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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


インビジブル・マーダーズ

●プロローグ

 ――――その視えないアサシンたちは“影”と恐れられた。

 常に4人一組でチームを組み、己の姿を完全に消し、確実に依頼を果たす。
 まるで性質の悪い怪談のように笑えない話だ。


「そ。依頼成功率100%。完璧にして伝説の暗殺者集団よ」
 アトラス編集部のデスクで、碇麗香はいつになく深刻そうに語る。
 編集部に呼ばれた剣の女神の巫女、鶴来理沙(つるぎ・りさ)は身をこわばらせ、恐る恐る切り出した。
「それで御用というのはなんですか‥‥?」
「狙われてるのよ。困ったことに」
「‥‥‥‥」
「つまりその賊を捕らえてほしいのよ。お手伝いはどれだけ頼んでもいいから、後顧の憂いも断ってくれたら嬉しいわね。さらにその様子をレポートして記事にもまとめてくれたら最高よ」
 自分が狙われていても記事にしようというその思考回路もとい編集者魂に、理沙は色んな意味で感心した。
 いやこれって感心とかそういうものを超えているかもしれない。
「あの、話を聞いている限り、見えない暗殺者だと」
「視えないのよ。比喩ではなくて本当に――いわゆる透明人間ね。チームを組んでる以上、それぞれが役割を担っているのかもしれないけど、全員が姿を消せる能力者であることはたしかよ」
 うわ‥‥理沙は内心、絶句した。
 厄介な依頼になりそうだ。
「で、でもそれって確証のない噂ですよね!?」
「それはそうよ。出遭ったが最後――その人は死んでしまうんですもの。命を奪われてね」
 完璧なるマーダーズカルテット。透明人間の暗殺者。
 これは本当に怪談だ。

 暗殺者は影。
 はたして超常能力者たちは、我らがアトラス編集長の命を守ることができるだろうか。



● 視えざる敵

 高層ビルディングの宿泊施設に麗香はいた。
 できるだけ照明をつけた室内は、僅かな異変も見逃さないよう眩しいくらいだ。麗香は数日、このホテルの一室にカンヅメにされながらの生活を送っていた。
「ああもうウンザリよウンザリ! 早く襲いに来なさいっていうのよ!」
「気持ちはわかるよ‥‥でも、後少しだけ辛抱してくれませんか? 麗香さん」
 施祇 刹利(しぎ・せつり) が麗香の我侭に付き合いながら困ったようになだめる様子を、鶴来理沙は離れた場所から眺めて、思わず微笑を浮かべてしまった。
 口元がゆるんで、ふとそんな自分に気づいた理沙は驚きを隠せない。そういえばここ最近、安心して笑っていないからだ。
「そうですよね‥‥いつ襲ってくるともわからない敵を相手に、神経が張りつめていましたから‥‥」
 正体のわからない未知の敵に狙われているという状況は精神に激しい磨耗を強いる。刹利は、そんな困難な依頼を引き受けてくれた能力者の一人だ。
 過剰付与師――別名を滅華師という。
 滅華師はあきれたように溜息をついた。
「‥‥‥‥この状況どうしようか?」
「とりあえず食事でしょうかね。腹が減ってはなんとやら、とも言いますから」
 青い宝石を埋め込んだ黒手袋をしている男性がすっとタイミングよく適切な対応を提示した。
 シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい) ――ダンディーな容姿の42歳だが高校生にしてびんぼーにん。
 全ての稼ぎは高価な服代や余計な物に費やされていくという‥‥。
「そういえばお腹がすいたわねえ」
 ぐ〜。
 奇妙な音が響き渡った。
 敵襲か!?
 ‥‥‥‥。
「なに? 今の――」
 ぐ〜‥‥
 また聴こえる謎の音、一斉に全員が振り返った先には――――シオンがいた。
「奢って下さい‥‥」
「そんなにお腹鳴らして、戦いに差し障るでしょ。ほらほら、席につきなさい」
「は、ハイッ。それはもうよろこんでッ」
「気にしないで。その分、暗殺者との戦いにしっかりがんばってもらうわよ」
 そう言って料理を準備させる麗香に、シオンはよろこんでテーブルにつく。麗香に付きっ切りだったせいもあるのだろう。気が抜けて刹利と理沙はソファに倒れこんだ。
 丁度見張りから戻ってきた 明智 竜平(あけち・りゅうへい) が苦笑した。
「いくら警戒が必要だって気が張りすぎだろ。もうちょっとリラックスしたらどうだ?」
「そうだね。人がどれだけ視覚に頼っていたが実感するよ。ただ、なぜ姿が見えないのかを考えると‥‥」
 刹利の呟きに竜平はうなずく。
 襲撃者は透明な人間――ただ、透明という表現は正しくないかもしれない。姿が見えないからといって、体を透明化させているか認識させないだけなのか、その手段は確定できていないからだ。
「姿を消すといっても色々あるからな。超能力、光学迷彩、催眠術で相手に自分の存在を認識させなくする‥‥」
「物騒なお話ですねぇ‥‥」
 とひょっこり現れて、同じく見張りを行っていた 白神 琥珀(しらがみ・こはく) が顔を出した。
「あっ、琥珀さん、敵の様子ってつかめましたか?」
「いえいえいえ‥‥残念なお話ですが、今のところはまだ怪しい気配はありませんからねぇ」
 琥珀はのんびりとした口調で答えた。白い着物という出で立ちの放浪人にして、天上界より降りてきた仙人――それが琥珀だ。特に、仙術で敵の『気』を感じられる琥珀の能力は非常に貴重だといえる。
 また、竜平は都内の某私立高校に通う生徒だが、怪奇事件に縁がないわけでもない。この2人を加えた計5人が麗香の護衛である。
 困ったように竜平は腕を組む。
「異常無しか。どんな手を使ってるにしても、手強いのは確かだよなぁ」
 考え込む竜平の姿に、理沙はふと思い出す。それはまだアトラス編集部で対策を練っていた時のこと。発言の席で竜平が述べたあの言葉。
「せめて相手が近付いてきたらそれに気付ける場所に編集長をかくまって敵を迎え撃ちたいな」
「でも、場所といわれてもどんな?」
「例えば、高層ホテルの常時ドアを閉めた一室か」
 だから今、麗香たちはこの場所にいる。

 東京というネオンの海に浮かぶ巨大な搭――――銀座ミラージュ・ヒルズ。

 東京の新名所・西銀座ミラージュ・ヒルズ。
 全面ミラーコーティングされた硝子の搭は、銀座の新開発指定地区に巨額の費用を投じて建造された超高級ビルディングである。霊的な立地条件がいいのか、最近では最上階にドッペルゲンガーが現れるだとか満月の夜に狼がはいかいするなどと早くも様々な怪談を作り出してはいるが、ひとまずそれは関係ないだろう。
 地上に輝く光の海を見降ろしながら予約された一室‥‥ここが視えない暗殺者たちに対する抵抗の砦となる。

 ――――カランカラン――――
 む! とくわえたスパゲティを飲み込んでシオンが顔を上げた。この音は、シオンの仕掛けた鳴子によるトラップの音。
 コップの水を飲むと不敵に笑うシオン。
「ようやくお客さんが御登場のようですよ」


● 闇の世界

 麗香たちはかねてより予定していたように行動を始めた。この隠れ場所が割れたのなら、敵は何らかのこちらを探知する術を持っているのだと考え、そういった能力があると想定しながら対応する。
 この場合は、麗香を守るチームとアサシンを積極的に探し出すチーム、二手に分かれての行動であった。
「さっきの鳴子も、案外、わざと鳴らしたのかもしれませんねぇ」
 独り言のような琥珀の呟きを刹利は聞いた。
「確かに、それは十分考えられますか。現にあれ以来、鳴子や他の警戒装置に引っかかった様子はまるでない――でも、どういうメリットがあるのでしょうか」
「まあ、あれでしょう‥‥つまりは何も闇雲に不意をつくだけが奇襲ではありませんから‥‥こちらが相手は姿が見えないとわかって備えていると知っているのなら、素直に予想しているような不意などをつくよりは、こうして攻撃を報せたほうが意図の撹乱ができますしねぇ」
 飄々と答えながら琥珀は『気』を探りつづけた。
 探し出すチームといわば攻撃的なポジション。琥珀、刹利、理沙がこのチームを組んでいる。
 麗香の警護についているのは竜平とシオンのチームだ。
「意図の撹乱、ですか‥‥?」
「‥‥そう、見えない自分たちの存在を垣間見せることで、敵はこちらの恐怖心を煽り立てている。心理的なプレッシャーという攻撃をかけてきたんだ」
 それなら、と刹利は思う。敵の攻撃にボクたちが先んじなければならない。
 刹利は要所となる部屋にいくつかの仕掛けを施していた。
 フタがなく表面が固まりかけてる接着剤を多数用意して、砂利を敷きつめた『ゾーン』を作り上げた。網目状に接着剤を撒いておき、線が全部つながるようにして、動ける足場には軽く砂利を撒くのだ。これが刹利の作り出した対暗殺者用の結界である。
 そういえば琥珀さんは『気』を探っているそうだけど‥‥気になった理沙は質問してみた。
「ところで、琥珀さんは相手を探れるそうですけれど――それってどのような感じですか?」
「そうですね‥‥見えない相手に対して仙術による『気』を感じることが出来れば、大まかな位置・行動は視ることが出来るでしょう」
 ですが、といって琥珀は困ったように唸る。
「‥‥どうやら、相手は自身の『気』に一定の陰行を施しているのかも‥‥これは手間になりそうですよ」


 シオンはどことなくぼーとした麗香に話しかけた。
「ひょっとして睡魔ですか? これだけ緊張状態がつづいているのですから――」
「ああ、違うわよ。なんていうか編集作業の進みが気になってるのよ。もうこんなことに関わっている場合じゃないのに、はぁ」
 自分の命と仕事、どちらが大切なのだろう。あるいはそれだけ護衛の力を信用されているのかもしれない。
 竜平は少し離れたテーブルでコーヒーを飲んでいる。
「こちらのホテルから指示を出して仕事はしていたのですから、安心されてはいかがですか」
「あのねえ、編集っていうのは現場が命なのよ。こんな離れた部屋でチェックした原稿に魂なんてこもらないわ、ああもう」
 麗香の機嫌が悪くなってきたようだ‥‥。
 シオンは話を変えてみる。
「そういえば、アサシンは4人組とのことだが、1人でも欠けたら透明な姿は成立しないのでしょうか?」
「そこはまあ出たとこ勝負の一か八かね。とにかく今後のためも考えて全員やっちゃってくれると助かるかしら」
 ずっと様子を見守っていた竜平だが正直、苦笑するしかない。暗殺者たちもよくまあこれだけ恐ろしい女傑を敵に回したものだ‥‥と、いまだ見ぬ敵に同情する。
「ところで麗香さん、今のうちに訊いておきたいのですが、こうまで狙われるお心当たりはありませんか?」
 お、と竜平は反応した。その質問には彼も興味があったところだ。
「さあね、どうかしら。心当たりがないんだけど‥‥あるとすれば先々月辺りだったかにやった透明人間特集くらいだしね。こっちが不思議なほどよ」
 竜平はつい口を突っ込んだ。
「透明人間特集? それはどういうものなんだ?」
「そんな大層なものじゃないわよ。あの時はネタがなかったから、まあ透明人間が実在した場合のいろんな困った状況や想像される話を集めた記事だけど。現実的な検証ってやつよね」
 ――――とても、悪い、予感がする――――。
「具体的には‥‥」
「うぅん、例えば――全裸で歩いているのでストーリーキング願望があるんじゃないかとか、真冬も全裸で歩いているならマイナス何度まで行動が可能なのかとか、見えないとはいえ裸を晒しているんだから変態の可能性が高いとか――」
 それだ――――
 竜平とシオンはどよ〜んと両手をついて突っ伏した。そんな理由か。そんな理由で命を狙われるのか。動機もあれだが、それでも命を狙わざるをえなかった暗殺者たちの気持ちを思うと同情しない気持ちが芽生えなかったといえば嘘になるかもしれない‥‥。
 今の話は聞かなかったことにしよう。
 二人は固く決意する。
 なぜなら、命を賭けた戦いにおいては一瞬の気の緩みが命取りになりかねないのだ。
 二人が気を引き締めたのと、透明な暗殺者たちが攻撃を開始したのはほぼ同時だった。


 アサシンたちは修羅場の駆け引きに長じている。一瞬の侮りが死につながる。

 空中を不自然な「色」が漂っていた。
 透明なアサシンに付着したカラーペンキだ。その色は、ゆっくりとだが、確実に麗香に迫り、もうすぐ手の届く場所にまで差し掛かる。
 だが、ピタリとアサシンの動きが止まった。
 麗香の側の部屋の隅に、何かいる。何かが座り込んでいるのだ。
 透明人間に対抗して、シオンは部屋の隅で正座をして影を薄くして自分の存在を消していたのだ。
 謎のカラーペンキとシオンの目が合う。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
 カラーペンキとシオンはしばし見つめあった。いや実際は見えないのだが。
「ははは! よくぞこの私に気がつきましたね!」
 立ち上がるシオン。
 というか髭のダンディーがそんな正座していたら誰でも気がつくだろうが! とアサシンの心の声が聴こえてきそうな空気も読まずに、シオンは麗香に語りかけた。
「これが実物のようですが、本当に透明人間になれるのでしょうか。透明になれたとしても目が見えなくなるとは聞いたことがありますし‥‥」
「とりあえず感想だけど、スクープにするにしても予想以上に安っぽいわね」
「見たら死ぬ、という噂の確証はありませんが、霊体とか高速移動ができるとか光学迷彩という可能性はあるでしょうか‥‥」
 無視されつづける暗殺者は、痺れを切らして強行突破に出た。麗香へと襲いかかる。
 しかし、その間には盾のようにシオンがそこに立っていた。
 消火器のノズルを向けながら―――
「ああ、ただ霊体は困りますか。私、こう見えても幽霊は怖いものでしたら苦手なんですよ」
 アサシンに噴きかけられる白い消化剤。構わずナイフを振り下ろそうとしたが、なぜか体が動かなかった。その体には、消化剤で可視化された部屋中から伸びる細い糸が絡まり、拘束していた。
 室内にはっておいた透明なテグスのトラップを発動させていたのだ。
「相手がプロなら引っかかるか不安でしたが、杞憂に終わったようですね」


「つかみましたよ‥‥」
 あなたがたの『気』を――――
 白神琥珀はすっと気配すら見せずに片手を上げた。
 人には知覚できない空間が動いた。
 その手に握られているのは、人には視ることも感じることもできない鋭利な暗殺用ナイフ。
 だが、琥珀は人ではなかい―――仙人だ。
 暗殺者を巡る気の流動がそのまま体の動きそのものとなって琥珀には感じられる。視えていなくても見えているも同然。手にある金の気の突きを軽く避けた。暗殺者は凪、払い、卓越した高度なナイフ捌きを見せる。
 しかし、まるで風に揺れる木の葉のような琥珀の体術に、ナイフはかすり傷さえ与えられない。
「なるほど‥‥これですか?」
 ちょん、と背中辺りを軽くなでただけで、アサシンの一部が爆発した。彼のつけていた何かの装置が破壊され、火を吹いたのだ。
 同時に、黒い衣服を全身に纏った人影が空間から徐々に浮き出てきた。
「――――グッ、まさか‥‥!!」
「おやおや、これは変わった機械カラクリですね。魔力、霊力といった超常の力を変換して自分の存在を消す道具ですか‥‥『気』に対する隠蔽も施されているとは、これはたいした仕掛けです。ふむ、さしずめ人間たちの言葉を借りるなら、霊力迷彩とでも呼べばよろしいのでしょうか」
 くッ、とアサシンは低いうめきをもらした。自分たちの能力の核心を丸裸にされてしまったのだ。生かしてはおけない――しかし、このまま戦って勝てる要素はない。暗殺のプロの判断として大きく飛びのき逃走体勢に入る。
 開いた距離に琥珀は、やれやれと溜息をついた。

「氷雪花乱」

 一言だけ唱えた言詠は遠くに走るアサシンを吹雪で包み込むと、一瞬にして氷の柱に閉じ込めてしまった。
 暗殺者は、術を解かれない限りもはや指1本動かすことはできない――――。


 竜平は一心に空間を凝視する。
 本体は見えなくても気配のようなものは見えないか、痕跡は、手掛かりは、とにかく相手を把握する切っ掛けが必要だ。
 すぐ側には麗香がいる。
 自分が突破されたら、彼女の命は奪われたも同然だろう。
 不意に、どこからともなく声が聴こえた。
 ―――どうやら、貴様には私の居所がつかめないようだな―――
 敵は隆平を見切ったようだ。
 こうなると展開としてはまずい。竜平に警戒の価値を認めなくなった瞬間、暗殺者は攻勢に出るだろう。手もないまま、勝負は一瞬で決まってしまう。

 ―――貴様は女を守れない。そこで、死んでいく女をただ見ているがいい―――

「ホテル内なら誰でも知ってるものがある。あんた等にはわかるかな?」
 竜平の余裕すら感じさせる声に、暗殺者は戸惑った。だから、彼に行動をとらせる前にアサシンは自分から動き反撃の隙を与えない。
 だが、襲ってきたと分かった瞬間、竜平は天井の消火用スプリンクラーを壊した。
 ―――な、何!?―――
 大雨のように降り注ぐ大量の水。一帯に撒き散らされるシャワーの中で竜平は目を凝らし、一心不乱に「それ」を探した。
「敵が透明なら、降り注ぐ水の流れが敵の所だけ消えるだろうし、不自然なその箇所では表面を水が伝うように見えるはずだ」
 バシャ! 水の中を走る音。暗殺者が失踪したのだ。殺すのが早いか捕まるのが早いか――
 これが俺のやり方だ。
 竜平は暗殺者に向かわず麗香を突き飛ばす。そんまま、麗香のいた場所からカウンターで拳を放った。
 グシャ、という手応えと共に、送れて向こうの壁面に大きく何かがぶつかる音がして、青白い火花を吹きながら黒衣の男の倒れた姿が浮き出てきた。
 刹那の差で竜平が勝った。
 麗香を助け起こしながら倒れた暗殺者に向けて呟く。
「まあ、正直なところ、これは苦し紛れだったんだけどな。的外れな読みだった場合を想像すると、正直冷や汗物だ」


 空間には光は満ちていて、視えないものなど何もない。
 しかし、最も視たい対象こそが見えない場合、光は意味をなさないのだ。本来、見えなければならないものが視えない状態におかれている時、人は闇にいるのと変わらない。どれだけ光が満ちようとも、光の溢れる闇の中に麗香たちは今、置かれている。
 白い闇という檻が非情にも獲物を追いつめる。

 集中するんだ。
 刹利は意識を鋭利に研ぎ澄まし、全神経を床に撒かれた砂利の動きと張り巡らされた粘着性の糸に集中させた。
 ここは、麗香たちの場所に行くためには通らなければならない場所だ。いくら姿を完璧に消して透明になろうと、体という物質として移動している以上、移動体としての痕跡は必ずどこかに残される。それを確認できる準備は施してあるのだ。
 ――――後はただ、その痕を見逃さないだけ――――。
 投げつけたのは、耐用年数の過ぎた防犯カラーボールだ。いくつものカラーボールが壁で弾けて、極彩色豊かな蛍光の彩りを描いていく。鮮やかな彩りの液が一帯に広く飛び散
った。
 過剰付与師とは、触れたモノの特性を限界以上にまで引き上げる過剰を付与する者だ。液体の飛び散り方も異常なまでに広がっている。
 ――――ピシャ!!
 突然、何もない空間でボールが爆ぜた。
 飛び散った赤色の液は、どろりと滴り、人の形を作っていく。
「どうやら一人はヒットできたようだね」
 笑みを見せる刹利に、グッとくぐもった声を零して暗殺者は逃げようとした。だが、動揺のためかその体の一部に粘着の糸が付着している。刹利によって粘着性を強化された糸が。
「なにも接着剤の糸は場所を探るためだけのものじゃないんだ」
 くん、と手元の糸を揺さぶり張り巡らせた糸に振動を伝える。粘着の糸は途端に視えない暗殺者の全身を絡めとり、完全に封じて身動きを一切許さない。
 足元に転がったアサシンを見降ろすと、そのまま床の砂利を確認する。いくつかの足跡がホテルの奥へと向かっている。
「これで他の暗殺者にも多少は目印が付着してくれたらいいな。‥‥小細工しか出来ないけど、お手伝いにはなったかな?」
 飛び散って手についた着色液をハンカチで拭った。
「ボールの液はそのうち消えるけど、味方にも飛ぶのが‥‥」
 といい終わる前に、案の定べっちょりと蛍光色の液体をかぶった理沙が、恨めしそうに無言の抗議を送っている。
「‥‥‥‥‥‥‥‥怒られそう、だね」
 と苦笑しながら刹利は言い訳を考えることにした。

                             ○

 こうして、インビジブル・マーダーズは全員が拘束された。
 あらかじめ手配されていた怪奇事件関係の警視庁刑事に引き渡され、こうして事件は一件落着をみる。
 しばらくして、やっとスプリンクラーの放水が止められ、事態が収集の兆しを見せ始めた。
「で、これからどうする?」
「まずは熱いシャワーを浴びたいかな。それからぐっすり寝たいです‥‥」
 理沙の言葉には誰もが頷くところだった。どうやら久しぶりに見えざる殺意と無縁の夜を過ごせそうだ。
「相手が見えないだけで、こんなにも神経を消耗するだなんて思いませんでしたから‥‥」
「勘違いしないで欲しいわね。こんな暗殺者なんか締め切りに比べれば何百倍もかわいいものよ」
 髪をタオルで拭きながら、快活に言い放つ麗香。そのまま全員に向かって片手を上げてみせた。
「あ、それじゃ私はちょっと仕事に戻るから。後で報告のまとめを記事風に仕上げてお願いね。報酬はその時に支払うから。では今夜はご苦労様、それじゃね」
 そういって取る物もとりあえずアトラス編集部のある白王社へ戻っていく麗香の後ろ姿を、皆は感心して見送るのだった。
 ‥‥碇麗香、恐るべし‥‥。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3356/シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)/男性/42歳/びんぼーにん+高校生+α】
【4056/白神 琥珀(しらがみ・こはく)/男性/285歳/放浪人】
【4134/明智 竜平(あけち・りゅうへい)/男性/16歳/高校生】
【5307/施祇 刹利(しぎ・せつり)/男性/18歳/過剰付与師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雛川 遊です。
 シナリオにご参加いただきありがとうございました。
 暑くなってきましたね‥‥。スコールのような雨が各地で降ったりと本当に温暖化が心配になります。とかいいながら暑さはまだ許せても汗と蚊だけは許せません! このうっとうしさがなんとも困ったもので、負けないようにスタミナをつけたいと思います。

 それでは、あなたに剣と翼の導きがあらんことを祈りつつ。


>シオンさん
なんだかギャグ担当を任せてしまったような‥‥すみません(汗)
>琥珀さん
透明人間探知能力は若干のタイムラグを入れさせていただきましたー。
>竜平さん
スプリンクラーの後始末代はどこに請求されるんでしょうね。ふふ。
>刹利さん
理沙の好感度が−1に。後でご機嫌を取ってあげてください(笑)