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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



「汐耶」
 声がする。
 瞼をぱかっと開けた綾和泉汐耶はゆっくりと視線を移動した。
 ここはどこだろう?
 やけに白い世界だ。
 真っ白だ。
 遠目に檻が見えた。黒い鉄格子が、長い影を汐耶の足もとまで伸ばしている。
 汐耶は怪訝そうにした。
「…………」
 檻の中で本を片手にしている、壁に背を預けている女性は汐耶にそっくりである。
 それはそうだろう。アレは汐耶の人格の一つだ。
 距離はかなり離れているというのに、彼女がページを捲る音ははっきりと汐耶の耳まで届く。
「おまえの友人に、遠逆和彦がいるだろう?」
「それが?」
 他人よりも本に興味を抱く彼女が、珍しい。そう汐耶が思う。
 彼女はゆっくりと立ち上がり、本を床に置くと鉄格子にそっと触れた。
 檻には出口がない。鍵がない。
 だから、出てこられるわけが――――。



(遠逆くん、遠逆くん……)
 何度も心の中でその名前を呼んでみる。
 今、この状況で頼りにできるのは彼しかいない。妖魔退治のスペシャリスト、遠逆和彦しか。
(遠逆くん……)
 でも無理かもしれない。
 汐耶はゆっくりと自分の記憶を辿っていた。遡ると、結局最後は昨晩寝付いたところのみ。
 そこから推測するに……ココは夢の中だと思う。
 そんな不安定な世界に彼が出てくるとは思えなかった。
(夢ってことなら……私のイメージが優先されるとは思うんだけど)
 和彦のイメージを強く作れば、きっと助けてもらえるはずだ。
 しゃん、と大きく……鈴の音が世界に響いた。
「ん?」
 不思議そうに頬杖をついていた手から顔をあげると、目の前にふわりと誰かが降り立つ。
 とはいえ、鉄格子の外、ではあったが。
 黒髪に、不吉な色違いの瞳。眼鏡を押し上げて彼はまず……嘆息した。
「なにやってるんだ、あんたは」
「うーん、ちょっと捕まってね」
「ちょっと?」
 どこがちょっと?
 そう言わんばかりの口調で彼は小さく首を傾げ、鉄格子に触れようとして手を止めた。
 瞳が鋭くなる。
「……危ない。不用意に触るとまずいものだったか」
 手を引っ込める和彦は、腰に手を当てて檻の中の汐耶を見遣った。
「で? 敵はどこだ?」
「……あのね、質問があるの」
「なんだよ?」
「本物?」
 口調といい表情といい、どう見ても本物だ。自分はここまで想像力が豊かだったのかと感心しそうなほど。
 和彦は大仰に嘆息してみせた。
「本物だよ」
「え? 本当に?」
「本当に」
「でも、ここって……夢の中じゃないの?」
「正解。なんだ、ちゃんと自覚はしてたのか」
「まあ最後の記憶が寝付く前だったから」
 苦笑する汐耶に、彼は言う。
「妖魔の波動がこの夢の中に広がっている。あんたの夢に干渉したってことだろうな」
「妖魔……ということは、憑物ね」
「そういうことだ。あと、何度も呼ぶな」
「え? 声、届いてたの?」
 驚く汐耶の前で、和彦は肩をすくめてみせた。
「当然だろ」
 それは果たして、当然、というものなのだろうか?
 汐耶は不思議な嬉しさを感じて照れ笑いをする。
「ご、ごめんなさいね。キミならなんとかしてくれるかなって思ったの」
「……どうして」
「どうしてって、こういう怪奇的なものはキミのほうが得意でしょう?」
「…………」
 和彦は吹き出して笑う。
「そうだな。ああそうとも。得意だ。では、あんたを助けるためにも話を聞かせてもらおうか」

 汐耶は事情を説明する。
「実は私の別の人格が、ここから出ちゃったの」
「別の人格? あんた多重人格者だったのか?」
「ちょっとあったのよ。曰くのある本と関わってると、そうなっちゃったの」
「懲りないヤツだな、あんた」
 馬鹿にしたように見てくる和彦だったが、顎に手をやって何か思案し始めた。
 やがて、何か納得したように頷く。
「憑物が憑いてるのはその人格だろう」
「え?」
「内側からあんたの肉体を手に入れるつもりだろうな。夢は、脳や魂と密接な関係だし」
「私の肉体を!?」
 仰天する汐耶は、なぜか上を見上げる。勿論天井も真っ白だ。鉄格子は空まで続くのではというくらい、長い。それに掴まって汐耶はがたがた揺らす。びくともしないが。
「危ないのよ、あの人格。せっかく協定でなんとかやってきたのに」
「協定?」
「『彼女』も、本が好きなのよ。だから、大人しくしているのを選んだの。表に出て暴れるより、本が読めることを優先した結果ね」
「……活字中毒なのか、あんたは」
 呆れたように言う和彦であった。
 汐耶は慌てる。
「どうしよう、遠逆くん」
「大丈夫。あんたの肉体に影響はまだ出ていない」
「?」
「主人格であるあんたを捕まえている事から考えても、間違いなさそうだ。ここから出る糸口を探っているんだろうな」
「そうなの?」
「…………戻ってきたか」
 和彦がゆっくりと振り向く。
 その視線を汐耶が追った。
 白い世界に立つ、もう一人の汐耶。瞳の色が青ではなく、紅く、にぶく光っている。
「もう来たのか、早いものだ」
 つまらなそうに言う彼女を和彦はじっと見ていた。
「と、遠逆くん?」
「…………」
 小声で汐耶が囁きかけるものの、ぶつぶつと何か呟いている和彦はこちらを振り向かない。
「キミが、遠逆和彦」
 名指しされて和彦は僅かに目を見開くものの、応えはしなかった。
「汐耶から聞いてはいると思うが、私も汐耶だ。そうだな……セキヤでも、セキでも好きに呼べばいい」
 気だるそうに言うセキヤを見て和彦は怪訝そうにするものの、何も言わない。
 汐耶は和彦のほうをちらちらと見る。
「……なんだか気に入らない目をしてる」
 セキヤはムッとしたように目を細めた。その瞳の奥にゆらめく怒りの炎。
「遠逆くんに何かしたら、私が黙っちゃいないわよ!」
 威嚇する汐耶を、馬鹿にしたようにセキヤが見る。
「随分肩入れしているじゃないの」
「いい子なんだから、当然でしょう!」
 いい子と言われて和彦の顔が痙攣し、引きつった。だが彼は何も言わない。
 早口で何か呟いていた和彦は、そこで両手をパン! と合わせる。合掌、というやつだ。
「遠逆和彦の名において、具現せよ!」
 刹那、白い世界が急激に変化した。本棚が床から天井まで伸びていく。世界を占めるのは本棚だけだ。
 セキヤは不思議そうに様子を眺める。
「和彦は、何か策でもあるのかな」
「ここは汐耶さんの夢の中だ。俺が不利なので、手を打たせてもらった」
「?」
「こうする」
 足もとの影を刀にして手に持つと、真横の棚の本を切り裂いた。ぎょっとして目を見開くセキヤは、思わず一歩前に出る。
「蓄積された知識が切り裂かれる気持ちはどうだ? 胸の辺りが痛いだろう?」
「遠逆くん!?」
「黙っていろ」
 きつく汐耶に言い放つ。汐耶は押し黙った。
 彼のことだからきっと何か考えがあるのだ。信じよう。
「ふっ。私は汐耶が見たものを見、聞いたものを聞いている。キミがそういう無情なことをしないとは、知っているがね」
「さて。それはどうだろう?」
「? どういう意味?」
「……俺に関する知識があるから、利用されている。だからそれを叩き潰そうと思ってな。だがどこに俺に関する知識があるのかわからない」
 だから片っ端からやろうと思って。
 その言葉にセキヤは不敵な笑みを浮かべた。
「それは上辺だけの言葉でしょう?」
 ふいにその真横に並んだ本棚が破壊される。衝撃がセキヤの髪をなびかせた。
 和彦は冷たい顔で言う。
「憑物になど、誰が容赦をするか」
 ぞっとする、その冷えた声音。
 これはなんだ?
 汐耶はぶるぶると震えた。
(怖い……?)
 恐怖をセキヤが感じている。
 和彦が一歩ずつ前に出てきた。足音がしない。存在していないかのように。
「か、ず、ひ……」
「悪いが、俺の『名』を呼んでいいのはアンタじゃなくて……」
 美しい微笑で彼は、囁く。背筋を寒気が走り抜けた。
「汐耶さん、なんだよ」
 その喉元にひやりとしたものを感じる。刀の刃が皮一枚上を通っているのだ。
 セキヤの身体ががたがたと震え、その背から黒い霧がど、っと溢れた。
 霧は収束してカタチをとっていく。和彦はそれをただ眺めていた。
 眺めて――?
 刀を霧に向けて繰り出す。貫くはずはないのに……貫いた。剣先からその衝撃が霧に広がっていく。



 本をじっと読んでいるセキヤを、汐耶は振り向いて見る。
 鉄格子の向こうで、座って本を読んでいるもう一人の自分。
 世界は白だけのものに戻ってしまっていた。元の、あるべき世界だ。
 汐耶は和彦と並んで歩く。どんどん遠ざかっていくセキヤの檻。
 前を向いてから、和彦を見遣る。
「さっきの本棚は?」
「あれはまやかしだ」
「まやかし?」
「あんたは本が好きだから、本を出せば怯むと思ってた。それに、あのセキヤというやつも、本が好きだと言ったろう?」
 平然とした顔で言う和彦を見て汐耶は嘆息した。やる事が極端というか、なんというか。
「そういえば、憑物ってもうすぐ全部集まるんじゃないの?」
「それが?」
「……その後、どうするの? ううん……どうしたいの?」
「…………」
 無言だった彼は苦笑する。
「なんでそんなこと訊くんだ?」
「キミの力になりたいのよ、和彦君」
「さあな……」
 遠い目をして彼は軽い溜息。
「よくわからないから……どうもなあ」
「よくわからない?」
「想像ができない。他の……俺の」
 退魔士以外の、ということだろう。
「なりたいものとか、ないの?」
「そんなものあるか」
 どうでもいいように面倒そうに和彦は言い捨てる。
 歩く汐耶は、いつの間にか和彦が歩みを止めているのに気づいて振り向いた。
「どうしたの?」
「……ここから先へは俺は行けない」
「どうして?」
「……いいから早く行け。目を覚ましたいんだろ?」
「和彦く……」
「早くしろ。………………気持ちは、ありがたくいただいておくから」
 汐耶と和彦の視線が、合わさる。
 彼の姿が徐々に薄くなり、消えていった。
 消える直前の彼の口が言っていたのを汐耶は見ている。「行け」と、言っていた。

 ぱち、と汐耶は瞬きをしてから起き上がった。
 周囲を確かめるとそこは自分の寝室で。
 目覚まし時計を見遣り、時間を確認する。まだ夜明けには早い。
 かち、かち、と秒針の音が部屋に冷たく響いた。
「……今の、夢?」
 いいや、夢ではない。なぜなら……まだ、耳にあの鈴の音が残っているのだから――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女/23/都立図書館司書】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、綾和泉様。ライターのともやいずみです。
 呼び名変更というこで! 和彦も心を許しておりますので、二人の関係は良好です。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!