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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


真夏の夜に降る雪

◆不思議な夜の雪
 最近のルナティックイリュージョンでは『夜になると雪が降る』現象が続いている。7月の横浜で降るのはなんとも奇異な話であった。客達はロマンティックな演出だと思っている様だが人為的に降らせている雪ではない。広報担当の黒澤紗夜は美しい顔に困惑の表情を浮かべていた。
「大事になる前に、お客様には気付かれないように調査をしていただけないでしょうか?」 それが今回の『依頼』であった。
 警備担当の桜庭螢が案内したのは入場ゲートをくぐってすぐの大きな広場だった。その東側に立派なもみの木ある。
「雪はこの木の周囲10メートルに降ってくる。だいたい毎晩8時から10時だ。雪は結晶を見る限りじゃ人工雪じゃない。変な現象だが、実害はないし調査するまでもないと思うんだが‥‥」
「とんでもないです!」
 螢の声にかぶるように、若い女の声がした。敷地内の植物を管理している相馬まゆみが姿を見せていた。洗いざらしの作業着に麦わら帽子をかぶっている。まゆみは雪でもみの木が被害を受けていると訴えた。
「絶対にあの雪を止めてください! 超お願いします」

◆昼の陽光
 ルナティックイリュージョンのオープンは18時14分の予定であった。それから2時過ぎまで営業される。月の出から入りまで営業するという方針は変わっていない。今はまだ14時を廻ったばかりなので、開園まで4時間は猶予がある。
「あれが問題のもみの木ですのね」
 天薙撫子(あまなぎ・なでしこ)は右手を目の上にかざしてまぶしい陽をよけ、ガラス戸越しに立派なもみの木を見上げた。近くにあるレストランの1階から外を見つめている。今日は夏らしい絽の着物を着ているが、左手でそっと右の袖口を抑える。自然で典雅な仕草であった。
「そうです。ここはエントランスパークですから、常時多くのお客様がいらっしゃっいます。ですから、本当に‥‥何かあってからでは遅いんです」
 紗夜は眉をひそめた。これまでにも撫子はルナティックイリュージョンに係わる『頼み事』を引き受けている。気分は既に『外部スタッフ』である。しかし、全ての出来事を把握しているわけではない。
「この現象が起きる頃、なにか引き金となるような出来事はなかったのですか? もみの木の辺りで異変が起きている事から‥‥その出来事はもみの木に関連している可能性が高いのと思うのですけれど」
 撫子が深い静かな口調で尋ねた。けれど紗夜は首を横に振る。
「私には心当たりすらありません。情けない話なのですが」
「いいえ、いいんです。他の方々にも伺ってみます」
 淑やかに会釈をすると、撫子はレストランから外に出た。

 もみの木のすぐ下では強羅豪(ごうら・つよし)が立っていた。この炎天下に薄手ではあるが革製のジャケットを着ている。しかし、本人が汗もかいていないので傍目から見ても暑そうには見えない。豪は簡単な所作で『ゴールデン・レオ』を呼び出した。その名の通り、金色に輝く獅子の顔を持つ巨漢が現れる。その身体はしなやかな装甲と優美な布で覆われている。どこかインドの神を連想させる外観だ。
「調べてみてくれませんか」
 豪はごく簡単に『ゴールデン・レオ』に指示を出す。人ならぬその者は鋭い目で辺りを見つめる。その時間はほんの僅かであった。そして豪にだけ判る心の声でその結果を伝えてくる。
「‥‥そう、ですか」
 特筆すべき物はなかった。もみの木も辺りの草にも、変わったところはない。
「雪が降るまで待つしかないようです‥‥仕方がない。施設の案内でもしてもらって時間をつぶすとしましょう」
 そうとなれば、広報担当の紗夜に頼むのが良いだろう。豪は『ゴールデン・レオ』の具現化を解き、人の姿を探しながら歩き始めた。

 井沢悠宇(いざわ・ゆう)は今日もスケッチブックを持参していた。営業時間内カンバスを持ち込みここで絵を描いたこともあるが、今は客ではなく『頼まれた事をする』立場なので画材は荷物の中に入れたままだ。問題となっているもみの木を見上げる。夏に見るもみの木はなんとなく暑苦しそうに見える。けれどそれは人間の勝手な思いこみのせいだろう。春夏秋冬いつだって植物は懸命に生きている。『描く対象』として見ると、また違った視点に気付かされるのは我ながら不思議で興味深い事だと思う。
「なんとなく元気がないですね、やっぱり‥‥」
「そうなんです! よく判りましたね。専門家‥‥ではないですよね。でも、ほら、よく見てください。枝の先が茶色くなっているのが見えるでしょう? 弱って枯れてる部分なんです。このままだとそれがどんどん広がってしまいます」
 1人だと思っていた。だから言葉に出したのは『独り言』の筈であった。しかし、実際には悠宇のすぐ後ろにまゆみがいた。まゆみの視線はまっすぐにもみの木へと注がれている。慈しみと心配と不安が入り交じった視線だ。多分、悠宇の事は視界あっても見えてないだろう。
「きっと‥‥なんとかします。きっと」
 今夜このまま雪が降るまでここに居よう‥‥そう決めた瞬間であった。

 じりじりと焼けるような強い日差しが照りつけている。酷暑の戸外を避け、四方神・結(しもがみ・ゆい)はインフォメーションセンターの中にいた。営業時間内は迷子などが一時的に保護されてる場所だ。室内は保育園の様に甘い色で統一されていて、ここがルナティックイリュージョンの中であることを忘れてしまいそうになる。結はここで夜の準備をしていた。3ウェイタイプのカバンの中からは今の季節には不要であるはずの防寒グッズが入っていた。マフラーと手袋だ。
「でもこんなに暑いんだから‥‥もしかして要らなかったかも」
 取り出したマフラーと手袋と膝の上に置き、そのまま首をひねる。いや、実際にこれが必要になるほど体感温度が下がる可能性がないとはいえない。小さくうなづくとマフラーと手袋をもう一度カバンに詰め、持ち手を操作してリュック型にする。白っぽいキャップを被り、後部の間隙からポニーテイルにした髪を出す。雪が降るまでは、まず暑さと日差しに留意しなくてはならない。それほど天気の良すぎる日であった。

◆夜の降雪
 もうすぐ20時になる。もみの木がある広場には多くの人がいた。口コミで雪が降ることを知った客達もいて、期待に満ちた視線をもみの木に向けている。真円に少しだけ欠ける美しい月が東の空の雲間に見え隠れしている。
「営業時間と重なってしまったのはやっかいですわね。お客様がいらっしゃらないのですたら、かなり大胆な行為も出来ましたのに‥‥」
 撫子はそっとつぶやく。念の為に『糸』は偲ばせてきているが、客に配慮しなくてはならない。昼間の間は従業員達に聞き取り調査をしてみたが、今回の出来事に係わりがありそうな情報は何も得られなかった。
 豪ももみの木の廻りにいた。まゆみの話ではこの懇意にしている職人のつてで、もみの木はここの搬入されていた。ただ、つい最近まで雪が降る現象は起こっていなかった。
「理由が最近発生したものなのか、それとも時限式だったのか‥‥雪が降ればまた調べて貰うしかないでしょう」
 空には雲もあったが、切れ間からは星も見えている。本当にこの空模様で雪が降るといいうのだろうか。豪の胸に疑念が湧く。
 悠宇は人のあまりいない場所に陣取り、イーゼルを置いていた。カンバスには木炭でもみの木が描かれている。手がかりがないのなら自分で掴むしかない。悠宇は一縷の望みを掛け、夕方からもみの木を描き始めていた。納得のいく絵になったのはつい30分ほど前の事だ。
「誰かの‥‥思い‥‥懐かしい思いがもみの木を取り巻いている‥‥?」
 それは心に浮かんだ断片的なイメージであった。悠宇は不意に顔をあげる。夜空から白い雪が降り始めていた。
 結は人混みのただ中にいた。もみの木のすぐ近くだ。この位置ならばとっさの出来事に対処出来ると思ったのだが右を向いても左を向いても男女ペアの客ばかりだ。きっと皆恋人同士なのだろう。手を繋いだり腕を組んだり、抱擁と大差ない者達もいて目のやり場に困ってしまう。結だって、ロマンチックなデートスポットに好きな人と行きたい‥‥と、思わなくはない。けれど、想像するとが気持ちばかり先行してオーバーヒートしてしまいそうになる。
「あれ?」
 不意に冷気を感じた。風もない夏の夜に人混みの中で感じるわけがない。ハッとして結は空を見上げる。思った通り、そこには羽根の様に舞い降りる白い雪があった。
「雪だ〜」
「ホントだ。振ってきたよ」
「綺麗。それにちょっと涼しいね」
 皆、嬉しそうに雪を見上げて歓声をあげる。手を伸ばして雪を手に捉えようする者達もいる。いかにも演出いうように、カクテルライトと甘いBGMが流れる。

「待ちなさい!」
 豪は『ゴールデン・レオ』に追尾を命じた。それだけではなく自分も後を追う。たった1つだけ異質なソレを追って広場のハズレへと向かって走る。
「‥‥あれが」
 悠宇は一瞬ためらったあと絵の道具を全てその場に起きっぱなしにして走り出した。
「‥‥あれがこの雪を降らせていた‥‥原因でしょうか?」
 撫子も裾を押さえながら走り出す。
「ま、待って! あ、すみません、通してください」
 結は沢山の人をすり抜けながら懸命に移動する。4人が1つの『白い雪』を追って走る。それはただの雪ではなかった。意志を持つかのように引力に逆らって移動する雪だ。ただ、客達にはこの『雪』が見えてはいないようだった。追いかける4人に不審な顔をするだけで、誰も騒ぎ立てたりはしない。雪は客のいない建物の裏手にくると移動をやめた。しかし、落下することなく空中に漂っている。
「ごめんなさい」
 雪から声がした。小さな小さな声であった。
「‥‥雪の精霊? 本当に?」
 豪は『ゴールデン・レオ』からの報告を受け思わず言葉で聞き返した。
「ここに雪が降ると困るのはおわかりですか?」
 撫子が優しく言った。雪の精霊が肯定するのがなんとなく伝わってくる。
「もうしない。雪の季節までちゃんと待つ。ごめんなさい」
 雪の精霊はそう言うと、ゆっくりと旋回しつつ空に登っていった。
「精霊の悪戯‥‥だったのでしょうか?」
 悠宇がつぶやく。もしかしたら、人間をそっと喜ばせたかったのかもしれない。誰も精霊から『悪意』は感じなかった。ただ、もみの木にまで考えが及ばなかったのだろう。
「そうかもしれませんね。うん、きっとそうですよ。でも少しだけ残念です。雪が降っていると少しだけ涼しかったのにぃ〜」
 結は帽子を取るとそれで扇いでみた。しかし、夏の夜は熱気をはらみ、少しも涼しくはならなかった。

 その夜以来、もみの木の周りで雪が降ることはなかった。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0328/天薙・撫子/花も恥じらう乙女年齢/柔と剛の心を持つ者】
【3941/四方神・結/花も恥じらう乙女年齢/真っ直ぐな心を持つ者】
【5416/井沢・悠宇/好青年的年齢/感性を画面に表現する者】
【0631/強羅・豪/好青年的年齢/獅子の目を持つ者】
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■         ライター通信          ■
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 大変お待たせいたしました。『東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜』のノベルをお届けいたします。人騒がせな精霊さんの悪戯はひとまず収まりました。大事に至る前に解決いただきありがとうございます。また変な事象や事件がありましたら、是非解決する手助けをお願いします。ご参加ありがとうございました。