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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



 一面は銀世界。
 白い世界はそれ以外のものを浮き立たせる恐ろしい世界でもある。
 嘉神真輝はぼんやりとした瞳でそれを眺め、それから後頭部を掻いた。
「あーっと…………これって夢、だよな」
 だって季節外れすぎるし。
「もうすぐ夏だってのに、雪なんておかしいだろ」
 しゃん、と大きく響いた。驚いて真輝は周囲を見回した。
 大きく響いたそれはまるでこの世界全体に染み込むような感じだ。
「な、なんだあ? 今の」
 だが聞き覚えはある。これは。
「てことは、和彦がいるってことか?」
 あいつこんな寒い世界にいるのか?
 雪を踏みしめて歩く真輝は、微かな刃と刃のせめぎ合う音を聞きつけた。



 雪の上に血が飛び散っている。
「これ……赤いけど、シロップじゃないよなあ、どう考えても」
 散々足跡があるところから見ても、ここで戦いが起こっていたのは間違いないだろう。
 足跡はさらに続いている。
「あっちか……」
 徐々に打ち合う音も大きくなってきていた。
 あれは。
 真輝は足を止める。
(和彦が、二人?)
 衣服も同じ箇所が破れ、構えも同じ。
(なんだあれ。双子?)
 そんなわけはない。では。
(どっちかが『敵』ってことか)
 刀を横振りする和彦。それを同じ動作で受ける和彦。
 技量は同じ。
(これじゃ、終わらない)
 眼鏡を吹っ飛ばす和彦。同じようにやり返す和彦。
(平行線だ! どうすれば……俺が助けに入れ……)
 そこで真輝は思考が停止した。
 なんで、自分は悩む?
 悩む必要なんてないじゃないか!
(ここは夢だ。だったら、自力で変化できる!)

「ジャジャジャジャーン!」
 声に二人は動きを止める。
 ふわりと、髪の長い真輝が降り立った。天使化と真輝が言っている変化だ。
 えっへんとばかりに真輝は胸を張った。
「助けに来たぜ、和彦!」
 真輝は振り向いて、背後の和彦に言う。彼は怪訝そうにしていた。
「なに呆けてんだよ。敵がいくらおまえに似てたって、友達を間違えたりするわけないだろ」
「……なんで?」
「なんでって、そりゃ……」
「違う! なんであんたが『ここ』に!」
 悲鳴のような声をあげる和彦に、真輝はのけぞった。彼の傷は治っていない。
「な、なんだよぉ……そんな怒るなって」
 ちょいちょいと手を振る真輝の後ろで和彦はごほごほと激しく咳をする。その唇から血が流れていた。
「と、とにかく休んでろって。俺がなんとかするし」
 そう言って前を向く真輝。
 漆黒の刀を片手にしている和彦は、怪訝そうに真輝を見ている。
(う。見れば見るほど似てるなあ)
 顔をしかめる真輝の眉間を、風が吹いた。思わず頭を横に傾げてしまったが、正解だったようだ。
 真輝の頭のすぐ横に、細身の長い刃の剣がある。目の前の和彦そっくりさんの憑物が放ったもののようだ。
(そ、そっか! 和彦のそっくりさんなんだっけ)
 ゾッとする真輝だったが、憑物の少年は姿勢を正す。武器を引っ込めた。
「おい和彦! おまえ弱点は!?」
 後ろで咳き込んでいる和彦に尋ねるが、彼は応えない。だいたい戦闘に関して彼に弱点などあるのだろうか?
 憑物は目を細める。その瞳に殺気が込められた。
 真輝は両手を広げる。眼前に透明な壁が繰り出された。
 ぎぎぎぎぎぎぎ、と耳に嫌な音が響く。ガラスを引っかいたような音だ。
 いつの間に距離を詰めたのか、憑物が真輝の造った防御壁に武器をぶつけている。
「和彦、傷は大丈夫なのか!?」
「……内臓と、肺をやられた……」
「ええーっ! お、おい、大丈夫なのかよっ!?」
 べき、と音がして防御壁に亀裂が走る。それを見て真輝は「うおっ」と洩らした。
「なんだこの怪力!」
「…………」
 にや、と笑う憑物は、ふいに武器を持つ手をさげる。そしてまた構えを変えた。
 弓だ。
 大きな弓を構える。ぼう、と矢が出現して、憑物はぐいっと弦を引いた。矢の数は5本。
 どしゅ!
 放たれた矢が防御壁を突き破った。
 ならばと真輝は一歩分だけ後ろにさがり、両の掌を合わせる。そしてゆっくりとそれを左右に開いた。
 揺らぐ真輝の瞳。そしてぐっと姿勢を正す。
 辺りに光が溢れた。それは優しく、穏やかだ。
 憑物の和彦の動きが止まった。そして顔を歪める。
 その姿が一瞬揺らめいた。まるでノイズが入った映像のように。
「浄化だ……! これは効いただろ!」
 どうだとばかりに言う真輝の目の前で、憑物がぐっと膝をついた。
「和彦! 封印だっ!」
「うるさいっ。声がでかい!」
 顔をしかめて真輝の後ろから前に出てくる和彦は、巻物を広げた。憑物の和彦が悲しそうに真輝を見つめる。
 消え失せた憑物に安堵して、真輝は和彦の様子をうかがった。
「ケガは? 大丈夫か?」
「大丈夫だ。本体はケガをしていない」
「本体?」
「……あんた、まだ気づいてないのか?」
 呆れたように言う和彦は、はあ、と嘆息する。
 ああ、と真輝が掌を打った。
「そういや昔は、相手が自分のことを想ってると夢に出てくるって言われてたっけ。あ、もしかしておまえ、俺のこと考えてたのかー?」
 からかう真輝を、彼は睨みつけている。こめかみに青筋まで浮かんでいた。
 真輝は視線を逸らす。
「……な、なーんて、な」
 ははは。
 和彦は口から流れていた血を拭った。
「ここはあんたの夢だ」
「え? 俺の夢?」
「さっきの憑物は、あんたの中でイメージ化された俺だ」
「え……」
 あれを作ったのが、俺?
 呆然となる真輝であった。
「手強かった……。あんたの中で俺はああなのか」
「す、すまん」
「あんたの中のイメージ化された俺に、憑物が憑いたってことだな」
「へえー。でもなんでおまえがいるの? 本物だろ?」
「夢に干渉することくらい、できる」
 きっぱりと言い切った和彦を、真輝はますます感心したように見つめた。
 本当になんでもできそうな男だ。……若干、一般世界には疎いようだが。
「夢の中まで憑物を追ってくるのかよ……大変だなあ、おまえ。ハゲるなよ」
「なんだその憐憫の目は! 俺の父も祖父もハゲておらんわ!」
 激怒する和彦に「冗談だよ〜」と笑って言う真輝である。
 周囲が明るくなっていく。朝日が辺りを照らすように。
「え? なんだなんだ?」
「…………」
「雪が……融ける……」
 白い世界が薄くなっていく。
 真輝は和彦のほうを振り向いた。
「……あのさ、もしかして……憑物退治のためもあったんだろうけど」
「なんだよ」
「もしかして、おまえ……俺のためにここまで来てくれたの?」
 真輝の言葉に和彦は動きを止め、目を見開いて凝視してくる。
「だっておまえ、魂とかそういうものだろ? 本体って、身体のことっぽいし……」
 怪我をすること自体が、それを物語っていた。
 超人的な回復を発揮するのは彼の『身体』のほうで、魂にそれは影響していないのではないか?
 ということは……夢の中は危険なのでは?
「わざわざ来てくれたのか?」
「…………」
 目を細めて鼻の頭に皺を寄せた彼は、それからやっと苦笑する。
「有り難く思えよ?」
 言葉は悪いが声はかなり優しい。
 真輝はちょっぴり赤くなって視線を逸らした。
(うわあ……こいつ天然だな、ほんとに)
 こほんと咳を一つして、真輝は和彦を見遣る。
「雪って、夢みたいだな」
「は? どこが?」
「儚いところが」
「……そうかな。雪は水なんだから、恵みになるぞ。まあ……天災にもなるけど」
「なんだか夢があるんだかないんだか、わからない発言だなあ」
 ていうか、水って……。
「おまえって、ほんと現実的だよな」
「……そうかな」
「そうだよ。そんなんじゃ、女の子は口説けないぞ」
 人差し指を立ててお説教をする真輝を、和彦は呆れたように見てくる。
 雪が徐々に消え、そして空も明るくなってきていた。
 もうこの世界はなくなる。真輝が目覚めるのだ。
「ささやかな夢くらい、叶えようぜ? 協力するから」
「余計なお世話だ、馬鹿者!」
「怒るなよ。未来はまだ決まってないんだからさ」

 そこで目が覚めた。



「うー……」
 唸って起き上がった真輝は、瞼を擦る。
「ふあぁ〜……よく寝たっつーか、疲れたー」
 寝て疲労するというのもどうだろう。
 パジャマ姿でうろうろしていた真輝は、窓の外を見る。
 ベランダの手すりに腰掛けている和彦に気づいて、ぎょっとして窓を開けた。
「なにやってんだおまえ!」
 外を見ていたらしい和彦は、真輝を振り返る。
「……後遺症みたいなのはないようだな」
「なにおまえ、心配してわざわざ来てくれたの?」
 手すりまで近づき、頬杖をつく真輝は嬉しくて微笑んだ。
 この光景、パッと見てとんでもないものだと頭の隅で思う。ご近所とか、びっくりするんじゃないだろうか?
(通報されたらどうしようかな……)
 そう思っても笑いしかこみ上げてこない。
「怪我のほうは大丈夫か? ほら、よく映画とかでも精神攻撃されたら身体にも出るって言うだろ?」
「…………」
 風に髪を揺らしながら、和彦は目を細めてみせた。
「怪我をしているように見えるか?」
「いや?」
「そういうことだ」
「……おまえ、痛いなら痛いって言えよな」
「今は痛くない」
 あっさりと言う和彦の背中を小突く。しかしびくともしない。彼が手摺りに両手をついているせいだろう。
「『今は』じゃなくてさ。だって友達なのに……相談されないっての、やっぱ辛いっていうか」
「…………」
「…………」
 やがて、彼が大仰に嘆息して真輝はきょとんとする。
「わかったわかった。ちゃんと言うよ」
「なんだよそれ。なんかナゲヤリっつーか、ヤケクソっつーか」
「いやいや」
 苦笑した和彦が、不敵な笑みを浮かべた。
「自棄など起こさない。ありがとう、真輝」
「…………呼び捨てかよ」
「なんだ。『さん』を付けたほうがよかったか?」
「うんにゃ」
 真輝は大きくのびをする。
 ああ、なんていい天気なんだろう。夢の中の雪が本当に嘘のように、幻のように思えるほど快晴だ。
 真輝はなにもかもがうまくいくような気がしていた。
 和彦の呪いは解け、全てがうまくいくような……。
「いい天気だなあ〜」
「そうだな。うん」
 二人は、ただ……微笑した。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2227/嘉神・真輝 (かがみ・まさき)/男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、嘉神様。ライターのともやいずみです。
 よ、呼び捨てになってしまいました……とうとう。
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!