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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


熱風

【0.オープニング】

「自殺の名所?」
 またか、というようにだれた顔を隠そうともせず、草間は嫌そうに聞き返した。だが千草はそんなことは気にも留めず、ここへ来てから3本目の煙草に火をつけながら、鷹揚に頷く。
 草間は自分も紫煙を吐きつつ、げんなりした調子で皮肉った。
「お前のところは、広報課っつーより心霊課だな」
「新聞の四コマ漫画みたいなもんさ。こう暑いと堅っ苦しい文章ばっかり見てるとイライラするんでね」
 千草はふぅっと細く白い煙を吐くと、前屈みにしていた姿勢をうんと伸ばして、そのままどかっとソファの背凭れに倒れ込んだ。
 男のようだ、と草間は思う。
「依頼料……て言っても経費で落とすわけにもいかないから、物でいいかい?」
「ちょっと待て。まだ受けるなんて一言も――」
 抗議しようとした草間の言葉は、テーブルの上に勢いよく置かれた物が立てた音に飲みこまれた。
 一升瓶……と、西瓜。
「実家から送ってもらった地酒。それからちょっと時期は早いけど、まぁ一週間かそこら置いておいたらちょうどいい熟れ具合になるだろうし」
 なんちゅう組み合わせだ、と思いつつも、でんと置かれた一升瓶と大きな丸い西瓜に、草間は目が離せないでいた。ここ最近の急な暑さに、冷蔵庫には酒が常駐するようになっていたのだが、正直安い発泡酒の軽さには飽き飽きしていたところなのである。
 それに西瓜。よく冷やして酒のつまみにしてもいいかもしれない。昼間から団扇片手にきつい地酒と冷えた西瓜で一杯、なんて結構な贅沢じゃないだろうか。暑さも吹っ飛ぶというものである。
 ちなみに草間興信所は、現在エアコン故障中の只中にあった。修理費用もないので、古い扇風機を引っ張ってきて昼夜を問わずフル回転させている。この調子では扇風機までもが壊れる日も、そう遠くはないだろう。
「ただ働きしてくれるやつでも探すか……」
「じゃ、交渉成立ってことで」
 千草は長くなった灰を落として、煙草を唇に銜えると、さっさと立ち上がって興信所を後にした。こんな暑っ苦しいところには1秒たりとも長くいたくないらしい。
 さて、と草間は短くなった煙草を潰しながら考える。自殺の名所での取材といったらお祓いでもするんだろうか? よきにつけ悪きにつけきっと霊はいっぱいいるだろうから、少々危険なことでも平気なやつがいい。あとはとにかくただでも働いてくれるやつ。なんせこちらはクーラーの修理費も払えないぐらい金欠なのだ。
 難しいなーと思いつつも、取り敢えず電話してみるか、と草間は受話器を持ち上げた。


【1.起点】

 一週間後に集合、ということで、草間はその間片っ端からこの依頼を受けてくれそうな人物に電話しまくっていた。そうして集まった結果が3人。うち1人はここの事務員だ。
 俺の電話代返せよ…と草間は胸の内で項垂れたが、来てもらっている人間に愚痴るわけにはいかない。大体ただで働いてくれそうな奴に片っ端から電話かけました、なんて言ったら気を悪くするんじゃないだろうか。実際ただで働いてくれるのは3人しかいなかったわけだが。
 俺の認識には多大に間違いがあるらしい、と、草間が手帳に記入している知り合いの電話番号と備考を睨みながら訂正しなおしている間、集まった3人は真面目に今回の件について話し合ってた。
「自殺の名所にまで発展する原因が、何かあると思うの」
 シュラインの発言に、紫桜と丹が頷く。
「私はその辺りのことを先に地元の図書館か何かで調べたいと思ってるんだけど」
「私は現場に直行したいです。静かに調べ物をするっていうのは、大学のことだけで十分!」
 丹が拳を握って力強く宣言した。紫桜はしばらく考える素振りを見せた後、決心したらしく2人の顔を真っ直ぐと見る。
「それなら俺も現場に向かいます。いざとなったら力を貸せるでしょうから」
「頼もしいぞ少年!」
「いえ、多分ほんとに貸すだけになると思いますよ」
 紫桜の言葉に丹が首を傾げていると、興信所の前の通りで車のクラクションが鳴った。ついで音量大で草間と呼ぶ声がして、草間は慌てて外へ飛び出した。すると黒のセダンの運転席から身を乗り出した男が、掛けているサングラスをずらして草間をじろりと観察した。
「広報課の使いの者ですが、準備はもう済みました?」
 見事なまでに真っ赤な髪と、その格好には到底似つかわしくない丁寧な物言いで、男はそう尋ねた。草間は訝しげに眉を寄せて、男に誰なのかと問う。
「ああ、忘れてた。……私は桐生景、広報課の元宮の知り合いですよ」
 今日は君たちの足になりに来ました、と桐生は窓から体を引っ込めて、後のドアを開いた。様子を覗いに着いて来ていたシュラインらは、察して車に乗り込む。
 助手席にシュライン、後部座席に紫桜と丹を乗せて、車は通りを発進した。


「その場所の近くに図書館とか役場の類、ありません? ちょっと調べ物をしたいんだけれど……」
「図書館なら近くにあったと……君たちみんなで?」
「いえ、私達は現場に直行したいんですけど!」
「なら先に現場に行って君ら2人を降ろして、エマ君を図書館に連れて行けばいいんだね?」
 桐生が確認すると、3人揃って頷く。
 車はやがて高速に乗り、どんどんビルの少ない郊外へと向かっていった。


【2.現場調査】

「うわぁ。何て言うかいかにも、な場所ですねー…」
 海に面した断崖をガードレールに凭れ掛かりながら見下ろして、丹はそんな風な感想を述べた。一方の紫桜は取材と言うからには写真だろうと、用意してきたカメラでとりあえず辺りの風景をフィルムに収める。
 それにしても暑いな、と紫桜は額に滲んだ汗で張り付いた前髪を掻き揚げつつぼやいた。人気のないところなら涼しいんじゃないだろうかと思ったが……いや、確かにこの場所はガラス張りのビルやコンクリートに囲まれた都心に比べて比較的涼しいと言えるかもしれない。が、エアコンの効いた車の直後に放り出された外気は十分生温く、涼しい場所を期待した彼を凹ませるには十二分なものだった。
 と、熱気を孕んだ風が山の方から下りて来て……。
「あっぶな!」
 声に慌てて振り向くと、丹がガードレールから2、3歩ほど飛び退いたところだった。どうかしたのかとよくよく見てみれば、丹の足元に薄らとだが細い腕が見える。
「どうなってるんでしょう?」
「風が吹いて体が押されるなって思ってたら急に足を引っ張られたんですけど」
 話している間にも霊の数はどんどん増えて、それらの1体1体がまた、紫桜や丹を海へ引き摺り込もうとしているようだった。2人はもしかして……と顔を見合わせる。
「これって自殺の名所とかではなく」
「……恐らく、霊が人を殺しているんじゃないかと」
 足や腕を引っ張ろうとする無数の腕を、身のこなしの優れた2人は何とかかわしていたが、体力が上限無しの霊相手ではこちらの分が悪すぎる。背に腹は変えられない、と紫桜は覚悟を決めると、すうっと手の平から刀を抜き出した。
「あ、何か強そう!」
「いや、でも俺が持っててもせいぜい木刀レベルなんですけどね……」
 でもまさか正体の知れない者を切り捨てるわけにもいかないので、丁度良いだろうと紫桜は刀で霊の手を払い落とした。丹はその様子を横目で見ながらも、ふと霊達が何か言葉を発しているということに気が付く。
「待って、何か聞こえる!」
 反射的に手を止めた紫桜は、その隙をついた霊によって持っていた刀を弾き飛ばされてしまった。持ち手のいなくなった刀は周囲のものの気を吸い取って霊を弱体化させていくが、もちろんそのままにしておくわけには行かない。
 紫桜はすぐさま刀を取りに行き、そしてそこに小さな祠があるのを見つけた。なぎ倒された祠から、御神体らしきものを取り出すと、途端に霊が消え始める。
「あの人たち……私達に『熱いだろう? こっちへおいで』って言ってたみたいなんですけど……」
 すっかり霊の気配がなくなって、丹が紫桜の方へ駆け寄って来た。それから紫桜が支えている御神体に目を止めて、んん、と小さく唸る。
「ゴムの臭いが付いてますね。車のタイヤ、みたいなの」
「もしかすると車がこの祠を倒していったせいで、霊が出るようになったのかも」
 横倒しになっていた祠を直せるところだけ建て直し、紫桜は御神体をそこに戻した。後できちんと業者に頼んでおこう、と密かに考えて、
「……それはそうと、よく臭いなんてわかりましたね。海が近いのに」
「うう〜ん……地形のせいだと思います。山から下りて来る風の方が勢いが強いみたいで、潮の臭いはあまりしませんよ!」
 元気よく言い切った丹に、俺は全然、何の臭いも感じないな、と紫桜は思う。手についた砂埃を払って背骨を伸ばしていると、丹が紅く染まって来た空を眺めながら呟いた。
「それにしてもシュラインさんたち遅いな〜。帰るの遅くなっちゃう」
「渋滞に巻き込まれないといいんですが……」
 その後程なくして車に乗り込んだ2人だったが、予感は見事に的中するのだった。


【3.調査結果】

 結局渋滞に巻き込まれつつも何とか12時前に興信所に辿りついた面々は、疲れた面持ちで応接室のソファに倒れ込んだ。ちなみにここまで送ってくれた桐生は、他に用事があると言ってさっさと帰ってしまったのだが。
 深夜にも関らずきっちりと人数分のお茶を出してくれた零に感謝の言葉を忘れず述べて、3人は湯呑でお茶を一口啜ると、ほぼ同時にふぅーっと長い溜息を吐いた。
「……ってことは、多分その1番最初の自殺の時に祠も一緒に倒されちゃって、それで火事で亡くなった人達が他の人を引きずり込むようになったと」
 丹が眉を顰めて結論付けると、隣でぐったりとしていた紫桜が顔を上げた。
「でも多分、その火事で亡くなったって人達もある種の親切心でやってるわけですよね? そこにいたら火がくるから、こっちに来いって」
「そうね……結果的にその親切が仇となったわけなんだけど、誰が悪いって責められるものでもないし」
 シュラインは2人から聞き出した情報をまとめ終えると、席を立って奥の部屋へ行ってしまった。紫桜と丹が不思議に思ってそちらを見ると、扉の向こうから何やら喚く声が聞こえ、続いて何かが盛大に倒れる音がする。驚いて2人が固まっていると、扉が開いてシュラインがにこにこと、お盆に切り分けた西瓜を載せて戻って来た。
「ごめんなさいね、お礼が西瓜しかないんだけれど」
「うわー、食べごろじゃないですか!」
 嬉しそうに話を始めるシュラインと丹とは別に、紫桜はまだ扉の方を見たままだった。ばたんばたんと暴れる音に、時折草間のものらしい罵声が混じる。いいんだろうかと思いながらも、出された西瓜をぱくりと一口。
「あ、うまい」

 こうしてその日、草間武彦の近所迷惑な叫びと共に、無事依頼は完了したのだった。


 >>END



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26才/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5453/櫻・紫桜(さくら・しおう)/男/15才/高校生】
【2394/香坂・丹(こうさか・まこと)/女/20才/学生】
(※受付順に記載)

【NPC/元宮・千草(もとみや・ちぐさ)/女/31才/広報課課長】
【NPC/桐生・景(きりう・けい)/男/32才/自称科学者】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、ライターの燈です。
「熱風」へのご参加、ありがとうございました。

 何かテーマの割に最後辺りが随分軽い終わり方になってしまい……しまったお礼を西瓜にするんじゃなかった、とちょっとだけ思いました(爆)
 それにしても私の書く草間氏は、苦労人気質な気がします。NPCどころかその場キャラにも振り回されてますからね……。
 そして今回も納品が遅くなってしまって大変申し訳ありませんでした<(_ _)>早期納品、を目指したいのですがなかなか時間も取れず、その上筆(というかタイプ)も進まず……。

 それでは今回はこの辺で。ここまでお付き合い下さり、どうもありがとうございました!