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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


もらったリンゴ =瀬名雫の場合=

【オープニング】
 土曜日の夕方のこと。
 いつものネットカフェで時間を過ごした雫が、家へ帰ろうとしているところに、妹尾静流が現れた。手には、何やら紙袋を抱えている。
「ああ、雫さん。いいところで。これ、もらってくれませんか?」
 言って彼が見せた袋の中身は、よく熟れていい香りを放つリンゴだった。
「うわ〜。いい匂い。でも、いいの?」
 歓声を上げた雫が、問い返す。
「ええ。知り合いにもらったんですが、私一人では多すぎて……」
 うなずく静流に、雫は諸手を上げて喜ぶ。
「わーい。ありがとう。……でも、重そうだね。うちまで運んでくれる?」
「いいですよ」
 静流は、苦笑してうなずいた。
 やがて、自宅までリンゴの入った袋を運んでもらった雫は、さっそく台所で中身をテーブルに開けてみる。リンゴは全部で、九つもあった。
「う〜ん。よく熟れてるから、食べるの早い方がいいよね。せっかくもらったのに、腐らせちゃったら、もったいないし……」
 しばしそれを眺めて思案顔だった雫は、ふいにぽんと両手を打ち合わせる。
「そうだ。友達誘って、これでお菓子を作ろう。明日は日曜だし、ちょうどいいよね」
 テーブルの上のリンゴをそのままに、彼女はポケットから携帯電話を取り出すと、あちこちへ電話をかけ始めるのだった。

【何を作ろうか?】
 翌日の日曜日。
 三雲冴波は、前日に約束したとおり、昼過ぎに雫の自宅を訪ねた。
 その彼女を出迎えたのは、雫と綾和泉汐耶の二人だ。
 汐耶は、二十二、三歳というところか。長身でスレンダーな体型の上に、短い黒髪と銀縁メガネにパンツスーツという姿で、華奢な青年とも見える。
 台所のテーブルの上には、彼女が買って来たらしい材料が並んでいた。生クリームにイチゴジャム、メイプルシロップにサワークリーム、白ワイン、そしてサンドイッチ用のパンとミカンの缶詰、というラインナップだ。
 それを見やって、冴波は軽く眉をひそめる。
(何を作るつもりなのかしら?)
 思わず胸に呟く彼女自身も、途中でスーパーに寄って、冷凍パイシートとシナモンパウダー、チョコレート、卵、バターといった材料を買いそろえて来た。
 それらの詰まった袋をテーブルの上に置いて、彼女はそこに並べられたリンゴを見やる。
「これがもらったリンゴ? よく熟して、美味しそうね。……それで、何を作るの?」
「冴波ちゃんが来てから決めようってことで、まだなんだ」
 リンゴの感想と共に尋ねた彼女に、雫が返した。
「冴波ちゃんは、何がいい?」
「私は、アップルパイを作ろうと思っているんだけど」
 問われて、冴波は言う。そして、バッグの中から昨日、ネット上で見つけて印刷しておいた、アップルパイのレシピの紙を取り出す。
「一応、レシピも調べて来たの」
 テーブルに広げたその紙を、雫と汐耶が覗き込んだ。
「あら、可愛い」
 声を上げたのは、汐耶だ。その紙には一緒に出来上がりの写真も印刷されていたのだが、それで見る限り、パイは半月形で、大きな餃子といった感じだった。
「丸く型抜きしたパイシートで、具を餃子みたいに包むようになっているのよ。だから、全員で手分けして作業ができると思って」
「可愛いし、いいよね。じゃ、これに決まり!」
 冴波が言うと、雫が大きくうなずく。そして、更に訊いて来た。
「他に何かない?」
「ジャムもいいんじゃないかしら。冷蔵庫に入れておけば保存もきくし、スコーンやパンに塗っても美味しいしね」
 冴波は、少し考え答える。途端、雫の顔がパッと輝く。
「それいい、賛成! あたしね、前に静流ちゃんから、ちょっと変わったリンゴジャムのレシピを教えてもらったことがあるんだ。じゃあ、ジャムはあたしが作るね」
「ええ」
 うなずいて、冴波はさっきからあまり口を挟まない汐耶を、少し心配げに見やった。
「綾和泉さんは、何か作りたいものないですか?」
「そうね。……二人がパイとジャムを作るのなら、私はコンポートにしようかしら。それと、フルーツのサンドイッチもどうかなと思って、材料を買って来たんだけど。皮は、アップルティーにしてもいいかもしれないわね」
 問われて答えると汐耶は、笑って付け加える。
「あまり考えないで、いろいろ買って来たから、必要なものがあったら使って下さいね」
「ありがとう。私の買って来たのも、使ってもらっていいですよ」
 言いながら、冴波は自分の買って来たものをテーブルに広げた。
 それを見やって雫が、冷蔵庫の中からまだ何か取り出して持って来る。彼女がテーブルに置いたのは、砂糖とレモン、それに一本のバナナだった。
「このバナナは、昨日のあたしのおやつの残り。サンドイッチに入れると美味しいよね」
「そうね。じゃ、作るのはアップルパイとジャムとコンポート、それにフルーツのサンドイッチに決まりね」
 汐耶が笑ってうなずき、確認するように告げる。
「うん。それに決まり」
 雫は大きくうなずいた。そして。
「じゃ〜ん!」
 雫が効果音入りで取り出したのは、胸元に赤で何やら怪しげな漢字らしき文字と五芒星がプリントされた、濃紺の割烹着だった。
「この間、ネットオークションで競り落としたんだ。かっこいいでしょ〜」
 見て見て、と言わんばかりに割烹着を突き出されて、冴波は思わず汐耶と顔を見合わせた。
「い、いいんじゃない?」
「そうね」
 幾分、引きつった笑顔で言う汐耶に、冴波もとりあえずうなずいてみせる。そして、話題を変えようと、バッグの中からそそくさとエプロンを取り出した。彼女のは、生成りのデニム地のもので、胸元に小さく赤いロゴが入っている。
「そろそろ、始めませんか?」
「そうですね」
 汐耶もホッとしたようにうなずいて、同じくバッグからエプロンを取り出す。こちらは、飾り気のない黒のシンプルなものだった。
 二人の反応に、雫は小さく唇を尖らせたものの、すぐに機嫌を直してエプロンをまとうと、元気よく宣言する。
「じゃ、お菓子作り開始だね!」

【リンゴを煮よう!】
 冴波たちが最初にすることは、当然といえば当然ながら、まずはリンゴの皮を剥くことだった。一旦、テーブルの上の材料を、台所にあった小さなワゴンの上に移した後、三人はテーブルの上に薄い塩水を入れたボールをいくつか用意し、椅子に腰を下ろして、それぞれ皮剥きの作業に入った。
(リンゴの皮を剥くのも、けっこうむずかしいわね)
 あまりこういうことが上手ではない冴波は、少しだけ苦労しながら、剥いて行く。皮も捨てずに利用するため、こちらも剥き終わったら塩水の中に放り込む。塩水は、色が変わるのを防ぐ効果があるのだった。
 皮剥きが終わると、リンゴをそれぞれ用途に合わせて切り分け、芯を取る。
 ちなみに、アップルパイには二個あれば充分だ。リンゴは煮詰める必要があるので、薄くスライスする。
 コンポートも同じく二個で充分らしい。自分の作業をしながら、冴波がちらと見やると、汐耶は二つのリンゴをそれぞれ八等分づつ、つまり十六切れになるよう切り分けているところだった。
 一方、雫はサンドイッチ用のだろう。一つを残して、後の四つを全部薄くスライスしている。
 それらが終わると、いよいよ作業開始だ。
 パイの中身とジャムは、煮詰めるのに時間がかかる。ここのガスレンジは二口しかないため、先にパイの中身とジャムを作ってしまうことになった。
 冴波は、改めてレシピを読んで頭に入れると、まずは砂糖とバターの分量を量って取り分け、それから手順どおりに鍋にスライスしたリンゴと砂糖、シナモンパウダー、バターを加えて火にかけた。沸騰して来たところで弱火にしてフタをし、二十分間煮る。時間は、念のためにと、キッチンタイマーを用意して来たので、とりあえずそれを仕掛けておく。
 そこまでやって、冴波はふと、隣で雫と汐耶が作っているジャムの鍋の方を見やった。こちらもフタをして煮ているが、透明なので中身が見える。が、そこにはリンゴの実の他に、何かお茶のパックのようなものが入っていた。
「それは何?」
「リンゴの皮だよ。こうして煮るとね、ジャムが赤くなって、きれいなんだって」
 思わず尋ねた冴波に言って、雫はフタを取ると、お茶のパックを手にした木ベラで軽く押した。と、中から赤い汁がじわっとあふれ出て来る。
「すごいわね」
 その色に、冴波は思わず目を丸くして言った。
 アップルパイの方は、ただ二十分間煮続けるだけだが、ジャムは細かい手順があるらしく、フタを取った後は、雫と汐耶が交互に皮から赤い色を出しながら、リンゴの実をつぶし、混ぜながら煮ている。
 ほどなく鍋の中のリンゴの実はほどよくつぶれ、同時に赤く染まった。
(……なんだか、リンゴジャムじゃないみたいね)
 冴波は、ぼんやりとそれを眺めながら思う。それは、雫や汐耶も同じだったのだろう。
「うわ〜、真っ赤だね」
「ちょっと、リンゴジャムに見えないわね」
 などと二人で声を上げている。
 その声を聞きながら、冴波は自分の鍋を見やった。こちらもフタは透明なので、中身が見えるようになっているのだ。鍋の中では、リンゴがほどよく形を残しながら、小さな音を立てている。リンゴの実から水分が出るため、鍋が焦げつく心配はない。
 そうこうするうち、キッチンタイマーがエプロンのポケットの中で、小さな音を鳴らし始めた。
 冴波はそちらを止めて、鍋のフタを取り、今度は水分を蒸発させるために、中火にして焦がさないよう、中身を木ベラでかき混ぜ始めた。
 やがて水分が全部なくなったところで、彼女は火を止めた。
 隣を見やると、こちらもジャムが出来上がったようで、雫が火を止めたところだった。あたりが、なんともいえない甘酸っぱい匂いで一杯になる。
(なんだか、幸せな気分になる香りね)
 ふと胸に呟きながら、思い出して冴波は雫に声をかけた。
「そこの袋の中に、ジャムを入れるのにいいと思って、私が家から持って来た瓶がいくつか入ってるわ。なんだったら、それを使って」
「瓶まで用意して来たんですか?」
 ちょっと驚いたように、汐耶が声を上げる。
「ええ、まあね」
「冴波ちゃん、用意いいんだね。じゃ、遠慮なく使わせてもらうね」
 うなずく冴波に言って、雫はさっそくワゴンの上の紙バッグをテーブルの上に持って来ると、中の瓶をテーブルの上に並べた。瓶は全部で四つある。
「瓶に詰めるのは、冷ましてからね」
 汐耶が言うのへ、「うん!」と雫は大きくうなずいた。
 それを見やって、冴波は二人に声をかける。
「私の方も、中身が出来たわ。パイシートに包むのを、手伝ってくれる?」
「了解!」
「どんなふうになるのか、楽しみね」
 飛びはねるようにして叫ぶ雫に、笑いながら汐耶もうなずいた。

【アップルパイの仕上げ】
 まずは、室温で解凍状態になった冷凍パイシートを広げ、丸く型を抜いて行く。
「最後に溶き卵を塗って焼くんだけど、その前の状態なら、冷凍保存が可能らしいわ」
 その作業をしながら、ふとレシピに書いてあったことを思い出して、冴波は言った。
「それなら、作れるだけ作って、オーブンの天板に載らない分は、持ち帰るというのも、いいですね」
 汐耶がちょっと目を輝かせて言う。先程三人で少しだけ、煮たリンゴの実の味見をしたのだが、それがけっこう美味しかったためだろう。
「あたしも賛成!」
 雫もうなずいた。
 そこで三人は、せっせとパイシートを丸くくりぬいて行く作業に没頭した。
 それが終わると、今度はそれで中身を包むのだ。シートにリンゴの煮たのと刻んだチョコレートを乗せ、周囲に溶き卵を刷毛で塗る。それを二つ折りにして、指でしっかりと端を押さえて止め、最後に水で溶いた溶き卵を全体に刷毛で塗って、ナイフで上に少し切り込みを入れて出来上がりだ。
 リンゴの分量を加減しないと、二つ折りにした時にうまく端が止まらないなど、やや難しい部分もあるが、パイは三人の手の中で、それなりに形になって行く。
 やがて、全部を包み終わると、天板に載るだけ乗せて、百八十度に温めたオーブンに入れて、四十分ほど焼けば、出来上がりだ。
 残った分は、帰る時まで、ここの冷蔵庫の冷凍室に入れておくことにした。
「パイシートの残ったの、どうしましょう?」
 アップルパイが一段落して、汐耶がテーブルの上を見やって思い出したように訊いた。残りといっても、丸く切り抜いた後の、ほんの切れ端のようなものだ。
「あとでこれも、食べやすい大きさに切って、オーブンで焼けばどうかしら。ジャムをつけて食べるのに、ちょうどいいと思うけど」
 冴波はふと思いついて言う。
「ああ、それはいいですね。残しておいても使い道がなさそうだし、捨てるのももったいないですものね」
 うなずいて汐耶は、ガスレンジに歩み寄ると、さっきまで冴波が使っていた鍋を取る。むろん、すでにきれいに洗ってシンクの傍に置かれていたものだ。コンポートを作るつもりなのだろう。
「あたしたちは、その間に、サンドイッチ作ろうか」
 雫に言われて、冴波は彼女と共にテーブルの上をかたずけると、今度は汐耶が買って来てくれていたサンドイッチ用のパンや生クリーム、ミカンの缶詰、雫が用意したバナナなどを広げる。残しておいた最後のリンゴを雫が切り分け、用意が整った時だ。
「いけない! 私ったら、アイスを買い忘れて来たわ」
 ふいに、コンポートを作っていた汐耶が、声を上げた。
「アイス?」
 思わず問い返す冴波に、ふり返って汐耶がうなずく。
「ええ。暑いから、コンポートにアイスを添えたらどうかしらって思っていて、すっかり……。どうしましょう?」
 コンポートだけでも悪くはないが、たしかにアイスが添えられていれば、冷たくておいしいだろうと、冴波も思う。
「じゃあ、私がちょっと行って、買って来ましょうか。……たしか、この近くにもコンビニあったわよね?」
 後の方は、雫への問いだ。うなずく雫に、コンビニの場所を教えてもらい、冴波はエプロンをはずし、バッグを手にした。
「ほんとに、ごめんなさい」
「いいんです、気にしないで」
 申し訳なさそうに言う汐耶に、笑って答えると、彼女は雫の自宅を後にした。

【アイスに目移りする】
 冴波が教えられたコンビニに行ってみると、タイミングのいいことに、ファミリーサイズのアイスの特売日だったようだ。それはいいのだが、種類がありすぎて迷う。
(コンポートに添えるなら、バニラよね。でも、こっちの紅茶のも捨てがたいし……。抹茶も悪くないかも……)
 冷蔵庫の前で、しばし逡巡するが、どうしても決められない。見ているうちに、ラムレーズンもいいかもしれない、などと思えて来て、ますます迷う。
 こういう時は、スーパーなどでよくやっているように、試食させてもらえればいいのにと、彼女はふと思ってしまった。だがもちろん、そんなことができるわけもない。
(おちついて。冷静になって考えるのよ。コンポートに添えるってことは、あっちが主役なんだから、あまり味を主張しすぎない方がいいはず。……とすれば、ラムレーズンは却下ね。バニラは最有力候補としても、なんだか芸がない気がするわ。そう考えると、紅茶か抹茶か……)
 結局、二十分近く冷蔵庫の前で思案したあげく、どちらか決めることができずに、彼女は紅茶と抹茶、両方買ってしまったのだった。
 コンビニを出て、小さく溜息をつく。
(こんなことで迷うなんて、ばかみたい。……でもまあ、いいわ。美味しく食べられさえすれば)
 半ば自分を慰めるように胸に呟くと、彼女は再び雫の家へと向かった。

【お茶の時間】
 冴波が戻ると、すでに汐耶のコンポートと雫のサンドイッチは出来上がっており、アップルパイもオーブンから出されて、かわりにパイシートの残りが入れられたところだった。
 台所には、芳ばしいパイの匂いとリンゴの甘酸っぱい匂いが、これでもかというほど濃厚に漂っている。
「お帰り。遅かったんだね?」
「もしかして、アイスがなかったとか?」
 雫と汐耶に問われて、冴波は苦笑した。
「いえ。ちょうど特売日でいろいろあって、迷ってしまって……。これでよかったかしら」
 ちょっと心配になりながら、彼女は汐耶にアイスの入った袋を渡す。
「あら、二つも買って来てくれたんですね」
 受け取って中を覗き込んだ汐耶が言い、笑った。
「大丈夫です。きっと、美味しいわ。すぐに盛り付けますね」
 そのまま彼女は、身を翻す。
 それを見送って、冴波は冷めたジャムを瓶詰めにしている雫を手伝った。
 そうこうするうち、オーブンの中のパイシートも焼き上がり、かたずけられたテーブルの上には、大皿に盛られた菓子の数々が並んだ。
 汐耶がアップルティーを入れ、全員にそれが行き渡ったところで、椅子に腰をおちつけて、試食――というより、お茶の時間となった。
 まずは、自分で作ったアップルパイを口に運ぶ。作った時には餃子のような大きさだったそれは、すっかり膨れ上がって、クロワッサンほどの大きさに変わっている。一口食べると、さっくりした口当たりと共に、リンゴの甘酸っぱい味が口の中一杯に広がった。チョコレートとの相性もいい。
「美味しい……!」
 隣に座した汐耶が、同じようにアップルパイを一口齧って、小さな声を上げるのが聞こえた。その声に、なんだかうれしくなって、それをたいらげ、冴波は汐耶の作ったコンポートに手をつける。こちらは、パイと違って一人分づつ小皿に盛られていた。
 コンポートは、白ワインの風味が効いて、これまたいい味わいだった。アイスは、紅茶と抹茶、両方添えられている。冴波としては、一番気になるところだったので、さっそく食べてみた。どちらも上品な味わいで、コンポートともよく合う。そのことに彼女が安堵していると、汐耶が訊いて来た。
「味はどうですか?」
「あ……。美味しいです。ワインの風味がよく効いてますよね」
「よかった」
 彼女が言うと、汐耶はホッとしたように笑った。
「私、洋菓子作るのってちょっと苦手で……。いつも、なんだか一味足りない感じになってしまうんですよ」
「そうですか? このコンポートは私、好きな味ですけど」
 冴波は、ちょっと驚いて返す。ずっと一緒に作っていて、そんなふうには見えなかったのだ。
 言われて汐耶も、少し驚いたようだったが、すぐに照れたように笑う。
「そう言ってもらえると、うれしいです」
 そんな二人のやりとりに、さっきから黙々とコンポートを食べることに専念していた雫が顔を上げた。
「うん、ほんと。美味しいよ、これ。汐耶ちゃん、洋菓子も自信持っていいって」
「ありがとう、雫ちゃん」
 汐耶が笑って、それへ返す。
 そうやって、少し遅い午後のお茶の時間は、なごやかに過ぎて行くのだった。

【エンディング】
 そうして、気がつくと、テーブルの上の菓子類はほとんど食べ尽くされてしまっていた。
 サンドイッチも美味しかったし、パイシートの残りを使ったお菓子も、口当たりがよくて、悪くなかった。真っ赤なリンゴジャムはすばらしい味わいで、パイシートのお菓子につけて食べるには、ちょうどよかった。アップルティーは香り高く、リンゴづくしの午後は深い満足と共に幕を閉じた。
 帰りには、ジャムを一瓶づつと、アップルパイの焼く前のものをもらって、家路に着いた。
(なんだか幸せ。……でも、もう夕食は入りそうにないわね)
 一人家路をたどりながら、冴波は満ち足りた心地で、そんなことを思って苦笑した。
 数日後、雫から、渡したいものがあるから、いつものネットカフェに寄ってほしいとメールがあった。なんだろうと思いながら仕事帰りに寄ると、彼女から渡されたのは、小さな袋に入ったポプリだった。
「汐耶ちゃんがね、この間のリンゴの皮でポプリを作ったから、冴波ちゃんにも渡してくれって頼まれたんだ」
 雫の言葉に、冴波は軽く目を見張る。そういえばあの時汐耶は、残った皮を持ち帰ったようだった。顔に近づけると、ほのかに甘い匂いが香る。
(いい匂い……)
 冴波はうっとりと胸に呟き、礼を言ってそこを後にする。
 外は相変わらず暑かったが、手の中のそれは、彼女の心に心地良い風を送るかのように、やわらかく香り続けていた――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4424 /三雲冴波 /女性 /27歳 /事務員】
【1449 /綾和泉汐耶 /女性 /23歳 /都立図書館司書】



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■         ライター通信          ■
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●三雲冴波さま
ライターの織人文です。
2回目の参加、ありがとうございます。
アップルパイとジャム――ポピュラーながら、
調べてみるといろいろ面白いアレンジがあり、その中から、
ちょっと変わったものを選んでみましたが、いかがだったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。