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忘れたにゃ
(オープニング)
ある梅雨の晴れ間に、猫は草間興信所を訪れた。
「やぁ、ひさしぶりにゃ。暇で暇で困ったにゃ。
蒸し暑いけど、草間は元気にしてたにゃ？」
微妙に日本語がおかしい言葉で、猫は草間に言った。
猫は、とりあえず居間で丸くなる。
「知らん。忙しいから帰れ」
と、草間は猫の首を掴んだ。
「こ、こら、久しぶりに来たのに何をするにゃ！
お客様は大切にするにゃ！」
猫はジタバタと暴れた。
「で…何の用だ？」
化け猫と遊んでる暇は無いんだがなー。と草間は思った。
「全く、酷い事をするにゃ…
昔の草間は、もっと優しいおじさんだったにゃ」
「おじさんでは無い」
居間に戻って、化け猫と草間は話す。
「で…何の用だ？」
もう一度質問を繰り返す草間の視線を、化け猫は真正面から受け止めた。
そして、口を開く。
「え、えーとー、忘れたにゃ」
「そうか」
「何か、大事な用事だった気がするけど、忘れちゃったにゃ…」
化け猫は泣きだした。
「まあ、せっかくだから、コーヒーでも入れてくるにゃ。待ってるにゃ」
と、化け猫は泣き止み、人の姿に化けると、キッチンへと行った。
「うわ、熱いにゃ！熱いのは嫌にゃ」
食器がひっくり返ったような音がした。多分、お湯が熱くてびっくりしたんだろう。
…確か、如月って言ったかな？
霊峰八国山という妖怪の里に住むメスの化け猫で、松茸畑の管理猫と称して遊んでいたのを見かけた事があるような気がする。
何をしに来たか、忘れたと言っていたが…
（依頼内容）
・草間興信所に化け猫が現れました。
・誰か何とかして下さい。
・おそらく初めましてです、よろしくお願いします…
・お久しぶりの方も、居ましたらよろしくお願いします…
(本編)
１．草間興信所での調査
草間興信所に化け猫がやってきた。
その事件は、草間武彦によって、各地に伝え…られなかった。
特に、人を集めてどうにかするような事件では無いと、草間が思ったからだ。
そもそも、事件ですらない。とも草間は思っていた。
それでも、何となく草間興信所には人やその他の生き物が集まってくる。
草間の人徳のなせる業なのか、単に暇人が多いのかは謎だったが…
例えば。
ジュジュ・ミュージーは、どこからともなくやってきた。
「ヘイ！何か仕事はアリマセンカ？
…おや、猫デスネ！
しかも、コーヒーを飲む猫とは、珍しいデス」
居間まで上がりこんだジュジュは、草間と並んでコーヒーを飲んでいる猫を見つけた。猫は前足で器用にコーヒーカップを持って、ふーふーと念入りに吹きながら、湯気が立っているコーヒーを飲んでいる。
「私は化け猫の如月にゃ。
化け猫だから、熱いコーヒーも平気にゃ。すごいにゃ」
化け猫は言った。如月というのが、名前らしい。
「オー！
で、化け猫さんが何しにきましたデスカ？」
「忘れちゃったにゃ…」
「忘れちゃったんデスカ…」
ともかく、何かの事件には違いなさそうだった。とりあえず、ジュジュは差し入れに持ってきた菓子と酒をテーブルに並べた。
来客は続いた。
例えば、五代・真は、仕事を求めてやってきた。草間興信所を訪れる理由としては、妥当である。
「草間さん、何か依頼は来てないっすか？
…って、その煎餅を食べてる猫は、どうしたんすか？」
ジュジュが持ってきた煎餅を前足で器用に掴んで食べている猫を見て、真は言った。
「やっぱりお煎餅が一番にゃ。
日本の猫なら、ポテトチップより、お煎餅にゃ」
如月が言ったが、答えになっていない。
「何か、事件でもあったんすか？」
「さあ…」
そもそも、それがはっきりしない。と草間は言った。
「難儀な事ですね…」
「難儀だな…」
とりあえず、何をしに来たか思い出してもらわない事には仕方無さそうだ。どうしたもんかなー。と、真は思った。
来訪者は集まってくる。
もう一人。
草間は、ササキビ・クミノに連絡した。
「お前、猫は好きか？好きだよな？そうか、好きか」
「…はい？」
クミノは、電話越しに首を傾げた。
どこら辺を縦読みすれば良いの？」
例えば縦読みするにしても、短い言葉だなー。と、クミノは思った。暗号解読も、暇つぶしには良いかもしれないが。
「いや、縦読みする必要は無い。
猫が来たんだが、何しに来たかわからん。何とかしろ」
「猫…？
もしかして八国山の猫？
緊急の破壊的な仕事なら、すぐ行くけど…」
フッフッフ、霊とか妖力とか能力とか、そういうのが一切絡まない破壊活動なら得意だ。
…でも、草間絡みでそんな話は無いだろうな。と思いながら、クミノは草間に答えた。正直、自分向きの仕事じゃ無いだろうとも、思った。頭のおかしい、精神病理学者向けの話だろう。と。
まあ、暇だから…良いけど。
ともかく、情報をモニターしないと始まらない。ひとまず興信所に中継カメラでも設置しておいて、如月が落ち着いたら、後で電話でもしてくれ。と、クミノは草間に言った。草間はそれを了承した。
そうして、調査は始まった。
２．さらに草間興信所での調査
草間興信所では、如月に対する聞き込みが続いていた。
「オー！
意外と綺麗な毛並みデスネ！」
ノミでも住んでないデスカ？
と、如月の背中の毛を撫でていたジュジュが、大げさに驚いた。
「いつも、湖の霊水で洗ってるから、とっても綺麗にゃ。
虫も寄り付かないにゃ！」
えっへん。と、如月は自慢げにしている。
横で見ていた真は、『虫も寄り付かない』というのは、何か違う気がしたが、ひとまず聞き流す事にした。
「ところで、お前、前から草間さんの事を知ってるのかい？
何だか、知ってそうな口ぶりだったけど」
幸せそうにくつろいでいる化け猫に、真は尋ねた。
「知ってるにゃ。いつもお世話になってる気がするにゃ。
タバコとコーヒーが無いと生きていけない、かわいそうなおじさんだけど、きっと、山のみんなは、草間さんに感謝してるかもしれないにゃ」
如月は、ごろごろしながら言った。
「草間さん、かわいそうな人だったんだな…」
「俺は、かわいそうな人だったのか…」
真と草間が、しみじみと話し合っている。
草間の説明によると、何度か、如月の住処の山で起こった事件を、草間興信所で解決した事があるという。なので、如月も顔なじみだそうだ。なるほど、面識は結構あるわけか。真は頷いた。
如月はというと、相変わらず、ごろごろしている。すっかりくつろいでいるようだ。
一体…何をしに来たんだろう？
それが、わからなかった。
一方、クミノは、そんな興信所の様子を、自宅のモニターで眺めていた。
はぁ…と、ため息をついて、草間の電話をならした。
「これは、話にならないな。
とりあえず、誰かを山にやって、様子を見た方が良いんじゃないか？」
何も起こってない可能性もあるが、何かが山で起こってる可能性もある。化け猫と問答していても、まったりと時間が過ぎていくだけなような気がした。
「よし、頼んだぞ。ササキビ・クミノ」
草間が言った。
「…何で、私が？」
クミノは、あまり、気はすすまなかった。だが、ちょっと様子を見て帰ってくるだけなら、良いか。と、山に行ってみる事にした。
クミノが山に向かった後も、草間興信所では聞き込みが続いていた。
「よーし、じゃあ、朝からの出来事を順番に思い出してみろ！」
真が如月に言った。記憶を思い出す、基本的といえば基本的な手段である。
「わかったにゃ。
えーとー、朝は、お日様が昇ってきて、明るいから起きたにゃ。
松茸畑を見ると、平和そうだったにゃ。だから、水をあげたにゃ。
やる事が無いから、もう一回寝たにゃ」
「二度寝か…
で、それからどうした？」
「お昼ごろ、お腹が空いたから、起きたにゃ。
ご飯を食べて、それから…えーとー、えーとー、よく覚えてないにゃ」
如月は、目を逸らしながら言った。何となく、挙動不審に見える。
もしかして、草間に惚れるか何かして、やってきたんじゃないだろうか…
そんな如月の様子を見て、真は思った。
「ヘイ・ユー！
ちょっと、耳をレンタル、イイデスカ？」
延々と如月を、猫可愛がりに可愛がっていたジュジュが、草間に言った。耳を貸してくれという事だろう。
「ん？なんだ？」
ジュジュは、何やら草間に耳打ちした。
「なるほど、わかった」
草間は頷いた。
「ヘイ！ミーは用事をリメンバーしました！
さよならデース！」
ジュジュは、急に席を立つと、興信所の外に出た。
まだまだ、調査は続きそうだった。
３．事件解決？
「何か手伝ってくれるなら、電話番でもやってくれ」
「わかったにゃ！
電話なら任せるにゃ！」
如月が、人間の姿に化けて、じーっと受話器とにらめっこを始めた。
かかってくるなら、いつでもかかってくるにゃ。
そんなオーラを発するようにして、如月は電話を見つめる。
「何か、考えがあるんすか？」
「ああ、見ててくれ」
真の質問に、草間が頷いた。
やがて、タイミング良く、興信所の受話器が鳴った。
「はい、もしもしにゃ！
こちら、草間妖怪相談所にゃ！」
如月が電話に出た。
「ここ、妖怪相談所だったんすか？」
「知らん…」
真と草間が、ひそひそと話している。
「ハーイ！こちらジュジュです！
ちょっとそのまま、ウェイト・プリーズ、デス！」
草間興信所…というか、如月に電話をかけてきたのはジュジュだった。
「わかんないけど、わかったにゃ！
ウェイト・プリーズするにゃ！」
ウェイト・プリーズって何にゃ？と考えながら、如月は待った。
「テレホン・セックス、ハジメマス！」
ジュジュが言った。
テレホン・セックスとは、電話を通じて対象の脳内に侵入する、ジュジュが操るデーモンである。
如月の内部に潜入したデーモンは、如月の失われた記憶を探るべく、脳の中枢を目指した。
「何か、如月がもだえてるっすよ？」
「まあ、気にするな」
如月は、なにやらくすぐったそうにしている。
デーモンは、密度の薄い如月の脳内を進んだ。
…と、急に、白い霧のような群れに囲まれた。
『こらー、何しに来たにゃ！』
『勝手に、猫の頭の中に入って来ちゃだめにゃ！』
霧達は猫の姿を象って、デーモンの行く手を阻んだ。
不味い。
「ハーイ！
如月さんの霊体さん達デスカ？
ジュジュです！
そこに居るのは、ミーとユーの友達デス！
遊びに来ただけだから、心配しないでオーライ、デス！」
ジュジュは、如月の脳を守る霊体に呼びかけてみた。
『なんだ、そうだったにゃ！』
『それなら、案内するにゃ！』
と、如月の脳を守る霊体達は、気前良くデーモンを脳の中枢まで案内した。
「何か、如月が幸せそうにしてるっすよ？」
「まあ、気にするな」
真の問いに、草間が首を振った。
しばらく電話を持ったまま、幸せそうにしていた如月は、やがて正気に返ったようで、受話器を置いた。
「あれ？私、どうしてたにゃ？」
不思議そうに、ぽかーんとしている。
そこに、ジュジュが帰ってきた。
「ヘイ！用事が終わったんで帰ってキマシタ！」
そう言って、ジュジュは草間と真にメモを差し出した。
２人がジュジュのメモを読もうとした時、興信所の電話が再び鳴った。
「はい！草間妖怪相談所にゃ！
あ、クミノちゃんにゃ？
おひさしぶりにゃ！わかったにゃ！草間に代わるにゃ！」
電話の主は、クミノだった。
「おお、どうだ！？」
草間がクミノに尋ねる。
「正直、困った」
クミノが言った。
如月の住処、霊峰八国山についた彼女は、化け猫の群れに囲まれていた。
「わーい、クミノちゃんにゃ！懐かしいにゃ！」
「これが、噂のスゴイ障壁にゃ！
これで上手に爪を研ぐと、『ばけねこのつめ』が、『どくのつめ』にパワーアップするって噂にゃ！」
化け猫達は、全ての物理攻撃を跳ね返すという、クミノの障壁に纏わりついて、爪を立て、爪を研ごうとしている。
「爪、研げないと思うし、研いでも毒の爪にならないと思うけど…
ていうか、あんまり障壁とじゃれてると、死ぬよ…」
暇を持て余してる化け猫達は、珍しい来訪者の事を喜んでいるようだった。
「特に、八国山で問題は起きてない。
…もう、帰っても良いか？
帰れれば…だけど…」
化け猫に囲まれたクミノは言った。
夕暮れになって、化け猫が飽きた頃、クミノは帰還する事が出来た…
一方、興信所では、草間と真がジュジュのメモを開いた。
『如月の、ここ数日の記憶を見たけど、暇で仕方ないらしいデース！
何しに来たか、目的が全然ワカリマセーン！』
うむー、これは…
草間と真が首を捻っている。
「おい、正直に言え。」
真が如月に詰め寄った。
「ほんとは、暇だから用も無く来ただけなんだろ！」
「な、なんで、わかったにゃ？
で、でも、遊んでばかりいたら悪いから、お手伝いしようと思ったにゃ。
いつもお世話になってるからにゃ。本当にゃ」
如月が、あたふたと言った。
元から用が無いのでは、記憶を辿ってもわかるはずもなかった。
それが、事件の真相と結末だった…
まあ、変な用事でなくて良かったな。と、ジュジュは思う。
それこそ、草間に化け猫からの愛の告白とかなら、面倒な話だった。
やれやれ。と、ジュジュは首を振った。
結局、その後も、化け猫が暇つぶしに草間興信所を訪れる事は、度々あったという…
(完)
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
【0585 ／ジュジュ・ミュージー（ジュジュ・ミュージー）／女／２１／デーモン使いの何でも屋（特に暗殺）】
【1335 ／五代・真 （ごだい・まこと） ／男／２０／バックパッカー】
【1166 ／ササキビ・クミノ （ささきび・くみの）／女／１３／殺し屋じゃない、殺し屋では断じてない。】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、MTSです。大変お待たせいたしました…
ストレートな依頼をやってみようと思ったのですが、いかがでしたでしょうか？
また、今回は人数が多かったので、３グループ位に分けて別の話にしてみました。
如月が３回位、草間興信所を訪れたと思って下さい…
如月の来訪目的に関して、草間との恋愛話を予想するお客様が今回は多かったのですが、確かに、改めてオープニングを見直してみると、確かに、普通にそういう風に読めるなーと思いました。
でも、恋愛とかそういうレベルの悩みを持つような猫でも無いかなと思ったので、今回のような形にしてみました。
ともかく、おつかれさまでした。
また、気が向いたら遊びに来てくださいです。
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