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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


CHANGE MYSELF!〜絆は強く〜


 誰もいない真夜中の公園。子どもたちには広く思えるかもしれないその場所は、大人からすれば手狭に見えなくもない。公園の両脇に立つ背の高い街灯が寂しく白い光で周囲を照らしているが、普段のざわめきやネオンの賑やかさを彩るほどの強さはこもっていない。そんな場所に獣人救済コミュニティー『絆』の代表を務める霧崎 渉がやってきた。暗闇がほとんどを支配する公園はまるで結界が張られたように人の出入りを拒んでいたが、望んで入ってくる者まで止めるほどの力はない。彼は砂地の公園でわずかな足音を奏でながら、中央にあったベンチに座った。
 霧崎は大きく息を吐いた。それは溜め息に近い意味合いを含んでいる。これから起こることを想像すると、どうしてもこんな態度を取ってしまう。人に見られたらどうするんだ……彼は言葉なく自嘲的な笑みを浮かべた。そして腰掛けたまま身体を伸ばし、気分をリフレッシュさせる。

 霧崎は人を待っている。相手に場所と時間を指定されたので、わざわざ指示通りにやってきたのだ。それは手紙で届けられたもので、ただひたすらに「会いたい」という気持ちだけが書かれていた。霧崎は先に内容だけを見たので首を傾げた。答えは単純である。そんな「会いたい」と言われる人物に心当たりがなかったからだ。読み終えた後で何気なく差出人の名前を見た時、彼は全身が凍りついた。まさか……そんな気持ちが鼓動を徐々に激しくさせる。彼は無意識に行動をとった。まず誰にも見られぬように手紙を隠し、約束の日にあった予定を他のメンバーに任せた。そして自分はどんな時もひたすら気持ちの整理を心がけた。
 その日を境に、落ちつかない日々が続いた。最近になって『絆』で活動し始めた龍願寺 烈火という修行僧のような偉丈夫の男がその変化に気づいたらしく、何度か「悩みがあるなら相談に乗ろうか」と声をかけてきた。だが霧崎の口は予想以上に重く、いつも笑顔でやんわりと断られてしまう。龍願寺は「本人がそういうのなら大丈夫なのだろう」と一応は納得の表情を見せていたものの、心の中では深く心配していた。何かを隠しているのは明白だったが、それが悪い方向に行かなければいいが……龍願寺は仕事をこなしながらそんなことを考えていた。


 公園に来てどのくらい経っただろう。霧崎がそう思い、腕時計を確認しようとしたその時だった。彼とは反対の方向からある女性が入ってきた。エプロンをした主婦らしき女性で、手には買い物袋を下げている。霧崎は何気なくそれをじっと見ていた。その刹那、彼は超人的な跳躍を発揮して街灯の元まで飛び退く! 今の霧崎はまるで天井からスポットを当てられた主人公のようだ。そしてゆっくり自らの力を解放し始める……金色の髪が徐々に全身を覆い尽くそうとしていた!

 「この匂いは覚えているぞ……レディ・ローズ!」
 「えっ? なんですか??」
 「お前ほどの手練が油断などするはずがない。遠慮なくいくぞ! うおおおおぉぉぉ、うぐっ?!」

 霧崎に声をかけられた女性は最初こそ戸惑っていたが、金狼に変化する霧崎の異変を感じ取るとすぐさま態度を翻した。そして足元から魔力を帯びたヴァリアブルサークルが出現し、レディ・ローズへと変貌させたのだ!

 「ごきげんいかが、霧崎 渉……?」
 「あがっ、こ、この能力はお前のものでは、ないっ! だ、誰だ、誰の能力だ……っ!」
 「あら、手紙を見なかったの? 差出人の能力よ、知らなかったの?」
 「よ、義経の……ま、まさかこれは、これはぁぁっ?!」
 『罠だったんだよ、おバカさん。』

 影の中から聞き覚えのある声が響く。その瞬間、迂闊にも霧崎は脱力した。『自分の信じていたものに裏切られた』という現実は、彼を無意識の底へと葬るには十分過ぎた。そして……霧崎の姿と意識は失われた。レディ・ローズの目の前にはただの獣と化した金狼が立っている。

 「行くわよ、メビウス。世間の役立たずたちを葬りなさい。そして『絆』を壊滅させるのよ。すべての能力者をアカデミーに帰属させなさい。」
 『血に飢えた金狼が「絆」を切り裂くのか……面白い趣向だな。いいだろう。』

 白樺 義経、コードネーム:メビウス。アカデミー日本支部の教頭の命を受け、今まさに社会と戦わんとしていた。


 だがこの時、ふたりは知らなかった。作戦を実行する前から、なぜかゴーストネットに『今夜、血に飢えた金狼が街を襲う』という内容の記事が匿名で掲載されていたことを……
 いち早くその事実に気づいたのは、神聖都学園から帰宅した女子高校生・銀野 らせんだった。外はすでに帰宅途中とは違い、闇が支配する世界へと変貌している。アカデミーが関係しているであろうこの内容は彼女の心に警鐘を鳴らした。ただごとでないのは確かだろう。彼女はとにかく理由をつけて家を飛び出し、書き込みにあった場所まで自転車で急行した。もちろんトレードマークとなりつつある制服は着たままだ。

 「金狼に変化する能力……まさか霧崎さんに何か?!」

 ゴーストネットの情報の精度は時間の経過とともに少しずつ下がっていく。それを計算に入れた上で霧崎の探索をしなければならないとらせんは考えた。とりあえずは人通りの少ない場所に自転車を置き、ある方法で空からの探索をしようと考えながらまずは自転車で迷路のような道を駆け巡った。

 状況の変化を察知しているのは何もらせんだけではない。明日の近隣スーパーや百貨店の安売り情報をつぶさに検索していた主婦・彼瀬 春香もこの内容を直に見て表情を堅くした。旦那や居候、そして息子からいろいろと聞かされた出来事、そして自分が独自で情報収集していることとあまりにも合致する部分が多過ぎる。彼女はさっそく『へそくり』しているライフルや銃弾などを押入れの奥やら天井から引っ張り出し、そのまま外へ飛び出そうとした。その時、偶然キツネの帽子をかぶった子どもが春香の部屋を訪ねにやってきた。彼はきょとんとした表情のまま、物騒な装備満載の彼女に質問した。

 「おか〜さん、どこいくの?」
 「金色の狼退治よ。ちょっと腕が鈍ってるから、いい運動になると思うし。」
 「きんいろ……? おか〜さん、えるももついていくの。きっとやくにたつの。」
 「心配しなくてもいいわよ。最初から連れていくつもりだったから。さ、おんぶしてあげるからしっかりつかまってなさい。」

 えるもと呼ばれた少年はぴょ〜んと飛んだかと思うと、いとも簡単に春香の背中に飛びついた。それにしても恐ろしい跳躍力である。母のぬくもりと武器の冷たさが同居する背中で子どもらしからぬ厳しい表情を決して崩さないえるも。彼はおか〜さんと出会った時からあまり表情が変わっていない。むしろ時間が経つととともに厳しくなっている。この母子の心中もあの書き込みに少なからず揺らされていたのだろう。戦いの時は確実に近づいている。

 「わたるちゃん……」

 消え入りそうな声で言ったえるもの言葉が春香の耳に入った。声には出さなかったが、彼女は心の中でつぶやいた。『だからよ、放っておけばえるもちゃんが悲しむから。だから私が行くのよ』と。しかし春香の信念が変わることはない。ただいつものように戦うだけ……走る彼女はすでに武器の調整を始めていた。

 和服姿に鉢巻、そして襷がけをした可憐な女性が『絆』の活動拠点前に精悍な姿で立っていた。彼女は幾度となくアカデミーと戦っている天薙 撫子である。その華奢な手には御神刀の『神斬』があった。準備万端の撫子の前に、『一言法師』の異名を取る龍願寺がその巨体を揺らしながらやってきた。彼も自分が戦う時に袖を通す修行僧のような服に身を包んでいる。状況を察した撫子は、思わず小さな溜め息をついた。

 「そういうことだとは思っていましたが……」
 「お電話から時間は経っていますが、大きな動きはないようですな。ですがゴーストネットはニュースサイトではないので、実際に事件が起こってしまっている可能性も……」
 「時として人の好奇心はそれを上回る場合もありますわよ。とにかく霧崎様の行かれたと思われる場所はどの辺でしょう?」
 「裏口から出たところを見ると、おそらく人気のない場所でしょうな。繁華街の裏ではなく住宅街の中にある公園と考えるのが妥当でしょう。でなければもうすでに被害が出ているはずです。それとも……誰かが先回りをしてそれを阻んでいるのか。」
 「どちらにしても対策は必要ですわね。目的地を中心に籠目紋の結界を施しましょう。周辺の地理は直に調べますわ。」
 「及ばずながら、拙者もお手伝いいたします。何かあれば念で伝えましょう。」
 「わかりましたわ。それでは参りましょう。」

 撫子と龍願寺は共に同じ方向へと走り出した。金狼がいる目的地へ……多くの者たちがそれぞれの思惑を胸に走り出した。


 果たして彼らの手にした情報は正しかったのか。それは警視庁に設置されている超常現象対策本部がすでに明確な答えを出していた。本部長である里見 俊介は情報収集のために稼動しているコンピュータからこの情報をキャッチし、すぐさま部内に警戒態勢を取るよう指示した。獣人化は身体的能力が格段に上がるため、今回は特殊射撃専門チーム・FAST部隊を繁華街に待機させる作戦を用いることに。そして自らが陣頭に立って指揮を執ることにしたのだ。里見は『走る本部長室』とも比喩される超高性能特殊車両を運転し、車内に備えつけられた異能の力をサーチするシステムを頼りにさまざまな指揮を出す。

 「FASTに告ぐ。戦闘区域と想定される繁華街はすでに地元警察の協力で封鎖が完了しつつある。レーダーやスコープで怪しいと思われる異能の存在を発見した場合、リーダーの指示をもって発砲を許可する。なお我々の目的遂行のために動く者に対しての狙撃はいかなる理由があろうともその一切を禁止する。以上だ。」
 『了解。』

 低く冷たい声がスピーカーから響く。里見はすでに彼らの足元にいる。部隊はビルの上、里見はビルの目の前に車を停めている。人通りのなくなった繁華街はただネオンと街灯が風景を染めるだけの寂しい世界だ。だが、今に騒がしくなるだろう。それを暗示するかのような内容が本部から通信で入った。里見はそれに耳を傾ける。

 『本部より通信。ゴーストネットの文章書き込みは異能力者集団「アカデミー」によるものであることが判明……』
 「これは……多勢に無勢かも、しれんな。」

 里見の一言は今後のFAST部隊の行く末を暗示していた。もはや動き出した歯車を誰も止めることはできない。
 彼が独り言を発し終えようとした刹那、スピーカーから聞き慣れないメンバーの声が聞こえた。彼は首を軽く捻った。まったく聞き覚えがない。丁寧な口調で喋るその男の正体を探ろうとすると、聞き慣れた銃声と悲鳴が同時に轟く! それはあっという間の出来事だった。里見は即座にFAST部隊のいる場所をサーチしたが、すでに隊員たちの隊列は崩れていた。いやもっと正確に言うならば、『隊列を崩された上、倒されてしまった』のだろう。それを知ってか知らずか、目の前に鋭い雄叫びをあげる金狼が出現した!

 「金狼だけが敵ではない、か。本部、目標が出現したが今のところこちらには打つ手はない。とりあえず情報だけは送信し続けてほしい。入手した情報の精査を行い、結果がわかり次第私に適宜報告しろ。」
 『了解しました。』

 里見は胸ポケットに忍ばせていた超小型集音マイク搭載のネクタイピンをつけ、敵との接触で少しでも情報を得るための準備をした。しかし彼はもっと大きな決断を迫られていた。結成まもない部隊とはいえ、特殊狙撃部隊・FASTのメンバーがいとも簡単にやられてしまうとは……里見は大きく息を吸い、短く言葉を切りながらその悩みをつぶやいた。

 「私しか、いない、のか……」


 街に現れた金狼こと霧崎は、完全にメビウスの支配下に置かれている状態だ。生々しい息を吐き出しつつ、金狼は獲物を懸命に探す。彼は知らなかった。すでにここには人がいないことを……憂さ晴らしにその辺にあるゴミ箱をコンビニに向けて蹴り飛ばしてみるものの、窓ガラスが割れて盛大な音を響かせるだけで人間の反応がまったくない。これでは何のために人間が多く存在する繁華街を狙ったのかわからない。

 『チッ、こんなことするのは警察だな。やってくれたぜ……』

 いつものメビウスらしい動きをする金狼は瞬時に何かが風を切る音を聞き分けた。当然、『偉大なる助力』で金狼の力は増幅されている。気づかないわけがない。蚊の鳴くような小さな音……おそらくは銃弾だろうと踏んだ。だが不意打ちだったこともあり、それを完全に避け切ることはできなかった。その弾丸は破裂することなく、そのまま左の太腿のあたりにめり込む。

 『サイレンサー付のライフルだな。くそっ、徹甲弾か。すぐには取り出せねぇ……っつ、うがあっ!』

 メビウスの能力『反逆の楔』は乗っ取った相手の五感をそのまま使う能力である。直立する獣人である霧崎の金狼で今の傷口を確かめるには、ごく普通の人間の動作をするより他にない。敵はそれを待っていた。さっきよりも正確な銃撃と不安定な体勢、ふたつの要素が2発目の銃弾を命中させた。しかも狙ったのは徹甲弾のめり込んだ銃創である。しかもこの弾丸はさっきとは違う性質のものだった!

 『うがあっ、ああ、ああっ! ま、麻酔弾だ! しかもさっきの徹甲弾を砕きやがったから動きにくくてしょうがねぇ!』
 「インド象も一撃って触れ込みなんだけど効いたかしら? 旦那にも効いたから渉くんも平気よね?」
 『こいつ……一家でちょろちょろしてる奴だな! 彼瀬とか言ったか……くっ、身体が思うように動かなくなってきた!』
 「金色の毛は魔力を遮る力があるとも言われてるけど、影に潜んでるメビウスさんには効いてるのかしら〜?」

 敵を挑発するかのようなセリフを連発する春香だが、別にこの言い回しは意図したものではない。これが彼女の地である。そんな彼女を囲むように4つの炎が地面で揺らめき、春香の影を完全に消し去っていた。メビウスは金狼の能力が下がるならば銃撃に優れた彼女の乗っ取りも視野に入れていたが、相手はその対策をすでに用意していたのである。メビウスは春香を『銃撃と妖術に優れた能力者』と判断してはいなかった。『銃撃に優れた能力者』と『妖術に優れた能力者』のふたりが存在すると判断した。現にもうひとりの姿が見えない……おそらくは幻術か何かを使ってどこかに潜んでいるのだろう。彼は鈍く光る金狼の爪を伸ばし、それを一度だけ勢いよく振り下ろす。麻酔弾いえども、すでに本人の意識はメビウスの能力で眠らされているようなものだ。身体能力が大幅に落ちたと判断した彼は、能力を全開にして戦うことを決心した。

 『ということは、俺が攻めるしかねぇか。はあぁぁぁっ!!』
 「あら、こんなところに警棒が。これも折れないことで有名なのよ〜?」

 春香が手を後ろに回すと、言葉通りの獲物が出現した! そして次の瞬間、金属同士が擦れ合う気持ちの悪い音が誰もいない繁華街に響き渡る……できるだけ爪を伸ばして金狼の影が消えないように配慮して戦うメビウスは早くも不利な状況に陥っていた。もうひとり、そう息子のえるもの能力が抜群の効力を得ている。血を求めて襲いかかる爪を弾くと、春香は再び利き手に装備したライフルを腕などの急所めがけて何度か打ち鳴らす。しかし戦闘態勢に入った金狼の動きを封じることまではできない。長い髪を揺らしながら、ひとり金狼と対等に渡り合う主婦・春香。

 「さっきの麻酔弾、連射しておけばよかったかしら?」
 『後悔、先に立たずってか?』
 「わたる、ちゃん……」

 喧騒の中を縫うようにえるもの声が小さく奏でられた。春香は一瞬だけ母親の表情をするが、すぐに傭兵のものへと戻った。ここでメビウスに負けては何の意味もない。再び気合いを入れ直してライフルと警棒を握りなおした。だが、誰も気づかないことがひとつだけあった。えるもの言葉を聞いた金狼が、ほんのわずかだけ動きを止めたのだった。


 撫子の結界はあと少しで完成する。周辺地理を公園に設置された地図などで確認した後の行動だったが、障害となるはずの人通りはまったくなかった。あまりにもすんなりと作業が進み、逆に不安になってしまう撫子。結界を形作る際に必要となる霊符を地面にぺたっと張りつけたその時だった。龍願寺からの念が飛んできた。その内容はあまりにもショッキングなものだった。

 『撫子殿! 結界の要である霊符がことごとく破られています! 何者かが我々の動きを監視・妨害している可能性があります! 注意して下さい!』
 「結界が……使えない?!」
 「やはり来たか、天薙 撫子。しかしこのような霊符で金狼の策を封じさせはしないぞ、勝負だ。」

 撫子の目の前に降り立ったのは、白き死霊の翼を持つ戦士……彼女はその声に反応し、とっさに神斬を抜いて構える!

 「リィール・フレイソルト……! あなただったのですね、わたくしの策を封じたのは。」
 「我々は早く別の場所へ向かわなければならない。ここに留まる時間が惜しいのだ。お前を倒して、ここを出る。」
 「そうですか。もしかしたらと思っていましたが、この街はすでに人が避難していないのですね。それは好都合ですわ。」
 「おかげで情報を流布した意味がなくなった。先を急ぐ。遠慮はしない……!」

 リィールが降霊したのは6つの腕を持つ死霊剣士だ! 今までにないパターンに戸惑う撫子。リィールはその一瞬を突き、一気に間合いを詰めて7つの武器で攻め立てる! 攻撃の出所が不規則な上、打ち寄せる波のように引き際がない。序盤、撫子は一閃を止めるだけで精一杯だ。

 「き、軌道が……読めない!」
 「私の攻撃とともにこのまま押し切ってやる。あの糸も使わせない。」

 すでに撫子が妖斬鋼糸を打開策に使おうと考えていることまで読まれてしまっている。リズムが変わる攻撃をなんとか弾き返しつつ、撫子はなんとかしてリィールを巻かなければならないと必死になっていた。皮肉なことに必死になればなるほど、敵の攻撃も激しさを増す。じりじりと後ろへ下がる撫子は、ふと霧崎の身を案じた。結界も発動できず、さらに足止めを食っている状況で本当に救出が間に合うのか……それが撫子の心配だった。


 ずいぶん静かな繁華街の裏路地に自転車を停め、いつものようにしっかりと鍵をかける。そして右手に魔法のドリルを召喚し、いつものお決まりのセリフでドリルガールへと変身するらせん!

 「ドリルガール、フォームアップ!」

 眼鏡はヘッドセットに変形し、バーニアやショルダーパットなどが魔力で生み出される……もはやおなじみの光景だ。しかし運悪くそれを初めて見る女の子が近くにいた。彼女は変身するシーンを見ながら瞳をキラキラ光らせ、心もウキウキさせていた。そして我慢しきれず、ついに本人の目の前に出て行ってしまったのだ。らせんは思いっきり素直に驚いた。紫の髪を指輪のようなリングで飾った上品な女の子が無邪気にトタトタと走ってくるのだから。

 「おねーちゃーん、魔女っ子だー!!」
 「ああ、あああ、あのね、こ、これは遊びじゃなくって、テレビでもなくって、あの、その……」
 「さっきドリルガールって言ってた〜♪ これが変身する道具? あたしも欲しい〜っ!」
 「欲しい、って……そのね、これは16歳限定のアイテムなの。キミ、どう見てもまだ小学生じゃな〜い。」
 「じゃあ……これでいいんでしょ! ちょうだいったら、ちょうだい! 欲しいんだからいいじゃない!」
 「だからダメなものはダメ……ってあれ、キミ急に身長とか胸とか大きくなってない? しかも声変わりもしてるし……」

 少女はあからさまに「しまった」という表情をした。らせんは子どもをなだめるのに必死だっただけだから、自分が発した言葉以上の意味はない。あるわけがない。ところが相手はそれを素直に実行してしまったのだ。そう、『16歳限定アイテム』という言葉がすべての引き金になったのだ。ドリルガールはとっさに少女の正体を暴こうとサーチを始めるが、あまりにも早く結果が出た。相手は……魔女だった!

 「キミ、まさかレディ・ローズなんじゃ……」
 「ギクっ。」
 「えーっ、魔女が魔女っ子オタクなの! 信じらんない!」
 「別に信じなくてもいいわよ。でも日本はいいわね〜、魔女に人権も萌えもあるんだから。あーあ、邪魔くさい。そろそろ元に戻ろうっと。」

 自らの武器『ヴァリアブルサークル』を魔方陣として使い、『宿命との遭遇』を使って本来の妖艶な美女に戻った。ドリルガールの目の前にアカデミー最強の敵にして教頭のレディ・ローズが現れた……が、ノリはさっきと大して変わらない。むしろらせんが展開の軽さにズッコケるほどだった。

 「あなた、アカデミーに来るなら教師にしてあげる。強権発動で。」
 「あたしそんなお願いされても絶対に行かないけど……なんでいきなり教師なの?」
 「魔女っ子だから。」
 「ふつーね、そんなことしたら他の人たちから文句出ない?」
 「ノンノンノン……出させないのよ。」
 「あらゆる意味でお断りしますっ! なんか陰湿なイジメとかに遭いそうだもん!」
 「だから、教師にはそんなことさせないってば!」
 「もーっ、あたしはアカデミーを倒すのっ! 前からキミたちと戦ってるでしょ?!」

 レディ・ローズはまだまだ食い下がるつもりだったが、敵対する姿勢を明確にした時点でかわいげのある態度を一気に厳しいものへと変えた。そしてゆっくりと両腕を上げ、戦う意志を明らかにした。レディの腕の下からいくつものヴァリアブルサークルが宙に浮いている……

 「鍛えてあげるわよ……強い魔女っ子になりなさい。そしてアカデミーに、私に屈服するのよ。」
 「あたしは平和を守る! 必ず! 銀の螺旋に勇気を込めて、回れ正義のスパイラル! ドリルガール、ご期待通りに只今……見参!」
 「目映き円に込められた魔法の秘術を見た者は、生きることすら許されない……私の前口上はそんなとこかしら。」

 レディ・ローズが両腕を前に突き出すと『運命の輪舞』が始まった。ここにドリルガールと魔女の戦いが切って落とされた!


 春香と金狼との戦いはまだ続いている。しかし彼女は今まで静まり返っていた繁華街のどこかで別の戦いが始まっていることに気づいていた。そしてそれが金狼の活動をサポートするものだということを悟る。彼女はすべての元凶であるメビウスを引きずり出すために、自らの影を消し去っている自分から敢えて攻撃を仕掛けた。すると大きく金狼が後ろへ飛び退く……その瞬間、春香のつけている腰のベルトからひとつの手榴弾が転がった。もちろん彼女はうまく腰を回転させることで爆発する地点を大まかに調節している。そしてとっさに耳栓をつけ、えるもにも耳を塞ぐように指示した。

  ドガーーーーーーン!

 手榴弾は金狼の後ろで爆発した! さすがのメビウスもわずかな風を身体で感じながら驚く。

 「な、なんだ! こいつ手榴弾まで持ってるのか!!」
 「ライアットエージェントよ。音だけの手榴弾なの。ゴメンね、ホントは手渡すつもりだったんだけど……でも私、やっとあなたの顔が見れたわ。初めまして、メビウスさん。」
 「し、しまった!!」

 気づいた時にはもう遅い。爆発の瞬間、えるもがおか〜さんにしていたことを金狼中心に実行し、まんまとメビウスと霧崎を分断したのだ! 素顔を晒したメビウスがいくら霧崎の姿を探してもどこにもいない……もうすでにえるもが幻術を使っていずこかへ消えた後である。そして左の太腿の治療を天火で行っている最中なのだ。これの一連の行動はすべては母子の連携プレーだったのだ。メビウスはまるで装飾品のようなアサシンナイフを手に取り、自分でも戦う姿勢を見せる。

 「よいしょっと。耳栓も外したし、そろそろ第2ラウンドにします? それとも私を操作する?」
 「霧崎を出せぇ……殺す、殺してやる!」
 「よしつねちゃん、わたるちゃんのおともだちじゃないの? おともだち、たいせつにするの。おか〜さんもそういうの。」

 メビウスの近くにえるもが姿を現す……どうやら意識を取り戻した霧崎の言葉を聞いて、彼が自分なりにいろいろと考えたらしい。しかし、それは紛れもない事実だった。メビウスはその言葉で前後不覚に陥り、なんと子どものえるもに刃を突き出した!

 「俺は……俺はメビウスだぁぁっ! はっ、これは?!」
 「へんなおなまえなの! よしつねちゃんのほうがいいおなまえなの!」

 子どもの姿はメビウスの刃の先にはない……すでに別の場所へと移動していた。これもきっとえるもの幻術なのだろう。だが、メビウスはそれを追う。そして幻影を消そうと必死にナイフを振り回す。その必死の形相は春香の手を止めさせるほど苦痛に満ちていた。

 「由宇を……俺は由宇を助けられなかった。俺の力でも助けられなかった! 死んだんだ! 死んだんだ!!」
 「……よしつねちゃん?」
 「俺は今の世界でも救われない人間が救われる世界を望んだ。でも俺には今の社会で伸びていく力など持っていない。財力も学力も、そしててめぇが好きだった女を守る力も何も、何もぉぉぉっ!!」

 腹の底から吐き出されるメビウスの言葉はえるもの幼心にも十分響いた。あまりにも苦しい表情を見て、少年は視線を落とした。自分には何が辛いのかがわからない。わからないからどうしてもおろおろしてしまう。その視線があらぬ方向へと注がれたのをメビウスは見逃さなかった。彼は誰もいない方向へ一気に駆け出す! そう、えるもの視線から本人がどこにいるのかを察知したのだ! 春香は錯乱しているメビウスにそんな判断力はないと思って銃を下ろしていたが、再び銃を構え彼の心臓めがけて銃弾を打ちこもうとしたその時……ひとりのスーツ姿の男が軽い身のこなしでメビウスを蹴り飛ばした。思わぬ展開でとっさに銃を上にかざす春香はその男が着る濃紺のジャケットをじっくりと観察した。

 「警視庁超常現象対策本部……この現場を封鎖したのはあの人たちね。ようやくお出ましってことかしら?」
 「私は警視庁超常現象対策本部長にして警視長の里見 俊介。メビウス、お前が報告書にあったアカデミーの一員か。」
 「お前たちの存在がもっと早くいれば……由宇は、由宇は死なずに済んだかもしれない! 無能が有能を気取るからいけねぇんだよ!!」
 「白樺 義経くん。私は先ほど昔の資料で君の不幸を知った。だが、獣人化能力無理行使の現行犯は看過することはできない。話はじっくり署で聞こう。」
 「ああ……わかった。お前たちが無能なんじゃないからな。設立を渋った奴らが悪いだけだ……けっ。」

 メビウスはさっきまでの錯乱がウソのようにおとなしくなった。そしてゆっくりと里見の元へと歩を進める。しかしその瞬間、春香がふたりの間を照らすようにいくつもの閃光弾を空にめがけて撃ちまくった! すると周囲はあっという間に明るくなり、影すら見えない状況になった!

 「刑事さん、彼の能力は相手の影に入りこんで操ることよ。夜はある程度の間合いを取らないと大変よ?」
 「あ、あいつ……余計なことしやがって!!」
 「反省の色は、ないということだね。メビウスくん。」

 里見は後ろに飛び退くとホルスターから拳銃を抜き、その銃口をメビウスに向ける。金狼のボディを失った彼はすでに丸腰同然だ。小細工を弄すると春香が邪魔をするし、霧崎を取り戻すためには変幻自在に動き回るえるもを捕まえなくてはならない。そして目の前には里見警視長……もはやこの勝負あったかのように見えた。車の通らぬアスファルトの中心で彼らは動きを止めている。信号機は無意味に光り続け、ネオンがいくら叫んでも客はやってこない。静寂の中の戦いは終わるかのように思われた。ところが突然、里見の身体が後ろへ投げ飛ばされるではないか!

 「うおおおぉぉぉっ! なんだ、今の力はっ!」
 「とにかくメビウスを……はあぁぁぁっ!!」
  ババババババババババ、バババババババババババ!!

 今度は両手に機関銃を持った春香が盛大に銃弾を打ち出すが、それらはすべて青い金属に弾かれてしまった。さっきまで目の前に立っていたメビウスはもうそこにはいない。今いるのは同じアカデミーの教師の風宮 紫苑だった! 彼は『神速の脚』なる超加速の能力と『呪縛の毒蛇』なる髪を硬質化させて武器にする能力でメビウスを救いにやってきたのだ!

 「皆様、ご機嫌いかがでしょうか。私はアカデミーの教師を勤めております風宮 紫苑でございます。」
 「み、見えなかった……ぞ。いったい何が起きたんだ?!」
 「奥様、えるも様をどうぞ安全な場所へ避難させてくださいませ。只今から皆様のお望み通りの展開にして見せましょう。少々お待ち下さいませ。」
 「えるもちゃん、こっちにいらっしゃい! 早く! 時間が止まるわ!!」
 「まさかすでにメビウスは風宮なる男の影に入っ」

 時間が、止まった。
 しかしレディ・ローズは止まったはずの世界を自由に飛んでいる。もちろんヴァリアブルサークルも一緒である。そして一瞬にして彼らはオリハルコンの凶器に囲まれた。絶体絶命のピンチだ。しかもレディから春香まではサークルが空中で規則正しく並んでいる……連環の儀式の準備はすでに終わった。彼らのさらに奥にはリィールがサポートするためにこちらに向かっている。その後ろを撫子が追っているという状況だ。

 「あの女にしてやられたってわけじゃなさそうね。でも、あの女が邪魔ね。消えてもらいましょうか。さぁ紫苑、時を動かしなさい。」
 「はぁ、はぁ……時よ、動けっ!!」

 時間停止を挟んでいきなり状況が変わったことで里見もえるももすっかり混乱してしまった。しかも春香の視線の先にはレディ・ローズがいる! 彼女は右手から恐ろしいほど大きなエネルギーを保持し、それを円にくぐらせようとしていた!

 「まずはあなたからよ! 消えなさいっ、ファイナル・サバト!!」
 「この弾丸は今までの物とは違うわよ……魔術的に聖別した銀の弾丸! この環をくぐるとどうなるのかしら?!」
 「あ、あれは錬金術師の生み出した副産物! なぜあんな主婦が持ってるのよ?!」

 レディ・ローズは完全に狙う人間を間違えた。逆に春香はこの時を待っていたのだ。旦那からレディ・ローズの情報を聞かされていたので、ちゃんと『連環の儀式』対策を準備をしていたのだ! 二丁の機関銃から放たれる銀の弾丸は徐々に力を帯び、レディの放った増幅するエネルギー波をかき消しながら勢いを失うことなく突き進む! しかも弾丸は機関銃で撃っているため、その数はあまりにも多い。風宮はもう一度『時間停止』することができるが、それをしてしまうと彼はおろかメビウスまでもが使い物にならなくなる。ここさえ乗り切ればなんとかなるが、もうどうしようもない。絶対的なピンチが目前まで迫った瞬間、リィールがプテラノドンを降霊したままレディの防御に入った!

 「リィール!!」
 「おぐっ! おががががががっ、あがああははぁぁあぁぁーーーーーっ!!」

 壊れた操り人形のように身体が何度も跳ねるリィール……しかし彼女は自分の力を最大限まで高めていた。身を呈して教頭を守る直前に口元を覆うマスクを外し、『女戦士の刺青』を発動させて防御力を全開にしたのだ。だが想像を絶する力に負け、リィールは糸が切れたように地面へ倒れこんだ。彼女が背を向けたのでこの場へと急いだ撫子、そして同じようにいずこかへと逃げるレディを追ってきたドリルガールにはショックな出来事が目の前で展開された。レディはリィールの忠誠心を見て、初めて露骨な怒りを現した。

 「死になさい! 愚か者どもめぇぇぇっ!!」

 その言葉と同時に今までになく激しくぶつかり合うヴァリアブルサークル。『運命の輪舞』は今までにない速度で弾き合う。撫子は妖斬鋼糸を使っていくつかのリングを同時に括ってしまおうと懐に手を入れるが、あまりに速度が早くそれを見切ることができない。仕方なく撫子は神斬でひとつずつ渾身の力を込めて叩き割ることに専念することにした。
 ドリルガールはすでにこの攻撃にやられており、身体中に傷を負っていた。しかも今度は広範囲に、そして早さが倍増している。ひとつひとつが魔力のこもった武器であり、しかもそれ自体が細いのでドリルで貫こうにも貫けない。このドリルも魔力を帯びた立派な武器だが、安易に円を弾けばどうなるかわからない。らせんはサークルを地面に突き刺すようにうまくドリルを操作しながらその数を減らす作戦に出た。
 春香も自分たちに迫り来るリングのみに目星をつけて銃弾で壊していたが、ひとつ壊すだけで恐ろしい数の弾丸を使ってしまう。誰が見ても早い段階に弾切れになるだろうことは容易に想像できた。しかし彼女の後ろにはえるもと霧崎がいる。『次はどんな手を使おうかしら』などと気楽に考えながら、彼女も懸命に戦っていた。

 しかしアカデミーも万全ではない。すでに『時間停止』を使って風宮の力は弱っている上、メビウスはそれ以前から戦っている。このふたりの疲労も大変なものだろう。つまりレディ・ローズさえなんとかなれば、この戦いは乗り越えられるはずである。
 その時、里見が立ち上がった。彼は自ら情報収集のために着用していたネクタイピンを地面に落とし、それをすさまじい勢いで踏んで壊す。そして近くに警察関係者がいないことを確認すると、レディ・ローズを一直線に見据えて言った。

 「これだけは使いたくなかったが……仕方あるまい。変身。」

 里見が人間業とは思えないほど大きなジャンプをしたかと思うと、そのままレディの放ったヴァリアブルサークルを踏みつけたまま地面に差し込んだ。彼の姿は今までのスーツ姿ではない。彼は超常現象対策本部で所有しているといわれる特殊強化服に似た姿の戦士へと変貌していたのだ! そして超高速で迫るリングを素晴らしい動体視力でつかみ、そのまますさまじい力で握りつぶしてしまう。彼の戦う姿は勇ましく、周囲の者を奮い立たせるには十分だった。ドリルガールが、撫子が、そして春香が再び気迫のこもった攻めを見せる。
 時間が経つに連れて、形勢は逆転した。なんとレディ・ローズのヴァリアブルサークルの数が減ってきたのだ。これではいくら動きが早くても、ぶつかる回数が少ないのだから意味がない。すでに頭に血の昇ったレディ・ローズは撫子とドリルガールに向かって最後の悪あがきとも取れる『連環の儀式』を同時に発射するが、いかんせんパワーを増幅させる役割を果たすはずのリングの数が足りないので威力もスピードもいつもの半分程度だった。撫子は天女を想起させる最強の姿へと変貌し、妖斬鋼糸を編み上げた束を中央に放ち、技の衝突と同時にその光弾を消し去る! そしてそのまま神速の踏み込みから神斬でリングをすべて粉砕してしまった!

 「んあっ、くっ! この女め……!!」
 「来るのはわたくしだけではありませんわよ!」

 撫子の言葉通り、もうひとつの光弾はエンジェルフォームを発動したドリルガールが真の姿を現した魔法のドリル『次元の螺旋剣』で空間を湾曲させ、そのパワーをそのままレディ・ローズに跳ね返す!

 「ディストーション・リフレクトっ! もう一度ヴァリアブルサークルを通れば、パワーは増幅されるわ!!」
 「どっ、どいつもこいつも小賢しいマネをぉぉぉぉーーーっ!!」

 完全に冷静さを失ったレディにもはや正確な判断能力はない。再び増幅する光弾を見ながら呆然と立つ彼女は、そのままその光に吸いこまれてしまった……しかし、里見や撫子、そしてドリルガールは跳ね返した力が命中する瞬間に妙な感覚を得ていた。そう、それは完全にノーマークだった風宮 紫苑の『時間停止』である。おそらくアカデミーには逃げられたのだろう。なぜか彼らにはそんな確信があった。いや、これくらいで滅亡するような組織ではない……そう表現した方が正しいのだろうか。


 とにかく金狼の脅威は取り払った。里見は一息つくと戦闘の興奮が落ちついたからか慌てて変身を解いていつもの姿に戻ると、急に周囲への口止めを始める。

 「これは皆さんの安全を守るために私の一存でやったこと。どうぞ今回の件は胸のうちに収めておいて頂きたいのです。」
 「じゃあ私は黙ってるから、銀の銃弾で敵を叩きのめしたことは目をつぶって欲しいわ。よく考えたら今の私って捕まって当然なんですもの。」
 「それを言い出したらきりがありませんよ。わたくしも御神刀を振り回しておりましたし……」
 「まとめてひっくるめて、ぜーんぶ秘密ってことにしておけばいいんじゃない? あたしはそう思うんだけど、みんなはどう?」

 ドリルガールの提案を聞いて全員が納得の表情で頷いた。今日の戦いは他言無用ということで落ちつきそうである。しかしえるもはずっとうつむいている霧崎のことを心配していた。三角座りでぴくりとも動こうとしない彼の顔を見ようと、えるもは脚の隙間から顔を出す。すると霧崎は驚いてわずかな笑みを見せた。そして彼を膝に乗せると、ようやく口を開いた。寂しい交差点の真ん中で、彼は昔話を始めた。赤い色、緑色……いろんな色が彼らを照らす。

 「わたるちゃん?」
 「友達、いや義経がアカデミーに行ったのは……きっと同じ異能力を持つ彼女を助けられなかったからだよ。」
 「よしつね……ちゃんが?」
 「ああ。あいつが『絆』にいる頃にさ、由宇っていう娘がいたんだ。ふたりは付き合っててさ。見てるこっちが恥ずかしいほど仲がよかった。だけど、あの子は霊障が原因で肉体的な病気を患っちゃったんだ。あの頃の『絆』はいろんな能力者がいたわけじゃないし、元々は俺みたいな獣人になっちゃう子どもたちを助ける集団だったから……あいつ、すごく焦ってた。昨日のように覚えてる。でも、その頃のお医者さんにはそれを知ることはできない。それに病気した場所が気持ち悪い顔みたいに見えたりして気味悪がられちゃったらしいんだ。」

 えるもが聞いてもわかるかどうかわからない霧崎の昔話を、側にやってきた他の4人も静かに聞いていた。霧崎は彼らの存在に気づいていたかどうかはわからないが、えるもの顔を見ながら話を続けた。

 「由宇はかなり悪かった。病院をたらい回しにされてるうちにそのまま……ね。その頃からだよ。義経が『何が人権だ、何が平等だ』とか言い出すようになったのは。あいつは……あいつはきっと、そんなことを口にしながらずっと自分を責めていたんだ。そして『自分にその力があれば』って思うようになった。そして、あいつは俺たちの元から飛び出した。」
 「あたしたちにしかわからないような話ですね、それって……なんか悲しい。」
 「彼のコードネームはメビウスというそうですが、それは非力な自分を皮肉っているのかも知れませんね。メビウスは完全な円ではない。自分は、自分の理想はまだ完全ではないという無意識の意思表示なのかもしれません。」
 「えるもくんは、病気しないよね?」
 「えるも、おか〜さんたちといっしょだからびょーきしないの。いつもげんきなの。だから……わたるちゃんもげんきになって。」

 霧崎は落ちついた笑顔でえるもの頭をやさしく撫でた。嬉しそうな表情をするえるも。それを見て春香が本音をポロリと出した。

 「しかし、言ってることとやってることがちぐはぐな組織ね。何がしたいのかよくわからないわ。」
 「負傷した教師もいますし、今後はどう出てくるかわかりませんね。まだまだ油断は禁物ですわ。」
 「警視庁でも調査を進めましょう。もしかしたら何かわかるかもしれない。」
 「とりあえず子どもがいるってわかってるのに手をかけるような組織は悪者よ! 間違いないわっ!」

 ドリルガールの力説にみんなが頷いた。このままアカデミーを野放しにすることはできない。まだ戦いは続くだろう。彼らの望む世界が構築されるのか、それとも……未来はまだわからない。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】

0328/天薙・撫子   /女性/18歳/大学生(巫女):天位覚醒者
4400/彼瀬・春香   /女性/46歳/主婦?
4379/彼瀬・えるも  /男性/ 1歳/飼い双尾の子狐
3072/里見・俊介   /男性/48歳/警視庁超常現象対策本部長
2066/銀野・らせん  /女性/16歳/高校生(ドリルガール)

(※登場人物の各種紹介は、受注の順番に掲載させて頂いております。)

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■         ライター通信          ■
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皆さんこんばんわ、市川 智彦です。今回は「CHANGE MYSELF!」の第10回です!
この異界をここまで続けられたのも皆さんのおかげです。本当にありがとうございます!
そして今回の内容は次回以降へと続く伏線がたくさんありますね〜。終わる気ないです。
久々にクールなシーンもありますので、皆さんも楽しんで読んで頂けたら幸いです。

えるもちゃんもいつもありがとうございます〜。今回は第8回の思い出と共にですね。
子どもだからとかじゃない、えるもちゃんのしっかりした思考の軸を中心に書きました。
この年の子どもを書くのって好きなんですよ。だからなんかほっとしちゃいます(笑)。

今回は本当にありがとうございました。アカデミー総出演ができて楽しかったです!
また次回の『CHANGE MYSELF!』やご近所異界、通常依頼などでお会いしましょう!