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<東京怪談・PCゲームノベル>


Calling 〜渡夢〜



 ちりん、と風鈴の音がした。
 顔をあげる谷戸和真だったが、すぐに興味がなくなったように溜息をつく。
「私が嫁では不服と?」
 彼女はそう言った。
「和真さんが私を嫌わなければ、ですが」
 あれは……あれはどういう意味で……?
 ぼーっとしたまま和真は頬杖をつく。
(いいって……言ったな。てことは、なんだ……否定はしてないから、俺が婿入りしても構わないってことか?)
 そこでハッとして頭を抱えた。
「い、いくら無意識とはいえっ……お、俺はなんてことを……!」
 顔が真っ赤だ。頭を抱えてその場に転がる。畳の上は気持ちよかった。
「あ〜……月乃、絶対呆れたろうな……。あんな、あんな場所とかじゃなくて、もっとロマンチックな場所で言えば良かった……」
 そもそもだ。
 むくりと起き上がって和真はこほんと咳をする。
「俺は……月乃をそう見てた、って……こと、だよな」
 異性として、意識していると。
 確かに彼女のいいところなら幾らでも挙げられる。惚れた欲目と言われても仕方がない。
(婿に入るなんて、考えてもみなかったなー……)
 この店のこともあるというのに、それをそっちのけで……。これが恋愛というものだろうか。
 なんという、暴力的で甘美で……辛いものか。
(まあどこに行っても本は読めるし……)
 再びこてんと横になって、和真は天井を見上げる。遠い。
(俺と……交際する気があるのかな。いや、も、もう……プロポーズみたいなこと言ったんだし、婚約なのかな)
 頬を赤らめてごろごろと畳の上を転がっていく。壁に当たる直前で止まった。
(嫌いになることなんて、あるわけないさ……!)
 彼女のどこを嫌いになるんだ? そんなことはない。
 俺が護るんだ。絶対に。
 彼女を苦しめる全てのことから……!
(そうだ……! 俺なんか夫にしたら、月乃のほうが危ないかもしれない……)
 だけど。それなら、自分の全てを使ってでも護ればいい。
 そうだ。そうなんだ。
 反対方向に転がりながら和真は小さく微笑む。
「次に会ったら……言おう」
 照れないだろうか。練習したほうがよくないか?
 そんなことを考えながら和真はまた不安になる。
「でも、今更気が変わったとか言われたら……。それに、あいつの一族に許可をもらったわけじゃないし……」
 だいたい和真は月乃のことをほとんど知らないのだ。
 起き上がってから大仰に溜息をついた。
「まだ彼氏彼女でもないのに……気が早いな、俺も……」
 ちりん、と音がした。
「? 風鈴なんて飾ってたっけ?」
 不思議そうにするものの、首を傾げただけで終わってしまう。
 和真は店のほうを眺めた。本がずらりと陳列している。
 彼はぼんやりとした瞳でそれを眺めた。
「……暇だなあ、客が来ないし」
 店の表を誰も通らないなんて……珍しいなあ。
 ほんとに……メズラシイ……。



「ああー、でも月乃に会ったらどう言おう。
『お言葉に甘えて、俺、おまえの婿に……』
 うああ! 違う違う! なんだそのかっこ悪さは!」
 頭を抱えてうずくまり、和真はぷるぷると両手を震わせた。
 せっかくこれほど本を読んでいるのだから、それをいま、活用しない手はない!
「そうだ! 詩とかはどうだ! ロマンチックな雰囲気で言えば……!
 って、詩? 詩ってどれがいいんだ? 月乃にそういうヒネた口説き文句が通用するかな……」
 腕組みしてまた横になる。
 畳が、近い。
「……うん。俺も、嫌いにならない……。俺を月乃が嫌いじゃないなら……」
 どうだろう。でも、あまりにもシンプルで、飾り気がないような。
 ……静かだ。
「静かだなあ……」
 ごろごろと転がっていると、何かにぶつかる。
「いだっ!」
 ぶつけた額を押さえて起き上がる和真。そしてふいに店のほうに視線がいく。
 店の戸を叩く月乃の姿が一瞬だけ目に入るものの、えっ、として瞬きした途端にその光景は消えてしまった。
 ごしごしと、瞼を擦る。
「??? 今の……なんだ?」
 戸は開いている。表の通りがここからでも見える。とてもいい天気だ。その日差しが道路を照らしている。
 いつもと変わらない。昨日と同じだ。
 きのう?
「そういやあ、ここ数日、いい天気続きだな」
 だからなんだ?
 一人で疑問符を浮かべてから横に転がる。
 ああ、いい天気だ。

「邪魔しないで」
 声に月乃は振り向く。
「あの人はわたしのものよ」
 月乃と同じ姿で言う少女。
 月乃は顔をしかめた。
「紛い物め」
「そうね。でも、あの人はここが気持ちいいのよ」
「ここは現実ではない。夢だ」
「……怖いわね」
 目を細める少女は腕組みする。
「あなた、怖いわ。ほんとに人間なの? 人間というのは、もっと浅ましいものよ?」
 ふ、と月乃は微笑した。
「私は十分浅ましいですよ? 和真さんを助けたくて、無理やりここまで侵入したんですからね」
「ここはあの人の砦。あの人そのもの。あなたは入れないわ」
「おまえを殺せば、和真さんはここから出られますよ」
「……わたしを殺せば、ココが崩れる」
「だから?」
「……あの人は連れていくわ」
「そうはさせません」

 和真は起き上がる。
 なんだかさっきからうるさいような気がした。
 店の戸のほうを覗き、一瞬だけ月乃が二人いるのを見る。
「んん???」
 ごしごしごし。
 瞼を何回擦っても、その光景は見えない。
 和真は立ち上がって店に出ていく。サンダルを履き、ゆっくりと天気のいい外へ向けて歩む。
「つきの……?」
 ここに訪ねて来てくれたのだろうか?
「いるのか?」
 一歩ずつ出口へと近づいていく和真だったが、唐突に額をぶつけた。
「あいたあ!」
 額を押さえてその場にうずくまる。
 上を見上げるが、何もない。なにもないはずだ。
「?」
 そこは外で。もう外のはずで。何も障害物などないはずで。
 ――――本当に?
 和真は起き上がり、両手を前に出す。透明なものに触れた。感触はかたい。まるで『戸』だ。
(戸?)
 すぐそこは外だ。
 それは、本当なのだろうか?
 目を凝らす和真は一瞬だけ見えた光景に目を見開く。
「月乃!」

「彼は私の婿になる方です。渡せませんね」
「なによそれ」
 軽蔑したように言う少女に、月乃は冷笑で応える。右足を軽く後ろに引いて、武器を手にする。
 漆黒の、大鎌。
「あの人はどうしようもないほど実直なお人好しですからね。ちょっと不安なことは不安なんですよ」
「?」
「だって遠逆の家は、陰鬱とした闇の香りがするんですから――――」
 低く笑う月乃の様相に、少女は真っ青になる。
 コレはなんなのだ?
 じりじりと後退していく少女を、月乃は冷ややかに見ている。
「どうしました? なぜ後退を? さあ、私と戦いましょう!」
「あ、あなたおかしいわ……。普通の人間じゃな……」
「くくく……! 妖魔退治のスペシャリストが、『普通』なわけないでしょう!」
 さあ、逃げろ。
 目がそう言っている。
 少女は背中を向けて走り出す。誰も居ない夢の世界を。
 必死に。必死に。
 まるで溺れた魚のようだ。息苦しい。ここは自分の領域のはずなのに!
「なにをした! 退魔士!」
「スペシャリストは、手を抜かないのですよ……!」
 鎌の刃が振り上げられたのは気配でわかった。殺される! 殺されちゃう!
 足掻く。みっともなく、足掻く。
 もっと走れ。この足なら走れる。一歩、また一歩先へ!
 ……あれ?
 視界が回転した。
 わたしの、足が目の前にある?
 その向こうに、振り下ろされた鎌を持つ月乃。
 笑みを浮かべている月乃を見て少女は思う。
 アレはヒトではない。ヒトと言うには、禍々しい――――と。



 巻物を閉じて月乃は嘆息した。
(ハッタリがきいて良かった……)
 振り向いてぎょっとする。
「大丈夫か、月乃!」
「か、和真さ……」
 のけぞる月乃の両肩をがしっと掴み、和真は軽く揺さぶる。
「戦ってただろ? ケガはないか?」
「え? え、ええ……ないですけど」
 月乃の言葉を聞いて和真は大きく息を吐いた。月乃は困惑して疑問符を浮かべている。
「良かった……月乃が無事で」
 微笑む和真を見て、月乃は頬を染めて視線を伏せた。
 和真は周囲を見遣る。
「でもここ、どこなんだ? 俺はてっきり現実だと思ってたんだが」
「なにを言っているんですか。現実のあなたはもう丸三日も眠ったままですよ?」
「ま、丸三日!?」
「心配になって訪ねたら夢魔に捕まってるんですから……もう」
 呆れたように言う月乃を見てから、和真はハッとしてしまう。
(こ。こ、こころのじゅんびがっ)
 ばくんばくんと心臓が激しく鳴った。
(言わなきゃ……今、言わなきゃ……!)
「つ、つ、つき……っ」
「和真さん、夢魔は退治しましたのでさっさと起きてください」
「え? い、いや、俺、話が……」
「そんなのは起きてからいくらでも聞いてあげます。さっさと起きなさい!」



 瞼を開けた和真は、額の痛みに一番にうめく。
「いてぇ……」
 むくりと起き上がり、大きく欠伸をした。
「なーんか変な夢をみてたような……」
「その通りです」
「そうそう。月乃が出てきて…………って、月乃!」
 真横で正座している月乃に驚き、和真は慌てて距離をとる。
「起きましたか。さっさと身支度をして、お店を開けてください」
「ど、どうやって部屋に……?」
「…………」
 冷たい目で見てくる月乃は、つんと顔をそむけた。
「企業秘密です」
「き、企業秘密って……」
 寝巻き姿なのに気づいて和真はひえっと小さく悲鳴をあげる。
「あ、あの……」
「しょうがないので朝食くらいは作って差し上げましょう。手のかかる方ですこと」
 嫌味ったらしく言い放って月乃は立ち上がり、すたすたと行ってしまう。和真は彼女が気を遣ってくれたのだと気づいて苦笑した。

 支度した和真は、質素な朝食を見てから月乃を見遣る。
「あ、ありがとう、月乃」
「いいえ」
 座ってから「いただきます」と言う。
「それで? 私にお話だそうですが」
「ぶはっ」
 思わず吹き出しそうになった。和真は咳き込み、涙目になって月乃を見る。
「え、えっと……」
「…………」
「あの、俺……」
「はい?」
 箸と茶碗を置いて、月乃の手を握り締めた。
 なんていう? えーっとあれだ。定番は「君の作った味噌汁が食いたい」か?
「不束者ですが、末永くよろしくお願いします!」
「………………」
 唖然とする月乃に気づき、和真は自分が言った言葉を思い出して青ざめる。
 そんな和真を見た月乃はくすりと妖艶に笑ってみせた。
「こちらこそ」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【4757/谷戸・和真(やと・かずま)/男/19/古書店・誘蛾灯店主兼祓い屋】

NPC
【遠逆・月乃(とおさか・つきの)/女/17/高校生+退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、谷戸様。ライターのともやいずみです。
 完全に両思いに……! い、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。
 月乃の憑物封じにお付き合いくださり、ありがとうございます!

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!