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<東京怪談ノベル(シングル)>


三体目の亡骸

 真夏といえば、名産品はやはり「怖い話」。
 小さい子をいさめるために語り聞かせる教訓的なものもあれば、学生が興味本位で語るフィクションにしか思えない話もある。世代を超えて口伝される民話的話もある。
「まあ、“怪談”であることには違わへんのやけどな」
 メールの内容が印刷された紙の束を手に、飯合さねとはぼやく。ラジオ番組「Be Still」の夏の名物コーナーの一つが怪談話とはいえ、事前に募集していた話はその殆どが使えたものではない。下手な創作者が考えたようなものもあれば、明らかにどこかの本の引用みたいなものもある。さねとのストックに入っている話と似ている話も二三あったが、既にどこかで語ったものばかりだ。
 休憩中のメンバーはさねとの接触を避けている節があり、それもごく自然であるかのような一面を見せる。さねと自身も別段メンバーに話し掛けて知識やら助言を得るつもりもなく、ヘッドフォンから流れる音楽を軽く口ずさみながらコーナーの企画案をまとめている。音楽は唄のない、音楽だけの曲。出所不明で突如世に現れたという逸話が好きで聞き始めたのだが、音楽自身は悪くない。シンプルでありながら、深みがある、とでも表現すべきだろうか。
「……ん、これ良さそうやね」
 手にしたのは一枚の葉書。このご時世には珍しい、葉書での投書。しかも、宛名書きを行う部分の下の方はチラシ代わりなのか広告が印刷されていた。広告はマイナーな印刷会社のもので、聞いたことのない名前だ。オンエア中に広告してもらいたいのだろうか、と適当なことを思いながら改めて裏面へと引っ繰り返す。

 拝啓 飯合さねと様

 久しく見た文章の書き出しに驚嘆しつつも、文字はボールペンで達筆に書かれている。若者らしい丸文字か、愛想ないパソコン文字しか近頃は見ていないさねとにとって、崩れたボールペンの文字はあまり読めたものではない。途切れ途切れにしか読めなくとも、その葉書の言わんとしがたいことはひしと伝わってくる。文字の持つ威圧感のせいだろうか、と思ってみるが、そうでもないだろう。霊関係の事象には滅法強いさねとだ。これは一重に彼女の経験により感だと言っても悪くない。
「『拝啓 飯合さねと様』、っと。漢字は何とか読めるんやけど、ひらがながごっつう崩れて読めないわあ」
 溜息交じりに呟くも、助けはやはりない。
 さねとは指先でぴんと葉書を弾いて、葉書を数センチだけ飛ばしてみせる。力なく浮いて倒れる葉書を再び手に取り、別から筆記用具を取り出して解読にかかる。
 時間はあまりなかったが、それだけの価値を有するように思えたのだ。



 拝啓 飯合さねと様

 毎回ラジオを拝聴しております。この度はコーナーの一つである怪談を提供したく、筆を取った次第であります。
 私の住んでいる土地に、一人の少女がおりました。少女は田舎の方に祖父母と暮らしていたのですが、他の村民の知らぬ間に少女一人切りになっていました。幸いにも、祖父母は庭に巨大な農園を持っていたので食には困ることもなく、月明かりと井戸の水で生活していた少女にとっては生活に不便することはありませんでした。
 少女は一人でずっとその大きな屋敷の中で暮らしていました。
 ある日、家の中に知らない大人達が入ってきました。少女はどうして入ってくるのかと問おうとして、しかし彼らには自分を無視していることに軽い怒りを抱きました。
 家の外へと運び出される祖父母の亡骸を呆けた目で見る少女は、ふと疑問に思います。
 死後数年もの腐敗臭に、私はどうして気付かなかったのだろうか、と。
 少女が一体誰なのか、知るものはいません。少女は今でも、誰もいなくなった屋敷の中で一人暮らしているといいます。
 自分自身が本当に生きているのか。少女は疑問に思うことはありません。少女の世界は少女一人で構成されていて、例え死んでいようと生きていようと、それすら全く関係のないことなのでしたから。
 少女は時折、訪れた人間に問いかけます。
「どうして無視するの?」
 と。
 そして訪れる人間の「何か」を奪い取っては、収まらない怒りを辛うじて静めているそうです。
 そう言えば、一つ言い忘れていましたが、あの日私が少女の家から祖父母を運び出したとき、その後にもう一体遺体を運んだ気がしたのですが仲間の誰に聞いてもあの日は二体だけだったと言い張るのです。気のせいではないはずなのですが、全く思い出すことが出来ないのです。
 あれは、誰の遺体だったのでしょうか。
 もし宜しければ、詳細をお話したく思いますので、連絡くださると幸いです。
 私がそのときまで、生きているかは別ですが。

 敬具





【END】