないような出来事にも何度も遭っちまってるんでな」
 自嘲気味に答える草間に、後ろで零が笑った。そもそもそうやって笑っている零の存在そのものが「普段信じられないような出来事」なのだから。
「アタシの友達・・・松平梓って言うんだけど・・・昨夜ね、アタシと紫と梓で忍び込んだ学校の隠し扉の向こうで・・・お化けに捕まっちゃったの」
 飲みかけていたコーヒーを思わず噴出してしまった。期待したのに・・・またもや「その手の」依頼なのか。
「赤い光がね、隠し扉の奥の方で見えて、なんだろうって見に行ったら・・・」
 七海が肩を震わせる。そのときのことを思い出して怖くなったのだろう。話す声もか細くなった。
「犯人はわかってるの。あのお化け。そいつ、梓に化けて学校に出てきてるの」
 彼女はカバンから携帯と小さなファイルを取り出して目の前に広げた。ファイルにビッシリと貼られたプリクラ。七海の指がその中に映っている、フワフワの栗色の髪の少女を差した。携帯の液晶画面にもその少女が映っている・・・が、どこか違う。同じ顔なのだが、携帯に映る彼女にはどこか生気がないように感じられた。七海曰く、それが梓に化けた「お化け」らしい。
「あいつやっつけたらきっと、梓も助けられる。アタシあいつをやっつけたいの!」
「それはつまり・・・この俺に、そのお化けとやらと戦えということか?」
 嫌そうな表情を隠しもせず草間が問うと、七海はさも当然というように頷いて見せた。
「だってココ、そーゆうことやってくれるトコなんでしょ?アタシも一緒に行く。一緒に戦うから、力を貸してください!」
 いつからここは草間興信所ではなく草間ゴーストバスターズになったのだろう・・・。
 そうは思ったけれど、目の前の少女の真剣な眼差しを見ていると無下に断ることもできなかった。
 これも一種の、女子高生の魔力だったのかもしれない。




「面白そうな話ね」
 突然聞こえた声に振り向くと、ドアのところに長身の美女が優雅に立っていた。およそ、この貧乏臭い事務所には不釣合いなほど、優雅に。
「お前、いつからそこに?」
「ノックはしたわよ。それより、武彦さん。その仕事、私も参加させていただくわ」
 シュライン・エマはそう言うと草間と向かい合っている七海に微笑みかける。大人の女性という人種に会うことはあまりないのが女子高生だ、どう対応したものかわからず頬を染めうつむいた。
「簡単な仕事じゃなさそうだぞ」
「だからこそ、助手が必要なんでしょう?私の実力、忘れたわけでもないでしょ」
「まぁ・・・確かにな」
 大人のムードたっぷり、と言った感じの草間と彼女の会話。別に彼らに他意はなく、普通に会話しているに過ぎないのだが・・・七海には少しばかり、刺激が強かった。


 まずは敵情視察・・・ということで、三人は直接梓(と、名乗るもの)に会いに行くことにした。七海の話から想像すると事態はかなり深刻そうだが、実は案外と簡単に解決できるような状況だということもあり得る。
「どうしたの、急に呼び出したりして・・・」
 放課後を待って呼び出した梓を見た瞬間、2人はその『不自然さ』に声を呑んだ。
 柔らかな栗色の髪と、透き通るような白い肌の、西洋人形のように愛らしい少女。
 梓という少女を表現するのに最適な言葉はこんなところだろう。だが、今の彼女は違う。西洋人形のよう・・・というよりも、人形そのもの。まるで生気を感じられない彼女の表情からは「作られた美しさ」しか感じられない。
「こりゃ・・・変だな・・・」
 草間の呟きにシュラインも小さくうなずいた。
「生気だけじゃない。あの子からは霊気や邪気といったものも、何も・・・何も感じないわ」
「ああ・・・」
 それも妙な話だ。人間ならば生気があるし、霊や妖の類ならば霊気や邪気を持っているはずだ。幸か不幸か、今までにさんざん怪奇の類に携わってきた彼らがその気を感じ取れないはずがない。それなのに何も感じられないとは・・・敵も相当のモノ、ということか。
 さて、どう対応していくべきか・・・と草間が考えを巡らせようとすると、彼女がすっと前に出た。何をする気か、と思う間もなく・・・懐から出した、小さなビンに入った水を梓へとぶちまける。
「!」
「いやぁぁぁっ!!!」
 梓から、絹を裂くような悲鳴が上がる。水を被った顔を覆い、苦しげに暴れる少女。そのあまりにも苦しそうな様子に、七海の顔が青ざめた。
「あ、梓っ」
 近寄ろうとする彼女をシュラインの腕が捕らえる。
「近づいちゃ駄目よ。今、かけたものは聖水・・・。これだけ苦しむということは、それだけ良くないモノってことだわ」
 冷静に言い放つシュライン。そんな彼女を睨みつけた梓の顔はもはや「梓」のものではなかった。憎悪に醜く顔を歪め、今にも零れ落ちそうなほどに目を見開いている。
「・・・おのれぇぇ・・・!!」
 地の底を這うような声。それは音となって耳に届くだけではなく、頭にも直接響いてきた。
「このようなことをして、ただで済むと思うな!妾の邪魔はさせぬ・・・この世界に『生』はいらぬ!!」
 梓が踵を返し、校舎内へと走っていく。後を追いたかったが、顔を引きつらせて立ち尽くす七海が、草間たちの足を止めた。
 彼女の中に何か別の化け物が侵入していることはわかっていた。わかっていても、どこか実感が沸いてなかった。ソレがどんな状況なのか・・・。だって、それでも見た目は梓だったから。しかし今見たものは違う。明らかに、梓ではなかった。恐ろしい異形の存在だった。
「・・・・・・っ」
 彼女の気持ちもわかるから、二人とも何も言えなかった。
「・・・ココに残るか?」
 草間が問う。七海はビクリと肩を揺らして目を伏せた。
 梓を助けたい。自分の力で戦って、梓を救いたい。このまま黙って見てなんていられない。けれど・・・怖い。
「私、は・・・」
 言葉に詰まる彼女の頭に、不意に暖かいものが乗せられた。見るとシュラインが優しい瞳で見つめている。
「大丈夫、あんたは私が守ってあげるわ」
「シュラインさん・・・!」



 校内は既に「人の世界」ではなかった。梓が作り出した異空間・・・。そこは、神聖都学園でありながら、そうではなかった。
 怯える七海をかばいつつ、二人は問題の隠し扉がある音楽室へと足を進める。グニャグニャと歪む壁や天井に包まれた空間の中、音楽室だけは妙なリアリティでそこにあった。
「これが、そうなの?」
 七海がうなずく。草間とシュラインは、音楽室の黒板の下・・・正方形にひび割れた壁紙を覗き込んだ。そっと押してみるとそれはあっさりと動き彼らを内部へと導く。穴の奥には階段があり、ずっと下の方へと続いていた。岩を切り出して作ったような原始的な怪談で幅も狭い上にひどくかび臭く、暗い。
「お前ら・・・良くこんなところ降りようって気になったな?」
「だって・・・」
「怖がっていても仕方ないわよ、行きましょう」
 怪談の終点は、意外と広い空間だった。岩で作ったかまくらのようなそこの壁に、古びた鉄でできた頑丈そうな扉が付けられており、そこが少しだけ開いていた。これが隠し扉・・・梓の中にいるモノが、本来いるべき場所。
 シュラインの細く長い指が、慎重にその扉を何度も撫でる。何かヒントがないか、確かめるためだ。
「・・・ん?」
 指先が軽いへこみに触れた。目を凝らしてみると、固く尖ったもので何かを刻んだ跡がある。
「・・・忌むべき存在、ここに封ず。彼の歌は魔を縛り、彼の声は魔を滅す。魔の存在・朧を封ずは、彼の歌なり」
 指先で辿りながらゆっくりとその文を読み解く。梓の肉体に宿った朧という化け物を封じた人物が刻んだものらしい。
「なるほど、ねぇ・・・」
「ヒントになりそうか?」
 草間の問いに彼女は、得意げに笑って答えた。
「ヒントどころか、ココに答えがあるじゃない」
「彼の歌・・・って奴か?でも歌というだけじゃ・・・」
「それじゃ探偵失格よ?武彦さん」


 梓のニセモノ・・・朧が、何を思い動いているのかはわからない。草間たちを隠し扉へと導き、自身を封じるヒントを与えたのは無意識下で救いを求めているからなのか、それともただ彼らを殺すための作戦なのか・・・。とにかく、彼女はとうとうその禍々しき牙を剥いて襲ってきた。
 その姿は既に梓とは違った。朧という「思念」が完全に彼女の肉体を包み込み、新たな実体を持ち存在していた。その姿は恐ろしいものではあったが、逆に好都合である、とも言えた。何も躊躇する理由がない・・・遠慮がいらないのだから。
「私が彼女を守るわ、だから後はよろしくね」
 七海を抱きしめて、この状況には似つかわしくないほどの笑顔を向けられて草間は眉をひそめ、そして肩を竦めた。
「やれやれ、危険なことは結局俺がやるのか」
「私は頭脳労働専門なの」
「調子いい奴」
 面倒そうに呟くものの、その瞳には真剣な光が宿っている。シュラインから受け取った小さなビンを握り締めると、襲い掛かってくる敵を見据えた。
「殺ス殺ス殺ス・・・人間ナド滅シテシマエバイイ!!」
「ふざけんな、あんたの勝手で滅ぼされてたまるか」
 動きは緩慢なのに、彼は寸分の狂いもなく彼女の攻撃を交わす。連続する攻撃を避けながらあっさりとその背後に回ると、ビンのふたを開け彼女の頭へとぶちまけた。
 トロリとした液体がじわじわとその体を侵食していく。動きが止まった彼女に近寄ると、草間は火を点けた煙草をそっと肩へを押し当てた。
「ギャアアアっ!」
 小さな火種は一気に成長し、その体を包み込む。聖油が煙草の火種を、聖火へと変えたのだ。
「貴様ァァ・・・!」
 苦しげにのた打ち回る朧。
「さぁ、七海さん今よ」
「えっ?」
 シュラインに背中を叩かれ、七海は目を丸くする。「今よ」と言われても、何をすればよいのだろう?
「朧を封ずは彼の歌なり・・・。あなたの歌が、梓さんを呼ぶはずよ。朧に押さえつけられていた梓さん自身を」
 ふと、どこからか笛の音が聞こえてきた。柔らかなフルートの音色が、その空間に染み渡っていく。
「・・・この音・・・紫が・・・吹いてる・・・」
「お仲間も気づいたようね。・・・さぁ、七海さん。私も歌うから、一緒に」
「はい」
 フルートの音が、七海とシュラインの歌声が空間に満ちる。炎に包まれて苦しんでいた朧の動きが止まり、うずくまり泣き声とも呻き声ともつかない声を上げ始める。
「嫌ダ・・・嫌ダ、アソコニ戻ルノハ、嫌・・・!」
 朧の口から悲痛な言葉が漏れた。
「あるべき所へと帰るんだ。ここはお前の世界じゃない」
「嫌ダ・・・ココハ、妾ノ生マレタ・・・世界、ナンダ・・・ッ!」
 彼女の体が白く透き通っていく。悲しげな声を残して、その肉体は光となり弾け飛び、そこには少女が1人残っていた。
「梓っ!」
 七海が駆け寄り、彼女を助け起こす。
「梓、しっかりしてっ」
「梓ーっ!!」
 遠くから、紫が走ってくる。七海の隣に膝をつくと、彼女も梓の名を呼んだ。
「梓、梓!!」
 少女の瞼が、微かに痙攣した。あっと思い見つめていると、長いまつ毛に縁取られた瞳がゆっくりと開かれる。自分を覗き込む2人に、彼女はそっと・・・けれどしっかりと微笑んで見せた。
「七海・・・紫・・・ありがと・・・」
「梓ぁ・・・っ!」


「やれやれ、肩が凝ったなあ」
 草間が肩を鳴らしながら言うと、シュラインはクスッと笑って聖水を差し出した。苦笑しつつ受け取り、ニ、三滴肩へと振りかける。劇的な変化ではないが、幾分楽になった気がした。
「それにしても、お前の歌なんて久しぶりに聴いたな」
 上手いのにもったいない。
 シュラインがまた微笑む。
「それなら、今日から毎晩・・・子守唄でも歌ってあげましょうか?」






□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

 0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員



□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 初めまして、叶遥です。
参加していただき、ありがとうございました!

 大人の女性、ということでちょっとドキドキしながら書いてました(笑)
魅力を壊さず書くことはできてますでしょうか?

またご縁がありましたら、よろしくお願いします!

叶でした。