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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


Acta est fabula.

 人ごみと言うのは厄介だ。
 大勢の人が一箇所に集まっただけだと言うのに、体から放出される熱が熱気を生み出し、人を取り巻いていく。
 数人の仲間と集まり、喋るくらいならば、感じる事もあまりないのに―――……、
(これだから、大量に人が集まる場所はご遠慮したいんですよね)
 がっしりとした体からじんわりと汗が滲み出し、瀬崎・耀司(せざき・ようじ)は、その場から逃避するように、知人に連れられて来たのだと言う事も忘れて、人気の居ないところ、居ないところへと歩き出した。

 それは、あまりにも無意識な避暑行動で、例えば、知人たちが心配するかもしれないとか、花火を見るためのお勧めスポットが何処にあるのか、とか、そんな事さえも綺麗に吹っ飛んでいて……ただ、ただ、この暑さから逃れたいとする気持ちだけが、あった。

 だから、耀司は気付かなかったのだ。
 耀司が起こした避暑行動同様に、もう一人、同じ行動を起こした人がいたことを。
 同じ、方向へ歩いている事を。

 事の始まりは先日。
 近所で行われる花火大会に誘われたのがきっかけだ。
 夏の風物詩と言えば、花火。
 花火と言えば浴衣と団扇――、屋台ででるビールやイカ焼きなども捨てがたい。どうせ見るなら大勢で楽しく飲みながらでも良いじゃないか。
 そんな風に話がとんとんと纏まっていき、当日になったわけだが、だが……
(夏は暑い。当たり前の事ですが……ねぇ……)
 忘れ果てていた、自分に乾杯と言うべきなのか。いいや、それを言うなら完敗か。
 ふう。
 漸く、人波をくぐりぬけ息が出来る場所――つまりは人が滅多に来ない坂の上なのだが――へと着くと溜息をつき、辺りを見渡す。
(あ、あれ……?)
 皆が、居ない。
 いや、勝手に歩き出してしまったのは自分自身だし、着いてきてくれるだろうと言う甘えた考えなど持ち合わせては居なかったが、居ないにも程があると言うか……、くつくつと微笑う女性の声に振り返る耀司。
「何処へ行くかと思ったんだけれど……無意識だったようね?」
 そのように言われ、自分があまりにも団体行動に向いていないような気がした耀司は照れ隠しに似たような気持ちで女性を見ようとした。
 が、いつもの雰囲気との違いに一瞬、言葉を失ってしまい……如何して良いのか解らない耀司自身だけが残された。

「あら、なあに? 物珍しい標本でも見るような顔をして」
「いや……」
 耀司は一拍呼吸を置くと、唇を若干微笑と取れる形に歪め、
「きみの浴衣姿を拝めるとは、僕はなかなかの幸運に恵まれたらしい」
 と、告げた。
 いつもの姿とは違い、蜘蛛の巣が描かれたその浴衣は目の前の女性、釼持・薔(けんもつ・しょう)にまるで誂えたかのようで、見惚れてしまうほどだ。
 そう言うことを耀司は薔へと伝えたかったのだが。
 が、敵もさるもの引っかくもの。
 伊達にネイルアーティストとして名を馳せては居ない、と言うか自分の爪の鋭さを知っている、と言うべきなのか。
 耀司と同じように「微笑」……いや、「邪笑い」とも取れそうな笑みを端整な顔へ浮かべると、
「あら、意外。貴方からそんな言葉が聞けるなんて……ふふ、これはもしかすると」
「うん?」
「……大物が引っかかったかもしれないわねえ」
 と、言い、更に言葉を続けた。
 でも、人の資格は本当に曖昧だわ。
 本質なんて変わらないのに着ているものが違うだけで、異なるように見える……可笑しい。

 くつくつと微笑う、薔。
 笑う度に微かに香るのは何の香なのだろう。

 覚えのない香の中にありながら耀司は、続きの言葉を受け継ぐ事もなく、ただ、
「おやおや……これは面白い事を」
 と、だけ言うと、打ちあがる花火を眺めた。
 上がり、散り、舞う。
 打ち上げられるごとに輝くけれど、すぐさま消える。

――ドン、ドン。

「あの花火を作るのに、どれだけの時間がかかると思う?」
「さて…試作段階から大変だろうね、夏が終われば直ぐ、作り出さなければ」
「その通り。美しさは刹那の夢」
「君はまだ僕が可笑しいと言いたいらしい」
「あら……私は其処までハッキリとは言ってなくてよ?」
「そうかな」
「そうよ」

 蒼く、白く、赤と黄色を織り交ぜ空に華が咲く。

 薔は花火を見上げている耀司を一瞬だけ、ちらと見、直ぐに目線を空へと戻した。
 浴衣姿で変わった様に見えるのは何も、彼ばかりではないだろう。

 が、薔自身、そんな事を言うようには出来てはいないから。

「今度は浴衣ではなく、また違ったものを着てみようかしら」
「良いね。では次はフリルが沢山入った……」
 皆まで言う事もなく耀司が顔をしかめる。
 綺麗に整えられた薔の爪が、彼の手の甲を引っ掻いたのだ。
「絶対に着ないと解っていて言うのは愚よ?」
「だが着ないものが意外とよく似合うのもある話だろう?」
 その言葉に、薔はまた、くつくつ低く微笑う。
 引っ掻いた、自分自身の爪を摩るように撫で、
「じゃあ、貴方が和服ではなくスポーツカジュアル系の服を着せられても、そう言えるのね?」
 どうなの?と問い掛けるよう、視線合わせた。
「それは……」
 言葉に、詰まる。
「それは?」
「参った、降参だよ」
「ふふ……大物は引っかかると随分大人しい気がするのは何故かしら」
「釣られた魚だって諦めずに逃げれる逃走経路を探すからだろうね」
「ふうん……」

 興を削がれたように、薔は耀司から目を逸らし、頭上で鳴る音に耳、澄ませた。
 散って、落ちる。
 空へ上がり弾ける瞬間、花火を作り上げた職人たちは果たして何を思うのか。
 上がり、散ることこそ花火の仕事なのだろうが……こうしていると刹那の明かりを見上げる事の不思議さだけが、心に残る。

 そんな風に柄でもないことを考えて居たからか、耀司がこちらを興味深げに見ていることに漸く気付き、
「何?」
「さて」
「意味もなく人をみるの?」
「意味がないわけじゃないさ、ただ――」
「……?」
 耀司の言葉に問いかけようとしたところで、無粋な電子音。
 携帯をみると知人からの電話らしく、薔も耀司もあわせたわけではないのに同時に、肩をすくめた。
「あら……」
「おやおや……今、漸く言う決心がついたところだったのに」
「それは残念。でも……そうね」
「うん?」
「こう言う時だから言える事というものなのかも知れないわね?」
「そう言う事。やれやれ、電源はおとしておくべきだったかな?」
 苦笑を浮かべ耀司は電話に出る事もなく知人たちを待たせたまま花火を見る。
 飽くことなく見上げる花火。
 夏の空を彩る、鮮やかな。
 風が緩やかに流れ、不思議な香が、またふわり、漂った。
 薔の細い腕が自分の腕に絡んだのだと、気付くより早く、薔が囁く。

「携帯の電源を落としていたら……絡め取っているところだわ」
「それは……」
「?」
「この状況なら願ってもない事かもしれないね」
「全く、まあ、本当に……」
 逃走経路を探したり、絡め取られても良いなんて言ったり……
「相変わらず、喰えない男」
「褒め言葉として、受け取っておくよ」

 そろそろ、戻ろうか。
 そんな言葉をどちらからともなく言うと、二人は、知人たちが居るだろう方へ歩き出した。

 再び、耀司たちを探すように鳴る電子音。
 今度は直ぐに出ると、まるで見計らったかのように花火が、天高く打ち上げられ、そして鳴った。





―End―