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彼女は誰・・・桐生 暁編
「どうぞ」
零が差し出した紅茶に目もくれず、楠田七海(くすだ・ななみ)はただ黙ってうつむいていた。すっきりとしたショートヘアと、膝小僧の絆創膏が彼女の活発さを物語っている。普段はきっと、とても明るくて周囲から慕われているような少女なのだろう。けれど今彼女は、ただただ黙って座っているだけだった。
さて、どうしたものか。
草間は肩をすくめた。零もまねをして肩をすくめる。
「・・・友達が」
数分ほどそうしていただろうか、突然ポツリと、七海が呟いた。
「友達が、捕まっちゃったの。だから、助けて欲しいの」
「捕まった・・・って、誰に」
どうやら怪奇の類ではない「普通の」仕事のようだ。久々のそういった依頼に、不謹慎にも声が明るくなってしまう。
「誰って・・・。その、えと」
歯切れが悪い。彼女は困ったように眉を寄せ、鼻の頭をかいた。
「わからない?」
「ううん、わかってるの。だってアタシの目の前で捕まっちゃったから。アタシ・・・助けようって手を伸ばしたんだけど、全然間に合わなくて・・・それで」
そこまで言って、言葉を切る七海。上目遣いに草間を見た。幼さが残る、けれどほんの少しだけオトナの色香も感じさせる・・・不思議な瞳だった。
「信じてくれる?アタシが話すこと」
「話にもよる・・・が、大抵のことは信じるよ。幸か不幸か、普段信じられないような出来事にも何度も遭っちまってるんでな」
自嘲気味に答える草間に、後ろで零が笑った。そもそもそうやって笑っている零の存在そのものが「普段信じられないような出来事」なのだから。
「アタシの友達・・・松平梓って言うんだけど・・・昨夜ね、アタシと紫と梓で忍び込んだ学校の隠し扉の向こうで・・・お化けに捕まっちゃったの」
飲みかけていたコーヒーを思わず噴出してしまった。期待したのに・・・またもや「その手の」依頼なのか。
「赤い光がね、隠し扉の奥の方で見えて、なんだろうって見に行ったら・・・」
七海が肩を震わせる。そのときのことを思い出して怖くなったのだろう。話す声もか細くなった。
「犯人はわかってるの。あのお化け。そいつ、梓に化けて学校に出てきてるの」
彼女はカバンから携帯と小さなファイルを取り出して目の前に広げた。ファイルにビッシリと貼られたプリクラ。七海の指がその中に映っている、フワフワの栗色の髪の少女を差した。携帯の液晶画面にもその少女が映っている・・・が、どこか違う。同じ顔なのだが、携帯に映る彼女にはどこか生気がないように感じられた。七海曰く、それが梓に化けた「お化け」らしい。
「あいつやっつけたらきっと、梓も助けられる。アタシあいつをやっつけたいの!」
「それはつまり・・・この俺に、そのお化けとやらと戦えということか?」
嫌そうな表情を隠しもせず草間が問うと、七海はさも当然というように頷いて見せた。
「だってココ、そーゆうことやってくれるトコなんでしょ?アタシも一緒に行く。一緒に戦うから、力を貸してください!」
いつからここは草間興信所ではなく草間ゴーストバスターズになったのだろう・・・。
そうは思ったけれど、目の前の少女の真剣な眼差しを見ていると無下に断ることもできなかった。
これも一種の、女子高生の魔力だったのかもしれない。
「・・・わかった、そこまで言うなら協力しよう」
草間ははあ、と息を吐きつつ答える。彼女の様子だと、1人ででも行きかねない。面倒な仕事だ、とは思ったがこの少女を放っておけないという気持ちもあった。つくづくお人よしな性分だ、と自分でも呆れるが。
「くっさまさーん!!」
とにかく現場を見ないことには始まらない・・・と、神聖都学園にやってきた彼らを迎えたのは、そんな大きな声と突然の衝撃。七海はとても驚いていたが、それをまともに食らった草間の反応はいたって冷静なものだった。
「暁か。こんなところで、何をやってるんだ?」
「それはこっちのセリフだよ。草間さんもスミに置けないな〜女子高生と放課後の学校でデートですか?」
淡白な返事にめげることもなく、金髪の少年は楽しそうに言い返す。またも七海は困ったように・・・慌てたように赤くなるが草間は顔色一つ変えない。よほど彼の扱いには慣れているのだろう。
「ちょうどいい、暁。お前付き合え。まだこんな所でフラフラやってるということは、今日は暇なんだろう?」
「草間さんのためならカラダ一つくらい空けちゃうよ。なになに?それじゃシゴトって奴?」
「そうじゃなきゃ誰が好き好んで学校なんかに来るか。お前が役に立ちそうな仕事なんだ、付き合え」
言いながら草間は校舎内へと入っていく。その背中と、隣にいる少女を見比べて暁はふぅんと呟き鼻の頭をかいた。
「俺が役に立ちそうなシゴトなのに、女の子連れてくの?君、ここで待ってたら?」
「私も行きます!」
七海が強い口調で拒んだ。彼女のためを思っての発言なのだろうが、本人には「足手まといだ」と言われたように思えたのだろう。思ったより強く拒まれて彼も少し目を丸くしたが、すぐに楽しそうに微笑み七海の頭をポンと叩いた。
「OK。それじゃ、君は俺が守ってあげよう。離れちゃ駄目だよ?」
今の梓は、いつもの梓ではないから行動パターンが読めないしどこにいるのか想像もつかない・・・と七海が言ったときには、彼女を探すだけで大変な苦労を強いられそうだと思ったが、暁の人脈のおかげで案外簡単に見つけられた。予想とは違った場面でも、彼は役に立ったと言うわけだ。
「どうしたの、七海、私に何か用?」
教室で1人、窓の外を眺めていた梓を見た瞬間2人はその『不自然さ』に声を呑んだ。
柔らかな栗色の髪と、透き通るような白い肌の、西洋人形のように愛らしい少女。
梓という少女を表現するのに最適な言葉はこんなところだろう。だが、今の彼女は違う。西洋人形のよう・・・というよりも、人形そのもの。まるで生気を感じられない彼女の表情からは「作られた美しさ」しか感じられない。
暁が眉をひそめる。草間も気づいているらしく、彼の傍で考えをめぐらせていた。けれどその答えが出るより早く暁が動いた。梓と話す七海の隣に立ち、梓を見る。彼女はあからさまに怪訝な表情を浮かべ彼を見据えた。
「あなた・・・誰?」
「あれ、俺のこと知らないの?こんなにモテモテ超有名人な俺を?『神聖都学園の生徒なら』知らないはず、ないんだけどなぁ。ね、七海ちゃん?」
「えっ?あ・・・はい・・・」
七海が話を合わせたことで、梓の顔が引きつった。しまった、と思ったのだろう。彼女のそんな表情に暁はニヤッと笑う。
「やっぱり、君はニセモノだね。そのコに化けてるだけの・・・。どうして今、「しまった」ってカオしたの?知ってなきゃいけないことを「知らない」って言っちゃったから?」
「・・・・」
唇をかみ梓が睨みつけてくる。可愛らしい顔には不釣合いすぎる、ひきつった醜い表情。そこには深い憎悪の念が見て取れた。
「ホンモノの梓ちゃんはどこにやったんだよ?今すぐその体から出て梓ちゃんを返してくれるなら乱暴はしないよ」
七海を自分の後ろに押しやりながら暁が言う。
「君がどうしてそのコの真似をして生活を送りたいって思ったのか・・・それはわからないけど、でも本人と入れ替わっちゃったりしていいもんじゃないと思うよ。そんなことしたって、君もあのコも報われないじゃん?」
「黙れ!貴様らに何がわかる!」
悲鳴のように叫び、彼女が襲い掛かってきた。けれど暁は臆することなく実に軽やかにそれを交わした。もちろん、七海を守りながら。
「わからないよ、話してくれなきゃ」
「うるさい!」
「・・・仕方ないな」
ポケットから小さなナイフを取り出した。パチンと刃を取り出して、闇雲に襲ってくる彼女へ一撃を与えるチャンスをうかがう。襲ってくる・・・といっても「女の子の体で」襲ってくるだけだから何も怖くはない。一挙手一投足が目に見えるようだし、暁は簡単に背後に回れた。それはもう、まさに踊るように。
動きを封じようとその肩を掴んだ瞬間、指先に鋭い痛みを感じた。一瞬のコト、まるで静電気。けれどその痛みは確実に、暁だけではなく梓にも伝わっていた。
「・・・・!?」
梓の顔が歪む。苦々しく舌打ちをすると、身を翻し走り去っていった。それでも暁は動かない。指先を見つめ、その意味を考える。
「どうしたんですか?」
「暁?」
「朧・・・」
不意に、彼の口からそんな言葉が漏れた。じっと己の指に視線を落としたまま彼の呟きは続く。
「あのコ・・・朧は・・・本当は・・・」
そこまで言って弾かれたように顔を上げる。そのまま、何も言わずに走り出した。
「え!?あ、あのっ」
彼に手を握られたままだった七海が急に引っ張られてつんのめりそうになったがそれでも暁の足は止まらない。
「おい暁、どこへ行く気だ!?」
「隠し扉っ」
草間がその返事を聞いたとき、既に彼と七海の背中はずいぶんと小さくなっていった。
隠し扉への入り口は音楽室の音楽室の黒板の下・・・正方形にひび割れた壁紙にあった。そっと押してみるとそれはあっさりと動き彼らを内部へと導く。穴の奥には階段があり、ずっと下の方へと続いていた。岩を切り出して作ったような原始的な怪談で幅も狭い上にひどくかび臭く、暗い。
「お前ら・・・良くこんなところ降りようって気になったな?」
「だって・・・」
「行くよ」
怪談の終点は、意外と広い空間だった。岩で作ったかまくらのようなそこの壁に、古びた鉄でできた頑丈そうな扉が付けられており、そこが少しだけ開いていた。これが隠し扉・・・梓の中にいるモノが、本来いるべき場所。
暁がそっと、その扉に触れた瞬間。
「痛っ!」
悲鳴を上げて扉から手を引っ込める。触れた指先は火傷でも負ったように赤くなっていた。
「だ、大丈夫・・・?」
「いった〜・・・もうちょっとで、俺も封印されちゃうところだったよ」
一瞬ではあったがかなりの痛みだったのか、暁の赤い瞳が少し潤んでいる。七海はそんな彼と扉を見比べながら首を傾げる。扉には彼が触れた跡が、赤黒く残っていた。
「でも、昨夜私が触ったときはなんとも・・・」
「俺、吸血鬼の血も入ってるからさ。魔物は全部封じるんじゃないかな、コレ」
少女の瞳が大きく見開かれる。
「・・・怖くなった?俺のこと」
微笑んでみせる暁の表情は、どこか淋しそうだ。吸血鬼故の苦しみが、彼の過去にはあったのかもしれない。ただのヒトである七海にはわからないような、そんな苦しみが。
どう言っていいかわからなくて、七海はただ黙って首を横に振った。吸血鬼と聞くと怖いイメージしかないけれど、少なくとも目の前の少年は・・・その手の温もりは、少しも怖くなかったから。
「よかった!嫌われちゃったら、君のコト守ってあげられないもんね」
扉に刻まれた呪文のような言葉を、草間が読んでいく。
「・・・忌むべき存在、ここに封ず。彼の歌は魔を縛り、彼の声は魔を滅す。魔の存在・朧を封ずは、彼の歌なり」
読み終えて彼は肩を竦めた。さっぱり意味がわからない、とでも言いたげである。けれどその文を聞いて、暁はどこか楽しそうな、明るい表情になっていた。
「俺、なんとなくわかっちゃったかも」
「本当か?」
「俺ってば探偵に向いてるのかな?ね、七海ちゃん!」
梓のニセモノ・・・朧が、何を思い動いているのかはわからない。草間たちを隠し扉へと導き、自身を封じるヒントを与えたのは無意識下で救いを求めているからなのか、それともただ彼らを殺すための作戦なのか・・・。とにかく、彼女はとうとうその禍々しき牙を剥いて襲ってきた。
その姿は既に梓とは違った。朧という「思念」が完全に彼女の肉体を包み込み、新たな実体を持ち存在していた。その姿は恐ろしいものではあったが、逆に好都合である、とも言えた。何も躊躇する理由がない・・・遠慮がいらないのだから。
「危ないから離れててね」
ナイフを構え戦闘態勢に入る暁は七海の手を放すと彼女を草間の方へ押しやった。何か言いたげな彼女に優しく笑ってみせてから、梓・・・いや朧へと向き直る。朧の肩にはくっきりと、暁との接触による痣が浮かんでいた。
「貴様・・・魔の身でありながら人間の味方をするか!」
「残念だけど混じりッ気なしの天然魔族ってわけでもないからね。君の仲間でもないよ」
「愚かな・・・滅ぶべき人間に力を貸す輩など・・・共に滅ぼしてくれる!」
牙を剥き、朧が襲ってくる。先ほどよりはずっと動きは早かったけれど、それでも交わせないほどではない。暁は軽やかに避けながらスキを見ては彼女の体を斬りつけた。その動きは、今ここで音楽でも流れていたら踊っているのではないかと勘違いしてしまいそうなほどに華麗で・・・。
「すごぉい!」
朧の体に刻まれる傷が一つ、また一つと増えていく度に彼女の動きが鈍くなっていく。しまいには肩で息を吐き、苦しげにうめくようになった。
「そろそろ、とどめだね・・・。七海ちゃん!」
「えっ?」
突然名を呼ばれ驚く彼女に駆け寄りその手を取ると、暁はまたニッコリと微笑んだ。
「朧を封ずは彼の歌なり。彼の歌・・・それはきっと、大切な人の歌って意味だと思うんだ。梓ちゃんにとって君はきっと、大切な友達だよね?きっと君の歌が梓ちゃんを、助けられる」
「で、でもいきなり言われても私、歌なんて・・・!」
不意に、どこからともなくフルートの音色が聞こえてきた。柔らかで透き通った、心の底まで染み渡るような、そんな音が。
「この音・・・紫・・・!?」
「ほら、もう1人の大切な人も気づいたんだ。ちゃんと応えてあげなきゃ。大丈夫、俺がついてる」
ね?と手を握られる。七海は意を決したように息を吸った。
フルートの音が、七海の歌声が空間に満ちる。苦しんでいた朧の動きが止まり、うずくまり泣き声とも呻き声ともつかない声を上げ始める。
「嫌ダ・・・嫌ダ、アソコニ戻ルノハ、嫌・・・!」
朧の口から悲痛な言葉が漏れた。
「残念だけど、君はここにいるべきじゃない。自分の居場所へ戻ってよ」
「嫌ダ・・・ココハ、妾ノ生マレタ・・・世界、ナンダ・・・ッ!」
彼女の体が白く透き通っていく。悲しげな声を残して、その肉体は光となり弾け飛び、そこには少女が1人残っていた。
「梓っ!」
七海が駆け寄り、彼女を助け起こす。
「梓、しっかりしてっ」
「梓ーっ!!」
遠くから、紫が走ってくる。七海の隣に膝をつくと、彼女も梓の名を呼んだ。
「梓、梓!!」
少女の瞼が、微かに痙攣した。あっと思い見つめていると、長いまつ毛に縁取られた瞳がゆっくりと開かれる。自分を覗き込む2人に、彼女はそっと・・・けれどしっかりと微笑んで見せた。
「七海・・・紫・・・ありがと・・・」
「梓ぁ・・・っ!」
「あの・・・ありがとう」
再会を喜び合う輪から抜けてきた七海は、離れて立っていた草間と暁に駆け寄ってそう言った。二人はちょっと顔を見合わせてから、ニッコリと笑い「どういたしまして」と返した。
「またいつでも相談に来てよ。君の頼みならいくらでもきいてあげるよ」
「本当?」
「もちろん!」
七海はその答えにホッとしたように笑い、それから少しためらいがちに草間を見る。その視線の意味に気づけないようでは探偵じゃない。草間はうなずいてそっとその場を離れた。
「七海ちゃん?」
「えっと、それじゃ私のお願い・・・きいてくれる?」
「うん。なに?」
「今度・・・一緒にカラオケ・・・行って欲しいな」
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
4782/桐生・暁/男性/17歳/高校生アルバイター、トランスのギター担当
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■ ライター通信 ■
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初めまして、叶遥です。
参加していただき、ありがとうございました!
せっかく年頃の(笑)男の子なので、ちょっと七海とイイ感じにしてみましたが・・・いかがでしたでしょうか?
楽しんで書けたので、喜んでいただけると幸いです。
またご縁がありましたら、よろしくお願いします!
叶でした!
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