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<東京怪談・PCゲームノベル>


竹林




 都心から離れた山裾の小さな町。単線の上を走る列車が、レールを軋ませながらホームに止まった。一時間に一本、多くて二本の列車しか止まらない駅。夕方近くという時間もあってか、乗降する客の姿は、学生が多く見うけられる。
 やがて列車は乗降客が途絶えたのを確かめると、ピィィィィという出立の音を響かせて走り去っていった。

 ホームの上には、四つの人影が伸びている。彼らは互いの顔を見合わせると、なにかを悟ったかのように、それぞれに苦笑をにじませた。

 この小さな町をかかえる山の一画に、存外に広い竹林が広がっている。夏という季節を迎えても、どこか涼感の漂うその場所は、知る人ぞ知る避暑の場としても知られている。
しかしその場所が隠している一部を知る者ならば、あまり悪戯に近寄ったりしないような場所でもある。
 竹林の中には、いつからそこにあったのか知れない、古いお堂があるのだ。

「おまえらも”お堂”の噂を聞いたのか?」
 ネクタイを結びなおしながら首を傾げた黒スーツの男は、名を藍原和馬という。
 和馬に問われた三つの影は、それぞれにしばし思案していたが、やがて神聖都学園の制服に身を包んだ少年が口を開けた。
「俺は学校でその噂を聞いたんだけど、真相とか気になっちゃってさ。家に帰んないで、そのまま真っ直ぐ来ちゃったっす」
 茶色の髪をぼさぼさとかきながら屈託なく笑う少年は、早津田恒。
「ふふ。時間を計算したけど、この時間にここにいるっていうことは、授業をいくつかさぼってるって事だよね」
 恒の言葉に軽いツッコミをいれているのは相良千尋。性別を感じさせない艶をまとった青年だ。
 恒はぎくりと肩を揺らし、それから気まずそうに笑みを浮かべて千尋を見やる。千尋は腕を組んだ姿勢で恒を見つめ、青い光彩を宿した眼差しをゆるりと細ませた。
 その様を黙したまま眺めていた白スーツの青年が、気だるそうに煙草を靴底で踏みつける。
「まぁ、ようするに、目指す先は同じって事だろう。どうせ同じなら、自己紹介なんかは道すがらですませるさ」
 青年はそう述べると新しい煙草を取り出して口に運んだ。その傍に寄っていった千尋が、ライターに指をかけ、煙草に火を点ける。
「商売柄ね、煙草を吸う人がいたらこうしないと落ちつかなくって」
 千尋はそう言って首を傾げると、自分を見ている青年に向けて笑顔をみせた。
「あ、ああ、ありがとう。――――俺はアドニス・キャロル。噂を聞いて、ちょっと心惹かれるものを感じたんだが」
 言い、暮れかけた山の方に目を向ける。アドニスの目線につられるように、三人もまたそちらに目を向けた。
「まぁ、あれだ。まずはその噂のある場所を目指そうぜ。確かに、目指す場所が同じだっつうなら、話は道すがらでも充分だ」
 和馬はそう述べてきびすを返し、人気のない改札口へと足を向ける。

 どこからともなく、蛙の鳴き声が響き始めた。

「あ、やっぱり来たですね」
 無人の改札口を抜けた四人を待っていたのは、人気もまばらになった駅の前に止まった、場違いなほどの高級車。そしてその窓から顔を覗かせているマリオン・バーガンディの笑顔だった。
 マリオンは満面の笑みを惜しげもなく四人に向けながら手を振ると、呆然と見ている四人を手招きして呼び寄せる。
「皆さんも、例の噂を聞いてきたですよね?」
 問いかけに、恒がうなずくと、マリオンは「やっぱり」と笑ってハンドルを握った。
「面白そうだから来てみたです。なんとなく、他にも何人かが同じようにここを訪ねてきそうだなって思って、それで待ってたですよ」
 マリオンはそう述べて悪戯好きな子供のような笑顔を見せる。

■ 

知ってるかい?
ひとけの途絶えた山間の、深いふかぁい竹林に、古いお堂があるって話。
そのお堂の中にはってある、古ぅい御札をはがすとね、怖いこわぁいオバケが出てくるっていう話。


■ 

「なるほど。確かに全員、同じ”噂”を聞いたらしいな」
 マリオンが運転する車の助手席で、和馬が首を鳴らし、ふむと小さくうなずいた。
「お堂の中に封じられてたってのは女だっていう話っすよね」
 後部席に座っている恒が、窓の外にある景色を眺めながらそう告げると、その隣で千尋がおどけたように肩をすくめる。
「見目麗しい女性の姿をしているっていうじゃない。やっぱりさあ、女性には優しくしなくちゃだよねぇ」
 青い双眸を細ませて笑う千尋に、煙草を吸うために窓を少し開けたアドニスが、視線だけで千尋を見とめる。
「血肉を食らうらしいが、知能とか、自意識みたいなものは、しっかりと持っているのかどうか、気になるね」
「なんでも若い方を好んで襲ってくるそうです。この中で一番若いのは、やっぱり早津田さんだと思うですが、やっぱり襲われたりするですかね?」
 ハンドルを握りながら、マリオンが楽しげにバックミラーを覗く。
「へ? いや、でも、見た感じ、俺とあんた、そんな年違わなくねぇ?」
「というか、マリオンちゃんのほうが、恒ちゃんよりも幼く見えるよね」
 恒と千尋が顔を見合わせる。マリオンはくすくすと笑いながら、再び前方に目を向けた。
「そんなことないです。これでも私、結構なおにいちゃんなのです」
 意味ありげに笑うマリオンに、和馬が小さなため息を一つ。
「くだらねぇ。誰が襲われようが、もし本当にその女ってんのがいやがったら、俺らはそれを封じるだけだろ?」
「封印か……。あまり気乗りはしないが……」
 煙草の煙を一筋吐き出して、アドニスが窓の外に視線を投げる。
「アドニスさぁん、私の車は禁煙車なのです」
 マリオンがバックミラーごしに視線を向けると、アドニスは小さく苦笑しつつ、まだ先の長い煙草を携帯灰皿に押しつけた。
「すまないね、マリオンさん。つい、癖でね」

 窓から流れ出ていった煙が、冷えた風に吸いこまれ消えていく。
 夕暮れの空は、徐々に夜の気配を漂わせつつあった。


■ 

 数日間降り続いていた長雨のなごりか、山道は思いのほかぬかるんでいて、車は予定していた時間よりもわずかに遅れ、竹林の中へとたどり着いた。
 空には雲が広がっている。陽が暮れても、月が地を照らすことはないかもしれない。しかし、風は少しばかり強く吹いている。その風が、竹林を大きく揺らして流れていく。

「女はさ、眠ってたんだろ? こう、お堂の中でさ。それを起こしたのは、俺ら、ヒトなわけだよな」
 夜の闇が侵食していく竹林の景色に目を向けながら、恒は苦々しそうに表情を歪める。それをいさめるような眼差しで、和馬が首だけ動かして振り向いた。
「その通りだ。面白半分にそういうのに手をのばす奴がいるから、そういう連中が余計な出番を増やしていくんだ。ケツを拭うのは、いつも俺らみたいなのに任されるばっかりでな」
「でも、そういう人達がいるおかげで、こうして色々なものを見れるですよ」
 ぬかるむ道にハンドルをとられ、しかしそれを巧みにかわしながら、マリオンが満面の笑みを浮かべた。
「見えてきたですよ。多分、あれがお堂へ続く階段なのです」
 促され、四人は黙したまま前方を確かめる。
 ライトに照らし出された場所に、細くなだらかな斜面が見えていた。

「このどこかに、その女性が隠れてるんだね」
 声をひそめ、千尋が呟く。
「女が近付いてくれば、匂いでそれと知ることが可能だ。それまでは、”面白半分で遊びにきました”っつうツラでいようぜ」
 前髪をかきあげながら、和馬が眼光を光らせた。



 風が竹林を撫でて過ぎていく。そのたびに、葉擦れの音が、ざわざわと静かに歌うのだ。
 夕闇をすぎ、もう夜の闇が一面を支配している。足元を照らす灯りひとつない中で、五人は細い階段に足をかける。階段は、ようやく人がすれ違う事が出来そうな幅しか保っていない。手入れも施されてはおらず、風雨にさらされ、のざらしになった石や草花が、いく者の足を捕えようとしている。
「そういえば、懐中電灯とか、誰も持ってきてないんすね」
 恒がぼそりと呟くと、暗闇であっても事も無げにひょいひょいと階段をのぼっていくマリオンが足を止めて振り向く。
「この方が、雰囲気が出て楽しめるのです。これで月が出てきてくれたら、ますます雰囲気出てくるですけれどもね」
 夜目に慣れつつある恒の目に、満面の笑顔のマリオンがうつる。
 その言葉に、誰からともなく漆黒の夜空を見上げる。いつのまにか雲が晴れ、かろうじて残っていた筋雲が、半分に欠けた月をぼうと光らせていた。
「――――下弦の月だね」
 千尋の声が、竹の葉擦れに消えていく。
 地を照らし始めた月光が、揺れる竹林の影をそこかしこに描きはじめた。それは大きな腕を伸ばし、迷いこんだ者達を飲みこもうとしている化物のような大きな影。
「月、か」
 どこか気鬱そうな表情で、アドニスが呟く。その呟きに呼応するかのように、それまで吹いていた風が、嘘のようにぴたりと凪いだ。
「来やがったようだ」
 声をひそませ、和馬がアゴをあげる。示した先は、五人が歩んできた泥道の先。
「遠いんですか?」
 千尋が問うと、和馬は言葉なくうなずいて、それから親指でお堂をさした。
「普通なら、俺達に追いつくまで、あと十分近くはかかるような距離かな。ここで、気付きましたっていう態度を見せて逃げられても厄介だしな」
「せっかくですし、お堂がどのくらい前に建てられたものなのかとか、調べてみたいです。お堂を調べてみるですよ」
 やはり楽しげな足取りで、マリオンが小首を傾げて笑う。
「調べるって……どうやって? お堂に、なんらかの記録があるとでも?」
 アドニスが訊ねると、マリオンは笑みはそのままに、首をふるふると横に振った。
「私の力で、過去にさかのぼってみるです。女の方がお堂に封じられる場面を目撃できれば、昔おこった事件なんかも知ることができると思いますし」
「時をさかのぼる? そんなことが出来んのか?」
 恒が驚愕の色を浮かべマリオンを見やる。マリオンは笑顔でうなずき、再び階段をのぼっていった。
「原因か……そうだな、それがわかれば、」
 自分を追い越して階段をのぼっていくマリオンを見やりつつ、和馬がふと小さく笑う。
「……」
 アドニスは、マリオンが離れているのを確かめてから、煙草を口に運び、火を点けた。



 噂通り、お堂はひどく古いものだった。大きさは、大人が膝を抱えてようやくおさまることが出来そうな程度のもの。木製の簡素な扉代わりの板が、ひしゃげ、傾いている。
「ここん中におさまってたわけか?」
 傾いていた戸板に手をかけて開き、お堂の中を確かめて、和馬がむうと眉根を寄せる。
 その後ろから顔をのぞかせた恒が中を確かめる。中の手狭な壁という壁全面に、黄ばみ、薄汚れた御札が、力任せに破りとられた痕跡を残し、はりつけられてあった。
「”噂”は、ほとんど本当のことだったみたいっすね」
「ああ、そうみたいだな」
 恒の言葉にうなずくと、和馬はゆっくり振り向き、階段下あたりに視線を向けた。
 その視線に気付き、千尋が手櫛で髪をかきあげる。
「女性には優しくないとね、男として」
 小さく笑う千尋に一瞥したアドニスが、吸い終えた煙草を、再び携帯灰皿へとおしつける。
「それでは、私、ちょっと行ってきてみるですね」
 緊張しかけていた場の空気を、マリオンの明るい声が一蹴した。
「ああ、頼む。どうやら石碑なんかがあるわけじゃないようだしな。これじゃあ、建立されたのがいつ頃なのかも検討つきやがらねえ」
 内ポケットに忍ばせてある符に指を這わせ、和馬は目を細ませる。
 マリオンは和馬の言葉にうなずくと、ふいに片手を持ち上げた。闇がぐにゃりと歪み、マリオンの背丈よりも少し大きな扉が姿をあらわす。そのドアノブに手を伸ばし、マリオンが振り向く。同時に、和馬と恒が土を蹴って走り出した。
 凪いでいた風が唸り声をあげて竹林を揺らし、雲一つ見当たらない割りに星の一つもまたたいていない空の上、下弦の月が薄明るい光を照らし出している。
 階段の上に、長い髪を振り乱した人間らしい影がうつった。マリオンはそれを確かめてから、開いていた扉をぱたりと閉めた。



 扉を開けて広がった風景に、マリオンは数度まばたきした。
 広がったのは、竹林。湿り気をおびた夜風が静かに通りすぎていく。
 目の前には、建てられたばかりと思わしき、真新しいお堂。特に人の気配も感じられない、静寂そのものといった風景だ。
「これじゃあ、いつ頃なのか、検討つけようがないですね」
 苦笑いを浮かべて呟き、竹林の中を歩み進める。踏みしだかれる葉がかさかさと音をたてて土の中へ沈んでいく。
 遠く、蛙の声がする。空には糸のような細い三日月。
 ――――と、蛙の声にまぎれ、女のすすり泣きのような声がした。
「どなたかいらっしゃるでしょうか?」
 一人ごちて、声が聞こえてきた方に足を向ける。

 揺れる竹林の影に、一目で上質なものだとわかる着物をまとった女が、膝をかかえうずくまっていた。
「どうしたですか?」
 近寄っていったマリオンの声に、女はゆっくりと頭をもちあげ、振り向く。その手には、腐敗のすすんだ屍が握られている。口もとには、今まさにそれを食らっていたのだろうと思わせる跡が染み付いていた。
「――――あなたが」
 女と目を合わせ、呟いたマリオンに、女は咄嗟に跳ねあがり、とびかかる。
「――――!」
 女の動きに、マリオンは両腕で顔を覆い、目を細ませた。この距離では、逃げる術もない。
 だが、マリオンは女の牙に襲われることはなかった。顔をあげると、そこには錫で押さえ付けられて苦しむ女の姿と、三人の僧侶の姿があった。
「――――見慣れぬ井出達をした者よ。怪我などないか」
 三人の内もっとも年老いていると思わしき男がマリオンを一瞥する。マリオンがうなずくと、男はふむと唸り、女に目を向けた。
「先の飢饉で、この者は人を食らい、生を得ることを知ったのだ。こと、若人の血肉を貪ることで、常しえの生を得られるのだと聞き及んでいるらしい」
 ため息を共にそう告げて、男は疲弊した、しかし鋭く光る眼光を、マリオンの顔に向けて言葉を続ける。
「この者に、死は訪れぬ。数多の屍を食らい、幾多の呪いをその身に受けし者ゆえ、死という摂理を外れてしまったのだ」
「……そうなのですか」
 呟くようにそう返すと、僧侶は念仏を唱え、女は苦渋の声をはりあげる。その声は、まだわずかに人としてのそれだった。
「このまま、我等の手で封じる。……如何にして、封じる場まで連れていくかが問題なのだが……」
 さきほどの男とは違う、いくらか若い男が小さく告げた。
「それなら、私がお手伝いできるのです」
 マリオンは満面の笑みを浮かべて首を傾げた。 



 あらわれた女は、膝下ほどまで伸びた黒髪を振り乱し、土気色の顔に、やけに赤い口を、引き裂けんばかりにかぱりと開いている。
 見開いた眼は血走っていて、その眼光は、目の前にいる男達を憎々しげに睨み据えている。
 女の前で足を止めた和馬と恒が、それぞれに構えの体勢をとる。和馬の手には、数枚の符が揺れていた。
 その後ろには、煙草をくわえ、ライターに火を点けているアドニス。アドニスは涼やかな銀の双眸で女を見やり、ため息のようなものをこぼした。
 千尋は、女の姿を確かめてからうなずき、ゆっくりと歩みを進める。
「きみ、綺麗だねぇ? ちょっと顔色がよくないみたいだけど、まぁそれはしょうがないのかな。そんな恐い顔してたら、せっかくの綺麗な顔が台無しになっちゃうよ?」
 じりじりと歩きながら肩をすくめると、千尋はそう言って穏やかに頬をゆるませた。
 女の十指には刃状に伸ばされた爪があり、その切先は和馬の頭上から喉元へとおろされる。和馬はそれをすうとかわし、代わりに、低い位置からの蹴りで女の足元を狙った。女はそれに足をとられ体勢を崩したが、すんでのところで体勢を持ちなおして、恒に向け牙を剥いた。
 女の牙が恒の首を狙う。恒はそれを寸前でかわすと、ふいに表情を曇らせた。
「むげに起こしちまってすまなかったな。……あんた、静かに眠ってたんだろ?」
 問うが、女は応じようとはせず、血走った眼をひんむいて咆哮をあげる。鋭利な爪で宙をかくと、それはかまいたちのようにつむじ風をまきおこし、恒の髪をはらりと切り落とした。
「早津田、おまえの考えてることも、まぁわからんでもないが、多分こいつに言葉は無意味だ」
 女の隙をみて、両手を組んで拳を握り、それを女の頭めがけて振り下ろしながら、和馬が代わりにそう返した。振り下ろされたそれは女の頭を直撃したが、女はわずかに体勢を崩した。
「あぁー、女性にそんな手荒な事しちゃダメだよ、和馬ちゃん。モテないよぉ?」
 和馬のすぐ後ろまで来ていた千尋が笑う。
「恒ちゃんも、そんな口説き方じゃ、女性には相手にしてもらえないよぉ?」
 笑いながら歩み寄り、わずかに体勢を崩した女に手をさしのべてその肩に手をまわす。女は怒号をあげて髪を振り乱し、千尋の首に牙をつきたてた。
「あぁぁ――――、阿呆か、おまえッ!」
 和馬が駆け寄って、符を持った手を伸ばす。しかし伸ばしたその手は、いつのまにか隣に立っていたアドニスの手によって制されていた。
「てめッ、なにを」
 アドニスを睨み据える和馬に、煙草をくゆらせたままのアドニスがふいと煙を一筋吐き出す。
「見なよ」
 呟き、アゴで千尋を示してみせた。和馬がそちらを確かめると、噛みつかれた千尋の体が大きく歪み、そしてそれは透明な液体と化して、水風船が割れるようにぱしゃんと崩れた。
「水?」
 目の前で、文字通り失せた千尋に驚きの色を見せ周りを見まわした恒の耳に、押し殺した笑い声が届いた。
「ひとまず、捕獲成功、かな?」
 小さな笑い声をもらしながら姿を見せたのは、失せたはずの千尋本人だった。千尋は恒に軽いウィンクをみせて頬をゆるめると、ぱちんと指をならす。
 女にまとわりついていた水は円柱形の檻を成し、その中で、女は体の自由を奪われていた。



「封印、か」
 お堂を前に、アドニスが眉根を寄せた。
「……なんか気になることでもあるんすか?」
 恒が問うと、アドニスは煙草を携帯灰皿に押しつけつつ苦笑して、かぶりを振る。
「まあ、ちょっと個人的な事情でね。……あまり気乗りしないというかな」
「女性をこんな狭い場所に封じこめるなんて、確かにいい気分はしないもんねえ」
 千尋が艶然と首を傾げた。
 風が吹き、竹林がざわりと揺れる。
「っと、マリオンのお帰りだぜ」
 無造作に前髪をかきあげつつ和馬が発すると、同時に、暗がりに扉があらわれた。
「ただいまなのです」
 開いた扉からひょっこりと顔を覗かせたマリオンは、そう述べて人懐こい笑みを見せる。
「あ、もう捕まえたのですか? さすがなのです」
 にこにこと微笑みながら後ろ手に扉を閉める。ぱたんと小さな音を響かせ、扉は暗闇の中へと消え入った。
 
「つまり、お堂に封じこめる作業には、おまえも加担してきたというわけだな」
 和馬がマリオンを見据え、問う。マリオンは「はいです」と大きくうなずいて微笑んだ。
「私が、扉で空間との道を繋ぎ、その空間の中に、こう、ぽいっとしてきたのです。それで、その入り口は、お坊さん達が」
「ぽいって……」
 恒があきれたように笑った。
「……なるほど。このお堂は、その空間とを結ぶ場所でもあったわけだな」
 アゴを撫でながら呟くと、アドニスはふいと足を進め、水の檻の中でこちらを睨みつけている女に向けて、腕を伸ばす。
「……すまない。俺が、キミの時を止められたらよかったのだけれど」
 伸ばした指は水の上から女の髪を撫でる。
「よくわからねぇが、もういいのか? もうそろそろ封じるぜ」
 和馬が符をちらちらと揺らし、アドニスを見やる。アドニスは小さく笑って女を離れ、うなずいた。
「それじゃあ、私がまた扉を開けるですね」
「今度は、もう二度と解かれることのねぇ、がっちりとした眠りにつけたらいいな」
 腰に手をあてて恒が首を傾げる。
「おかしくなっちゃう前の顔を見てみたかったな。きっとチャーミングだっただろうにね」
 満面に笑みを浮かべる千尋に、マリオンが意味ありげな笑みを返す。
「美人さんだったですよ」
 くすりと笑って、目を細ませた。



 竹林の上、下弦の月が銀色に輝いている。
 扉は閉じ、その上から、常人では触れることさえかなわない封がなされた。
 和馬は残った符をポケットにしまいこむと、小さなため息を一つつき、空を仰ぐ。
「月の下の竹林って、なかなか幻想的な風景だねぇ」
 夜風に髪をなびかせながら千尋が笑う。
 アドニスはマリオンに一瞥して距離をとり、煙草を口に運んで空を見た。
 マリオンはアドニスの心遣いに会釈してみせて、
「そうそう、車の中にお菓子をつんであるです。お時間大丈夫だったら、ちょっとしたお月見なんかどうですか?」
「あぁ、いいっすね、月見」
 恒が嬉しそうに返した。
「おいおい、少年。ガキはもうそろそろお休みの時間じゃねぇのか?」
 和馬がからかうと、千尋も同意してうなずく。
「なんなら僕が眠らせてあげよっか」
「うわ、遠慮っす。まじシャレんなんねえっすから」
「ふふ、慌てたりして、可愛いなぁ、恒ちゃん」
「や、まじやばいっす。相原さぁん、千尋さんなんかヤバいっすよ」
 
 四人はやりとりしつつ、お堂を後にする。
 アドニスは、静かになりつつあるその場で一人佇み、空を仰いで目を閉じる。
「――――すまなかった」
 呟いた言葉は、ただ月光ばかりが聞いていた。
  




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1533 / 藍原・和馬 / 男性 / 920歳 / フリーター(何でも屋)】
【4164 / マリオン・バーガンディ / 男性 / 275歳 / 元キュレーター・研究者・研究所所長】
【4480 / アドニス・キャロル / 男性 / 719歳 / 元吸血鬼狩人+α】
【4629 / 相良・千尋 / 男性 / 22歳 / ショーハウス従業員】
【5432 / 早津田・恒 / 男性 / 18歳 / 高校生】



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■         ライター通信          ■
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ゲームノベル「竹林」、お届けいたします。ご参加くださいました五名さま、まことにありがとうございました。

今回、使える能力は一つだけ、という指定をさせていただきました。これはある程度の制約を設けてみようかな…なんて考えのもとでの事だったのですが、正直ご発注いただけるか不安でもありましたので、今回このように無事お届けできること、嬉しく思うばかりです。
本当にありがとうございました。少しでもお気に召しましたら、さらに幸いです。

>藍原さま
ご発注ありがとうございました! お名前を拝見して、感激のあまりパソコンの前で小躍りしてしまいました(笑)。
もう少し派手な場面を書けたらいいのですが…どうにも腕が足りず。がくり。

>マリオンさま
いつもありがとうございます! ”扉を使って過去を確かめにいく”というプレイング、嬉々として使わせていただきました。
今回はNPC登場がなかったのですが…(笑)。また機会がありましたら、例のヅラをかまってやってくださいませ。

>アドニスさま
初めまして。ご発注ありがとうございました! プレイング、すごく素敵で、正直とても捨て難かったのですが…。初のノベルで、女もろとも封じてしまうのはどうかと思い、考慮いたしました。
素敵なPCさまで、書いていて楽しかったです。

>千尋さま
ご発注ありがとうございました! シチュノベ以来ですね。お名前を拝見して、感激のあまりパソコンの前で(略)。
プレイング、千尋さまらしくて笑えました(笑)。相手が化物であっても女性に対する態度は捻じ曲げない。その心意気に乾杯です!

>早津田さま
初めまして。ご発注ありがとうございました! 今回はいただいたプレイングから離れたノベルとなってしまいました。申し訳ありません。
優しいプレイングでしたので、もう少し考慮できればと思ったのですが…。がくり。正義感の強い、熱血タイプさんなのでしょうか?



今回はありがとうございました。
また機会がありましたら、お声などいただけたらと思いつつ。