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<白銀の姫・PCクエストノベル>


獣たちの帰り道

 夜の来ない村があった。いつまでも地平線に太陽がかかり、月が昇らない。数ヶ月単位で、昼が続く。白夜みたいなものだった。
 けれどこの白夜現象は昔から続いていたわけではない。アスガルドの世界が歪みを起こし、外部から人間たちが訪れるようになってから突如始まった。
「私たちはとても困っているのです」
と、嘆いたのは兎に似た顔の半獣人。
「私たちの村は、高い木の上にあります。村を出入りするには、あれを使うのですが」
一人が指さしたのは細い、膝丈くらいしかない植物。人が乗れそうなくらい大きな葉が二枚、ついている。
 月が出ると、この植物は半獣人の意思に従って茎を伸ばしたり縮めたりできるのだそうだ。自然のエレベータみたいなものだが、月が出なければ役に立たないのが欠点である。つまり洞窟に集まった半獣人たちは白夜の直前村を出て、白夜が始まったせいで村へ帰れなくなってしまったのだ。
 木を登って帰ろうとしても、途中のうろには半獣人を餌にしようと企む恐ろしい魔物が数十匹も潜んでいた。彼らに殺された仲間もいて、半獣人たちはいつか魔物が木から下りてきて、自分たちを襲うのではないかと震えていたのだ。
 彼らを村へ帰す方法は二つ。再び夜を招き月を呼ぶか、それとも木に巣食う魔物を退治するか。

 太陽の光を避けてシュライン・エマ、セレスティ・カーニンガム、強羅豪、羽角悠宇の四人は平たい大きな岩の上にこの世界の地図を広げ、頭を寄せて覗き込んでいた。日陰を選んだのは暑さを避けるためでもあったが、魔物から身を隠すためでもあった。
 綾和泉汐耶、四宮灯火、初瀬日和の三人は洞窟の中で半獣人から詳しく話を聞いている。おびえている彼らからなにか聞き出せればよいのだけれど、たとえば月の昇る方向だとか魔物たちの習性、弱点など。
「そもそもこの世界には、昼と夜の違いはないのよね」
アスガルドの中心都市はいつも昼だった。現実世界と仮想都市を行き来しているから、いつも昼に訪れているだけと思っていたのだが、実際はそうらしい。
「ゲームの世界は平面って決まってるからな。月も昇りようがないだろ」
家庭用ゲームのRPGを頭に浮かべている悠宇は、隣の豪に目で同意を促す。しかし豪はゲームをあまりやらないので、戸惑うように首を傾げるだけだった。
「それでも、この場所では月が昇るのでしょう。ならば信じるしかありません」
セレスティは地図と太陽の位置を素早く見比べる。東西南北の感覚が正しければ、今現在の太陽は西の空に沈みかけ、地平線にどうにかひっかかっているという状態である。ならば反対の空にはもう、月が昇っていいはずだった。
「あの山が、邪魔しているのですか」
邪魔なら壊せばいい。面倒なことは苦手だと、豪は腕に光る「覇拳神のゴーントレット」を、高くそびえる山へ向けた。黄金でできたこの篭手から発せられる破壊のエネルギーは、山くらいやすやすと破壊してみせる。だが、それはセレスティに止められた。
「あの山に住んでる人だっているんですよ。こちらで誰かを助けても、向こうで誰かが傷つくのなら、なにもしないほうがまだましです」
「・・・・・・それは、確かに」
言葉少なに納得した豪は腕を下ろした。
「なあ、前向きに考えるならやっぱり月をどうにかするより魔物を退治するほうがいいんじゃねえの?」
「そうね。魔物がいなくなれば、彼らは昼でも夜でも村を行き来できるんですものね」
「悠宇くん」
半獣人と一緒にいた三人が洞窟から出てきて、日和が悠宇の肩を叩いた。
「日和。そっちはなにか、面白い話聞けたか?」
「えっとね」
「魔物の凶暴化は、植物と同じように月が関係しているらしいのよ」
日傘を杖代わりに寄りかかりながら、汐耶は聞いた話を説明する。大木に住みついた魔物たちはなんでも、元々は昇降植物に寄生していた小さな虫だったのだそうだ。植物が夜の間に溜め込む月の光を養分に生きていたらしい。
「月が出なくなって植物は育たなくなり、食べるものがなくなったからあの子たち襲われたらしいんです」
「意味もなく襲っているわけではないのですね」
セレスティは大木を見上げる。
「・・・・・・魔物は退治するべきだと思いますが、過剰な暴力には反対です」
「それじゃ今回の目的は半獣人を村へ帰すために魔物を退治する。ただし必要以上には殺さない、ということで」
月が昇れば全ては解決するのだけれど、そこまでの力は彼らにはない。そんなことができるなら、月を動かすより先に世界を救うはずだった。

 大木の枝にロープをかけ、腕力を使って昇る者己の念動力で浮く者、どちらも難しい場合は仲間と半獣人に助けてもらいどうにか全員が大木に這い上がった。
「あなたたちって案外すごいのね」
半獣人の爪は硬く鋭いので、大木の幹に食い込ませて昇るのに適していた。汐耶は誉めたつもりだったのだが、半獣人は傷ついたような顔をした。強い爪を持ちながら、魔物を撃退できない自分たちを恥じているようだった。
「気にするな。弱いことは悪いことではない」
不器用な言葉で豪がなぐさめる。それでもまだ、半獣人たちの白い耳がぺたりと伏せられているのでシュラインも言葉を足そうとした。瞬間、髪につけた魔物を感知する特別なアイテム、「妖精の花飾り」が敵の襲来を告げた。
「来るわよ!」
声に反応して、全員が素早く陣形を整える。魔物に直接対峙する構えを取ったのが豪と悠宇、少し後ろにはセレスティと灯火、そして半獣人を守るように脇を固めたのがシュライン、汐耶、そして日和だった。
 魔物は節足動物特有のきしむような音を立てて、大木から落ちてきた。銀色で平たく、ムカデに似ているが体長は一メートル近い。まずは七匹、しかしなおも上からは気配が降ってくる。
 一匹目を、豪が拳で粉砕した。魔物の体は真っ二つになったのだが体液はほとんど出ない。金属を殴っているような感触だと、豪は思った。
「怯まないな」
淡々と、呟く。できる限り魔物を殺したくはなかった。同じことを考えているセレスティが、後方から水を操り大量の飛沫を魔物に浴びせる。
「なにすんだよ」
とばっちりで水をかけられた悠宇がセレスティを振り返り、魔物を見、交互に首を動かす。水を浴びた途端、目に見えて魔物の動きが鈍くなっていた。やはり、金属でできているのかもしれない。
 退治しても、魔物は次から次へと降ってきた。今のところはセレスティが水を飛ばし動きの鈍くなったところを豪、悠宇、灯火が枝から振り落としているのだがそれもやがて間に合わなくなるだろうと思われた。シュラインは頭上を見た。そして、大木の幹に空いた大きなうろを発見した。

 灯火の念動力をつぎこんで、全員がうろのある近くまで飛んだ。このときばかりは、可愛らしい灯火の眉がかすかに歪んだ。
「あの魔物、降りるのは得意でも昇るのは苦手そうよね」
シュラインは冷静に観察している。魔物の巣よりも高くへ昇れば、追ってこられる心配はなさそうだった。念のため幹全体をセレスティの水で濡らし、魔物の足止めをする。
「早く、上へ」
ここまで来ると枝と枝の間隔が近いので、シュラインや汐耶、悠宇は身軽に枝を飛び移ることができた。力を使い切って動けなくなった灯火は豪が抱え、片腕で昇った。足の弱いセレスティは、半獣人二人に助けられながら進む。
 日和も、一人で昇ることはできた。しかし一番小さな半獣人がやっぱり日和から離れようとしないので、一緒に昇った。半獣人に手を引かれるようにして枝から枝へ渡る、その途中で日和は魔物が追ってこないかという不安から後ろを振り返り、同時に大木にぽっかりと開いたうろの中を覗くような形になった。
「あ」
うろの奥のほうで、なにかが光ったのが見えた。痺れるような間隔を覚え、気づいたときには日和は枝から手を離し、うろへ吸い込まれようとしていた。
「日和!」
一番に気づいた悠宇が叫び、数メートル高い場所から日和を追って飛び降りる。日和のそばにいた半獣人が気づいて、その腕を掴まなければ悠宇が降りてくるのも間に合わず日和はうろの中に落ち込んでいただろう。
 それでも、日和の体半分はうろの中だった。悠宇はきゃしゃな体を抱き上げると、まずは心配するより怒鳴りつけた。
「馬鹿!なにやってるんだ!」
自分がどれだけ恐ろしい心地がしたか、怒ることでしか表現できなかったのだ。普段は自分が日和に同じ思いをさせていることなど忘れ、悠宇は怒っていた。
 血の出るほどに拳を震わせ、日和を怒っている悠宇。そんな二人を落ち着かせようと降りてきた汐耶は日和の手になにか握られているのに気づいた。
「なに持ってるの?」
「これ、うろの中にひっかかっていたんです」
枯葉に埋もれて、それでもかすかに光っていたのだ。指を開いてみると、それは淡く金色に光る小さな石だった。途端、日和にしがみついていた小さな半獣人が歓喜の声を上げる。
「月だ」
「え?」
「それが月です。空に掲げると太陽が沈んで、夜が来るんです」
半獣人が呪文を唱えると、日和の手の中の石は輝きを増し、空へ昇っていった。同時に太陽はゆっくりと沈み、夜の帳が下りてきた。

「まさか、アイテムだったとは」
半獣人たちを村まで送り届け、あの昇降植物を使って地上へ下りてきたセレスティは夜空の月を見上げた。そういえば東京で見る月よりも、さらに心なしか小さく見える。
 汐耶は昇降植物を見ていた。これも、よく見れば金属でできていて双葉の片方が光エネルギーを吸収するパネルになっている。ただし太陽の光では反応しないらしく、そのあたりどういう仕組みになっているのかが興味深かった。
 シュラインは半獣人の村でお礼だともらった大量の果物を抱え、パイにしようかジャムにしようかと迷っていた。果物はプラムに似ていたが、味はこっちのほうが甘い。
 その隣では、豪が未だに灯火を抱いていた。無口な者同士、言葉とは違う場所で通じ合うものがあるのかもしれない。やがてどちらかが月はいい、というようなことを呟き、もう一人が同意するように頷いていた。
「・・・・・・でも俺は、本物の月のほうがいいな」
悠宇は日和を見た。日和は、つないでいた手に力をこめた。
「帰ろうか」

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/ シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0631/ 強羅豪/男性/18歳/学生(高校生)のデーモン使い
1449/ 綾和泉汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
1883/ セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
3041/ 四宮灯火/女性/1歳/人形
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
皆様のプレイングを読み、話を作っていたところで改めて
「アスガルドは機械都市なんだなあ」
と感じました。
植物は結局、太陽(月)電池式のエレベータというイメージに
なりました。
ノベルを書いている最中にふと、
「悠宇さまは確か飛べるよなあ」
と考えたのですが、翼で半獣人を村まで運ぶというオチはちょっと
反則かなあと思い留まってみました。
無茶をする日和さまにハラハラさせられて、たまには
日和さまの不安を知っていただければと思いました。
機械は大好きなので、ファンタジーとは違う形でまた
新しいノベルが考えられそうな気がしました。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。