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竜宮城で会いましょう
それは或る蒸し暑い日のことでした。
「大変、大変っ!何が大変かっていうと、もう大変なの!」
東京の片隅、住宅街の一角に佇む雑貨屋から、けたたましい声が響きました。
声の主は、つい最近正式な魔女になったばかりの少女。
一応、この雑貨屋の主人のようです。
「大変大変・・・はぁ、あっつう」
少女、ルーリィはひとしきり騒いだあと、ぜいぜいと息を尽きました。
それを見ていたルーリィの使い魔、シェパード犬・・・と言っても今は青年の姿をしている銀埜は、
店内にもクーラーを設置するべきだと、しみじみと思いました。
この店とそれにくっついている住居は、彼らの祖国からそのまま運んできたので、
日本の気候に適した造りにはなっていないのです。
銀埜は汗をたらりと垂らしている主人を団扇で扇ぎながら、言いました。
「それで、何が大変なんです?」
銀埜の言葉に、ルーリィは彼のほうをガバッと向いて、身振り手振りを交えながら答えました。
「あのね!裏庭が、というか裏の空き地がね!水でいっぱいなのよ」
「はぁ」
銀埜は主人を団扇で扇ぎながら、気のない返事をしました。
内心、ルーリィは頭が茹ってしまっているのだろうと思っていました。
下僕にあるまじき感想ですが、彼らの場合仕方のないことでもありました。
「とりあえず、来てみたら分かるのよ。早く早く!
大変ったら大変なんだから。何が大変かっていうと」
「大変なんですよね」
銀埜は一言ため息をつき、ルーリィにずるずると引っ張られて行きました。
裏庭、否裏の空き地に連れて行かれると、
そこには既に使い魔の一人であるリックと、ルーリィの娘のリネアが立っていました。
なぜか二人とも、呆然としています。
その理由に、銀埜はすぐに思い当たりました。
成る程、ルーリィの言ったとおりだったのです。
「確かに・・・ははぁ、これは大変ですね」
一応銀埜もルーリィの出身地、魔女の村で育ってきましたから、
大抵の『大変』には慣れていますので動じません。
ですが今回はさすがの銀埜も、少々唖然としてしまいました。
犬になった銀埜が、キャッチボールをしながら駆け回れる程の広さの空き地には、
何もありませんでした。
つい先日までは、ここには雑草がところどころに生えた土があったのですが、
それすら無くなっています。
その代わり、どこから持ってきたのか大量の水が、空き地一面に広がっていました。
銀埜が少し寄って覗いてみると、空き地の底は大分深くなっているようでした。
「・・・これは既に池ですね」
「池だよなあ」
「沼じゃないの?」
銀埜の声に、リックとリネアがそれそれのんびりした声で返してきます。
ですが事態は、そんなのんびりしたものではありません。
「沼じゃねえだろ。だって一応水澄んでるもん」
リックは、沼と答えたリネアに苦笑して言いました。
確かにリックの言うとおり、その『池』の底が見えるほどに水は澄んでいました。
ともすれば、此処で泳ぐことさえ出来そうです。
「あ、母さん。魚がいるよ!」
リネアが嬉しそうな顔で指差した先には、確かに小さな魚が群れを成して泳いでいました。
・・・明らかに尋常な事態ではありません。
とりあえず店に戻った銀埜は、一見落ち着いたかに見えたルーリィに尋ねました。
「・・・あれは何なんです?あなたの魔法の失敗ですか?」
「違うわよ。それにあんなもの出せるわけないじゃないの。
・・・でも、あれはやっぱり魔法なのかしら」
「尋常ではありませんしね。
魚も泳いでいましたし、どこかの異空間と繋がってしまったと思ったほうが良いでしょう」
「この季節にはいいんだけどね・・・暑いし」
「そんなのんびりしたことを言ってる場合ですか。あれが店まで侵食しないという保障はないですし。
それにしても、何故ー・・・というか、彼女は?」
銀埜は、この店の住人の中で唯一顔を見せていない彼女のことを思い出しました。
ルーリィも同じ事を考えていたようで、二人は目を大きくして顔を見合わせました。
そして、ぼそっと呟くように言いました。
「・・・リースだわ」
■□■
「まあ、それはそれは」
「おいけができてるの。ルーリィちゃんのまほうなの?」
ルーリィに誘われ、裏庭に出現した池を見に来た来訪者二人は、驚いた顔をしてそういいました。
一人は中学生ほどの可愛らしい少女、黒い艶やかな髪に鮮やかな振袖姿が良く似合う、大和撫子です。
榊船・亜真知(さかきぶね・あまち)と名乗るその少女は、久しぶりに訪れたこの店で起こっている珍事に、
余裕たっぷりに微笑みました。
「何か楽しいことが起こりそうですわね。良い時に伺いましたわ」
「…楽しいかどうかは分からないけど。とりあえず、いらっしゃってくれてどうもありがとう、亜真知さん」
ルーリィは苦笑を浮かべながら、亜真知に言いました。
ルーリィが彼女と会ったのは、ルーリィの魔女検定試験以来のことです。
どうやら亜真知も気になっていたようで、今回店を訪れてみたということなのでした。
亜真知は傍らにいるリネアの頭を撫で、優しく微笑みました。
「お久しぶりです、リネア様。お元気でしたか?」
リネアは、生まれたときに傍にいたという亜真知の雰囲気は覚えているものの、
亜真知と話をするのは初めてです。ですが頭を撫でられ、少々くすぐったそうに笑いながら言いました。
「うん、元気…です!亜真知…姉さん?何だか懐かしいような気がする」
「そうですか。覚えて下さってるのですわね、嬉しいですわ」
そしてもう一人、来訪者が居ました。
池の中を覗き込んで興味深そうにしている、4,5歳の男の子です。
常に頭に木の葉を乗せている、少し変わっているけども可愛らしい子でした。
名前は、彼瀬・えるも(かのせ・えるも)と言います。
「お魚さんがいるのー。すずしそうなの!」
男の子は、遊びたそうにうずうずしています。
そしてふと我に返り、傍らにおいてあった西瓜をよいしょ、と両手で抱え、ルーリィに差し出しました。
「おみやげなの!夏にはすいかなのー」
「わあ、ありがとう、えるもくん。冷やして、あとで皆で食べましょうね」
「美味しそうな西瓜ですわね」
「うん、えるもちゃん気が利くね!」
亜真知とリネアも嬉しそうに言いました。
泳ぎ疲れた身体には、西瓜の甘い水分がとても良く染み渡ることでしょう。
そしてこの時、誰一人として、”泳がない”という選択肢がないことに気づいた者はいませんでした。
基本的にこの店も、そして来訪者も、のんびりしているが故のことです。
「ルーリィ、お客様ですよ」
店の中に引っ込んでいた銀埜が、裏庭に顔を出してきました。
ルーリィはあら、と首をかしげます。
こんな事態ですから、通常の営業は厳しいわね、そう思っていたものですから、
「ごめんなさい、お客様なら―…」
「俺、もうだめだ〜…志半ばでこんなとこで倒れるとは…ぐふっ」
銀埜を押しのけて、そんな縁起でもないうめき声をあげながら、裏庭にふらふらとやってきた者がいました。
12歳ほどのボーイッシュな少女です。普段ならばあちこちに元気を振りまくような少女ですが、
今は顔面蒼白で、今にも倒れそうな勢いです。
ルーリィは知った顔の少女を見つけ、思わず飛び上がりました。
「だ、大丈夫、紅珠さん!?」
少女―…浅海・紅珠(あさなみ・こうじゅ)はふらふらと駆け寄ってきたルーリィにもたれかかり、
背負っている何だかやたらと大きな荷物を床に投げ出しました。
「こ、こればあちゃんから。海龍の牙と角と鱗…生え変わりの時期だから。
あとこれは正真正銘の海洋深層水、美容にもいいぜ…。そんでこれは水饅頭。冷やして食べると美味いから…」
ふらふらの瀕死―…外傷は一切ないのですが―…にも関わらず、
震えながら荷物の中からあれやこれやと取り出してルーリィに預けていく紅珠です。
「うん、うん。ねえ大丈夫?!そんなのあとでいいから…!あら、でもありがとう」
ルーリィはどう介抱しようかと慌てながらも、ちゃっかり礼を言ったりしました。
そんな突然の来訪者に、えるもと亜真知も心配そうな顔で近寄ってきました。
「どうなさったのです?熱中病でしょうか」
「おいけがあるの!水汲んでくるの?」
親切なえるもの言葉に、紅珠はパッと顔を上げました。
彼女の眼の先には、えるもの言う裏庭一面に広がる池がありました。
紅珠はバッと立ち上がり、突然着ていたシャツを脱ぎ、上半身はキャミソール一枚になりました。
そしてルーリィたちが唖然としている中、ダッと駆け出して池に向かい、
綺麗なフォームで池に飛び込みました。
ザバン、という水がはねる音と水しぶきがルーリィたちのところまで届き、彼女達は思わず眼を覆いました。
そして暫く経つと、水の中から紅珠が頭を出し、ぷはぁ、と息を吐きました。
「あー生き返った!水があって助かったぜー。何であるのか知らないけど」
紅珠は満面の笑みを浮かべて、池の縁に腕を置きました。
その紅珠の頭の先には、緋色に金粉をまぶしたような、魚の尾がゆっくりと跳ねていました。
それは金魚のようでしたが、ずいぶんと大きいものでした。
まるで人間の足ほどもあります。
それを見たえるもは、眼を大きくして池のふちに駆け寄りました。
そして紅珠の顔の先にしゃがんで言います。
「おねーさん、お魚さんなの!?」
紅珠はえるもにあはは、と笑って言いました。
「違うよー。俺、人魚なんだ。干からび寸前だったから、マジで助かった。
池ン中気持ちいいぜ?えーっと…」
「あ、かのせえるも、よんさいです、なの」
「へえ。俺、浅海紅珠。そっちのおねーさんは?」
紅珠は嬉しそうに尻尾を動かしながら、えるもの後ろで楽しそうに眺めている亜真知に声をかけました。
亜真知は優雅に頭を軽く下げ、
「榊船亜真知、と申します。人魚様も大変なのですわね」
「亜真知ね、宜しくっ。そーなの、夏は泳ぐの楽しくいいんだけどさあ、よく干からびちゃうんだよね。
今日もここの店に来るまでに、もう限界でさー。で、この池何なの?」
紅珠は既に池につかりながら、いまさら、なことを言いました。
そんな紅珠の問いに答えてくれたのは、新しい声でした。
「それをこれからしらべるらちぃでちゅよ。おねーたん、すずしそうでいいでちね」
そんな舌ったらずな声で愛嬌を振りまきつつ現れたのは、綺麗な金髪を持つ少年でした。
どうやら賑やかな声を聞きつけ、勝手に入ってきてしまったようです。
「もうちおくれまちた、わたちはくらうれす・ふぃあーとといいまちゅ。
みなちゃんのおなまえはいいでちよ、こっちょりききまちた」
舌ったらずだが流暢に話す、クラウレスと名乗る子供。
ルーリィは池のふちに集まって賑やかにしている彼らを眺めながら、
また個性的な面々が集まったものだと思っていました。
亜真知が水質調査をしてみた結果、池の水は単なる海水のようでした。
既に涼しい顔で海水を堪能している紅珠の、「気持ちいいって!」の一言で、
来訪者たちの泳ぎたい気持ちは高まりました。
そんな様子を眺めていたのは、リネアです。
彼女の肉体は木の人形なので、水に入っても浮いてしまって泳ぐことは出来ないのです。
「いいなあ…」
そんな風に呟いた言葉を耳ざとく聞きつけた紅珠は、笑顔でリネアに言いました。
「リネアも来るかー?涼しくて気持ちいいぞぉ。ほら、泳げなくても浮き輪があれば大丈夫だって!」
リネアはそんな紅珠に、首を振って答えます。
「泳ぎたいけど、ダメなの。私、浮いちゃうんだ」
「あら、それでしたら簡単に済みますわよ」
隣で聞いていた亜真知が、にっこりと微笑んでリネアの肩に手をかけました。
そして何事か念じたあと、リネアに向かって言います。
「これで大丈夫ですわ。一時的にリネア様の重力を下げましたから、水に入っても沈むはずです。
それから…」
さっとリネアの前で手を振る仕草を見せました。
「空気の膜で覆いましたので、水も遮断してくれますわ。
ずっと水に使っていると、リネア様のお体にも良くなさそうですしね」
「…っ!亜真知姉さん、ありがとう!」
正直に言いますと、リネア自身は亜真知の言う言葉の半分も分かりませんでした。
ですがとりあえず、亜真知が自分が水に入れるようにしてくれたのは分かったので、
満面の笑みを浮かべて頭を下げました。そして、わーい、と飛び跳ねて喜びます。
そんな様子を池の淵に腕を預けて眺めていた紅珠は、ひゅう、と口笛を吹きました。
「すっげえ。亜真知サンって魔法使い?」
自分のその中の一人である紅珠は、仲間が増えたのかと思って問いかけました。
亜真知はふふ、と意味深に笑い、「そのようなものです」と答えました。
紅珠は自分の人魚の尾を水面に上げてばたつかせながら、
「へぇーっ。やっぱ世界って広いよなあー。海ン中もそれはそれで広いけどさっ」
「そうですわね。でもわたくし、海の中も神秘的で好きですわよ」
そう笑いながら言い、亜真知は自分が潜る準備を始めました。
といっても亜真知の場合、それは一瞬で済むことでしたが。
リネアにそうしたように、亜真知が手を振ると、彼女の姿は一瞬で振袖から可愛らしい水着へと変わりました。
白いワンピースの水着で、亜真知の楚々とした雰囲気に実によく似合っています。
「さあ、参りましょうか」
驚いて眼を丸くしているリネアの手を取り、やはり優雅な動作で亜真知は池の淵に腰掛、
その細い足を水につけました。
その徹底した大和撫子っぷりに、紅珠は「すっげえな」としきりに呟いていました。
その一方、池の淵から少し離れたところでは、お子様二人が可愛らしく作戦会議を行っていました。
事の発端はリースという魔女だということで、彼女を何とかするつもりのようです。
「えるも、お魚になってみてくるの。多分、おねーさん、水の中にいるのー」
「おさかなになれるのでちか。それはべんちでちね」
男の子が二人、顔を突き合わせてうんうん、と頷いている様は、
誰が見ても和んでしまうもので―…そして無性にツッコみたくなるものでした。
ですが女性陣は泳ぐ算段で忙しく、店の主人とその使い魔は、店のほうに引っ込んで
もらったお土産を整理していましたので、誰もツッコんではくれませんでした。
男の子の一人、金髪のクラウレスは、暫し考えるそぶりを見せてから言いました。
「えるもしゃん、そのおさかなはおおきくなれまちゅか?」
「大きく?ええとね、1めーとる50せんち、にはなれるの」
えるもは両親から教えてもらった言葉をそのまま言いました。
えるもはまだ幼いので、それがどのぐらいの大きさだが良くわからなかったのです。
ですがとりあえず、とても大きいことは知っているので、これぐらい、とばかりに手を広げて見せました。
するとクラウレスは満足そうに頷き、
「ならわたちものせてってくだちゃぁい。ちゅじゅらをもっていくのでち」
「ちゅじゅら?」
えるもはクラウレスの言葉に、小首をかしげて見せました。
ちゅじゅら、とは一体何なのでしょう。
クラウレスは得意そうな顔で、手にしていた箱のようなものを掲げました。
「ぷちぱんどらぼっくす、なのでち。りーすたんがおとひめちゃまなら、わたちはしたきりすずめなのでち。
おはなしにはおはなしでたいこう、なのでちよ」
「なんだかわからないけど、すごいの!えるも、頑張るなのー」
多分第三者が聞いていても良くわからない作戦会議は、こうして幕を下ろしました。
あとは実行するのみです。
えるもは池の淵に歩み寄り、準備を始めました。
先程まで淵のあたりで潜る準備をしていた女性陣の姿は既にありません。
どうやらさっさと泳ぎに行ってしまったようです。
元来真面目なえるもは、リースのことを片付けたあとに遊びに行こう、と思いながら、
くるん、と宙返りをしました。それと同時に、えるもの姿はぼわんと現れた煙に包まれます。
煙が晴れたあとには、1メートルほどの大きな魚が、びちびち、と地面に跳ねてしました。
「よくやったでち、えるもしゃん」
クラウレスは上機嫌で、えるもが変化した魚を持ち上げようとしました。
ですが跳ね回っているのと、思ったより大きかったので、持ち上げることは出来ません。
仕方なくクラウレスは、魚のえるもを押しながら、池のほうへとやりました。
少々鱗が傷ついてしまったようですが、背に腹は変えられません。
「がまんちゅるのでち!」
「が、がんばるのー!」
魚のえるもはぴちぴちと跳ねながら、健気に答えました。
そしてようやく池へとたどり着き、どぼん、と飛び込みました。
魚になったえるもにとって、水の中はとても気持ちが良いようで、すいすいと泳いでいます。
クラウレスはそれを確認し、自分もまた勢いをつけて飛び込みました。
そしてその頃、とても深くて広い池の中で、女性陣は優雅に泳いでいました。
人工的に作られた池とはいえ、その水は海水、しかもあちこちの岩には珊瑚が生えているという芸の細かさです。
まるで海に戻ってきたような気分で、紅珠は上機嫌で海中散歩を楽しんでいます。
亜真知に手を引かれながら、初めての海水浴を体験中のリネアは、
あちこちに泳いでいる小魚の群れに、心を躍らせています。
「すごいね、亜真知姉さん!とっても綺麗!」
「ですわね。これはやはり、こちらの裏庭とどこかの近海をリンクさせているのでしょうか。
魔法とはいえ、人造でこれほどまでの海を再現するのは、時間もかかるでしょうし」
はしゃいでいるリネアとは違い、亜真知は海を満喫しながらも、冷静に分析しています。
そんな二人の周囲を、器用に緋色の尾を動かして旋回している紅珠は、笑って言いました。
「まあまあ、せっかく泳げんだしいいじゃん、何だって。誰だか知らないけど、リースって人に感謝!
もうずっとこの池置いといてくれないかなー」
そうすれば、手軽に海水浴を楽しむことが出来るのです。
しかもこの海は紅珠から見てもとても澄んでいて、さらにいうと無料なのです。
これだけ有意義な魔法もないんじゃないか、と紅珠は思いました。
「な、リネア。海はいいだろー?」
「うん、最高!ねえねえ、イルカさんっていないのかな?水族館にはいるんだよね」
図鑑でその海にいる可愛らしい動物を見たらしいリネアは、好奇心に胸を高鳴らせて尋ねました。
もしいるなら、是非とも一緒に海中散歩したいと思ったのです。
「イルカ、ですか。もしいるのでしたらわたくしも会ってみたいですわね。
彼らはとても穏やかで人懐っこい生き物だということですし」
「うーん、どうだろうなぁー。あれはかわいいけどさ、さすがに此処にまでは持ってきてないんじゃない?
はぐれイルカが入ってきてもかわいそうだし」
「そっかあ…」
リネアは思わずしゅん、と顔を曇らせましたが、気を取り直して笑顔を見せました。
「じゃあ、また水族館に行ってみるね!私、まだ本物のイルカって見たことないんだ」
そんなリネアに、亜真知はくすくすと笑いながら言います。
「まあ、リネア様。そんな水族館など行かなくても、此処に最適のナビゲーター様がいらっしゃいますわよ?
ねえ、人魚さん。人魚さんに誘われてイルカと楽しむなんて、そう体験出来ることじゃありませんわ」
紅珠は亜真知の言葉に、一瞬眼を丸くしました。
そしてふん、と胸を張って、「そのとおりっ」と言いました。
「本物の海に行けば、俺がいくらでも案内したげるって!
亜真知も海に来るときがあったら言ってな。俺、張り切っちゃうからさ」
へへ、と笑う紅珠に、亜真知も微笑みで返しました。
亜真知は人知れず、夏に最適な友人が出来たと、内心思っていました。
「あれ、クラウレスちゃんだよね?」
そのとき、リネアが大きな魚の上に乗って池の奥へと進んで行く金髪を発見しました。
リネアの指の先に眼を向けた紅珠は、ほんとだ、と呟きました。
「あの魚って何かな?やたらでっかいんだけど」
「…ルーリィ様は変化術がお得意でないそうなので…あの男の子でしょうか」
「えるもちゃんかな!えるもちゃんは狐なんだよ」
リネアはえるもの可愛らしい子狐姿を思い浮かべて、頬を緩ませます。
亜真知は成る程、と頷いて、池の底へ潜っていく一人と一匹を見送りました。
「狐、と言うことは変化の達人ですものね。
ならばあちらはお任せしても大丈夫でしょう」
あちら、というのはつまりリースという魔女のことです。
亜真知は子供達に厄介な魔女を任せる気満々で、自分の横を指差しました。
「あちらのほうにも泳いでみませんか?珊瑚が群生しておりましたよ」
「へぇ、行ってみよー!珊瑚の回りなら、綺麗な小魚いっぱいだよ、リネア」
「うん、小魚って可愛いよね」
亜真知の提案に、二人はもろ手をあげて賛成しました。
割と女性陣は切り替えが早いようです。
ですがそれも、世の常というものなのでした。
そして女性陣からいつの間にか任されてしまったクラウレスとえるもは、ようやく池の底にたどり着きました。
底には岩がごろごろしており、どこかの深海のようです。
「おおきなかいがあるでちね。たべられるでちか?」
クラウレスは魚のえるもから降り、海水を少し泳いでみました。
クラウレスの言うとおり、池の底にはとても大きな貝が鎮座していました。
それは大の大人ならば一人ぐらい余裕で入れそうな大きさです。
「あんまりちかづくと、逆に食べられちゃうの」
魚のえるもは、心配そうに言いました。
クラウレスは、だいじょうぶ、と笑って言いながら貝に近づき、そっとさわってみました。
すると、ゴゴゴゴ、という変な効果音と共に、貝のふたがゆっくりと開いていきます。
クラウレスは驚いて、えるものところに飛んで帰りました。
「あいたでち!たべられちゃうでちよー!」
「中に人がいるの。おねーさん、だれなの?」
半分パニックになるクラウレスを背に乗せながら、えるもは貝の中を覗き込みます。
確かにそこには人影がありました。
そして貝が完全に開くと、中からふんぞり返った女性が姿を現しました。
波打つ金髪を漂わせ、白い布のような服をまとっています。
まるで何かの絵画を気取っているような女性に、クラウレスは思わず叫びました。
「さぎでち!さぎなのでち!」
「誰が詐欺よ、このガキ!」
女性はクラウレスに、思いっきり怒鳴りました。
そしてどすん、と開いた貝の上にあぐらをかいて座ります。
貝は人造のもののようで、中には布がしきつめてありました。
「全く、来るのが遅いのよ!ふやけちゃうじゃない」
女性はぷりぷりと怒って言いました。
そんな女性をよそに、クラウレスは魚のえるもにぼそぼそと囁きます。
「なんだかへんなおねえたんでちゅよ。しかもがらわるいでち」
「多分、リースさんなの。でも髪の毛金色なの」
ルーリィから聞いてきたリースの姿は、赤い髪をした女性です。
ですが目の前の柄の悪い女性は、波打つ金髪でした。
えるもがそれを問うと、女性―…リースは、きょとん、として言いました。
「え?だってほら、乙姫って金髪でしょ?」
どこから仕入れた情報かは知りませんが、明らかに間違っているリースに、
クラウレスは呆れて言いました。
「おとひめちゃまは、くろかみのびじんでち。あなちゃはちがうのでち!」
「何よ、美人はあってるじゃない」
ふん、と身の程知らずなことを言うリースに、えるもはどうしようか暫し考えました。
そして思いついたように、ぺこりと頭を下げました。
「はじめまして、かのせえるも、4さいなの」
但し魚の姿なので、頭を下げるのは少し辛そうでした。
そんなえるもを見て、リースはぷ、と噴出しました。
「4年も生きてると、そんなでかい魚になんのね!子狐ちゃん」
「…しってるなの?」
「リネアとかに聞いたわ。よーこそ、あたしの竜宮城へ」
ふふん、と胸をはり、リースは手を広げました。
クラウレスはじとっとした眼で、リースを見下ろします。
「わたちはくらうれすでちゅ。…そんでここはりゅうぐうじょーじゃないでち。
おねえたん、なにかかんちがいしてるでちゅ」
「…うっそお」
リースはクラウレスの言葉に、身体を硬直させました。
やはり何かと勘違いしていたようです。
「だってかめちゃんもいないち、たまてばこもないのでちゅ」
「玉手箱って何よ?乙姫ってこういう風に貝から出てくるんじゃないの?」
脳内でごっちゃになっているリースに、クラウレスはもう説明するのは無理だと判断しました。
なにしろ面倒だったのです。
それより早いところ片をつけて、海の中で遊びたいのでした。
「りーすたん、いいものあげるでち」
「はあ」
クラウレスは器用に泳いでリースのところまで行くと、持っていた”ぷちぱんどらぼっくす”を差し出しました。
そして首をかしげているリースに、
「わたちはおとひめじゃなくちぇ、すずめしゃんなのでちよ。
なのでちゅじゅらをあげまぁちゅ」
「はあ。ありがとう?」
リースは首をかしげながら、”ぷちぱんどらぼっくす”を受け取りました。
そして不審そうな顔で、それをあけようとします。
クラウレスはさっさとえるものところに戻り、ちゃっかりとまたえるもの背にまたがりました。
そして不思議そうな顔をしているえるもに、ぼそぼそと囁きました。
「あれはわるいしとにはおちおきがでるでちよ。
りーすたんがわるいしとなら、おちおきされるのでもんだいなっしんぐなのでち」
「クラウレスちゃん、すごいの。リースちゃん、大丈夫なの?」
「…それはわからないでち。たぶんだいじょうぶじゃないでちゅか?」
そんなことを囁きあっている子供達の耳に、リースの素っ頓狂な声が届きました。
何事かと思い見てみると、何故かリースの手には、数冊の絵本がありました。
「それがでたでちか。それよんでおべんきょうするでちよ」
妙に納得したようにクラウレスは頷き、リースに言いました。
リースは憮然とした顔で、「何よもう」と呟きました。
やはり自分が勘違いしていたことは、少し恥ずかしいようです。
そしてえるもは、すい、と泳いでリースに近づきました。
「えるもはリネアちゃんたちと遊んでくるの。おねーさんはひとりでいいの?」
そんな遠慮がちに尋ねてくるえるものやさしい言葉に、リースは魚のえるもを見上げて言いました。
「ま、大丈夫よ。ちょっとまってなさい、これ読んで勉強するから!」
そういうリースは、”ももたろう”と題名が書かれた絵本を掲げて、おおいばりで言いました。
そんなリースに、クラウレスは適切なツッコミを飛ばします。
「…もうちゅこしじかんがかかりそうでちゅね」
「なら、さびしくないようにするの」
えるもは妙に納得し、ひれの部分を動かしました。
すると色とりどりの海藻や、舞い踊る鯛や平目がリースの回りに現れました。
「えらいでしゅ、えるもしゃん。おねえたん、それがりゅうぐうじょーのじゅうようあいてむでちよ」
「リースちゃん、おべんきょうしおわったら、いっしょにあそぶなの」
「ばいばいでち!」
舞い踊る鯛や平目に気を取られているリースを置いて、クラウレスを載せた魚のえるもは、
また水面を目指して海中を上って行きました。
「あはは、ばっかねえ、あの子ったら」
水からあがってきた来訪者たちを、西瓜と水饅頭が出迎えました。
切り分けたそれを皆に配りながら、えるもたちから事の終わりを聞いたルーリィは、
けらけらと笑いました。
「なあルーリィ。この池、どうすんの?」
西瓜にかぶりつきながら、紅珠が尋ねます。
ルーリィはううん、と顎に手を置いて、考えました。
「そうねえ。害はなさそうだし、夏の間だけでも置いとこうかしら」
それを聞いた紅珠は、飛び上がって喜びました。
「やっりぃ。そんじゃまた泳ぎに来るな!」
「ええ、いつでもどうぞ。…なぁに、リネア?」
ルーリィの服の袖をくいくいと引く小さな手がありました。
リネアはルーリィを見上げて、哀願するように言います。
「母さん。イルカは?イルカもってきちゃだめ?」
「……イルカ?」
ルーリィは意味が分からずきょとん、としますが、
分かっている亜真知はリネアの頭を撫でてなだめるようにいいます。
「またわたくしも手伝って差し上げますわ。ですので、今は珊瑚で我慢しましょう?」
「…うん。じゃあまたイルカがきたら、一緒に泳ごうね!」
「ええ、是非とも」
なぜイルカが出てきたのか、事の成り行きがわからないルーリィでしたが、
まあ楽しそうだからいいや、と思いました。
やはりのんびりした店の主人だけある脳内構造です。
「おもしろかったのでち!あとでまたおよぐのでち」
「えるももおみすあそびするなの。銀埜ちゃんも呼ぶなのー」
今日一番の功績者なお子様たちは、はしゃいで西瓜をほうばっていました。
それを見てルーリィは、やはり楽しそうだからいいや、と思いました。
結局この店で起こる珍事は、全て”楽しそうだからいいや”で片付けられてしまうのでした。
…めでたしめでたし?
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼ 登場人物 * この物語に登場した人物の一覧
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
【整理番号|PC名|性別|年齢|職業】
【4958|浅海・紅珠|女性|12歳|小学生/海の魔女見習】
【1593|榊船・亜真知|女性|999歳|超高位次元知的生命体・・・神さま!?】
【4379|彼瀬・えるも|男性|1歳|飼い双尾の子弧】
【4984|クラウレス・フィアート|男性|102歳|「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士】
NPC
・ルーリィ
・リネア
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
▼ ライター通信
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今回は当依頼に参加していただきありがとうございました。
そして毎度の遅延、申し訳ありませんです;
何だかボケ流れなお話になりましたが、如何だったでしょうか。
少しでも楽しんで頂けると大変嬉しいです。
またご意見、ご感想などありましたがお気軽にどうぞ^^
それでは、またどこかでお会いできることを祈って。
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