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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


もらったリンゴ =瀬名雫の場合=

【オープニング】
 土曜日の夕方のこと。
 いつものネットカフェで時間を過ごした雫が、家へ帰ろうとしているところに、妹尾静流が現れた。手には、何やら紙袋を抱えている。
「ああ、雫さん。いいところで。これ、もらってくれませんか?」
 言って彼が見せた袋の中身は、よく熟れていい香りを放つリンゴだった。
「うわ〜。いい匂い。でも、いいの?」
 歓声を上げた雫が、問い返す。
「ええ。知り合いにもらったんですが、私一人では多すぎて……」
 うなずく静流に、雫は諸手を上げて喜ぶ。
「わーい。ありがとう。……でも、重そうだね。うちまで運んでくれる?」
「いいですよ」
 静流は、苦笑してうなずいた。
 やがて、自宅までリンゴの入った袋を運んでもらった雫は、さっそく台所で中身をテーブルに開けてみる。リンゴは全部で、九つもあった。
「う〜ん。よく熟れてるから、食べるの早い方がいいよね。せっかくもらったのに、腐らせちゃったら、もったいないし……」
 しばしそれを眺めて思案顔だった雫は、ふいにぽんと両手を打ち合わせる。
「そうだ。友達誘って、これでお菓子を作ろう。明日は日曜だし、ちょうどいいよね」
 テーブルの上のリンゴをそのままに、彼女はポケットから携帯電話を取り出すと、あちこちへ電話をかけ始めるのだった。

【何を作ろうか?】
 翌日の日曜日。
 綾和泉汐耶は、前日に約束したとおり、昼過ぎに雫の自宅を訪ねた。
 彼女は図書館の司書をやっていて、本来日曜は仕事なのだが、今日はたまたま代休を取っていたので、雫の誘いにも応じられたというわけだ。
(でも、何を作るのかしら? 単純に考えるとケーキ? ……洋菓子系、大丈夫よね。まあ、一味足りないっていうのはわかってるから、添えるものを充実させましょうか)
 そんなふうに考えて、来る途中で材料をいくつか買いそろえて来た。生クリームにイチゴジャム、メイプルシロップにサワークリーム、白ワイン、そしてサンドイッチ用のパンとミカンの缶詰といったようなものだ。ちなみに、白ワインはコンポートを作ってはどうだろうかと考えてのことだった。そして、サンドイッチ用のパンとミカンの缶詰は、買い物をしたスーパーで、フルーツのサンドイッチもいいかもしれない、と思いついて購入した。
「それで、何を作るの?」
 テーブルの上に、買って来たものを並べながら、汐耶は雫に訊いた。そこにはすでに、静流からもらったというよく熟れたリンゴも並べられている。
「全員集まってから決めようと思って、まだ考えてないんだよね」
「そうなの。……ケーキを作るのなら、スポンジ系かタルトかパイか、それによっても違うわよね」
 笑って言う雫に、汐耶は天井をふり仰いで考え込みながら、返した。
 そこへ、今日一緒に菓子作りをすることになっている、三雲冴波がやって来た。
 冴波は、二十六、七歳ぐらいだろうか。茶色の髪を肩のあたりまで伸ばし、豊満な体つきをしている。タイトスカートに半袖のカットソーというなりで、こちらも途中で材料を買って来たのか、スーパーの袋と紙バッグを提げていた。それをテーブルに置いて、リンゴを見やる。
「これがもらったリンゴ? よく熟して、美味しそうね。……それで、何を作るの?」
「冴波ちゃんが来てから決めようってことで、まだなんだ」
 リンゴの感想と共に尋ねた彼女に、雫が返した。
「冴波ちゃんは、何がいい?」
「私は、アップルパイを作ろうと思っているんだけど」
 問われて冴波は言いつつ、バッグの中から折りたたんだ紙を取り出した。
「一応、レシピも調べて来たの」
 テーブルに広げられたその紙を、汐耶は雫と共に覗き込んだ。
「あら、可愛い」
 汐耶は思わず声を上げる。その紙は、どうやらネット上にあったアップルパイのレシピを印刷したもののようで、写真も載っていたのだ。が、それで見る限りパイは半月形で、大きな餃子といった感じなのだった。
「丸く型抜きしたパイシートで、具を餃子みたいに包むようになっているのよ。だから、全員で手分けして作業ができると思って」
 冴波の説明に、雫が大きくうなずく。
「可愛いし、いいよね。じゃ、これに決まり!」
 そして、更に尋ねた。
「他に何かない?」
「ジャムもいいんじゃないかしら。冷蔵庫に入れておけば保存もきくし、スコーンやパンに塗っても美味しいしね」
 少し考えてから、冴波が答える。途端、雫の顔がパッと輝く。
「それいい、賛成! あたしね、前に静流ちゃんから、ちょっと変わったリンゴジャムのレシピを教えてもらったことがあるんだ。じゃあ、ジャムはあたしが作るね」
「ええ」
 冴波がうなずいた。
 汐耶は、そんな二人のやりとりを黙って聞きながら、冴波が何を買って来たのか、少し気になっていた。
(パイシートとか、買ってあるのかしら。……そういうのも、少し買ってくればよかったわね)
 そんなことを考えていたら、冴波が話しかけて来る。
「綾和泉さんは、何か作りたいものないですか?」
「そうね。……二人がパイとジャムを作るのなら、私はコンポートにしようかしら。それと、フルーツのサンドイッチもどうかなと思って、材料を買って来たんだけど。皮は、アップルティーにしてもいいかもしれないわね」
 答えて汐耶は、笑って付け加えた。
「あまり考えないで、いろいろ買って来たから、必要なものがあったら使って下さいね」
「ありがとう。私の買って来たのも、使ってもらっていいですよ」
 言いながら、冴波は自分の買って来たものをテーブルに広げる。彼女が買って来たのは、冷凍パイシートにシナモンパウダー、チョコレート、卵、バターといったものだ。
 それを見やって雫が、冷蔵庫の中からまだ何か取り出して持って来る。彼女がテーブルに置いたのは、砂糖とレモン、それに一本のバナナだった。
「このバナナは、昨日のあたしのおやつの残り。サンドイッチに入れると美味しいよね」
「そうね。じゃ、作るのはアップルパイとジャムとコンポート、それにフルーツのサンドイッチに決まりね」
 汐耶は笑ってうなずき、確認するように告げる。
「うん。それに決まり」
 雫が大きくうなずいた。そして。
「じゃ〜ん!」
 彼女が効果音入りで取り出したのは、胸元に赤で何やら怪しげな漢字らしき文字と五芒星がプリントされた、濃紺の割烹着だった。
「この間、ネットオークションで競り落としたんだ。かっこいいでしょ〜」
 見て見て、と言わんばかりに割烹着を突き出されて、汐耶は思わず冴波と顔を見合わせた。
「い、いいんじゃない?」
「そうね」
 幾分、引きつった笑顔で言った汐耶に、冴波もとりあえずはうなずいてみせる。そして、話題を変えようとでもしたのか、バッグの中からそそくさとエプロンを取り出した。彼女のは、生成りのデニム地のもので、胸元に小さく赤いロゴが入っている。
「そろそろ、始めませんか?」
「そうですね」
 声をかけられ、汐耶はホッとうなずいて、同じくバッグからエプロンを取り出す。こちらは、飾り気のない黒のシンプルなものだった。
 二人の反応に、雫は小さく唇を尖らせたものの、すぐに機嫌を直してエプロンをまとうと、元気よく宣言する。
「じゃ、お菓子作り開始だね!」

【リンゴを煮よう!】
 汐耶たちが最初にすることは、当然といえば当然ながら、まずはリンゴの皮を剥くことだった。一旦、テーブルの上の材料を、台所にあった小さなワゴンの上に移した後、三人はテーブルの上に薄い塩水を入れたボールをいくつか用意し、椅子に腰を下ろして、それぞれ皮剥きの作業に入った。
(皮も後で利用するから、丁寧に、なるべく薄く剥く方がいいわよね)
 汐耶は胸に呟き、慎重にナイフを動かす。実だけでなく、皮も剥き終わったものは塩水の中に入れておくようにした。塩水には、色が変わるのを防ぐ効果があるのだ。
 皮剥きが終わると、リンゴをそれぞれ用途に合わせて切り分け、芯を取る。
 ちなみに、コンポートには二個あれば充分だ。一つを八等分し、全部で十六切れになるようにする。
 隣では、冴波がリンゴを薄くスライスしていた。アップルパイも二個で充分らしい。薄く切るのは、煮詰める必要があるからだろう。
 一方、雫はサンドイッチ用のだろう一つを残して、後の四つを全部薄くスライスしている。
 それらが終わると、いよいよ作業開始だ。
 パイの中身とジャムは、煮詰めるのに時間がかかる。ここのガスレンジは二口しかないため、先にパイの中身とジャムを作ってしまうことになった。
 冴波が砂糖やシナモンパウダーなどの材料を量って鍋に入れている間に、汐耶は雫を手伝ってジャムに使う四個分のリンゴの皮を、お茶のパックに詰める作業をしていた。その間に雫が砂糖や水などの分量を量る。
 それが終わると、雫がリンゴとお茶のパックに入れた皮、そして水を鍋に入れ、フタをして火にかけた。沸騰したところで、弱火にして五分ほど煮る。フタは透明なので、小さく泡を立てながら煮えて行く中の様子がよく見えた。
 冴波の方は、煮込み始めたらしばらくは見ていなくてもいいらしい。ジャムの鍋の中のお茶のパックに気づいたのか、こちらを見やって問う。
「それは何?」
「リンゴの皮だよ。こうして煮るとね、ジャムが赤くなって、きれいなんだって」
 言って雫はフタを取ると、皮の入ったお茶のパックを手にした木ベラで軽く押した。と、中から赤い汁がじわっとあふれ出て来る。
「すごいわね」
 それを見て冴波は、驚いたようだ。
 もっとも、驚いたのは汐耶も同じだ。雫に言われて彼女は、交互に皮から赤い色を出すようにパックを軽く押しながら、リンゴの実をつぶしつつ、鍋の中をかき混ぜる。するとどうだろう。鍋の中のリンゴの実はほどよくつぶれ、淡黄色から赤に変わった。
「うわ〜、真っ赤だね」
「ちょっと、リンゴジャムに見えないわね」
 雫の歓声に、汐耶も笑いながらうなずく。
 その後二人は、皮を入れたお茶のパックを鍋から取り出し、今度は砂糖を加えて更に煮始めた。灰汁が浮かんで来るのを、二人でせっせと取り除く。
 と、隣でキッチンタイマーの鳴る小さな音が響いた。汐耶は思わずふり返る。自分のを持って来たのだろうか。冴波がポケットから取り出して、止めているのが見える。
 彼女の方も仕上げに入ったのだろう。鍋のフタを取って、中身を木ベラでかき回し始めた。
 一方、ジャムの方もレモン汁を加えて、更に五分ほど煮る。
 やがて、ほどよく煮詰まったのを確認して、汐耶と雫は顔を見合わせた。
「これでOKだね」
 雫がうなずき、火を止める。隣では、冴波も鍋の火を止めたところだった。あたりに、なんともいえない甘酸っぱい香りが立ち込める。
(いい香り。……なんだか、幸せな気分になるわね)
 汐耶は、その香りにそんなことを思って、小さく苦笑した。
 その時、冴波が雫に声をかける。
「そこの袋の中に、ジャムを入れるのにいいと思って、私が家から持って来た瓶がいくつか入ってるわ。なんだったら、それを使って」
「瓶まで用意して来たんですか?」
 汐耶は、ちょっと驚いて問うた。
「ええ、まあね」
「冴波ちゃん、用意いいんだね。じゃ、遠慮なく使わせてもらうね」
 うなずく冴波に言って、雫はさっそくワゴンの上の紙バッグをテーブルの上に持って来ると、中の瓶をテーブルの上に並べた。瓶は全部で四つある。
「瓶に詰めるのは、冷ましてからね」
 それを見やって汐耶は言った。
「うん!」
 雫が大きくうなずく。
 そんな二人に、冴波が声をかけた。
「私の方も、中身が出来たわ。パイシートに包むのを、手伝ってくれる?」
「了解!」
「どんなふうになるのか、楽しみね」
 飛びはねるようにして叫ぶ雫に、笑いながら汐耶もうなずいた。

【アップルパイの仕上げ】
 まずは、室温で解凍状態になった冷凍パイシートを広げ、丸く型を抜いて行く。
「最後に溶き卵を塗って焼くんだけど、その前の状態なら、冷凍保存が可能らしいわ」
 その作業をしながら、レシピに書いてあったことを思い出したのか、冴波が言った。
「それなら、作れるだけ作って、オーブンの天板に載らない分は、持ち帰るというのも、いいですね」
 汐耶はちょっと目を輝かせて言う。先程三人で少しだけ、煮たリンゴの実の味見をしたのだが、それがけっこう美味しかったのだ。保存が利くなら、たとえば朝食や軽い夜食にも使えるだろうとも考えた。
「あたしも賛成!」
 雫もうなずく。
 そこで三人は、せっせとパイシートを丸くくりぬいて行く作業に没頭した。
 それが終わると、今度はそれで中身を包むのだ。シートにリンゴの煮たのと刻んだチョコレートを乗せ、周囲に溶き卵を刷毛で塗る。それを二つ折りにして、指でしっかりと端を押さえて止め、最後に水で溶いた溶き卵を全体に刷毛で塗って、ナイフで上に少し切り込みを入れて出来上がりだ。
 リンゴの分量を加減しないと、二つ折りにした時にうまく端が止まらないなど、やや難しい部分もあるが、パイは三人の手の中で、それなりに形になって行く。
 やがて、全部を包み終わると、天板に載るだけ乗せて、百八十度に温めたオーブンに入れて、四十分ほど焼けば、出来上がりだ。
 残った分は、帰る時まで、ここの冷蔵庫の冷凍室に入れておくことにした。
「パイシートの残ったの、どうしましょう?」
 アップルパイが一段落して、汐耶はテーブルの上を見やって訊いた。残りといっても、丸く切り抜いた後の、ほんの切れ端のようなものだ。
「あとでこれも、食べやすい大きさに切って、オーブンで焼けばどうかしら。ジャムをつけて食べるのに、ちょうどいいと思うけど」
 冴波が、ふと思いついたように言う。
「ああ、それはいいですね。残しておいても使い道がなさそうだし、捨てるのももったいないですものね」
 うなずいて汐耶は、ガスレンジに歩み寄ると、さっきまで冴波が使っていた鍋を取る。むろん、すでにきれいに洗ってシンクの傍に置かれていたものだ。コンポートを作るつもりだった。
「あたしたちは、その間に、サンドイッチ作ろうか」
 雫は冴波を誘って、サンドイッチ作りの用意を始めるようだ。
 その声を聞きながら汐耶は、コンポートの材料を量る。バターは冴波が買ったものを、砂糖とレモンは雫が出して来たものを使わせてもらうことにした。
 鍋に水と十八切れにしたリンゴ、白ワイン、砂糖、バター、薄切りにしたレモンを少しだけ入れて、火にかける。ガスの火は弱火にした。これで、焦げつかないように気をつけながら、やわらかくなるまで煮るのだ。
(出来上がったら、アイスを添えて……と)
 煮ながら、盛り付けのことを考えていた汐耶は、ふいに気づいて声を上げた。
「いけない! 私ったら、アイスを買い忘れて来たわ」
「アイス?」
 後ろから、驚いたように冴波が問い返して来るのへ、汐耶はふり返ってうなずく。
「ええ。暑いから、コンポートにアイスを添えたらどうかしらって思っていて、すっかり……。どうしましょう?」
「じゃあ、私がちょっと行って、買って来ましょうか。……たしか、この近くにもコンビニあったわよね?」
 少し考えるふうだったが、すぐに冴波が言った。後の方は、雫への問いだ。うなずく雫に、コンビニの場所を教えてもらい、彼女はエプロンをはずすとバッグを手にする。
「ほんとに、ごめんなさい」
 汐耶は申し訳なくて、思わず言った。
「いいんです、気にしないで」
 が、冴波は笑って答えると、台所を出て行った。

【コンポートとサンドイッチ】
 冴波を見送った後、汐耶はコンポートに集中した。こちらはジャムと違って、形をなくす必要がない。やわらかくなったら、出来上がりだ。
 あたりに、白ワインとリンゴ、それにレモンの混じったやわらかな香りが立ち込める。それに包まれながら彼女は、焦げつかないようにだけ注意して煮続けた。
 やがて、ほどよいやわらかさになったのを見計らって、火を止める。
(冷たい方が、美味しいわよね)
 胸に呟き、濡れ布巾で粗熱を取った後、ボールに移し変えて、冷蔵庫に入れた。
 コンポートができたので、彼女はテーブルの方でサンドイッチを作っている雫を手伝うことにする。
 サンドイッチは、間にリンゴとバナナ、缶詰のミカンを挟み、生クリームとイチゴジャムを敷いたものと、サワークリームとメイプルシロップを敷いたものの、二種類を作った。
「桃缶か何か、もう一種類ぐらい果物があってもよかったわね」
 パンと材料をなじませるために、ラップでくるみながら、汐耶はふと思いついて言った。
「こんな感じでいいと、あたしは思うな。クリームとかジャムとかシロップがたくさんあるし、軽い感じでいいじゃない?」
「そう?」
 雫の返事に、汐耶は軽く目をしばたたく。
「うん。……それより、冴波ちゃん、遅いね」
 うなずいて、雫は壁の時計を見やった。
 つられて汐耶も、そちらを見やる。たしかに、少し時間がかかりすぎているような気がした。ここからコンビニまでは、そんなに遠くなかったはずだ。
 その時、レンジが軽い音を立てた。
「パイが出来上がったみたいだね」
「そうね。私が出すわ」
 言って汐耶は、オーブンの方へと向かう。扉を開けると、芳ばしい香りがいきなり鼻先に押し寄せて来た。入れた時には、餃子ぐらいの大きさだったそれは、膨れ上がってクロワッサン並の大きさになっている。
「美味しそう……!」
 思わず低い声を上げながら、汐耶は天板ごとそれをオーブンから出した。

【お茶の時間】
 冴波が戻って来たのは、汐耶が焼き上がったパイを大皿に移して、かわりにパイシートの残りを適当な大きさに切って天板に並べ、オーブンに入れたあたりでだった。
「お帰り。遅かったんだね?」
 冷めたジャムを瓶詰めにしていた雫が、声をかける。
「もしかして、アイスがなかったとか?」
 汐耶も、思わず問うた。が、冴波は苦笑して言う。
「いえ。ちょうど特売日でいろいろあって、迷ってしまって……。これでよかったかしら」
 渡された袋の中には、ファミリーサイズのアイスの箱が二つも入っている。一つは紅茶で、もう一つは抹茶だ。
「あら、二つも買って来てくれたんですね」
 汐耶は言って、笑った。
「大丈夫です。きっと、美味しいわ。すぐに盛り付けますね」
 そのまま彼女は、身を翻す。
 汐耶は冷蔵庫からコンポートを出して、小皿に盛り付け、冴波が買って来てくれたアイスを横に添える。少し迷って、アイスは結局、両方を添えることにした。
 冴波は、雫を手伝っているようだ。
 そうこうするうち、オーブンの中のパイシートも焼き上がり、かたずけられたテーブルの上には、大皿に盛られた菓子の数々が並んだ。
 汐耶がアップルティーを入れ、全員にそれが行き渡ったところで、椅子に腰をおちつけて、試食――というより、お茶の時間となった。
 汐耶が最初に口にしたのは、アップルパイだった。一口食べると、さっくりした口当たりと共に、リンゴの甘酸っぱい味が口の中一杯に広がった。チョコレートとの相性もいい。
「美味しい……!」
 思わず小さな声が漏れる。隣では、冴波も自分の作ったものを食べているようだ。
 汐耶はそれをたいらげ、コンポートに手をつけようとして、ふと隣で冴波がそれを口にしているのに気づいた。思わず尋ねる。
「味はどうですか?」
「あ……。美味しいです。ワインの風味がよく効いていますよね」
「よかった」
 冴波の答えに、彼女はホッとして笑った。
「私、洋菓子作るのってちょっと苦手で……。いつも、なんだか一味足りない感じになってしまうんですよ」
「そうですか? このコンポートは私、好きな味ですけど」
 思わず言った言葉に、冴波は驚いたように返して来る。
 好きな味と言われて、汐耶も少し驚いた。が、すぐに照れくさくなって笑う。
「そう言ってもらえると、うれしいです」
 そんな二人のやりとりに、さっきから黙々とコンポートを食べることに専念していた雫が顔を上げた。
「うん、ほんと。美味しいよ、これ。汐耶ちゃん、洋菓子も自信持っていいって」
「ありがとう、雫ちゃん」
 汐耶は笑って、それへ返す。
 そうやって、少し遅い午後のお茶の時間は、なごやかに過ぎて行くのだった。

【エンディング】
 そうして、気がつくと、テーブルの上の菓子類はほとんど食べ尽くされてしまっていた。
 サンドイッチも美味しかったし、パイシートの残りを使ったお菓子も、口当たりがよくて、悪くなかった。真っ赤なリンゴジャムはすばらしい味わいで、パイシートのお菓子につけて食べるには、ちょうどよかった。アップルティーは香り高く、リンゴづくしの午後は深い満足と共に幕を閉じた。
 帰りには、ジャムを一瓶づつと、アップルパイの焼く前のものをもらって、家路に着いた。
(今日はいい休日だったわ。……コンポートは好評だったし、買って行ったものも、全部使ってもらえたし)
 一人家路をたどりながら、汐耶は満ち足りた心地で、そんなことを思って小さく微笑んだ。実際、コンポートは、自分でも満足できる味に仕上がっていた。
 帰宅した後、彼女はジャムとアップルパイを冷蔵庫に入れ、それとは別にもらって来たリンゴの皮の残りを、さっそく細かく刻んだ。ポプリにしようと考えたのだ。
 数日後。天日で干して乾かしたリンゴの皮は、布の袋に入れられ、汐耶の手でほのかに甘い香りを放つポプリと化した。
(いい匂い……)
 うっとりとその香りを嗅ぎながら、汐耶はふと思いつく。
(そうだ。これ、雫ちゃんと三雲さんにもあげたら、喜ぶかもしれないわね)
 雫には、明日届けようと考える。きっと、いつものネットカフェに行けばいるはずだ。冴波がどこに住んでいるのかは知らないが、雫に頼めば、渡してもらえるだろう。
 汐耶は、ポプリを見やって、二人の喜ぶ顔を思い浮かべ、小さく微笑むのだった――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1449 /綾和泉汐耶 /女性 /23歳 /都立図書館司書】
【4424 /三雲冴波 /女性 /27歳 /事務員】




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■         ライター通信          ■
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●綾和泉汐耶さま
いつも参加いただき、ありがとうございます。
ライターの織人文です。
実だけでなく、皮の使用方まであって、勉強になりました。
お菓子の方はコンポートを主に作る、という形になりましたが、
いかただったでしょうか。
少しでも楽しんでいただければ、幸いです。
それでは、またの機会がありましたら、よろしくお願いいたします。