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<東京怪談・PCゲームノベル>


商物「過現未」

 櫻紫桜は駆けていた。
 入り組んだ路地を選んでいた為か、場所は疾うに解らない……裏路地を抜け、建築物の間に入り込み、何から逃げているのかと問われれば、人から。
 更に詳しく言うならば、公務を真面目に執行なさっている警察官の皆様からだった。
 何故そのような事態に陥っているかと言えば、利用していた電車内で起こった些細な喧嘩が発端を担う。
 何かの大会帰りであるらしい学生の一群、制服を違えたグループで二分された車両に乗り合わせたのがそもそもの間違いか。
 車内に流れる何やらぎすぎすした空気を察しつつも、他車両に移れない混雑に目的はないが次の駅で降りようと、紫桜は一人違う制服に些か肩身狭く、紛れ込んだ異分子の心持ちで、けれど大人しく吊革に掴まっていたのだが。
 進行方向の奥が俄に騒がしさを増したと思えば即時、それは紫桜の立つ位置まで伝播し、狭い車内が乱闘状態で揉み合いになる。
 頭に血が上って見境のなくなった体育会系の学生が、紫桜に向かって細長い鞄に包まれて内容物は判然としないが、棒状の何かを振り上げた時、つい……紫桜はその身の内に秘めた力で応戦してしまったのだ。
 即ち、彼を鞘として眠る日本刀を、獲物として。
 最も、斬り掛かった等ではなく振り上げられた鈍器を受けた、程度なのだが、昨今、世界を横行するテロリズムの脅威に用心し過ぎて過ぎる事のない情勢、いきなり日本刀を振り回し(?)始めた紫桜に、車内は別の意味で阿鼻叫喚に陥った。
 しかも通信網が発達した現代社会、学生の必須アイテムである携帯電話はここぞとばかりに警察の緊急コールをかけまくる……結果、次の駅で飛び降りた紫桜を待ちかまえていたのは紺色の制服のお巡りさんだったという訳だ。
 情報の真贋に関わらず、人員が動員途中だった混乱を幸いに、振り切ってそのまま逃げ出したのだが。
 駅の名を確認する事も出来ず、それでなくとも土地勘のない場所で、覚えてられない複雑な道筋を行った為、きっばりしっかり迷ってしまった紫桜である。
 背後の人の気配から逃げて逃げて、辿り着いた小路で暫し、荒い息を整えようと壁に手をついて紫桜は……それが、硝子である事に気付く。
 顎を伝う汗を手の甲で拭いながら、しげしげと薄暗い路地の半ばに建つ店舗と思しき建物を見る。
それは確かに店舗の外観で、円形と菱形を線で組み合わせた格子に絡む植物めいた紋様が大陸のそれを思わせて一見、雑貨の販売を兼ねた中華飯店めいているが、装飾の施されるのは華やかな朱ではなく、黒漆の艶やかさはどこか和風である。
 こんな辺鄙な場所に構えていて、客はあるのだろうかと、他人事ながら、そして今はそれ所ではない筈だというのに心配なぞして……紫桜は背後と前方から、人の声と足音が近付いて来る気配にぎくりと身構えた。
 小路は前後にしか進めない。
 畢竟、逃げ場は傍らの……胡乱な店の扉を開くより他ない。
 紫桜はドアノブに手を伸ばした。
 真鍮の取っ手を掴んで回せば、軽い手応えで扉が開く……逡巡したのは一瞬のみ、紫桜は声に追われるまま、扉の狭間へ身を滑り込ませた。


 一歩足を踏み入れた空間には、乾いた香の匂いが漂っていた。
 雑然としているそれこそが整えられた状態であると感じられる店内は狭いようで広く、薄暗さに埃臭いようでいて実の所そんな事はない。
 正面奥に広く畳敷きの台場があり、其処に到るまで膝から腰へと順に高さを変える台には駄菓子や子供だましの籤が並ぶかと思えば妙に古びた本が積まれ、ガラスケースに真贋を問いたくなる無頓着さで装飾品の類が並ぶ。
 歩みを進めれば鼻を擽るのは乾いた生薬の香、壁かと思えばそれは棚で、小さな引き出しに和紙に墨でひとつひとつ、納められた薬種の名が記されている。
 そして奥には子供が二人、台場の端に腰をかけ、揃って大判の……どうやら百科事典と思しき重たげな本を互いの膝の間に置いて眺めている。
 彼等が店の番をしているのだろうか、と声をかけようとした紫桜の背後から、声がかけられた。
「おや、あの子等が気になりますか」
ふぅ、と耳の後ろから前へと、白い空気が煙草の香で鼻を擽りながら抜けていく。
 首筋を押さえて声すらなくその場から飛び退いた紫桜を、ふふと軽い笑いが追う。
「あぁ、こりゃ失礼を。あまりに熱心に品を御覧の様子にちょいと商売っ気が擽られてねぇ」
ふぅ、と紫煙と共に気楽な調子で言を続けて、藍色の和装を着流しにした男は、無精な様子で髭の浮いた口元をにぃと笑いの形に引く。
「陰と陽と、その間に構える故に陰陽堂と、そう冠しましたるこの店の主でさぁ」
笑いの形を保った口元に挟まれたままの煙管の先が揺れ、立ち上る煙が天井に向かって柔らかく散じた。
 その自己紹介に、紫桜は意識せずに入っていた肩の力を抜く。
「此処は……なんのお店ですか?」
それも今更な問いであろうが、とりとめのない品々に思わず問う、紫桜に店主は笑って答える。
「なんでもございますよ。懐具合に適うのであれば、店の中の品はお好きにお売り致します。籤のついた飴からそこの大棚も売り物。あそこの子等も、兄がコシカタ、妹がユクスエと。申しましてうちの立派な商品で」
 白と黒、対照的な色彩の衣服を纏った子供達は、名を呼ぶ店主の声に反応して、本をそのままにタタタと軽い足音で駆けて来た。
 人懐っこい手に取られた両手に戸惑うより先、く、と右手が引かれる。
「何処に行く?」
右の手をキュ、と握られて見れば金の瞳で見上げる少年……コシカタ。
 強請る言葉ではあるが、声は淡々として感情に薄い。
 左手が、次いで軽く引かれる。
「何して遊ぶ?」
銀の瞳を見下ろせば、少女……ユクスエの長い白髪がさらりと流れる。
「お気に召したなら、どうぞお持ち下さいまし」
店主はこちらの都合など存ぜぬ様子で煙管をふかす、言い様は既に紫桜が子供達を連れ帰ると決めてかかっている。
「こんな辺鄙な店に足を踏み入れる位だ。急ぎの用は御座いませんでしょう。お代はどうぞこの子等に一つずつ、揃いの品でも買い与えてやって下さればそれでよし……と言いたい所ですが」
店主は言葉を切って苦笑した。
「それは今のあんたにゃ難でしょうな……取り敢えず、安全な所まで送って差し上げな。コシカタ。ユクスエ」
意味の図れないまま、困惑する紫桜の手を握ったまま、子等は同時にこくりと頷く。
 難、と言われたその理由が解らずに首を傾げる紫桜に、店主は手近な売り物と思しき……ひどく古風なラジオの抓みを捻った。
『……現在、容疑者は逃走中。――道路を閉鎖し、検問を展開……』
雑音混じりのそれはどう聞いても警察無線。
「詳しい服装なんかも繰り返し流れてましてねぇ……ま、人助けと言う事でひとつ」
紫煙を吐き出す店主の言を最後まで聞かず、とんだ事態に頭を痛めた紫桜はその場にしゃがみ込んだ。


 結局、店主に着物を借りて服装を変え、カモフラージュに双子を連れた紫桜は近隣の駅までの道程を歩く事となった。
 後ろ暗さに、道行く人と擦り違う度に顔を背けようとする、立派に挙動不審な紫桜だが、顔を向ける度に、
「そうだね、紫桜お兄さん」
や、
「紫桜兄さん、あれを見て」
と、子等が機転を利かせて話題を振ったり振られた振りをしてくれる為、まぁなんとか難は逃れている。
「お手数をおかけします、お二方……」
恐縮する紫桜に、子等はふるふると首を横に振った。
「お客様の為だから」
年にしては何とも、商売気質な主張である……が、紫桜は己の状況にかまけてさっぱり聞き流していた衝撃を不意に思い出した。
「そういえば店主さんが……貴方達が商品だとおっしゃってましたが、本当ですか?」
年端の行かない子供を売る、という表現はあまりにも不穏で、着物や履き物、着ていた服を包む風呂敷まで一式借りて今更ながら、不安を覚える紫桜に、双子は無情に同意を込めて頷く。
「コシカタは過去に深く」
「ユクスエは未来を広く」
子供らしくない、淡々とした口調で声が揃う。
「全てを見ます」
その意味合いが図れずに居ると、二人は紫桜を見上げた。
「コシカタとユクスエに一つずつ。与えて下さる何かと引替えに」
「コシカタとユクスエは一つずつ。占いとして差し上げています」
成る程占いを売るというそういう意味か、と紫桜は安堵すると同時に自分も双子を買い上げた事になるだろうかと首を捻った。
「……なら、俺も何か買って差し上げるべきですか」
はたと気付いたそれに、双子は今度は否定に首を横に振る。
「今日、紫桜様はまだ」
「お客様ではないので」
人助け、と言っていた店主の厚意に因るものかと、二人の言に悩む内に紫桜は近隣の……それなりに人通りの多い駅に辿り着く。
 が。
 其処には先に電車に乗り合わせた学生達が、改札から出てくる所だった。
「お前、さっきの……ッ!」
顔を隠す間もなく、見咎められた紫桜は、まだ血気が抜けていない様子の相手が腕を捲るのに、南無三と天を仰ぐ……ここでまた乱闘に突入しても、自分一人なら逃れられる自信があるが、今は子供連れである。走って逃げるにも限界があり、警察のご厄介になるより他に道はなく思えたのだが。
「紫桜お兄さん」
くいと、引く手にそれ所ではないというか、どうやってこの子等だけでも逃がそうかと思考しかけていた紫桜が窘めようとするより先に、コシカタが子供らしく弾んだ声で……金色の眼差しは冷静なままだったが、強請る。
「紫桜お兄さんの手品、また見せて下さい」
――……芸?
 何を言い出したのか、本気で思考の止まった紫桜に、今度はユクスエが腕にぶら下がるようにして注意を引く。
「紫桜お兄さん、刀使うのとても上手です」
――刀って……あの刀?
 紫桜の思考に答えるように、双子はこくこくと子供らしい仕草で頷く。
「刀をお手手から出して」
事態を打開するには、学生達が双子の言動に気を取られている内しかない……指示的なコシカタのお強請りに、紫桜はままよと掌から……日本刀を引き出すイメージを結ぶ。
 合わせた掌をゆっくりと引く……そこから現われる抜き身の日本刀に、周囲にどよめきが走るが恐怖の驚愕と感心のそれだ。
 空気を切るようにして、その刀の重みを誇示して見せる。ついでにその場で軽く型をなぞってみせる紫桜に、観客から拍手が湧く。
 アドリブとはいえオーバーアクションは見世物の常、諦めついでに腹を括った紫桜のサービスに双子は惜しみない拍手を送り、ユクスエが胸の前で可愛く手を併せたまま、首を傾げる。 
「次に呑むんですよね?」
――呑む?!
次なる指示に思わずコシカタ、ユクスエを……気を払って少し距離を置いた双子を見ると、またこくこくと頷く。
 紫桜の意志によって現出させた刀は、彼がその意を持って触れた端から姿を消す。
 話した覚えがなければ当然、見た筈もないというのに刀の特質を言い当てた双子の……占いと、それを活用して窮地を脱しようという意図には感心せざるを得ないが。
――呑むのか。
 実際に呑める訳ではないが、口に運んで消えたならそれは確かにスゴイ手品としかいいようがないよな、そうだよな。
 必死に見世物になる自分を納得させながら紫桜は……それでも、大道芸よろしく上を向いて喉の奥に押し込むようにしたんじゃちょっと面白味に欠けるかな、と観客に向かって僅か俯き加減に口を開き、その口中に押し込むようにして、刀を再び身の内に納めた。
 周囲は拍手喝采、先までのテロリスト疑惑など遠い彼方に飛んでいってしまったようである……感心と感動の声に手を振って答えながら、紫桜は大事な物をちょっとなくしてしまったような気がしなくもなかった。


 アンコールの声からそそくさと逃げだし、双子には入場券、自分には最寄り駅までの切符を買った紫桜は次の電車までの間にトイレで元の服に着替え、双子に借りた一式を渡した。
「お二人とも、ありがとうございました。また改めて御礼に伺いますので」
頭を下げる紫桜に、子等は手にした切符を……構内への入場券を同時に示して見せる。
「占いの代価はこの通り」
「確かに頂きましたから」
揃いの品を、一つずつ。それはこんな物でもいいのかと紫桜が悩む間に、乗るべき電車がホームに滑り込んで来た。
 短い停車時間にあたふたと乗り込む紫桜を見送って、戸口で足を止めた双子は、金と銀、二対の瞳で彼を真っ直ぐに見上げる。
「それではまた機会が許すなら」
「陰陽堂までお出で下さいませ」
双子の言葉と同時に扉が閉まり、動き始めた電車に答えを返す事が出来なかった紫桜は、最後の二人の……眼差しが自分ではなく、その内側を見据えていたように思う。
「……もしかして」
胸に手をあてれば、身の内に宿る刀の存在を感じ取れる。
「お客様は……俺じゃなく?」
刀は紫桜が問えど答える事はなく。ただ無機物の沈黙を守るのみである。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】

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■         ライター通信          ■
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大変遅くなりました……ッ<( _ _;)>
御依頼頂きました内容を、北斗なりに噛み砕いてみましたらあらあら不思議。俄大道芸人が道ばたで振りまく感動と、そしてその日複数のお宅の夕の食卓で花を咲かせる話題提供と相成りました。
多少なりと意外性を出せたらいいなと思いながらの執筆でした。お初の参加で大変お待たせして申し訳ない限りですがまた時が遇えばご用命頂けますればと、心から願っている次第に御座います。