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<白銀の姫・PCクエストノベル>


画廊受付嬢の依頼

■オープニング

 ある日のバー『暁闇』、その日の営業準備をしている頃の話。
 殆ど鍵がかかっている事の無い裏口のドアが――ばん、と派手に開かれた音がした。何事か。ボックス席のテーブル等の位置を見ていた当店バーテンダーの真咲御言は思うが――少なくとも、害意ある者が来た訳じゃないとは即座に判断が付いた。が、だからと言って店のオーナーでもある自分の上司、紫藤はこんな入って来方はしない。確かにまだ、来ては居ないが。
 思っている間に、分厚い眼鏡を掛けた、文学少女がそのまま大きくなったような大人しそうなお姉さんが飛び込んでくる――知人だ。
「…更科さんじゃないですか」
「よ、よかったみ、御言さんは――い、い、いいらっしゃったんですねっ!」
「御言さんはいらっしゃったんですね――と言う事は、誠名さんでも居なくなりましたか?」
「は、は、は、はいっその通りです。じゃなくって、そ、そ、それだけじゃなく、あの」
「…草間さんも、と言う事で?」
「は、は、は、はいっ」
「…草間さんの名で頷かれるとなると、何か裏の裏…に当たるお仕事の依頼でも」
「そ、その通りですっ。か、怪奇系始末屋の方のお仕事が…あの、な、なにか、機械と混じったような…へ、変な怪物が出没してて困ってるって、あの、助けてくれと言う依頼がどどっと舞い込んでまして…」
「…件の『白銀の姫』でしょうかね」
「や、や、ややっぱりそう思いますか…」
「取り敢えず草間さんも零さんも『白銀の姫』の中にいらっしゃるとは伺っていますが…」
「そ、そうなんですか?」
「誠名さんもそのクチなんじゃないでしょうかね」
「…た、た、た、確かに失踪者の捜索とは言ってましたから、『白銀の姫』の中に居る確率は高いんですけど…で、でも、わ、私は行けませんしもし行っても誠名さん見つけるのに時間が掛かるでしょうしそもそも入口知りませんし…っ、あああああどうしたらっ」
「…まぁまぁ落ち着いて下さいよ。取り敢えず目の前の困り事は、『白銀の姫』由来と思しき怪物の出没を何とかしてくれと言う依頼がたくさん来て、捌き切れなくて困っている訳ですよね」
「は、はい。…暴れてるから助けてくれとかそんな話ばかりが…。クライアントの皆さんにお断りしても、それでも藁にも縋りたいって感じで逆に必死な顔で頼み込まれてしまって…」
「でしたら…そうですね、放っとける話じゃないですし、出来る限りになりますが…俺たちで何とかしてしまいましょう。誠名さんが不在時に来た依頼の采配は更科さんが握っていると以前から仰ってましたよね」
「…そ、そうなんですけれど…」
「と、なると。依頼料をそれなりに考えて頂ければ、ある程度はそれで人を呼べると思えますよ」
 ここで仲介して差し上げましょう。


■何で私が

 …その時、彼女が動き出したのは――何処ぞの画廊受付嬢のおねえさんが苦し紛れに『暁闇』へと持ち込んだ依頼とは全然別の筋から持ち込まれた話故の事だった。
 話を持ち込んで来た先は――勤務先の上司。の、そのまた上と言うか…とにかく彼女――綾和泉汐耶の封印能力の件を知ってはいるらしいが汐耶当人の事は何も知らないような方々になる。そしてそんな方々は――まぁ、『そんな力』を持ってもいない詳しく知ろうともしない人の常として、自身の信望するちょいと偏狭な常識から外れた事柄は――何もかもが『得体の知れない怪しげなもの』としてひとからげにされてしまったりする。
 何処の世界でもあるように――否、ひょっとすると偏狭な常識の中にある、つまりは普通の世界のお仕事よりも――『こちら関係』の話の場合余程専門や適性が物を言う世界になってしまったりもするのだが…そんな事を言っても理解はされない。…そんな話を持ってくるお偉いさんは、そんな事は細かい事だろうとばかりにお構いなし。
 要申請特別閲覧図書――つまり封印能力を使用すれば危険図書なども扱えるくらいなのだから、近場で起きている怪物騒動も彼女に任せればどうにかなるのではないか。
 …そんな話になったらしい。
 つい先程、直属の上司に呼ばれての話が、それ。
 現場を知らないままに決まった、傍迷惑極まりない決定だ。

 …て言うかここは都立の図書館ではなかったか。曲りなりとも公的機関であるならそれらしく素直に警察とかIO2とかに話を付けて欲しい。
 内心で愚痴りながら、汐耶は思わず溜息。
 自分より適した人間は探せば幾らでも居るだろうとは思いつつ、上がそれを探そうとしない怠惰と、恐らくは――そちらの機関の手を煩わせたくないもしくはその手の人員を近くに寄せたくない騒ぎが起きている事を知られたくない――とでも言うような事勿れ主義的思惑が薄らと見えてくる。直属の上司の態度からは、半ば強制の、脅迫に近い形まで――更に上からあったと知れた。
 そんな話だったので確かに反発は覚えたが――それでもこの騒動、放っておくのも寝覚めが悪いのは事実。
 …だからこそ、半ば脅しが混じった話であっても、甘んじて受けてみたのだが。

 それに、汐耶も汐耶で騒動を起こしている怪物の正体に心当たりが無くもない。
 ――その心当たりとは件の呪われた未完のネットゲーム『白銀の姫』。こちらの世界――現実世界で騒動を起こしている『怪物』は、向こうの世界――異界アスガルドでの『モンスター』と酷似しているようなのだ。
 それらがあちこちに出没していると言う。
 と、言う事は――何処かに歪みと言うか穴のような、とにかく異界アスガルドと現実世界を繋ぐ通路の役割をするものが生じている筈だとも想像が付く。この想像が正しければ、その通路の役割をするものを塞ぐなり何なり対処をしなければ結局のところ何をしても焼け石に水。そんな気がする。
 これは、向こうの事を知っている人間にも相談した方が良いかもしれない。何にしろ――当然ながらひとりで騒ぎを全部どうこうするのは無理だ。…少し考え、汐耶は携帯電話を取り出している。

 さて、誰に頼ろうか。


■動く機関は

 …ぴ。
 いつまで経っても相手が出そうに無い通話を切る。…綾和泉汐耶がひとまず電話を掛けてみた先は草間興信所。そちらの草間兄妹はどちらも『白銀の姫』の世界には確り関っていた筈だと思い、連絡を取ってみたのだが――この様子では現実世界には不在。
 では次には何処へ掛けてみようか。誰なら捕まるか。現実世界に現れ騒ぎを起こす『白銀の姫』世界のモンスターをどうにかしろと言う話。同じ件で動いていそうな人は誰か――。少し考えながら、汐耶は再び携帯電話の短縮メモリから番号を選ぶ。
 そして掛けようとした――その時、威嚇音らしきモンスターの叫びが聞こえた。はぁ、と思わず溜息。電話より目の前のモンスターをどうにかするのが先決。携帯電話と一緒に片手に持っていた文庫本を持ち直し、ぱらりと捲る。そのタイミングで威嚇音だけでは無くモンスターの姿も汐耶の視界に入った。視認。…間違い無く『白銀の姫』の世界のモンスター。アスガルドで遭った事のある種類だと即座に看破。実際、アスガルドでは何度か戦ってもいる。…正体は掴んだ。OK。
 意識したそこで、汐耶はモンスターと対峙する。封印の為、直に触れる事を考える。が――直に触ると言うのは別に殴る蹴ると大袈裟な事をやる必要もない。掠る程度でも上等の話。あまりすばしっこい連中でなかったのも幸いか。どちらかと言って動きは愚鈍と言って良いモンスター。パワーはそこそこあるのだが、そもそも攻撃が滅多に当たらない為、無傷で倒せる事の方が多い、経験値稼ぎにはいい相手。アスガルドでは低レベルの新米冒険者であっても、出くわした時大抵何とかなる。…とは言えレベルが低過ぎる冒険者の場合は、運が悪いと攻撃が命中して一撃死させられると言う事も有り得るが。
 汐耶は地を蹴り、脇をすり抜けるようそのモンスターに触れる。触れた途端に姿が消える。同時に、文庫本のページの方に仄かに力が宿る。モンスターの封印。たった今触れたその相手を文庫本のたった一ページの中に封印した。何事かわからない様子の、封印された以外のそこに居るモンスター。間、髪入れず汐耶はそちらにも触れている。続け様にモンスターの姿が消滅した。…文庫本のページはぱらぱらとめくられ、はためいている。その一枚一枚に封印が為されている。
 取り敢えず目の前に現れたモンスターのすべてを封印してから、汐耶は一旦手を止める。但し、文庫本を閉じはせずに開いたまま。そして今度こそ電話を、と文庫本と一緒に持っていた携帯電話の方を改めて持ち直し、短縮メモリから番号を呼び出して掛ける――掛けようとする、が。
 茫然と立ち竦んでいる、高校生らしき年頃の少年三人の姿が、視界に入った。
 それと、その背後に――先程の連中とはまた別の、モンスターの姿が。
 …それは男子高校生三人程度の力さえあるなら、心構えさえ出来ていれば何程の事も無いだろう程度の戦闘能力しか持たないモンスターである。だが、この場合――『機械らしきものが混じった、現実世界には存在しない異形の怪物』、となれば心構えもへったくれもありはしない。現実世界に居る人間、それもその姿を見て立ち竦んでいるような人間ともなれば『白銀の姫』の噂は聞いていたとしても実際『白銀の姫』をプレイした事のある人間とは思えない。この『モンスター』の正体がわからなければ尚更動けなくなるだろう。能力ともあれ見た目だけは凶暴なモンスター。ツクリモノもしくはコスプレとでも思いたいけれど思えない妙なリアリティ。…実際は大した事の無いレベルのモンスターではあるが――ただ黙って立っていれば、それも背後からの不意打ちともなればあっさりやられてしまうのも当然の事で。
 危ない。思ったそこで汐耶は再び文庫本のページを捲り封印をしようとする――が、一緒に持っている携帯電話が邪魔で即座に次のページに捲れない。その行動とほぼ同時、せめて注意を促さねばと口を開き掛けるが、それより先に――おりゃっと威勢の良い掛け声が掛かっていた。がしべし、と硬い殴られるような嫌な音がその声と前後して数回響く。少年たちはびくっとして振り返った。と――そこに、振り出して伸ばしてある特殊警棒を握った四十絡みのおっさんが立っていた。…どうやら気合いと共にその特殊警棒でモンスターをぶっ叩いてやっつけたらしい――そう、このモンスターは本来只人のおっさんが特殊警棒で数回ぶっ叩いただけでも『死亡判定』が出てやっつけられる程度の防御力しかないモンスターだ。特殊能力が無くとも力押しで何とかなる程度の。
 モンスターを易々倒したそのおっさんは、暑いのかスーツのブレザーを脱いで片腕にぶら下げており、襟元ふたつのボタンを外したワイシャツ姿にネクタイもぶら下げていない。億劫そうに首をこきこき回している。何故か火の点いていない煙草を銜えてもいた。
「…そこのガキ三匹、こんなところでぼーっとつっ立ってっと危ねェぞぉ?」
 と、立ち竦んでいた少年三人にのほほん声を掛けてから、汐耶へと目をやる。
「…ま、ねえさんの方は忠告の必要は無さそうだがなァ。あのバケモンどもすぱっと消しちまってたろ」
「…貴方は?」
「通りすがりの公務員」
 と、言いながら、まだ伸ばしたままの特殊警棒で、見せ付けるようにとんとん、と自分の肩を叩いてから、警察手帳を引っ張り出し、身分証明をぱたんと開く。…汐耶が何処か不審そうな顔をしていたからか。
「…刑事さんですか」
「本庁組対の常磐ってんだ。で、今担当してる案件はネットに転がってやがる呪われたゲームとやらの動向――取り敢えずはこのバケモン騒ぎってトコになるのさ。ま、焼け石に水ってのァわかってるンだがねェ…ひとつひとつ潰して歩かにゃ危なくって仕様がねェってもんだ…」
「…焼け石に水と言うのと危ないと言うのは同感ですが――今担当してる案件って言いましたよね、組対ってどう考えても専門が違いませんでしたっけ」
 …組対――組織犯罪対策課、つまりはマル暴の類が怪奇・超常現象の類を平然と担当するのか?
 常磐と名乗った、手帳の身分証明からして刑事である事だけは確からしいその男の発言に、汐耶は余計に不信感を増す。当然のようにそれに気付いたか、常磐は自嘲気味に微笑み、緩く頭を振った。
「ああ違う。全然違うが――俺は遊軍で本業よりこっち優先でやれって事になってんだよなぁ。面倒癖えんだがよ?」
 汐耶に答えてそうぼやきつつ、ほらここで見た事は忘れて、行った行った、と常磐と名乗ったそのおっさんは――まだ何が起こったのかわからず茫然としている少年三人を追い飛ばそうとする。…いや、ただ忘れるんじゃまだ危ねぇか…っとな、手前ら程度の体格あるならちょいとその気になってブッとばしゃ大した事ねェ連中なんだから精々気ィ付けとけよ――とも一応釘を刺すが、少年たちの方の反応が鈍いので意味があるのかないのかよくわからない。
 と。
 そのタイミングで、何処からともなく――少年三人の真正面を狙い、眩いフラッシュが炸裂した。
「――…君たちは夢を見た。白昼夢、そう、ゲームの世界と現実世界を混同してしまったのだろう。重症だ。家に帰って確り休まなければならない…目が醒めて明日になればきっとこんな事は無い…――」
 そこまで流暢な男の声が聞こえると、また、フラッシュが焚かれる。
 すると、少年たちは瞬きし、何事も無かったように――平然と歩いて行く。目の前の汐耶や常磐、そして――フラッシュを焚いた者の事すらも、まるで見えてないような素振りで、去って行く。
 残されたのは――汐耶に常磐、そして――怪しげな術具を用いフラッシュを焚いた者とその連れの、黒服にグラサン掛けた見るからに怪しい二人組。
 が、常磐は黒服二人組を見るなりあっさり声を掛けていた。…どうやら知り合いらしい様子。
「よお」
「…また貴方が出てきている訳ですか、常磐警部補」
「たりめぇだろ。上の方のお偉いさんは『この手の』まともに取り合いたくねぇこたァ片っ端から俺に任して出来る限り蓋しちまいたがるからなァ。それより――お前らが出てくるってこたァ…そろそろIO2経由でうちの方は弾かれるって事なんかねぇ?」
「いえ、恐らく今回は――関係ありません」
「あン?」
「警察は初めから表立って動くつもりがありませんから。ですから初めから弾く必要も無い訳で。…放って置いてもどうせ動くのは貴方ひとり程度だ。ゲーム世界がそのまま現実世界に現出しているなど――今この場は押さえられたとしても、大元を叩けなければパニックに陥るのが関の山ですから、日本警察としては動かしたとしても公安、情報だけを完全に押さえておく事を選ぶでしょう。…他の関りを排してでも。それと、ちょうどいい事に同じ件について『とある方面』からの要請もあったので――我々もその筋に沿って動く事にしていますし」
 特に貴方をどうこうせずとも、現時点で上手く隠し通せる用意は出来ています。
「とある方面ねぇ…何処のどいつだその物好きは?」
「…アイルランド系の古くからある財閥です」
「…それってリンスターの事かしら?」
「…察して下さい。…って貴方は…!」
 汐耶の姿に今になって気付き、反射的にグラサンの奥で瞠目する黒服の片割れ――布津庄治。
 その反応に汐耶の方は溜息を吐く。…そうではないかと薄々思ってはいたが、この相手、やはり以前『暁闇』で遭遇した事のある黒服だ。もう片方も良く見ればそうらしい。
「こんなところで会うなんて奇遇ね。IO2の黒服さん?」
「ほぉ」
 汐耶と布津のお互いを見てのその反応に、感心したように声を上げる常磐。そのまま布津を見て、訊く。
「知り合いか?」
「…ええ。とても強力な封印能力をお持ちの方で。拳銃の機能をあっさり封印されてしまった事すらあります」
 こちらは何処か苦虫を噛み潰したような顔で、布津。その姿に、汐耶もまた常磐を指し、訊いている。
「この刑事さん知り合いなの?」
「…我々の現場に、承知の上で土足で入って来る唯一の刑事です」
 布津のその科白を聞き、け、と毒づく常磐。
「好き好んでやってるんじゃねェっつの。…お前らが俺の記憶消さねぇからなだけだろゥが」
「貴方の場合は消せないんだと何度言ったらわかって頂けるんです」
「そりゃあ手前らの都合だろ。同じ理由で俺ァ上から『こっち側』やれってお達し出されてるんでねぇ。放っときゃバッティングするのは当然の話って奴よ。回数重ねて慣れてくりゃあ、現場に着くのも自然早くなっちまうもんだしなァ」
 …それが煙たかったら手前らで精進しな。
 言い捨てる常磐に、布津は黙り込む。
 汐耶がそこに口を挟んだ。…こんな時に無駄な遣り取りを長々続けられても鬱陶しい。
「組織同士の確執はどうでもいいんだけど――警察にIO2となればひとつの公的権力って点ではどっちもお揃いよね?」
「そうなりますね」
「…何が言いたい?」
「貴方たちの話からして今更私が言うまでもない事みたいだけど――精々、確りと世間様への誤魔化しの方は頼むわよって事、念を押しておくわね。私も…すっかり気が動転しちゃってるらしい上の方から『これ』押し付けられて正直迷惑してるんだけど、乗り掛かった船だし出来る限りの事は引き受けてあげるから」
「…ねえさんいったい何者なんだ?」
「貴方と同じで公務員――でも刑事じゃなくて都立図書館の司書よ」
「…」
 あっさり返った汐耶の科白に、反射的に黙り込む常磐と黒服。
 異形のモンスター相手に大立ち回りをしている人間から、そう来られるとは思わない。
「…お仕事で封印の力を使うと言うのはそう言う意味でしたか」
 何処か納得したように呟く布津。IO2にしてみれば、仕事で封印の力を使う→司書→ならば曰く付きの本や魔術書の管理をしているのだろう――とは特に無理なく連想できる。
「…つまりねえさんは俺とも似たような状況下にあるってコトかい?」
 少し考えてからぽつりと口を開く常磐。
 汐耶もまた、少し考えてからそれに答える。
「貴方の状況がどうなのか良くはわかりませんが…そうなのかも知れません。能力を使う仕事としては危険図書の管理してるだけなんですけどね、今回はそれで余計な事まで押し付けられてしまった事になりますから」
「お偉いさんってのァ何処も何考えてんのかわかんねぇもんなんだな」
「…そうですね」
 常磐の科白に同意しつつ、汐耶も嘆息。…心無しか黒服二人組の方も似たような態度に見えたのは気のせいか。
 少しして、布津が改めて汐耶を見る。
「綾和泉さん」
「?」
「…今ここに居るのが貴方であるならお伝えしておくべきでしょう。今回直接リンスターからの要請を受けたのは俺です。そして、リンスターの名前を出しはしましたが、要請して来た当の人間は――『あの人』です」
 布津は汐耶にそう伝える。…そして汐耶がこの男と話していて、『あの人』で通じるような相手はひとりしか居ない。名前を言わずともすぐわかる。
「…そう言う事ですか。となると、動いている人の見当が付きました」
 少なくとも『あの人』――真咲さんと、『リンスター』――カーニンガムさんは動いている、と。
 汐耶がそう判断したところで、もう片方の黒服――源氏博仁の方がふと何かに気付いたような顔をする。直後、携帯電話を取っていた。何処からか掛かって来たらしい。
「…なに? …そうか。…わかった」
 ぴ。
「どうした」
「…『白銀の姫』から現出したモンスターを圧倒的な力で殺しまくってる妙な奴が現れたらしい」
 それも――白い鎧装束を纏った、当のゲームの方に関係しているような風体の女だと言う話だ。


■遊軍二組、合流

 …白銀の鎧を纏った女戦士。それが公園の方に向かっていると連絡があった。その公園は『暁闇』に集まった面子が更科麻姫から受けた依頼の内一件にもなる場所のひとつ。そして――ついでなので事前の作戦ではここにモンスターを追い込もうと言う話に纏まった場所のひとつでもある。
 即ち、そちらには別行動組――強羅豪とシュライン・エマが居る事にもなる。白銀の女戦士――ゲーム『白銀の姫』に於ける女神アリアンロッドにしか見えないその彼女は、モンスターを見付けては薙ぎ払いつつ、ただそちらへと向かっていた――そうセレスティ・カーニンガムの元には連絡が入っていた。セレスティは同行している真咲御言へと即座に伝えている。御言の方は――今度は不可視の焔は使わず、その手で直にモンスターを叩き伏せていた。数回打撃が入ったかと思うと、程無くCG画像が分解されるように消えていくモンスターの姿。『死亡判定』が出るのが早い。
「…やはり現れた白銀の戦士は、女神アリアンロッドのようです」
「了解しました。…少なくとも敵ではないようですね」
「ええ。彼女の事ですから――モンスターが現実世界に現れてしまう事も許せないと思ったのかもしれませんね」
「ゲームの中の世界も大変だと伺っていますが」
 それで女神が現実世界の方に来てしまうものでしょうか。…そもそもそれが可能な存在なのか。
「私もそこが引っ掛かっているところです」
 可能かどうかと言う部分に関しては、アヴァロンと言う場所が外界と直接繋がっている…と言う話がありますし、実際にこうしてアスガルド世界のモンスターが現実世界に来てしまっている以上、可能か不可能かだけで言うなら――可能であるとは思いますけどね。
 ただ。
「…肝心のアスガルドを放り出してこちらに来るとは思い難いと。女神アリアンロッドは創造主以外の誰にも『白銀の姫』のプログラムを触らせない事に腐心している方ですから――ゲームの世界では、彼女には敵が多いんです。逆を言うなら――彼女が居なくなって都合のいい相手はゲーム世界にはたくさんいらっしゃる」
 セレスティの科白を聞き、散発するモンスター相手の戦闘を続けながらも御言は軽く頷く。
「でしたら女神アリアンロッドは――そんな場所からただ離れる訳には行きませんね」
「…ですけど、実際に――現実世界に女神アリアンロッドと思しき存在が居る事は、確かみたいですよね」
 と。
 そんな聞き覚えのある声が彼らの元に唐突に割り込んで来た。銀縁眼鏡を掛けた中性的な顔立ちの女性――綾和泉汐耶の声。彼女は開いた文庫本を片手に、火の点いていない煙草を銜えて特殊警棒を携えた四十絡みのおっさん――常磐刑事と、わかりやすいくらい黒尽くめのIO2の黒服ふたり――布津と源氏を引き連れてそこに来ていた。
 汐耶は彼らと遭遇したあの後結局、電話連絡――と言うより他者との連絡はIO2の黒服に任せる事にして、モンスター封印の方に専念していたらしい。…携帯電話と文庫本を同時に持っているのは正直なところ遣り難かったので。そして、黒服の持つ情報からしてセレスティ及び御言の現在位置が近いと見た為、取り敢えず合流してみたところ。
「こちらの黒服さんから先程伺いました。真咲さんとカーニンガムさんも同じ件で動いていると言うお話も」
「そうでしたか。現在俺とカーニンガムさんが動いているのは更科さん――本来は誠名さんのところに入った依頼の代行で、になります」
「ええ。誠名さんが別件の仕事で出たまま行方不明と言うお話を伺いまして。麻姫嬢が御言君の元に助けを求めに来たんですよ。…行方不明の当の件では無く、誠名さんが不在の間に舞い込んだ裏の仕事に関してですけどね」
 それで、私たちも微力ながら手を貸しましょう、と。
「誠名さんの代行でしたか。…私の方は――少々仕事場の上の方から頼まれ…と言うより軽く脅されまして」
 ぽつりと呟かれたその科白に、一瞬の間が開く。
「…そう来ますか」
「…お察しします」
「有難う御座います。にしても…司書の業務内容って事務屋だったと思うんですけどね…」
 はぁ、と溜息。
 …汐耶としては、どうして正業の延長で『白銀の姫』由来のモンスター相手に大立ち回りをする羽目になるのか、考えれば考える程謎である。…『白銀の姫』の攻略本もしくはデータブックでも何処かで誰かが出版してでもいるのなら――まだ、いざ知らず。
 ともあれ、そんな益体も無い事を考えていても仕方が無い。今この場ではとにかく騒動を片付ける事が先決。
「…出現範囲一帯に封印でも掛けたら、その範囲ならモンスターがどう動いているか――具体的な出現場所の特定も可能ですけれど…」
 考え込みながら汐耶が言う。実行したらかなり精神的消耗が激しくなる事は予想出来るが、時間短縮を考えるならば――実際、手っ取り早い方法でもある。
 が、すぐに頭を振られた。
「…いえ、そこまでしなくとも」
「ですが、何処かにある歪みと言うか穴…向こうとこちらを繋ぐ通路を逸早く探し出して――塞ぐ必要もありますよね?」
 それとも――依頼があったと言う事なら、目撃証言等から何処か場所の見当は付いているんですか?
「と、言いますかね、この場合――穴や歪みどころでは無く、もっと深い部分に問題があるようなんですよ」
「ええ。現実世界での目撃証言にあるモンスターの出現ポイントと、アスガルドに於けるモンスター出現ポイントとして有名なポイントの位置関係が非常に近い、とエマさんから指摘がありまして」
「…え?」
 セレスティと御言のその科白に、汐耶は停止した。
 そして少し考え頭の中を整理してから――改めて口を開く。
「そうなると…ゲーム世界と現実世界に特定の通路が――と言うより、ゲーム世界自体が現実世界に現出して来ている――現実世界との境目が曖昧になっていると言う事…になるんでしょうか」
「その可能性は高いです」
「…随分深刻な話になりますね。道理でIO2が動いている訳だわ」
 言って汐耶はIO2の黒服二人組を見遣る。と、その片方――布津の方が疲れたように頷いた。
「…正直、こちらは情報操作で手一杯です」
 異界化が理由か、元凶のゲームの源となるプログラムがどのコンピュータに存在するかも掴めない。だからと言ってネットと言う全世界に繋がる広大な電子の海を介している以上、接続コンピュータすべての電源を一時的に落とすなどと言った超法規的な実力行使も事実上不可能。ならば出来る事は――散発するゲーム由来の怪異をひとつひとつ治める事、そしてパニックにならないよう、情報をひたすら隠し通す事だけで。
 片手に握ったままの小型の術具――人の記憶に干渉するもの――をちらと見ながら布津が言う。もう片方の黒服――源氏の手にも同じものがあった。…二人組で行動している黒服の両方が、どちらも術具を仕舞う余裕すら無いらしいとなれば――言っている事にも真実味が増す。この状況下の中、一般人を見付けてはすかさずその術具を使用しているのだと見て取れる。
 そこからしても、組織として手詰まりになっているようだ。リンスターの動きに沿う形に――と言う話が好都合だったと言うのも、建前や社交辞令では無さそうである。
「そちらの黒服さん方によればうちも似たようなもんだとさ。…ハム――公安の情報屋が動く、いやもう動いてるかもしれねえな――とにかくその可能性が高いんだそうだ。連中が出るとなれば、表立って動く捜査員は萱の外にされるって事になる。つまりは俺みてぇな捜査員も民間人が個人で動いてるのと大差無ぇ」
 ぼそりと付け加える常磐。
 それを聞き、汐耶が少し考える。
「そうなりますと、警察やIO2は――今回の事態の根本解決の役には立たないと言う事になりますね」
「元となるゲームプログラムが載せてあるコンピュータさえ発見出来れば、手の出しようはあるんです」
 即座に、布津。
「それが難しいって事なんでしょ」
「ええ。IO2でも専門の要員がネット上の痕跡から辿る事を試みてはいますが――まだ雲を掴むような状況で」
 布津のその説明に、今度は御言が入って来る。
「こちらに現れた女神アリアンロッドと思しき彼女の存在ですが、モンスター同様、向こうの世界がこちらに影響し出した結果だと――それが原因と単純に考えていいものなんでしょうか」
「有り得ないとは思いませんが――どうでしょう」
 他ならない彼女の場合、何か意図があって、の方がしっくり来ると思いますが。
 そう続け、セレスティは考え込む。と、そこに汐耶が口を開いた。
「…現実世界に居る女神アリアンロッドの正体も確かに気にはなりますが――黒服さんたちに入った連絡での彼女の行動からしても…今彼女のやりたい事は多分、今の私たちと同じだと思うので、現時点では正体を詮索するよりも――ある程度利用と言うか、頼っちゃった方が早いと思います」
「それもそうですね。…まぁ、強羅君とシュライン嬢の居る方に向かっているとも聞いていますから――彼らなら私たちがそうするよう伝えるまでもなく、自然にそう判断すると思いますけれど。…向こうのモンスターを相手にするなら、『女神』は一番の助っ人と言えるでしょうからね」
 あっさりとセレスティは同意する。顔を合わせている他の面子からも、否やは無い。
 話がそこまで行ったところで――不意に、声がした。声と言うより、鋭く空気が抜けるような音。そんな音を発するものがこの近所にあったか。いや、無い。そうなれば音の源として考えられるのは――件のモンスター。
 思った通り、皆が振り返ったそこで、またも機械が混じったような姿の異形のモンスターが声を上げていた。ただ、その声は威嚇音にも聞こえるが――どうもそれにしては、何処か妙な響きもある。
 そのモンスターの見た目――グラフィックは『白銀の姫』を知る者には見覚えのあるもの。相変わらずの特に珍しくもない雑魚モンスター。こちらが存在に気付くのとほぼ同時、襲い掛かって来ようとする。
 咄嗟に、文庫本を開いたまま持っていた――つまりは臨戦態勢のままだった汐耶が封印しようと出掛かるが、そこを御言が静かに遮った。汐耶は目を瞬かせるが、取り敢えず遮られるまま封印は止めにする。ただ、動こうとした汐耶にまず反応したか、モンスターはそちらを狙い襲い掛かってきた。が――御言は、反撃を試みずにその攻撃――振り下ろされようとする棍棒を直に掴んで止めていた。同じ時、やはり、とセレスティが意味ありげにひとりごちている。
 …動きを止められたモンスターは、ぎょっとしたように身体をびくりと震わせた。そして――慌てて棍棒を引っ込めようとする。頑張って引っ張る。けれど取れない。怯えたようにじたばたと足掻く。…ただ逃げるだけならば武器の棍棒を手放せばいいだけだと思うのだが。周囲がそう思った頃になってモンスターは漸くそこに思い至ったか、棍棒から手を放し逃げようとする――が、そこですかさず、そのモンスターが身体に纏っていた襤褸が常磐の特殊警棒の先端にひょいと引っ掛けられた。それであっさり逃げ足を止められてしまう。
 モンスターは恐慌状態に陥った。
『…ぎみゃああああああっ!!!』
「こら、落ち着け。何にもしてねーだろーが。良く周り見てみろ」
『………………ぎ?』
 モンスターは常磐のその声で、はたと目を瞬かせて停止する。それを確認して、常磐はモンスターを引っ掛けて足を止めていた特殊警棒を引っ込めた。が――モンスターは、逃げない。
 ただ、不思議そうに自分を囲む面子を見ている。…少なからず動揺はしている様子だが、敵意は、消えた。殺意は――良く考えれば、このモンスターに限って、元から無い。
「…そう言う事ですか」
 ぽつりと納得したように汐耶が呟く。
 セレスティは頷いた。
「ええ。『白銀の姫』に於けるそのグラフィックのモンスターの行動パターンと、どうも外れているんですよ」
 …このモンスターの、行動は。
 セレスティのその科白を受け、御言が続ける。
「俺はゲーム内の状況を具体的には存じませんが、倒す為だけのモンスター、として造形されたキャラクターにしては、ゲームプレイヤー…つまり人間への殺意があまりにも無い気がしまして。それに声の出し方も動き方も――その辺りの反応が随分と人間的に思えたんです」
 …この程度の雑魚モンスターに対して、ここまで細かく演算処理が必要になりそうなプログラムを考えるとは思い難いと。演算自体が無駄になる可能性が高いですし、処理が重くなりますし。
 そんな御言の科白に、布津が思わず口を開く。
「では、このモンスターは」
「…それは女神同様、自我に芽生えたモンスターキャラクター、と言う可能性も否定は出来ませんが――とにかく、ただ倒してしまうのは躊躇われる相手である事は確かだ、と言う事ですね」
 もしくは、このモンスターの正体が――『白銀の姫』の世界に取り込まれモンスター化したこちらの世界の人間である可能性すら、考えておいていいかもしれません。
「…先程の『女神』の件もですが――この件も兼ねて、シュライン嬢の方へ連絡入れてみましょうか」
 そこまで言って、セレスティは通信機を取り出し、たった今言った事を実行し始めた。


■依頼、一致

 …汐耶が遊軍で封印していたモンスターや、セレスティ&御言組の遭遇した、依頼としては想定していなかったモンスターの存在などもある為――やや不安は残るにしろ。
 ――更科麻姫から受けた依頼にあった分のモンスター掃討作戦は、一応終了した。
 が、他にも気になる事は色々と出て来ている。
 ひとまずそれらは置いて、シュラインと豪らは、敵意を無くした、本来の行動パターンからずれているモンスターを四体を連れ草間興信所へと向かっていた。…機械の混じった異形の姿をその辺りに放っておく訳にも行かない。そう思ったら連れ帰るしかない。…モンスターたちは逃げたり刃向かう様子も無く、特にシュラインに対してはむしろ懐いているようにさえ見える。取り敢えず危険は感じられない。更に言うなら別行動組のセレスティと御言、そして汐耶らが合流した方にも似たようなモンスターが一体居ると言っていた。依頼を受けた当の場所ことバー『暁闇』は現在営業中らしいと聞けば、この状況でそこへ戻るのもやや気が咎められる。
 そんな訳で、皆で軽く相談した結果、主不在の草間興信所に行こうと言う話に収まった。依頼を持ってきた更科麻姫も当初はそちらに頼ろうとした訳でもあるし、主不在とは言え草間さんちの身内と言って差し障りないシュラインの方は一緒に居る訳で。実際、そこならモンスターを連れ帰ろうと特に問題は無い。その程度、いつもの事の範疇である。
 ただ、その判断に現実世界の女神アリアンロッド――オリジナルに派遣されたアリアンロッド・コピーことアリアだけは少々途惑ったようだった。とは言え彼女の場合、場所が問題な訳ではない。…放り出せない、だからと言って退治する必要までは無い。けれど――保護するような形でそれらモンスターを連れて行く事に奇妙に抵抗がある。敵意も殺意も無いのなら、刃向かわないならば敢えて手を下す必要は無い。わかっていても――モンスターは倒さなければならない――そう思う自分がいる。それは自分が『女神』と言うプログラムであるが故か。…自分がどう思っているのか良くわからない。アリアはそんな風に自分の中だけで悩んでいるようだった。
 …結局、このアリアもまた、草間興信所へと同行する事になっている。詳しい話を聞きたいと言うなら、別行動組とも話した方が良い。そして――通信機越しでは無くそちらとも直に会って話した方が良いだろうと言う訳で、そう決定した。アリアが同伴する旨は、別行動組の方にも伝えてある。
 …これらのモンスターが真実こちらの世界の人間であるならば、真実の名前を自覚する事こそが現実世界へと真の意味で帰還する最後の引き金になると思います。アリアは道程、少し考えながらそう告げている。その発言を聞く限り、今度は更科麻姫が探しに戻ったと言う『怪奇系始末屋に入っている失踪者捜索の依頼』――『現在行方不明の真咲誠名がこなしていると最中だと思われる依頼』に関して、何らかの書類が残されていないか、そちらの方が頼みになって来る。…ひょっとすると、名前が合致する失踪者が居るかもしれない。照らし合わせてみる価値はある。勿論――その書類があれば、だが。
 そんな話をしている内、草間興信所の入っているビルに着いた。その時点でリンスターの黒服連中は主人を宜しくお願いしますとの旨残し離脱。それを見届けてから、改めて玄関を潜ろうとする。
 が。
 その時点で、豪の足が止まった。
 止まった理由は――リンスターの黒服、つまり殆ど空気と同等のような役割を求められている方々が居なくなったら、同行者が女性だけだったと言う事に今更になって気付いた為。シュライン然り、アリア然り。それから――強いて言うなら行動パターンがずれているモンスターの中にも、本来の魂もしくは自我の方が女性では、と思しき行動を取っている奴が居る。…そう思ったら、反射的に凍っていた。
 どうやら今までは受けた依頼の事だけを考えていた為、気にならなかったらしい。…豪は正直なところ女性が苦手だ。なのに全然平気な顔で居た今までの自分。その事実が今更になって豪を動揺させている。
「強羅くん?」
 ひとりいきなり立ち止まった豪の姿に声を掛けるシュライン。が――、いえ何でもありませんとすぐに返し、今度は急ぐように豪は先に立って玄関を潜った。…中に入れば周囲に居るのが女性だけと言う事も無い筈、と見た訳で。
 シュラインとアリア、そしてモンスター四体の方は…豪のその唐突な行動に、頭上に疑問符浮かべている。

 豪の思惑通り、草間興信所の応接間で待っていたのは女性だけではなかった。依頼を持ってきた当の相手更科麻姫と、別行動組が出先で合流したと言う綾和泉汐耶のふたりは女性だったが、他の面子は――元々依頼の別行動組だったふたり含め、皆男性である。…豪は少し、ほっとした。
 別行動組ことセレスティと御言、それと途中合流した汐耶たちの方は一足先に草間興信所に到着している。汐耶+不良刑事及びIO2捜査官ふたりの方も、更科麻姫の元に入った依頼の件――もあるがそれ以上に同行する事になったと言うアリアの存在が気になった為、結局付いて来て草間興信所の方にまで顔を出している。
 本来の行動パターンとずれていると言う件のモンスター第一号もまた、皆に倣ってちょこんとソファに座り込んでいた。…大人しい。
 草間興信所にシュライン&豪組が合流してすぐ、更科麻姫が声を掛けてきた。草間武彦及び零がここに戻っている気配もない事、戻ってはみたが真咲誠名の姿も相変わらず見えない事。だが――誠名が行方不明になる前に受けた失踪者捜索の依頼についてと思しき書類は、見付けたと。
 麻姫が持参したそれは――殆どメモのような簡易的な書面ではあったが、少なくとも捜索対象の名前と現在の職業や、学生か否か――程度はわかる。その書面と、コピーされたと思しき地図が一緒に綴じられている。雑ながら幾つかのポイントに小さな印やら殴り書きのような丸印が書き付けてあった。それと年格好や特徴等プロフィール的なものが印ごとにほんの数行、行動と日時も記されている。…これは――捜索対象の失踪直前の状況が書いてあるのだと予想はついた。
 それを伝えてから、改めて情報交換に入る。麻姫から依頼を受けた訳ではない部外者の存在も増えた事は増えたが――この場合お伝えしても構いませんとあっさり言われた。
 曰く、隠し通す必要があるのはクライアントの情報であって、モンスターの出現状況やら依頼遂行中に得た新たな情報に関しては依頼とは別件になりますから、刑事さんやらIO2が捜査中と言うならお伝えするのは市民の義務にもなりますしと言っている。…そう言えば、クライアント――依頼人に関しては、依頼を受ける前に少しだけ話をしてはいたが、それらは初めから文面には残していなかった。それに――セレスティや御言曰く、どうやらこのIO2捜査官の方は初めからこちらの依頼を承知で動いていた、密かに伝手を付けた相手その人でもあったらしい。そして汐耶も草間興信所の調査員として動く事が少なくもない人物。話さえすればこちらの状況はすぐわかる。刑事も刑事で――どうも似たような反応の上に、事実、この場に顔見知りが数名居たりもする。草間興信所に来るのは珍しくない。
 結果、元々は部外者と言えども、情報交換をするのを避けた方が良さそうな相手は特に居ない様子で。

 …初めに話し出したのは結局、アリアだった。確かに、一番の謎と言えば謎。
 まず女神アリアンロッドのコピーであると正体を明かしたアリアからは、創造主様――『白銀の姫』のメインプログラマーを捜索し、不完全なまま走り続け不正終了を繰り返しているゲームプログラムを、修正の上確りと完成させ歪みを正してもらう事、そしてそれに伴い、当のプログラムが載せられているコンピュータを探す事をも使命としてゲーム世界・アスガルドから派遣されて来た旨を告げている。
 その時点でIO2捜査官が反応。当のプログラムが載せられているコンピュータ、それは自分たちも事件解決の糸口として探している物になるから。…ただ、当のゲームのキャラクターがそれを探す為に現実世界に来た――となれば、このアリアからはそれが掴める事は無いと少し渋い顔になっている。けれど彼女が現実世界に来たその目的は――つまりはこの現実世界の騒動を止める事にも繋がる訳で、IO2の捜査官は改めて新しい情報・メインプログラマーとやらの名前を訊いていた。…それは他の面子も訊きたかった事である。
 名前は――コウタロウ・アサギ。
 …浅葱孝太郎。
 その名の人物について調査する事を約束し、IO2捜査官は今度は自分たちの事を話し出した。当のプログラムが載っているコンピュータが見付けられなければIO2でも手の出しようが無い事、現時点ではひとつひとつモンスターの騒ぎを収め、情報操作をするだけで手一杯である事。秘密主義で知られるIO2がこの場でそれも部外者に対してそこまで明かして来る事実にやや驚かれてもいたが――そんな顔色を察したか、真咲さんや綾和泉さんがこの場に居る以上誤魔化せるとは思っていませんよと、片割れの小太りの方――布津は複雑そうな顔で告げている。ちなみにもう片方の黒服――源氏の方はその場に居るだけで何も話そうとはしない。往生際が悪いぜ兄さんと刑事――常磐の方から肩を叩かれていたりもしたが。…ちなみに警察の方も、情報操作以外は組織としてまともに動く気配が無いらしいと言う話。お互い大変だよなとその常磐に振られた汐耶の方は――動揺している仕事先の上の方から封印能力を見込まれ何故か動く羽目になった旨を溜息混じりに告げていた。
 次に話題になったのは、本来の行動パターンから外れた行動を取るモンスターの存在。この場に居るのは全部で五体になる。シュライン&豪&アリア組が四体に、セレスティ&御言&汐耶はじめ合流組が一体。その両方で、遭遇した状況の反応などを照らし合わせていた。
 共通点を探すと、状況により敵意はある事もあるようだが(それは臨戦態勢に居れば、そう見えれば反発をする事もあるだろう)、相手を倒すと言う明らかな殺意は無いようである事――この時点でアリアはおかしいと言っている。…モンスターはアスガルドの民や冒険者・勇者を倒す為に存在するのだから、本来のプログラム通りならば多かれ少なかれ殺意の無い者など存在しないと。
 もう一点は行動が妙に人間的である――つまりはただのモンスターキャラクターにしてはそのプログラムは妙に細かい演算処理になっていないか、と言う事。降参の旗を振る、へこへこ土下座、物影からびくびく覗き込んで――タイミングを見計らったようにぽいっと武器を投げ捨てるその絶妙な間、敵に掴まれた棍棒から手を放す事を忘れ、逃げようと慌ててじたばたするその仕種。倒れた時の泣き声のタイミング。好奇心旺盛そうな表情まで目の中に見せ、元は敵だった相手をじーっと見上げる姿。それと――シュラインへの懐きよう。
 アリアにも確認したが、当の女神も――皆さんの仰る通りにモンスターの皆が皆そんな事をするようですと、演算処理が重くなり過ぎる筈です、と言っている。このモンスターも、我々女神同様に自我に目覚めた可能性もあるのでしょうかと深刻そうな表情で。
 こちらの人間と言う可能性はどうですか、と再確認するセレスティ。本来、勇者や冒険者としてプレイすべき人間が取り込まれてしまったと言う可能性はと。…自分の中で思っていても、改めて女神と言う役割を持ったキャラクターに訊いてみる価値はある。すると――現在のアスガルドに於いてその可能性は否定出来ません、とアリア。アスガルドでも本来居るべきでないNPCプログラムの存在が多数確認されていましたから――と、告げている。
 彼女のその反応を見てから、では、とセレスティと豪、御言の三人が麻姫の持参した書類を預る事になり、モンスターの方にお付き合いして色々働き掛けてみようと言う話になる。書いてある名前を読み上げ、メモ書きから判断してその名前の人物が知っていそうな事や興味のありそうな事に関して話をしたりと――情報から揺さ振りをかけてみる。…ひょっとしたら、当たるかもしれないから。
 それと前後して次にアリアの耳に聞かされたのは――依頼を遂行する前の時点で、シュラインが気付いた件。これをアリアに聞かせてみたのは、彼女の場合、アスガルド代表としてどう思うか話を聞いて欲しいと思った為でもある。IO2捜査官ふたりもモンスターの方では無くそちらを気にして聞いてはいたが、一応事前に聞いてもいた上、口を挟んでは邪魔になると見たか――ただ黙って成り行きを見守っている。
「…座標が一致、ですか」
 驚き、茫然と呟くアリア。
 そう、とシュラインは頷く。
「実際の距離を考えると縮尺が随分違う事になるのだけれど、座標的な位置関係が――偶然とは思い難いくらい、近いのよ」
 言いながら、シュラインは興信所内の何処からか地図を持って来た。ぱらぱらと捲り、必要な場所を開いて、アリアに見せる形に置いた。とは言え――その地図を素直に見る向きで、ではない。
「…この向きに置いて、アスガルドで売ってる地図を重ねるようなつもりで考えて、わかりやすくアスガルドでの重要ポイントの位置をまず決めて――ここを兵装都市ジャンゴ、こちらを随星の遺跡と大雑把に仮定すると――」
 シュラインが言いかけたその時点で、アリアの指先が数ヶ所、ゆっくりと丸を描くように地図をなぞっていた。それは――現実世界でモンスターが騒動を起こしていた場所。アスガルドでは――モンスター出没ポイントとして、ある程度有名な場所。…幾つかある。
 アリアは幾つかのポイントをなぞると、顔を上げた。
「…ですか?」
 こちらの世界で、モンスターが現れたのは。
 皆まで言わず、問い掛け、確認。
「…その通り。…ただ、私たちに確認できているのは更科さんの方――怪奇系始末屋に依頼に入ったものだけだから、まだ、確認できてない場所もあると思うけど」
 セレスさんや真咲さん――御言さん曰く、依頼に無かったモンスターも、出現し始めているって話だし。
 汐耶さんや刑事さん、IO2の黒服さんによれば依頼以外の場所にもそれなりに多く居るみたいだしね。そんなシュラインの科白に、ああ。相当多い。とIO2の黒服の片方――布津が同意する。俺も通りすがりに結構見掛けたぜと刑事――常磐の方もまた頷いた。私の仕事場の付近も結構たくさん居ました、と汐耶も。それらは依頼の無かった方面よねと改めてシュラインが確認。…麻姫の記憶データベースを元に、依頼開始前に書き連ねた、依頼された場所を書き留めた地図をぱらぱらと見ている。
「こちらの世界の事件が…アスガルドのイベントと重なる…兵装都市ジャンゴは…私たちの拠点、最後の砦…」
 それらの話を聞き、出された地図を見下ろし考え込みながらひとりごちるアリア。その様を伺いつつも、汐耶は改めてそこ――兵装都市ジャンゴに相当するらしい、この地図上では神聖都学園とだけしか書かれていないそこを指先でなぞってみる。
「神聖都学園…神聖都学園の敷地内ってひとことで言っても広いわよね。教育施設だけじゃなく店舗も入っている訳だし。もっと細かく言うと何処になるかしら…」
 と。
 まさにそのタイミングで、『奇跡』が起きた。
「…では、この『田村』さんの件は当て嵌まりそうにないとして…『柳原幸代』さん」
 そう、豪がメモ書きにある次の名前を読み上げた、次の瞬間。
 モンスターの一体が、わしっと身を乗り出してきた。何事かと思うと、メモと地図の走り書きをじーっと見ている。
 そして暫くそのままで居たかと思うと――おもむろに、微笑んだ。少なくともそんな風に見える形に、モンスターの顔が、少しだけ歪んだ。
 瞬間。
 目の前で。
 身を乗り出してメモを見ていたその『モンスター』が、『モンスター』の姿から『人間』の姿へと。
 …モーフィング画面のように、だが劇的に、変化した。
 途端。
「ちょ、ちょっと!?」
 その変化に反応したとしか思えないタイミングで、無言のまま麻姫がくらりと倒れ込む。ソファに座った状態で、隣に座っていた豪の方向にいきなり。女性が苦手とは言えさすがに慌てて豪が抱き留める。彼らの向かいに居た御言の方は――豪が抱き留めたと確認したかしないかのタイミングで、平然とソファから薄っぺらいクッションをひとつ取り上げていた。
 そんな間にも、目の前の『モンスター』が変化した結果現れた『人間』は、目を瞬かせながらその場に立っている。…何故自分がこんなところに居るのか――把握できていない様子で。
 その様を見、幾らかでも安心させようとその美貌で微笑み掛けつつも、セレスティはぽつり。
「…失踪者の捜索とモンスター騒動――依頼が、重なりましたね」
「ってそんな事を言っている場合では」
 慌てたように、豪。
 が。
 そんな豪に、これ、枕代わりにでもして寝かせてあげて下さいと先程のクッションが御言から渡される。
 御言の表情は、心配と言うよりも――苦笑。
「…更科さんの場合、いつもの事なんですよ」
 なので然程、心配なさらずとも。

【画廊受付嬢の依頼 了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

 ■0631/強羅・豪(ごうら・つよし)
 男/18歳/学生(高校生)のデーモン使い

 ■1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)
 女/23歳/都立図書館司書

 ■1883/セレスティ・カーニンガム
 男/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い

 ※表記は発注の順番になってます

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 …以下、公式外の登場NPC

 ■更科・麻姫/依頼仲介人
 ■真咲・御言/依頼仲介人&成り行き調査員と言うより戦闘要員
 ■常磐・千歳/通りすがりの怪奇系斥候役な本業マル暴刑事
 ■布津・庄治/通りすがりのIO2捜査官(黒服コンビの片割れ)
 ■源氏・博仁/通りすがりのIO2捜査官(黒服コンビの片割れ)
 ■紫藤・暁/バー『暁闇』のマスター

 ■真咲・誠名(名前だけ)/更科麻姫の上司、真咲御言の義兄、怪奇系始末屋のお仕事中、現在行方不明

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          ライター通信
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 この度は発注有難う御座いました。
 皆様にはいつも御世話になっております。
 …恐らくPC強羅豪様もPL様はいつも御世話になっているお方かと思うので。あ、違ってたらすみません(汗)初めましてです(礼)

 今回は――普段の依頼系と比べ募集期間をやけに短く区切って募集していた当方初の『白銀の姫・PCクエストノベル』でしたが、そんな極道な行動を取っている中でまでお付き合い頂き、感謝しております(礼)
 ただ…初めにこちらが密かに想定していたより…お渡しが遅くなっている上、妙に長くなってしまいました…。
 プレイングにお願いした部分を通り越して話がその先まで行ってしまっている気もしますし…(汗)
 ちなみに内容はシュライン・エマ様と強羅豪様が全面共通、セレスティ・カーニンガム様と綾和泉汐耶様は少し変わって来ています。

 そして何やら続きそうな終わりにも思えますが(汗)、この時点からの直接の続きは考えておりません。今回あった事を受けたような形の別の話は――『白銀の姫』が十一月までと期間延長になったと言う事で、後々出せるとは思いますが、そちらではオープニング時点でアリア・更科麻姫・真咲御言・IO2捜査官×2・常磐千歳辺りが出てくる事は無いと思います。また全然別の角度から出す事になるかと。

 また、既にしてこの時期ではありますが(汗)、このノベルではアリアンロッド・コピーことアリアとPC様方は全面的に初対面、とさせて頂きました。…今回のオープニング時点でひっそり言っていた「外部からの干渉」で一番大きいものは、このアリアと想定していたのでその関係です。公的な権力との記載やら、他にも明らかにIO2を意識したと思われる(笑)記載もあったので…警察やらIO2捜査官も出ていますが。
 他の要素としては、今回のノベルは第二回ミッションイベント(参加してませんが/汗)と同じかその前後くらいの時系列で想定しています。

 PC綾和泉汐耶様には…妙にIO2捜査官に対して強く出て頂きました。勿論プレイングの件もそうでしたが――実は某『誰もいない街』のシナリオノベルが大きな原因でもあります…この二人、その時の連中でもありますので。それと、何だかとっても大局的なプレイングを頂いてしまい…結局、そこはまだ解決せず終いです。

 こんな結果が出ましたが、楽しんで頂けれていれば幸いです。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 深海残月 拝