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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



(会いたい……)
 ぼんやりと、熱い眼差しで天井を見た。
 神崎美桜はゆっくりと布団をかぶる。
(和彦さんに、会いたいです……)
 なんて弱気な自分。きっと彼はこんな自分を見たら笑うだろう。
「なにやってるんだ」
 呆れたようにそう言ってくれるはず。でも、きっと優しい。あの人はやさしいひと、だから。
 そこまで思って紅かった顔をさらに、紅く染める。
(は、恥ずかしい……!)
 とうとう変な想像までしてしまうようになった。
 こっそり顔を覗かせて、窓の外を眺める。時刻ははっきりしないが、昼過ぎというところだろう。
 うとうとし始めた美桜は緩やかに夢の世界へと落ちていったのだ――――。



「やあ、お嬢さん」
 声に美桜はびくりとする。
 美桜は温室の中に居た。花で溢れる温室の周囲は刺のある植物で覆われており、ここに誰も入り込めるわけがない。それは美桜の心の防御を表しており、彼女の従兄弟の結界の複雑さも示していた。
 だからこそ、驚いた。
 白いイスから立ち上がり、周囲をうかがう。
「だ、誰ですか……?」
「こんにちは」
 すぐ後ろで声がして美桜は一気に血の気が引いた。振り返れない。
 ひやりと美桜の喉に冷たい手が触れた。
「ほころび、を見つけて参上した次第です」
「ほ……ころび?」
「あなたの兄上さまは非常に強い力を持つ方なのでね。それに、あなたの発熱による弱体化も幸運でした」
 どうやら兄の結界を越えて入ってきたようだ。自分が熱を出したせいで、ここまで易々と来れたと言っている。
 美桜の顎のラインをなぞりながら、男は言う。
「あなたの特殊能力はいただきます」
「…………そうは、させません……!」
「!?」
 男の気配が遠ざかる。
 美桜が振り向いた。
 そこに、彼女を護るように全身を漆黒の鎧に身を包んだ少年が立つ。
 青白い顔の痩身の男は低く笑った。
「そんな小さな抵抗……。無駄ですよ」
 刹那、温室が木っ端微塵に壊される。目を見開く美桜は両腕に絡みつく蔦に当惑した。
 足もとから押しあがってきた巨大な十字架に蔦が絡みつく。引っ張られる美桜は、その体を十字架に縛り付けられた。
「な、な……っ?」
 みるみる地面が遠ざかっていく。
 血のような色の剣を構える騎士の少年は、がくんと膝をついた。
(ああ……! 兄さんが万が一の時にって仕掛けておいてくれた騎士が……)
 そのまま動かなくなる騎士から、美桜は視線を逸らす。
 絶体絶命だ……!



 スーツを着た男は、ゆっくりと下から美桜を眺める。美桜は霞む視界で男を睨みつけた。
(あれは……夢魔……?)
 瞼が閉じそうだ。だが、耐えなければ……!
(和彦さんに、顔向けできません……!)
 唇を噛み締めて荒い息を吐く。
 じわじわと体力を奪われていく美桜を見て憑物は首を傾げた。
「なんでしょうね。あなたのそこまでの忍耐強さは」
「…………」
「……ふむ? 誰かを想ってのことですか」
 ぎくりとして目を見開く美桜だったが、ぐっと言葉を飲み込んだ。大丈夫。ここは自分の夢の世界。和彦はここにはいないのだから。
 いないのだ……。
 ――しゃん!
 鈴の音が響いた。
 青ざめる美桜は今の音に恐怖する。
 アレは和彦の出現の合図だ。憑物退治の際に、彼が現れる時の!
(うそ……)
 嘘であればいい! 聞き間違いであれば!
 祈るような気持ちでいる美桜とは違い、足音が徐々にこちらに近づいて来る。
 男が振り向く。
「そうですか。なるほど」
 にやりと笑みを浮かべた男はその姿を揺らす。美桜そっくりにカタチを変えた憑物は、自身を見下ろして笑う。
「な! そ、その姿……は……!」
「これならいいでしょう? 相手が誰であれ、油断しますとも」
 くすくす。
 声まで美桜にそっくりだ。瓜二つの双子と言っても誰も疑わないだろう。
 深い霧が占める遠い場所から、その人物はゆっくりとやって来た。霧が彼に絡みつくようにその両腕を引っ張るが、彼は歩みを止めない。
 その、カタチのいい唇が開く。
「憑物よ、この娘の夢から出てゆけ」
 こちらに近づいて来るその人物の声に、美桜は涙が出そうになる。
 ああ、あれは間違いない。和彦だ。
 ざあっと美桜の周囲が霧で覆われる。
(な?)
「こちらからは見えません。そこであの男が死ぬのを眺めていなさい」
(そんな!)
 悲痛な声を出すこともできず、美桜は足を止めた和彦を見遣った。
「ようこそ」
「…………なんだその姿は。俺を怒らせたいのか?」
 冷えた目で言う和彦は、軽く手を振る。その手に黒一色の刀が握られていた。
 憑物は微笑む。
「ここは私の夢の中。ならなぜ、私が私の姿をしていて悪いの?」
「…………俺の知る彼女は、そんなふうに笑わない」
 はっきりと言い放った和彦の声に、美桜は嬉しくて涙を浮かべる。重い体を必死に奮い立たせ、美桜は手首に巻きつく蔦の枷を外そうとした。
 彼の足手まといになりたくない。
 細身の剣を空中から取り出す憑物が、構えた。
「ヒトの心は迷宮と同じもの。あなたが私のどれほどを知っていると言うのですか」
「……彼女も俺のことをほとんど知らない」
 憑物と和彦の会話に、美桜は動きを止めてそちらを見遣る。
「人は決して完全にはわかりあえない。それは人間だからだ。同じカタチ、同じ魂のものなどこの世には存在しない。偽りがどこかしらに存在するものだ。だが俺は」
 和彦は薄く笑う。
「彼女を愛しいと想うこの気持ちは、本物だと思っている」
 その言葉に目を見開く美桜。
(和彦さん?)
 彼は刀を構える。
(ダメ……。だってここは私の夢ですもの……!)
 彼のほうが不利だ。
 どうしよう……どうしよう!
 腕を引っ張るものの、びくともしない。弱っている今の自分では、どうにもできないのだろうか。
 和彦は憑物との戦いを開始していた。
 長い髪を揺らして踊るように剣を使う憑物に、和彦は受け流すように刀を使う。
(和彦さん……!)
 祈るように! 全身の、残る力全てを使って美桜は『声』を彼に届けるべく能力を放つ。
(和彦さんに何かあったら……! 私、私……!)
 届け! 届けっ!!
<和彦さんっ!>
 びくっと和彦の手が一瞬止まる。すぐさま後方に跳躍して憑物と距離をとった。
(美桜さん?)
<和彦さん、早く逃げてくださいっ! ここは私の夢ですっ。あなたには不利なんですから!>
(…………)
 和彦の声が返ってこなかった。
 どす、と和彦の胸を何かが貫く。美桜が驚愕に硬直した。
 細身の剣が背中から後ろに突き抜けている。
「和彦さん――――っ!」
 美桜の悲鳴は音らしい音にならなかった。
 どす、と更に音がする。
 えっと後ろを見る憑物。その喉を貫いているのは剣だ。
「な、お、ま……?」
 漆黒の鎧の騎士の剣が、憑物の喉に無情に穴を穿つ。
 憑物が前を向く。貫いていた和彦が目を細め、姿が消えてしまう。
「っ! おまえ、謀ったか!」
「相手の土俵で戦うのなら、頭を使うものだ」
 ふふっと笑いながら騎士は言う。その声は――!
「消えろ」
 憑物の肉体は内側からの莫大なエネルギーに破裂した。

 十字架から解放された美桜は、ゆっくりと目の前に立つ騎士を見た。
 兜を脱いだ彼を見て、美桜は抱きつく。
「和彦さん! 和彦さんだったんですね!」
「……丁度いいところに、使える駒があったので使っただけだ。刺されたほうは偽者」
「で、でもどうやって?」
「この式神にちょっと介入させてもらった」
 笑って言う和彦が美桜の手を引いた。
「さあ、もう目を開けろ。大丈夫だ」



「…………」
 揺らぐ瞳で美桜は数度瞬きをする。
(私の……部屋?)
 部屋は夕陽によって赤く染まっていた。
「起きたか」
 そばで声がする。美桜はベッドの横のイスに腰掛けている和彦の姿を認めて起き上がろうとしたが、彼に止められた。
「熱があるんだろう? 起き上がらなくていい」
「か、和彦さん? 本物ですか?」
「本物だよ」
 微笑する和彦を、美桜はじっと見つめる。
「しかし、熱とはな。知恵熱か?」
「ち、違います……」
 遊園地の後の、料亭での彼の言葉が嬉しくて、つい気が緩んだなんて言えない。
 布団から手を出して、ためらいがちに和彦を見る。その視線に気づいて彼は握りしめてくれた。……冷たい手だ。
「冷たいですね」
「……体温はあまり高くないのかもな」
「…………和彦さん、あの」
「はいはい。なんだ?」
 甘えてしまいそう。彼の言葉がとても優しいから。
「……私、傍に……」
 傍に? 違う。傍に居てもいいか? ではない。傍に居たい。彼の、傍に。
 ううん。ちがう。
「私の傍に居てください! 一人にしないで……!」
 和彦が目を見開いて硬直してしまう。美桜はすがりつくように、必死に言う。
「あなたが……あなたが好き……!」
 掠れた小さな声。
 なんて怖いんだろう。自分の想いを言葉にするということは。
「あなたが……あなたのことが、好きなんです……」
「…………」
 呆然とする和彦は突如美桜の手を離して立ち上がる。美桜の瞳が涙で揺れた。
 彼が自分を好きだと想ったのは間違いだったのだろうか? もしかして、自惚れだったのだろうか?
 和彦は顔を背ける。
「……俺の、どこが……? こんな、気の利いた話題もできない愚かな退魔士なのに……!」
「和彦さん……」
 額に手を置いて和彦はうな垂れるようにして顔を隠した。
「俺なんか好きになったって……いいことなんて、ないのに!」
 悲痛に和彦が言葉を洩らす。ゆっくりと顔を覆っていた手を、はなした。そして一歩後退する。
「ありがとう…………嬉しいよ、本当に」
 一歩ずつ、一歩ずつ後退していく。――逃げるように。
 美桜は起き上がってその手を伸ばす。
「待って……待ってください……!」
「………………俺も好きだ。美桜のことが」
 切なそうに、辛そうに小さな声で。
 和彦に届くと思われたその手は、何も掴まなかった。鈴の音と共に彼はそこから忽然と姿を消してしまったのだ。
「かず……ひこ、さん……」
 伸ばした手を、ぐっと握りしめる。握り――――しめた。
「……大丈夫。次に逢う時は、きっともう……あの人を縛り付ける呪いはないはずだもの……」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

NPC
【遠逆・和彦(とおさか・かずひこ)/男/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 完全に両思いになってしまいましたが……いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 和彦の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!