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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真夏の大掃除・ゴキブリ殲滅大作戦!
 
 思えばなぜ、今までそいつを見たことがないのかと不思議なくらいこの部屋は汚れていた。
 古い雑居ビルの小狭い一室、草間興信所のオフィス内はいつも、所長の草間・武彦(くさま・たけひこ)が散らかした資料だかゴミだかわからない物でごった返している状況なのだ。
 それでもまだ普段はきれい好きな妹の零(れい)が掃除をしているために、奇跡的に『奴ら』の侵略の手を逃れ続けてこられたのだろうけれど…。
 近所の商店街で行われる『夏の恒例大謝恩セール』。一定額毎に引ける福引の、今年の特等は『豪華ハワイ十日間の旅』。
 お目当てのサイフォンセットをはずして見事特等を引き当てた武彦は、海外旅行など行った事もない零にチケットを譲ることにした。が……。
 それが後に、こんな悲劇を生み出すことになってしまうとは!!
 零が出発してちょうど一週間、アバウトな武彦の管理の下、興信所はちょっとしたカオスとなり始めていた。
「さすがにこれは……ちょっと…マズい…か……?」
 壁を走り回る黒色の塊に、武彦の背中を生ぬるい汗が伝い落ちてゆく。もちろん彼には、そこまで汚くしたという気はないのであるが、現実問題として『例のヤツ』が発生しているのだから仕方ない。

『本日臨時休業。取り込み中につき入室は厳禁!!』

 入り口のドアにそう張り紙をして、武彦は戦闘準備を整えに近くのドラッグストアへと向かった。



―――トントントン……
 誰もいないはずの草間興信所の扉が音を立てる。
―――トントントン……
 まるで誰かがノックをしているような、規則的な小さな扉の音。
「……あのぉ…」
 キィ、と微かな音を立てながら部屋の外側へと扉が開かれる。開いた扉の向こう側にも、当然人の姿などはない。
「……誰も…いない…のですか?」
 かすれ気味に響く少女の高い声。音源は扉の近くのどこか。
「あのぉ……草間さん?…本当にいないですか?」
 ゆらゆらと空気が揺れ室内を、目に見えないなにかが移動していく。
「……じゃあ、戻るまでこのまま隠れてます。他の人間に会うのも怖いし…」
 怯えを含んだ口調でそう言うと、“声”はふうっとため息をついた。
「なんだかここは妙に暑いですね。それに小さい生き物がたくさんいる……草間さん、動物好きなんですね。こんなにたくさんのペットがいるなんて」
 部屋の端どころか中央を堂々と、駆け回るネズミやゴキブリがはたして『ペット』と呼ぶ物かどうかは別として。
「私のことも食べないと言ってたし、本当に優しい人なんですね…」
 その言葉を最後に“声”の主は、完全に気配を消しきったらしく、部屋は一見以前とまったく同じ『小動物の楽園』に戻っていた。
 その隅にひっそりと“隠れ”ている姿なき少女の存在には誰も、そう、そこにいる生き物たちにさえ、気付くものはただ一人もいなかった。
『この世の理から外れし者』
 この世界においては異端者であるクリスティアラ・ファラットはただ静かに、部屋の主が帰宅するのを待っていた。
 彼女にとって武彦は数少ない、信用できる人間の一人だった。
(草間さんは私を食べないはず…)
 そう信じることで彼女はやっと、住処である奥多摩の庵から時折『外出』できるようになった。彼の所でなら食べられる恐怖や、殺される恐怖に怯えなくていい、と。
 もっともそうは思いながらもつい、興信所まで『完全』なあたり、人間恐怖症はかけらほども治ってないことを物語っているが…。
 ともあれ彼女はただじっと座って、武彦の帰りを待ち続けていた。どうかそれまで誰か他の人が決して来たりしませんようにとただ、心の中で強く願いながら。

「草間さーん、差し入れ持ってきまし…」
 扉の向こうから聞こえるその声に、クリスティアラはビクリと肩を揺らす。それは彼女には聞き覚えのない、『見知らぬ男』の話し声だった。
「本日臨時休業。取り込み中につき…」
 張り紙を読む声を聞きながら、クリスティアラはきつくまぶたを閉じる。
(お願い…そのまま帰って下さい…!!)
 その願いもむなしくノブが回され、入り口の扉が微かに開く。
 だがそこで思い直したのだろうか。彼は開けかけた扉を再度閉め、入り口の前で立っているようだった。
(………帰るわけじゃないんですね…)
 ありがたいような残念なような複雑な思いで入り口を見つめる。だが、部屋に入られなかったことは、やはり喜ぶべきことなのであろう。
 数分後今度は少し高めの、少年の声らしきものが聞こえてきた。口調からしてもかなり大雑把な、ノリで生きる人間の気配がする。
「…あっ、でもドアの鍵かかってないよ。だったらすぐに戻ってくるんじゃん?」
「あっ…ちょっと、君…」
「えっ…?なに……うっわー!!」
 案の定、彼は扉を開けて悲鳴を上げた。だが別に彼女の存在に気付いたとかいうことではまったくないようだった。
「なんだよこれ、人の住処じゃないじゃんか。草間さん、いったい何してたんだ?」
 どうやら部屋の様子に驚いて、つい悲鳴を上げてしまったようである。
(…ってことはこの生き物たちも、ペットということではないのでしょうか?)
 相変わらずのんきなことを考え、クリスティアラは少年を見つめた。すらりと背の高い彼からはさほど、危険な気配は感じなかったが、その後ろにいる茶髪の青年は、背が低いながらもなんともたくましい体格をしていた。
(………怖い…絶っっ対に食べられる!!)
 すっかり怯えきったクリスティアラには、もはや二人の言葉は聞こえない。
(どうしよう…逃げなきゃ……でも、逃げるには…)
 扉のすぐそばに立つ二人の横を、通り抜けていかなくてはならない。そんなこと彼女には絶対無理で、けれど他に出口になる場所はなく…。
(どうしよう……どう…しよう……)
 絶体絶命―――あくまでも彼女の主観的考えにおける―――なクリスティアラの耳に、救世主ともいえるその人の怒鳴り声が聞こえたのはその瞬間だった。


「俺、志羽・翔流」
「あっ、俺は榊・圭吾っていいます」
 武彦が帰宅したことでようやく“隠れ”るのをやめ姿を見せたクリスティアラに、二人は優しげな笑顔で言った。
「あの、わ…私、クリスティアラ・ファラットです。あの…その…お二人は本当に、私を食べたり殺したりしませんか?」
 クリスティアラの妙な『質問』に、二人は一瞬だけ目を丸くした。
 だが、こういうところに出入りしている人間なりの『慣れ』があるのだろう。すぐに普通の顔に戻り揃って、「食べたりしないよ」と微笑んだ。
「ところでお前ら、事務所のことだけど…」
 ほっとしたような顔のクリスティアラと翔流、圭吾の三人に武彦は事の経緯を説明した。
「…まあ、そういうわけだからお前らも、事務所の掃除を手伝ってってくれ」
「まあ、仕方ないですね」
「まっ、別にいいよ」
 圭吾と翔流が二つ返事をして武彦にうなずき返す中クリスティアラは、「あの、それはちょっと…」と口ごもった。
「…いえ。その、掃除はいいんです。もちろんお手伝いさせてもらいますが…ただ、あの、ゴキブリの退治はちょっと……特定の種族の利害の為に他の種を殲滅させる行為は、禁止事項に抵触しますから…」
 ごめんなさい、と涙目で謝るクリスティアラの頭を軽く撫で、草間は「別に構わんさ」と言った。
「ゴキ退治はこれでする気だったしな。もとよりお前らの手は必要ない」
 腕の中の買い物袋を開けて、武彦は幾つもの赤い缶を出す。『水だけ簡単』と書かれたその缶は、いわゆる蒸散型殺虫剤で…。
「あれっ、これ『パルサン』じゃん。なに?買ってきたの?」
「ああ。すぐそこのドラッグストアでな」
「でもこれ後始末が面倒ですよ。スプレーとかの方が良くないですか?」
「いや、そうも言ってはいられんだろう。なにしろ部屋中にはびこっているからな。第一『パルサン』じゃネズミは死なんから、その後ネズミ退治もするんだぞ」
「えっ、ネズミ?そんなもんまでいるのかよ!?」
「あっ、はい…それは私も見ましたけど……ネズミさんも殺してしまうのですか?」
 可哀相と全面に書いた顔でクリスティアラが武彦を見つめる。「仕方ないだろう」とぼやく武彦に、彼女は涙ながらに訴えた。
「あの、私がネズミさんを捕まえて、どこか余所に逃がしてあげちゃダメですか?あっ…もちろんこの事務所からは遠く離れたとこに逃がしますから……」
「……う〜ん、しかしなあ…」
「別にいいんじゃん?」
 悩む武彦に、翔流が気楽そうな口調で告げる。
「近所に逃がす訳じゃあないんだから、ここに戻ってくる心配はないよ。クリスティアラがそうしたいんなら、好きにさせてやればいいんじゃないの?」
「う〜ん………じゃあ、まあ…好きにしろ」
「あ…ありがとうごさいます、草間さん!」


「じゃ、後のことは頼んだからな」
「はい、お任せしてくださいです!!」
 部屋の数箇所に『パルサン』を仕掛け、武彦は入り口の鍵を閉める。事務所内にはクリスティアラが一人、ネズミを捕獲する為に残された。
「…えーっと。まずはこの缶に水を入れて…と……」
 説明書を読み缶をセットすると、白煙が辺りに充満し始める。
「わあ〜……綺麗…」
 白くけぶる世界にクリスティアラは感嘆の息をつき、そしてすぐ我に返ってこう言った。
「……!!いけない、早く捕獲しなくちゃ…」
 武彦達が戻れば『退治』されるネズミたちを『保護』する為に彼女は、まさに孤軍奮闘、懸命になって部屋の中を走り回り始めた。


 それは本当に突然のことだった。数々の死闘の末捕まえたネズミ達をまとめて袋詰めし、クリスティアラはひとまず休憩と、応接ソファーに腰を下ろしていた。
 その、数分後。
「タケヒコ〜!久しぶり、元気してた…」
 入り口の扉の向こう側から、なんとも陽気な女の声が聞こえた。
 一瞬ドキリとしたクリスティアラだが、すぐさまあることに気付きほっとする。
(あ、そうだ。鍵かかってるんでした…)
 先ほどと違い扉にはきちんと施錠が施されているのだった。安心して再びソファーに深く身体を沈めかけた彼女だったが、その直後ありえないことが起きた。
「タケヒコ、居留守なんかしたってダメよ。諦めてミーとビール飲みましょ〜!!」
 開かないはずの扉がなぜか開き、女性が部屋へ入り込んできたのだ。
「ホヮット!?なに、この白い煙は?」
 女性は状況がわからないらしく、咳き込みながらも奥へと進んでいく。
(どうしよう…?)
 クリスティアラも彼女の前に現れて、状況を説明するべきなのか判断がつかず右往左往する。そのうちに低い銃声がとどろき、女性が銃を発したことを知った。
(…殺される!!)
 とっさにそう感じ、彼女は身を“隠す”ことを決めた。『なぜ』かは彼女にはわからないが、女性はかなり錯乱しているらしく下手に姿を見せたりしようものなら蜂の巣にされてしまうかもしれない。
(ともかく今はじっと“隠れ”ていよう……きっとすぐ、草間さんが来てくれる…)
 そして銃声を聞きとめた武彦が、部屋に駆け込んでくるまでの数分間、クリスティアラは恐怖と戦いながら、ただじっとソファーの陰の隙間に丸くなって姿を“隠し”続けた。



「しゃあないなあ、俺が一肌脱ぐか…」
 赤髪の女ジュジュ・ミュージーの働き(?)により、『パルサン』の煙は拡散されてゴキブリたちもかなり生き残った。こうなったら直接駆除しかないと、意気込む武彦に翔流はスッと鉄扇を向けて言った。
「要するに追い出せればいいんでしょ?…まあちょっと、俺に任せてみなよって!」
 ふわり、と彼が鉄扇で仰ぐと部屋の中に突風が巻き起こる。その風に煽られるようにゴミや、武彦の机の上に置かれた書類の束が中空へ舞い上がった。
「隠れる場所と餌さえなくなったら、『奴ら』だって姿を見せるんだから…」
 その声が聞こえているかのように、部屋のあちこちから黒い塊が、何匹も群れをなして現れる。
「イヤー、やめて!アクマが、アクマがくるぅー!!」
 絶叫して武彦にすがりつくジュジュの瞳には涙が浮かんでいる。
「大丈夫だって。『奴ら』は水龍が、ちゃんと事務所の外に追い出すからさ」
 軽くウインクして今度は右の手を、ゆっくりと舞うように動かし出す。その広げた指の一つ一つから、ごく小型の水龍が出現し、無数の水しぶきを上げ虫たちを、窓の外に向かい追いやっていく。
「…ほいっ、終了。後は部屋の中とか、ちょこっとだけ片付ければOKさっ!」
「………これのどこが『ちょこっと』なんだ!?」
 翔流が出した龍のしぶきによって、事務所の床は水浸しになっていた。おまけに識別なくなんでも飛ばす“突風”がゴミから要る書類まで、何でもかんでも一緒くたに飛ばし、部屋の隅にごみ溜めを作っている。
「…いや、でもゴキブリはいなくなったし……」
 「ねっ!」と苦笑する翔流に武彦は、額に手を当て深く後悔する。
(手伝いを、頼まなきゃ良かったのか…?)
 自分一人で地道にゴキブリ除去と、掃除をしたほうが懸命だったかと、武彦は今更ながらい思った。
「わかってるって。ちゃんと拭いてくから…」
「もちろん俺もお手伝いしますよ。大丈夫、夕方くらいまでには、すっかり綺麗に片付いてますって」
「わ…私も、がんばって掃除します」
「ミーもよ。タケヒコ、そんなスネないで」
 すっかり沈み込んだ武彦を気遣い、皆が皆懸命に声をかける。
「まあ……そうだな…みんなで頑張れば……」
 それにこれ以上は状態の悪化も起こりようがないもんなと自嘲して、武彦は雑巾を手に取った。
「じゃあ、まあ、掃除に取り掛かるとするか」

 が、数分後武彦はもう一度、自分の判断の甘さを後悔する。
「あれっ?この袋なんか動いてません?」
「あっ……それは…」
「うわーーー!!」
 ゴミ山から現れた布袋を、何の気なしに開いた圭吾の顔が混乱の色に染まる。
「ネ…ネズミ……ネズミの大群がぁ〜!!」
 十数匹のネズミが波打つように、袋から室内へと逃げていく。それを見てクリスティアラが小さく悲しそうな声でそっと呟いた。
「…ああぁ〜……やっと全部『保護』したのにぃ…」





『…振り出しに戻る?』

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

☆ 0585/ジュジュ・ミュージー/女/21歳/デーモン使いの何でも屋(主に暗殺)

★ 2951/志羽・翔流(しば・かける)/男/18歳/高校生大道芸人

☆ 3954/クリスティアラ・ファラット/女/15歳/力法術師(りきほうじゅつし)

★ 5425/榊・圭吾(さかき・けいご)/男/27歳/メカニック