|
■ 宝物
「大丈夫なんですか?」
「本当に……大丈夫…だから」
言葉の合間にもひどい咳をする少女の声を聞いて都築亮一は眉を顰めた。裏の退魔師達の集う境内の仕事場から、今日もいつものように従兄妹が心配で電話をしたのだが、相手はどうも風邪を引いているらしい。
「心配しないで…」
そう言われれば余計に心配になるというもの。
ちょっと熱があるだけだと聞いたのだが、亮一は寺を脱走する事にした。もちろん、少女には内緒で。
亮一は幼少時に素質をかわれ、それ故に寺を統率する立場にいるが、本人は自覚がまったくない。道具として扱われた従兄妹の少女に何もしてやれなかったことを悔やんでいる所為もあるのだが、今までにも黙って寺を抜け出したことは数知れず。
彼女がいつも自分を気遣って辛くても連絡しないのを知っていたから、亮一は心配で仕方が無いのだ。
「じゃぁ…またね」
そういって電話を切った少女の……神崎美桜の声が途切れた瞬間、亮一は黙って立ち上がった。
あたりには控えている者もいない。
愛用のコートを掴むと、亮一はその場に用は無いと音も無く立ち去った。
凄く心配しながらのいつものルートは異様に長い感じがする。
風邪とは言え、彼にとっては忌まわしく邪魔なものでしかない。美桜を損なう如何な存在も許す気は無かった。時に彼は残酷なほどに冷酷なところがある。彼女に関してのことなら特にそうで、微塵にも許す気は無かった。
「いたぞ! 亮一様、寺にお戻りください!」
「……」
亮一は僧たちの声も無視して走り出す。
騒ぎにならないよう違う逃走ルートに向かったのもつかの間、木々を縫って人影がこのルートにも集まってきていた。
「何で……この道にも?」
亮一は独りごちる。
ふと脳裏を掠めるのは、たった一人の側近の姿。側近であり相棒である存在が運悪く今日は在宅していていることを思い出した。
彼はこんなこともあろうかと、ひっそりと人を放っていたらしい。小憎らしいほどにできる奴だ。そう思うと、良一は困ったような小さな笑みを浮かべる。
きっと自分の逃走ルートは全部潰されているに違いなかった。
「本当に……困った人です」
そう言うや、亮一はさらに深い暗闇に身を躍らせる。ここは実力行使で突破するしかない。
襲い掛かる者を叩き伏せて夜道を走った。
仕事と美桜のどちらが大切か?
そう尋ねられたら、迷わず美桜が一番大切だと亮一は答える。
だから、邪魔する奴らはたとえ仕事仲間でも叩き潰すことを厭わない。巨大な温室の中に家がある、そんな家を亮一は彼女にかつてプレゼントした。全て自分が美桜の為に用意し、自分にとって一番護りたい場所。
健やかなる宝(美桜)の眠る場所。
それが亮一のかけがえの無いものなのだ。
惜しみなく術を使い、その上最終奥儀までも使いまくって攻撃した。自分を阻止しようとするのが悪いと徹底的に排除するのは当然のこと。
一気に山を駆け下りると、亮一は従兄妹の住む街へと向かった。
長い……
走りながら亮一は苛立ちを隠せない。
やっとたどり着くと亮一は温室の扉を開ける。
「はやく行かないと……」
呟くように亮一は言った。
美桜がいるのは部屋の中。なのに、覆い尽くす花々に埋もれるような家がとても遠く感じる。無事、美桜の元に辿り着くと、亮一は彼女の眠るベッドに近づいた。
「美桜、大丈夫……ですか?」
「あ……何で…」
来たの?…そう彼女は言った微かに笑った。
その表情が愛しくて、亮一はつられて微笑む。
「顔が見たかっただけですよ」
そんなことを言ってみる。勿論、会いたかった。だが、心配だったと言うのが本当だ。だけど今は彼女が心配するからそれは言わない。
「治るまで傍にいますよ」
この言葉が彼女にとっての一番の魔法の薬になると信じて、亮一は笑って言った。
熱を測れば美桜は高熱をだしていた。しばらく看病の為に仕事を全て放棄し、彼女の家にいるとそっけないほどの電話を一本した。一応、小癪にも行く手を阻んでくれた相棒に報告したが、彼のほうは何もいわなかった。
相棒(彼)も美桜の事を妹のように思っているから、どうしても帰ってこいとは言えないのだ。
治るまで帰ってくるなと一言言われ、亮一は仕事は全部後任してくれるとわかって安心して看病に没頭することにした。
自分にとっての宝物。
しかし、相棒にとっても、また宝であるようだ。
夢のような家で眠る少女の寝顔を見つめ、亮一は満足そうに微笑んだ。
■END■
|
|
|