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<東京怪談・PCゲームノベル>


消えゆく世界、残り少ない平凡な一日


 不思議と、あまり負の感情は浮かばなかった。

 終わるということは、よく分かっている。ニュースを見れば、人を見れば、世界を見れば、そんなことは嫌というほどに分かるのだ。
 それでも、彼の中には、不思議とそういう感情は生まれなかった。
「…このまま、俺も消えるか…」
 まぁ、それも悪くはないと、そんなことを思う。長く生きたせいか、はたまた別の理由か――それは、杜埜犬・鴉悸自身にもまったく分からなかった。

 それでも、興味がなくなったわけではない。
 何故この世界がこうなったのか。それだけは知りたかった。
 ただの気まぐれだったのかもしれないが、何故か鴉悸はそう思った。

 そして、それはあっさりと叶うことになる。
 願えば、そこに存在する存在があるから。



「ギア、だったか…確か」
「人間たちは我をそう呼ぶな」
 彼の隣には、一人の少女が立っていた。堅く瞳を閉じながら、しかしその瞳は何かを見つめているように思える。
 地球の化身と言われるギア。それが、彼の隣に立っていた。
「…ここにいるなら、お前と話すのも退屈しのぎにはなるだろう。質問はいいか?」
「好きにしろ。我はお前たちの望むことをかなえるだけ」
 感情の篭らない答えに、鴉悸は少しだけ苦笑して、一つ溜息をついた。そして、それから改めてギアを見る。娘よりも随分と小さいな、などと考えながら。
「この世界は終わるのか?」
「あぁ、もうすぐ終わる。時間はほとんど残されていない」
「それはなぜだ?」
「答えずとも分かるだろう? 寿命だよ。
 ガイア理論と言ったか、確か。地球を一つの複雑な機能を持った生命体であると定義したのは。まさにその通りだ。理由は様々だが、既に戻らぬところに来てしまった。そういうことだ」
「ならば、その理由とは?」
「言ってしまえば、文明が地球を陵辱した。元々あった時間を、その行為が削り取ってしまった。
 生命とはそういうものだろう? 傷つけば、それだけ早く死ぬ。単純な話だ。
 まぁ、我の上に何かが存在した時点で、そうなることは決定付けられていたが」
「最早取り返しはつかないのか?」
「不可能だ。最早地球自身で止めることの出来ないところにきている。後は遅いか早いか、それだけだ」

 そこまで一気に質問して、鴉悸は大きく息を吐いた。ギアは変わらずそこに立っている。
「なるほど…お前の答えを聞いていると、不思議と納得できるな」
 小さく笑う鴉悸に、しかしギアの表情は変わらない。
「満足したか? お前の望みはかなえたが」
「まぁそう言うな。もう少し話をしよう」
 今はただ、話をしたかった。何故そう思うのか、彼自身もよくは分からない。



「なぁ、お前には家族というものはいるのか?」
 それは、突然の質問だった。それまではすぐに答えていたギアも、その質問には言葉が止まった。
「…そうだな。お前たちの定義する『家族』という存在はいない。
 しかし血縁関係という意味では、この地球上に存在する全てのものは我の家族と言ってもいい。それがどうかしたか?」
 その答えが、いかにも彼女らしくて鴉悸は少し笑う。そして、彼は語り始めた。

「さて、俺は何年生きたのか…まぁ、お前という存在に比べれば、本当にちっぽけな時間だろうが」
 それでも、半妖である彼の生は、普通の人間に比べれば圧倒的に長い。
 長い生というのは、時としてそれだけで苦痛になるときもある。
 長い生が、短い時間を生きる存在を見ることを強要する。短い時間の中にあるものはそれ故に足掻き、時としてそれがあまりに情けなく、汚く映ることもあった。
 それも、彼の人間不信を深める原因の一つだったのだろう。

「そんな俺にも…家族と呼べる存在が出来た」
 だからどうした、と言われてしまえばそれまでだが、それは彼にとって相当ショッキングな出来事であったことには違いない。
 それまで、他人との係わり合いは多くなかった。何処かで避けていた節もあったのかもしれない。そんな自分に、たとえ血縁関係でないにしても娘が出来たのだから、それは彼にとっては一大事であると言えた。
「あいつが、俺のことをどう思っているのかはよくは分からん。いや、それは俺にも言えるか」
 そして、自嘲気味に笑う。
「所詮、俺は父親代わりであって父親ではない。そんなことは分かっているんだ。しかし…最近、ずっとその娘のことを考える。
 不思議なものだ、前からこういう状況になれば俺はそのまま消えていくだけだろうと思っていた。しかしだ、最近はそんなことを思うこともない。ただ、あいつのことだけを考えている」
 それは、彼には今一理解できない感情であり、思考であった。他人をそうそう信じない彼が、こうやって他人を思うことなどあっただろうか。こうやって話をしている間も、浮かんでくるのはその娘の顔。
 ギアに言っても仕方のないことなのかもしれない。それでも、誰かに話を聞いて欲しかった。この名前をつけられないでいる感情を。
 それを、ギアはただ黙って聞いていた。

「あいつは、俺のことを好きだという」
 彼女がそういうときの顔を、彼はただ静かに思い出す。
「それは、俺が育ての親だからそう思うのか。ただ恋に恋焦がれるからそう思うだけなんじゃないか。
 だから俺は、あいつに言うんだ。お前のその感情は、ただの恋に対する憧れだ、と。だが…本当のところはどうなんだろうな」
 鴉悸は小さく笑う、自嘲を含んだ笑みを浮かべながら。
 最近その娘のことしか考えられなくなって、初めて気付いたのかもしれない。その感情が、本物であるかもしれないということに。
 だからだろうか。鴉悸は最近少し怖くなる。もしそうだとしたなら、自分はどうしたらいいのだろうか、と。
 受け入れるべきなのだろうか? それとも、それを拒むべきなのだろうか?
「俺にとっての家族とは、あいつとはなんなんだろうか。…もしかしたら、俺はあいつ以上に何も知らないのかもしれないな」





 気付けば随分と話し込んでいたらしい。彼がふと顔を上げたとき、世界は赤く染まっていた。
 終わりが近いというのに、世界はまだ美しい。なくなる直前になってそんなことに気付いた彼は、また小さく笑う。
「…お前は、よく笑うのだな」
「俺自身、不思議で仕方がないな」
 確かに、今日は本当によく笑っている。それもまぁ、悪くはないと鴉悸は思う。

「ギア」
「何だ?」
「もしこの世界が滅びて…いや、俺が滅びてしまったら、あいつは一体どうなるんだろうな?」
 ふと思う。今、彼のことを好きだという娘は、自分がいなくなってしまったらどうなるのだろう、と。
 彼がいなくなったとして、それでも娘は生きなければならないのだから、なら彼女は新しい世界を作っていくのだろうか。
 もしそうなったとしたら、彼女には幸せになって欲しいと思う。それは親ならば当然の感情だ。きっと、彼女もそうなったら自分の幸せをまた探し始めるだろう。
 しかし、それを考えたくないと思う自分もいる。そうなっては欲しくない、そこに自分がいないということを考えたくない――そんな感情も、同時に抱く。
「それは我にも分からん。その娘がどう生きようと、それはその娘が決めること。だが…」
 そこで、彼女が初めて少し笑った。
「それは、きっとその娘も同じことを考えているのだろうな。お前たちの言う『家族』とは、そういうものなのであろう?」
 その言葉に、鴉悸は少し驚いたように目を見開き、そしてまた小さく笑った。
「あぁ、そうかもしれないな」

「ギア、最後に聞かせてくれ」
「何だ」
「お前にとって、『家族』とは何だ?」
 それを聞いて、彼女もまた小さく笑う。
「そうだな…我にとって、『家族』とは…全て、だな。
 お前たちは、この世界に存在する全ては、我にとって息子であり娘である。お前たちの見るものは我の見るものであり、お前たちの死は我の死でもある。
 故に我はお前たちが愛しい。お前がその娘を愛しいと思うのと同じようにな」





* * *



 そうして、ギアは鴉悸の前から消えた。
 彼女がいた場所を見つめながら、鴉悸は静かに思う。
(親、か…)
 彼が娘に対して思う感情に、いまだ名前は付けられていない。だが、それもまたいいと思えた。
 時間はまだある。ゆっくりと探していけばいい。あせる必要などないのだから。

 自己の思考に埋没していた彼に、涼しい風が当たる。
 ハッと顔を上げれば、時は既に夜。以前と違い人工的な光が随分と減ったおかげで、この東京という街でも星を眺めることが出来た。
「…しまった。怒っているだろうな」
 彼は呟く。娘が、今どんな気持ちで待っているだろうかと考えながら。
 それを考えて、小さく溜息を吐く。帰ったらどうなるか。
「…詫びでも入れるか」
 それも自分のせいであり、仕方がないから娘にやるものを探すために彼は歩き始めた。彼が帰るのはまだ少し遅れそうだ。





<END>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【4814/杜埜犬・鴉悸(とのい・あき)/男/352歳/骨董屋】

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■         ライター通信          ■
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 どうも初めまして、へっぽこライターEEEです、今回は発注ありがとうございました。
 体調不良により、少しだけ遅れてしまい申し訳ありません(汗

 さて、親の立場から世界を見る、というプレイングが初めてだったので、色々と考えながら書いてみたのですがどうだったでしょうか?
 鴉悸さんの中にある親としての感情、一人の男性としての感情…きっと、それらが鬩ぎあっているんだろうなぁとか。娘さんとの関係がこれからどうなるのか…ちょっと気になるところでもあります。
 親としての愛情と恋愛感情は似て非なるもの…それを、鴉悸さん自身がどう思い判断するのか、楽しみです。

 それでは今回はこのあたりで。ありがとうございました。