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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



 漂う黒崎狼は、眼下を見下ろす。
 まるで映画を観ているようだと思う。
 現実感がない。
 だってここを、狼は知らないのだ。
 どこか懐かしいような気さえするが、こんな世界を狼は知らない。
 狼が知っている自分の世界は、コンクリートで作られたビルの並ぶ、小さな島国だ。
 こんなに広い荒野や、野のある世界ではない。
 走って逃げる少年を狼は冷たく見下ろしていた。
 連れている女の子が傷つかないように、男は必死に戦っている。無謀だ、と狼は感じた。
(ここ、どこなんだろうか……)
 ぼんやりとそう思う狼は、はあ、と小さく溜息を吐く。
 なんか似てる。
 月乃とやった演劇の話に。
 つらい。とても辛い。
 逃げていた男が姿を変える。巨大な黒い翼を背中から生み出し、獣の咆哮を放って敵をなぎ払う。
 なんと残虐なことか。
 男はヒトの姿に戻る。少女の手を引く。
 男の瞳は揺れている。正気が失われているのだ。
 にやりと笑う口。そこから覗く牙。
 狼の脳裏に断片的に浮かぶ映像。
 飛び散る血。涙。
 動かない白い少女。
 狼はぼんやりとした瞳で空を見上げた。
 夕焼けだ。この紅さは、まるで彼女の血のようだ。
(俺は知ってる)
 彼らがどうなるか。
 結末はもう、わかっている。
 誰が見ても最悪の結末だ。
 狼は瞼を閉じ、それから開いた。
 笑う男。わらう。わらうわらう。
(アイツは、『死』を与える存在。だったら……)
 アイツはどうやって最期を迎える? 誰が死をくれる?
 あの男は嘆くだろう。天に向かって嘆くだろう。
 彼女を還せと。自分のもとに返せと。
「こんなところに」
 声に、狼はぎょっとする。周囲を見回す。
「つ、つき、の?」
 ばき、と世界に亀裂が走った。凍った水溜りを、踏み砕いたような音だ。
 その砕いた隙間からこちらへと渡ってくる少女の姿は浮遊している狼を見遣り、呆れたように目を細めた。
「こんな深い場所でなにをやっているんですか、あなたは」
「……?」
「ここはあなたの夢ですよ。まったく……鈍いにもほどがあります」
「夢? 俺の?」
「はい。しかし……想像力豊かなんですね」
 眼下の光景を見下ろす月乃に慌てて、狼は両手を振って隠そうとする。
「うわあああっっ! み、み、見るなってば!」
「どうしてですか?」
「ひ、ひとの夢をみるな! プライバシーの侵害だぞっ!」
 真っ赤になって怒鳴る狼を見る月乃は、ハッ、と鼻で笑う。
「助けに来てさしあげたのに、そういう態度ですか。そうですかそうですか」
「うぐっ」
 同じセリフを二回続けて言う時の月乃は、とんでもなく意地悪なのを狼は知っている。
 月乃はひび割れの隙間のほうを向き、帰ろうとした。
「っわーっ! ご、ごめんって!」
 月乃はびくりと反応する。狼の言葉に反応したわけではない。
 視線をさ迷わせる月乃の額から頬にかけて汗が流れていく。ただならぬ様子だ。
「狼さん、私は用ができました」
「えっ?」
「……安心してください。案内人は用意します」
 そう言うや彼女はひらりとひび割れの向こうに消えてしまった。慌ててそのあとを追いかけるが、狼の手が届く直前で亀裂が侵入を拒否するように消えてしまう。
 伸ばした手を下ろし、狼は途方に暮れた。
 ここが夢の中だとしたら、自分はどうやって目覚めればいいのだろう。方法がわからない。
「案内って……どこにいるんだよ、そんなの」
「ここです」
「わあっ!」
 悲鳴をあげて飛び退く狼は、恐る恐る振り向いた。
 月乃が居る。
 だが、どう見ても若い。中学生くらいだ。
「ついて来てください」
「つ、月乃?」
「私は本人ではありません。彼女の夢を媒介にした、過去の残滓です」
「夢を媒介?」
「あなたの夢はあまりに深く、因縁が強い。なので、この世界に介入するために自分の夢を引っ張ってきた。それだけのことです」
「月乃の夢? おまえが?」
 仰天する狼の前で、案内人は目を細める。
「過去の遺物です。彼女は実際、夢をみることはありませんので」
「夢をみない?」
「遠逆月乃は憑物に追われる生活の中で、深く眠ることで睡眠時間を減らす工夫をしています」
 狼は不安そうに案内人を見た。小柄の少女は澄ました顔で言う。
「ですから、夢というか……過去の思い出と言ったほうが正しいのかもしれません」
「思い出……」
 言われてみれば、目の前を歩き出した月乃の衣服はどこかの中学の制服のようだ。
 暗い表情の狼に気づいた案内人はムッとしたように顔をしかめた。
「同情ですか?」
「えっ!? あ、いや……そうじゃなくて……。なんで、月乃は不満とか言わないのかって……思って。
 理由があるとしても、どうして、って思うのが普通なのに」
 なにせ、本人ではない狼が「どうして」と思ってしまうのだ。
 どうして月乃でなければいけないのか。
 どうして苦しむのが月乃なのか。
 どうして。
 眼下の男を、見る。
(どうして、アイツは……。あんなふうに生まれなければ違う人生もあったのに)
 案内人は空をゆっくりと歩く。それに狼も続いた。
 眼下では争いが繰り広げられていた。
「余計な感情は捨ててますから」
「余計な感情……?」
「……月乃は最初から強かったわけではありません。血を吐き、手や足にできた豆を潰し、努力した姿がアレなのです」
「才能はあったんだろ?」
「彼女は天才型ではありません。小さなことを繰り返していくことで、身体に覚えさせました」
 歩く狼は無言になる。
 物凄い不安になった。
 いや、これまでも時々あったのだ。
 遠逆月乃に出会うたびに、話をするたびに……違和感のような背筋を駆け上る嫌な悪寒を感じていた。
 笑顔で。
 笑顔で「大丈夫ですよ」と言う月乃の腕は、細いのだ。
「案内人、月乃はどこに?」
 案内人は足を止めた。
 そして振り向く。
「大丈夫。助けはいりません。あなたが行くと、重荷になります。ただでさえ、ここはあなたの世界で術を使うのが難しいのに」
 それを聞いてうな垂れる狼の手を、案内人はそっと握った。
「あなたはすでに、月乃に色んな事をしてくれています。それで十分です」
「俺が?」
 身に憶えがない。
 いつもいつも助けられてばかりで、いいとこなんて見せてない。
 少女が眼下を見遣る。
「あの男、あなたに似ています」
「…………そうか? そんなに似てないと思うぜ」
 自分はあんなにみっともなく慟哭しないと思う。唯一の存在を想って嘆かない。
 なぜ?
 狼が大切にしている人は、あの男と違って……多い。たった一つしか持てなかった彼と、色々な人々と生活する自分。
 差が、そこにある。
「今の俺は、色んなやつと出会ってできてるからな……」
 小さく呟く狼は、案内人を見遣る。彼女は特に興味がないような表情だったが、苦笑した。
 その困ったような、疲れたような……諦めたような笑みはやはり、月乃のものだ。
「さあ、このまま歩き続けてください。この夢からは出られます」
 少女が指差す。まっすぐ先を。
「さあ行ってください!」
 ハッとして狼を突き飛ばす少女が漆黒の巨大な鎌を構えた。
 襲い掛かってくる黒い双頭の獣を、少女が迎え撃つ。



 突き飛ばされた狼は黒い空間に出ていた。周囲は闇だ。
「? 月乃? いるのか?」
「退魔士は、追い払った」
 振り向いた狼は、闇に浮かぶ喪服姿の女を睨みつける。
「追い払った?」
 まさか、コイツが?
「おまえか! 俺の夢の中にいる憑物は!」
「これほど深い夢とは思わなんだ」
「深い深いって、ひとの夢を井戸みたいに言うんじゃねえよ! 月乃になんかしたらタダじゃおかねえぞ!」
「……おまえは不思議な男だな」
「は?」
「あの退魔士が大切なのか? 遠逆家の人形にすぎぬというに」
「そんなのは関係ねえ!」
「余計なお喋りは止めなさい」
 闇の中を、青白い光を纏った少女が現れた。ぬうっと、闇のカーテンを押し退けるように出てきた月乃を見て狼は青ざめた。
 彼女の衣服は千切れ、顔や腕、足にも傷が走っている。
「つ、き」
「お待たせしました」
 狼のほうを見て微笑む月乃がすぐに女を睨んだ。
「もうおまえの術は効きません」
「…………」
 女は目を閉じた。
「夢に絡ませたわらわの糸を全て絶ったか……ご苦労なことだ。わらわの負けだ」
「負け?」
 月乃は眉を吊り上がらせた。怒りに眉間に皺が寄っていく。
「おまえと勝負などしていない! 人間を玩具にするなっ!」
 女は感情の浮かばない瞳で続ける。
「悠久の時の中で、暇潰しを見つけてなにがいけないのだ?」
 刹那、月乃が鎌を神速で薙ぎ払った。女の身体が真っ二つにされる。
「なにが暇潰しか!」
 怒りの月乃の声が世界に反響し、砕けた。



「うえっ! げほっ、げほっ!」
 目覚めと同時に狼は悶え苦しむ。吐き気がこみ上げた。
 起き上がって何度も咳をしてから溜息を吐く。
「……気持ちわりぃ……」
「………………すみません」
 小さな声が聞こえてぎくりと身を強張らせた。恐る恐るそちらを見ると、正座してこちらを見ている月乃が居るではないか。
「な、なんでここに!」
「店主さんに言ってあがらせていただきました。あの……無理やり夢を砕いたので、狼さんに反動が……。申し訳ありません」
 深々と頭をさげる月乃のそばに行って、慌てて正座する狼。同じように頭をさげた。
「いやいや! こ、こっちこそいつも助けてもらって……」
「気にしないでください。私にはいつものことですから」
「そ、そうじゃなくてー……」
 言い難そうにして狼は顔をあげる。月乃はきょとんとしてこちらを見ていた。
「俺を助けたのは、憑物がいたから?」
「……それは、どういう意味ですか?」
「憑物がいてもいなくても、おまえは……助けに来るだろ」
 言われてから月乃の顔がみるみる赤く染まっていく。
「そ、そんなことは……。わ、私にだって、できることとできないことがあります……。できることならば、やりますけど」
「そうじゃなくて」
 今度ははっきりした声で狼は月乃の手を握る。狼よりは小さい。だが、その手は小ささの割にかたい。
「ありがとう。でさ、ものは相談なんだが」
「はい?」
 きっとできる。彼女となら。
 守ったり、守られたりするような……互いを潰したり、拘束したりするんじゃなくて……。
 共に、歩んでいけるような……存在に。
「おまえにできないこと、俺にできるかもよ?」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 夢のお話でしたが、いかがだったでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!