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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



「?」
 ちりん、ちりん。
 小さな鈴の音がする。日向久那斗は深い霧の中を歩いていた。
 傘をくるんと回して歩く久那斗は、かなり前を歩いている人物を見つけて瞬きをする。
 あの後ろ姿は……!
 長い髪が揺れている。
(月乃……!)
 ぱあっと顔を輝かせて駆け出す久那斗ではあったが、一向に距離が縮まらない。どういうことだろうか。
「遠逆」
 声が真横で聞こえてびくりと体を震わせ、久那斗は立ち止まってきょろきょろと辺りを見回した。
 深い霧の向こうで、誰かが立っている。黒の詰襟の学生服が見えた。
「遠逆って、変わってるよな」
「そうでしょうか?」
 月乃の声に久那斗は慌ててしまう。月乃の姿はずっと前を歩いていて、微かに姿が見えるだけだ。
 声は横から聞こえた。
「変わってる」
 くくくと笑う少年の声に対しての応えはない。
 声の気配が完全に消えてしまった。
 久那斗は不思議そうにして声のした方向へ歩み出す。一瞬、歩く月乃のほうを一瞥するが大丈夫だろうと判断した。
 霧の中に進む。
 ふわっと霧が晴れて周囲が明るくなった。
「?」
 がくんと体が落ちる。
 成すすべもなく、久那斗の体は落下してしまった。だが、地面にぶつかったはずだが痛くはない。
「???」
 疑問符を浮かべてからきょろきょろとすると、誰かが抱きとめてくれたことがわかった。
「大丈夫?」
「つきの?」
 同時に声を出す二人。
 久那斗は首を傾げる。月乃のはずだ。顔も同じだし、髪も、目の色も同じ。
 だが少し若い。髪もうなじのところで一つに括っていたし、多少短いようだ。
「月乃?」
「……あなた、誰?」
 きょとんとする月乃は久那斗を降ろした。衣服も濃紺の制服ではなく、セーラー服だ。
「久那斗」
 己を指差す久那斗。月乃なら、自分を知らないはずはない。それなのに。
 彼女は怪訝そうにしてから顔をあげた。
「迷子かな……」
「月乃……じゃない?」
 口調まで違うなんて。どうしたんだろう。
 泣きそうになる久那斗に気づき、少女は慌ててしまった。
「あ、ご、ごめんね? 確かに私の名前は月乃だけど……」
「月乃? 遠逆?」
「? 私は遠逆なんて苗字じゃないわ。誰かと間違えてるのよ」
 笑顔で言う彼女は久那斗の頭を撫でる。とても優しい。
 よく見れば彼女は茶色の瞳だ。白い眼ではない。
(月乃……ちがう……)
「遠逆……ね。うーん。同じクラスにはいないし……。そうだ! 生徒会長さんなら知ってるかも!」
 パッと顔を輝かせる月乃少女は、久那斗の小さな手を引っ張った。
「いいわ。その遠逆月乃さんを探しましょ! 手伝ってあげるわ! 久那斗だから、久那くんって呼ぶね!」
「……うん」

「会長さん」
「やあ」
 会長と呼ばれた少年は振り向く。職員室にでも行く途中だったのだろう。
 久那斗としては、こんな学校には用はない。落ちた先がここだったのだから……よくわからないのだが。
「どうしたの?」
「実は迷子を発見いたしました!」
「はは。なんだい、そのポーズ」
「敬礼。だって会長さんは生徒の中で一番偉いので、あります」
 くすくす笑いながら言う月乃を、久那斗は複雑そうに見上げた。遠逆月乃なら、こんな表情はしないはずだ。
 せつなく……かなしく、なる。胸がいたい。
「迷子か……。誰かの弟かな」
「かもしれないわ」
 うんうんと頷く月乃だった。廊下には、ほかに人の姿が見えない。
 だれもいないかのように、さっかくしてしまいそうだ。
(だれも……?)
 久那斗は後ろを見遣る。やはり、誰も居ない。
「それで……月乃くんは、返事はしてくれないのかな」
「うはっ」
 ぎくっとしたように月乃が顔を強張らせて一歩後退する。顔が真っ赤だ。
「いやっ、そ、それは……。で、でも、わたしなんて……」
「ボクの言葉が信じられない?」
「そ、そうじゃなくて……」
 会長は近づいてくる。月乃に手を伸ばした。
 刹那、久那斗が目を見開く。なにか……なにか、心がざわついた。
 なにかおかしい。
 持っていた傘で、少年の行く手を遮る。
「おっと」
「あっ、こ、こらっ。ひとに傘を向けたら危ないでしょ!」
 少年と月乃の言葉に、久那斗は戸惑って傘を引っ込めた。
 自分の勘を信じたのは間違いだったのだろうか。
 会長は月乃の頬に触れる。月乃は照れたように俯いた。
「ああ、やっぱり美味しそう……」
 ニヤリと笑ったその唇から、牙が覗く。月乃がぎょっとしたように動きを止める。
「か、会長さん?」
「我慢してたんだよ、これでも。本当に君が美味しそうでイライラしてたんだよねえ」
「あ、の?」
 月乃の震えが、繋いだ手から伝わってきた。久那斗は月乃と少年を交互に見遣る。
 あ。
(泣きそう……)
 眉をひそめ、恐怖を堪えている月乃は無理やり笑みをつくった。
「な、なにを言っているんですか?」
 少年は目を見開く。瞳が紅い。
「大丈夫。ちょっと血をもらうだけだから」
「ひ……!」
 月乃の両肩をがしっと掴む。その力の強さで、彼女の細い肩がみしみしと鳴った。
 久那斗は月乃の手を引っ張る。逃げようと、目で訴える。だが彼女はこちらを見ない。
 がん! と久那斗は少年の足を蹴った。少年は驚いて月乃から手を離す。
 その隙に久那斗は彼女の手をぐいっと引っ張った。自分が彼女と一緒に逃げなければならないと判断したためだ。
 そのまま走り出す久那斗に、月乃はバランスを崩しつつ、ついて行く。

「はあっ、はあっ、ま、待ってよ! ねえ、待って! 久那くん!」
「…………」
 待つ? 待ってどうするというのだ。
 久那斗にだってわかっている。
 あの男はついて来ている。足音を殺して、影のようにぴったりとついて来ているのだ。
「そ、そうだ。先生に助けてもらおう? ね?」
「……月乃、探す」
「は?」
「月乃。遠逆、月乃」
 ここはあの霧の中と同じはずだ。どこかに居る。あの退魔士の少女が。
「とおさか……つきの……」
 ぼんやりと呟く月乃は、足を引っ張られて転倒する。打ち付けた膝の痛みに、彼女は顔をしかめた。
「ひっ!」
 小さな声をあげた月乃は、自身の足を引っ張るものを見て青ざめる。床から生えた幾つもの手が、彼女を掴んで離さないのだ。
「月乃っ」
 月乃の両手を引っ張る久那斗だったが、小さな体ではどうやっても荷が重い。月乃を引き上げることはできなかった。
 校舎だ。この校舎はおかしい。
「久那くん、行って!」
「…………」
 久那斗は首を横に振った。
 おいて行けるわけがない。
 はっ、とする。自分たちが来たほうを見て久那斗は動きを止める。
 立っていた。あの少年が。
「行って!」
 目の前にいるのは月乃ではない。久那斗の知っている、あの少女ではない。
 だがもしも。
 もしも彼女だったら。
(違う……月乃。でも、月乃……だ)
 だったら助けなきゃ。助けなきゃいけない!
 傘をぶん! と少年に向ける。少年は三日月の形に唇を歪めた。
「……子供でも容赦はしない」
「月乃、嫌がってる」
 そうだ。彼女は嫌がっている。理由はわからない。聞いてもいない。だが、嫌がっていることだけは確かなことだ。
「月乃、泣かせる…………だめ」
「く、久那くん」
「だめ……!」
 久那斗の表情が――――――消えた。
 幼い少年の体から、ぶわっと青白い光が立ちのぼり、一気に爆発する。
「月乃、護る」
 世界が、軋んだ。
 久那斗の光に少年が悲鳴をあげて、のた打ち回る。
 驚く月乃は何か小さく呟いた。その瞳が虚ろになっていく。



 世界が、軋む。
 軋む。
 音をたてて歪む。歪む。
「久那くん」
 声に、久那斗がはたと我に返った。この声には聞き覚えがある。懐かしく、優しい声だ。
「つ、き、の?」
「はい」
 繋いでいた手を見遣り、それから視線をその人物に向ける。
 セーラー服姿の少女は、まぎれもない月乃本人だ。右眼が白い。
「??? どうして?」
「……過去の幻の中にいます」
「過去?」
「ええ。ここは私が仕事で潜入した学校。私は怪しまれないために記憶を封じていたんですよ」
 髪を括っていたゴムをはずす。髪の長さはやはり短いが、月乃だ。おそらく中学生の月乃だろう。
「実際はあなたがいないので、もうちょっとしたら記憶の封印が解けて攻撃するところだったんですけどね」
 苦笑する月乃に、久那斗はしがみつく。驚く月乃は何度も瞬きをした。
「あ、あの?」
「月乃……!」
「とにかくここを脱出しましょう」
「脱出?」
「本当の敵は、まだいますので。まあ……あなたの力の放出に胃は痛めたでしょうけど」
「?」
「……というか、早く出たいですね。恥ずかしいですよ、この姿は」
 不敵な笑みとは不似合いのセリフだ。
「ぶち破ってやりましょう」
 手に握られているのは御馴染みの刀。黒い色だけで作られたように滑らかな刀を、真上に、天井に突き出す。
「――弾けろ」
 冷淡な月乃の声と共に、天井を衝撃が襲った。
 世界が歪む。悲鳴をあげる。
 久那斗は驚いて月乃にしっかと掴まった。
 ぐらぐらと校舎が震える。いや、その世界全てが揺れる。
 そして一気に崩れ落ちた――!



 傘をくるんと回す。
 久那斗は瞬きをした。
「?」
 疑問符を浮かべる。
 周囲を見回すと、なんの変哲もない公園だ。
 座っていたベンチから降りて空を見上げる。流れていく雲を目で追い、それから気づいてそちらを見た。
 濃紺の制服姿の少女が、こちらに向けて歩いてくる。
 久那斗はパッと顔を輝かせた。
「月乃……!」
 はしる。
 久那斗は傘を手離す。
 彼女に抱きつくのに必要はない。
 ふわりと飛ぶ傘を、月乃が軽く掴んだ。
「危ないですねえ」
 苦笑する月乃が屈む。そのふところ目指して久那斗は突っ込んだ。
「わあっ」
 声をあげる月乃が受け止めきれなくて尻餅をついた。久那斗は月乃をぎゅっと抱きしめて、それから顔をあげて微笑した。
「月乃、無事?」
「ええ。あなたのおかげで」
「そう。僕、嬉しい」
 笑みを浮かべる久那斗をきょとんと見つめてから吹き出して笑い声をあげた。
「本当に! あなたは……!」
 二人はしばらくその姿勢で、互いにくすくすと笑い合ったのだ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4929/日向・久那斗(ひゅうが・くなと)/男/999/旅人の道導】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、日向様。ライターのともやいずみです。
 最終的なお名前の呼び方に変わりました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!