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Fairy Tales 〜墓を知る者〜
私を呼んでいる、声が聞こえる
語りかける、詩が聞こえる
それはとても耳障りで
まるでこの世界のようだ
不具合は排除しなければいけない
なのに、止めよと語りかける
この詩は『私』を支配しようとしている
『私』を……
Tir-na-nog Simulatorを!
プティクリュを頭に載せた黒崎・潤と、草間・武彦の前に突如現れた邪竜の巫女ゼルバーン。
「貴様達が手に入れたモノを渡してもらおう」
小さな虹色の妖精は、ゼルバーンに向けてしきりに唸る。
「渡せない!プティクリュは僕が探すアヴァロンの鍵だ!」
「違う!!」
潤の言葉を遮るようにゼルバーンは叫ぶ。だが、彼女自身がどうして叫んだのかが理解できないように、口元を押さえ狼狽した。
「お前も何者だ!」
全てを知っているはずなのに、潤と草間の後ろで立ち尽くす男は、見覚えが無い。
「誰の事言って…」
ゼルバーンの視線が自分達を飛び越えて、背後に向かっている事に潤は振り返る。草間も軽く視線だけを一瞬向けたが、今にも仕掛けてきそうなゼルバーンから視線を外さない様、振り返る事はしない。
すぅっと手を上げ、ゼルバーンから放たれる強力なモンスター達。
「っく……」
流石に、二人では分が悪い。
だが、今更助けを呼びに行っている暇はない。
リ――――ン……
その時、プティクリュのベルが高らかに響く。
まるでこの場所を、皆に教えるかのように……
【フラグ1:シュライン・エマの場合】
知恵の環にて、一つの本棚からまったく場所を変えることなく一冊の本に意識を集中させていた視線をふと上げる。
プティクリュは元々のイベントの流れには無いノンプレイヤーキャラクター(NPC)だ。
正規の、そうシュラインがシナリオを担当したという彼女の口から聞いた話では、アヴァロンはヴェディヴィアというNPCがリア・ファレル1つと引き換えに飛ばすというもの。
プティクリュの役目はなんだ。
都波・璃亜が組み込んだという犬の妖精。
この異界化した状態の『白銀の姫』には、アヴァロンに向かうためのイベントが無い。
故に、組み込んだ犬の妖精―――
順当に考えれば、プティクリュがアヴァロンへと導いてくれるのだろうが、あの後また眠りに付いたまま動く気配を見せなかった。
どうして吠える獣−クェスティング・ビーストの中からプティクリュが…いや、クェスティング・ビーストはどうして『幸せの野マグ・メルド』に現れたのか。
クェスティング・ビーストというモンスターを隠れ蓑にして、何かしらの妨害がされないようにプティクリュを組み込んだ。
そう考えれば、今度はどうしてそれが『マグ・メルド』なのだろうという所へ行き着く。
―――あそこにはまだ何かあるのだろうか。
つい立ったまま一気に読み干してしまった本を本棚に戻し、関連のある別の本を数冊手にすると、シュラインは知恵の環にあるテーブルへと向かう。
あそこならば、この妖精魔法の書の研究に持ってこいだ。
綾和泉・汐耶から妖精魔法の話を聞いてから、何故か血が騒ぎこんな場所で一気に読み干してしまうほど熱中してしまった。
そんな自分に少し苦笑する。
発音が難しいと汐耶が苦笑して言っていた事を思い出すが、あらゆる声を操る事ができるシュラインにとって、それは苦とする所ではなく、言葉の意味さえ理解してしまえば使いこなす事が出来ると確信していた。
実際、妖精魔法に重要なのは『妖精を視る眼』と『妖精の言葉を話せる事』らしい。
魔力の流れや妖精を常時視れる状態ではない限り、力を貸してもらえないようなのである。その代わり、他の魔法等と違った効果が数多いのも事実。さすがイベントスキルなだけの事はある、と言いたいが実際の実用性はどうなのだろう。
コレばっかりは使ってみないと分からない域を出て居ない事に、つい本のページを繰りながらふと我に返ったシュラインは苦笑した。
リ――――ン……
「…?」
聞きなれない音に、シュラインは顔を上げる。
リ――――ン……
そしてまたもベルの音が響く。
それは、この知恵の環の中でまた木霊し、共鳴しているようだった。
☆
知恵の環じゅうに響き渡るようになるベルの音に、シュラインは辺りを見回す。
ベルの音は1つじゃない。複数のベルの音が共鳴しているように鳴り響く。
そしてベルの音に混じる誰かが走るような音。その音に耳を済ませ、シュラインは振り返った。
「琥珀さん!」
「シュラインさん!?」
知恵の環から外へと走り出ようとしていた来栖・琥珀をシュラインが呼び止める。
リ――――ン……
リ――――ン……
琥珀がシュラインの元へと走り寄ると、その共鳴音がいっそう大きくなる。
二人は目をパチクリとさせて、シュラインは自分のバックパックを、そして琥珀は腰のベルトに括りつけられたベルを見た。
「コレが共鳴していたのね…」
琥珀のベルトだけでなく、自分の荷物に何故か加わっていたベル。もしかしたら――……
シュラインはベルをバックパックに戻し、
「琥珀さん、武彦さんと潤くん見てないかしら!?」
そう言えばあの後から潤だけでなく草間の姿さえも見当たらない。
「見てないです。草間さん達いなくなっちゃったんですか!?」
シュラインはてっきり草間はあの後何時ものように酒場に安い酒を飲みに行ったものだとばかり思い込んで、その行き先を気にする事なんてしなかった。
だが、プティクリュも今誰が連れているのか分からない。
もしかしたらという思いが働いて、シュラインはジャスパー・リングに意識をこめた。
「武彦さん! 潤くん! 何処にいるの!?」
今、二人は何処にいるの!?
この声は、このジャスパー・リングを持っている人全員に届く。きっと、吠える獣を倒したときに一緒に居たメンバーは、この声で草間と潤の姿がなくなっている事に気が付くだろう。
「シュラインさん。ベルが……」
琥珀の声にシュラインは顔を上げる。
シュラインのベルはバックパックに入れてしまったため分からなかったが、琥珀のベルトに括りつけられたベルは何か訴えるように、透明な音を発している。
「導こうとしているんでしょうか」
微かな危険信号が頭の片隅で響く。
それは自分の現状に対してのものではなく、救助信号のような、行かなければいけないような、不安。
きっと声は届いているのだろうけど、今すぐに返せない状況なのか、または壊れてしまったのか。
「導こうとしているのなら、導かれてみましょう」
二人の耳には知恵の環全てに反響するように聞こえているベルの音だが、誰もがこのベルの音を聞く事ができるのだろうか。
もし違うのならば、この音はきっと持ち主同士のみが聞く事ができる、何かの信号。
シュラインと琥珀は知恵の環を後にすると、ジャンゴの街並みへと出る。
機骸市場へと出ると、1つのカフェから見覚えのある二つの姿が出てくるのが目に入った。
ベルの音は共鳴するように大きくなる。
「やっぱり」
セレスティ・カーニンガムと綾和泉・汐耶の手にあるベルを見て、シュラインは呟く。
「私達も持ってるんです」
琥珀は自分のベルトに括りつけられたベルを見せるように手を添えた。
お互いの声を遮るほどではないが、4つのベルが共鳴しあって鳴る音は、それぞれの耳に大きく聞こえている。
それに伴ってブルブルと振るえ続けるベル。
[ マグ・メルドだ! 急いで!! ]
突然にジャスパー・リングから飯城・里美の声が響く。
やはり、メグ・メルドにまだ何かあるのだ。
「行きましょう」
ベルの音も、行き先を知らせている。
一同はジャンゴから急いでマグ・メルドへと向かった。
【フラグ2:邪竜の巫女ゼルバーン】
里美からのジャスパー・リングによる呼びかけに加え、持ち主にしか音を知らせないベルの導きもあいまって、シュラインを始め、セレスティ、汐耶、琥珀もマグ・メルドへと足を踏み入れた。
吠えるドラゴンの鳴き声。
唸る風を切る音。
鉄鋼物同士がぶつかり合う高いとがった音。
その全てがマグ・メルドから響きあう。
シュラインが呼びかけたとき、二人が答えなかった理由がなんとなく分かった。
挟み撃ちにするようにたどり着いた先に、空から舞い降りるブーストワイバーンの攻撃を、草間は普段の雰囲気からは想像できないような動きで避けていく。
潤は元々からの経験なのだろう、クラウ・ソナスをうまく操り急所狙いでブーストワイバーンを切り倒していた。
シュラインは、すぅっと息を吸い込むと、反響させるようにある特定の周波数の声を発する。
妖精の花飾りがシュラインの声を補助し、ブーストワイバーンの動きを止めた。
「武彦さん!」
草間や潤に襲い掛かっていたブーストワイバーンはシュラインの声から発せられた麻痺の効果によって、土煙を上げて地面に落ちる。
「たぁ!!」
一足先に草間達と合流していた里美は、落ちたブーストワイバーンにメイスを振り下ろし、シュライン達が来た事に顔を上げる。
「っく……」
攻撃に加わっていないブーストワイバーンの上、たゆたう金髪の女性は、すっと腕をあげると、勢い欲振り下ろした。
その動きと共に、挟み込むようにたどり着いた汐耶達の頭の上をまた新たなワイバーンが翔けぬける。その飛行に巻き上がった風に飛ばされないよう帽子を押さえ、汐耶が叫んだ。
「彼女が親玉ね!」
「その通りです!」
汐耶の叫びに潤が女性をにらみつけたまま答える。
「プティクリュ…?」
予想通りプティクリュが騒動の中心にはいたが、その位置は潤の頭の上。しかも戦う潤にしっかりとくっ付いて、それでも 潤の頭の上から更に上を向いて女性に吠えていた。
「きりが無いな」
そう、空を飛ぶ事が出来ない自分はモンスターを呼び出す女性を止めなければ、この戦いに終わりは無い。
「あのブーストワイバーンを、地上に落とさなきゃですね」
琥珀は白銀狼の魔爪を両手に装備しなおして、空を見上げる。
目算的に、跳躍で届くだろうか。
「わらわらと増えおって…!」
女性は後から現れたシュライン達に振り向き、忌々しそうにぎりっと唇を噛むが、構わずブーストワイバーンだけではない竜属性のモンスター達に命令する。
「あの犬を殺せ!」
狙いは、プティクリュの消滅。
「絶対、そんな事させない!」
潤は女性に向かって叫び、その言葉に頷くように里美も風に舞ったマントを翻す。
「あぁ!ようやく正しき道が見えそうなんだ、そんな事はさせないよ!!」
叫びと同時に里美の背後に顕現した契約デーモン『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』が、蓄積した傷跡を一気に回復させる。
シュラインは声を発し、草間達に襲い掛かるモンスター達の動きを制していく。
混乱の特殊効果を受けたモンスターは味方を攻撃し始め、自滅していき、麻痺や眠りの特殊効果を受けたモンスターは地面に落ちた。
届くようならば、本体の直接撃破を考えていた琥珀だったが、女性が乗っているブーストワイバーンまでの距離は遠い。
だが、潤達に襲い掛かるモンスターはたとえ飛行系であろうとも、琥珀がジャンプして届かない距離ではない。
「助太刀します!」
背後から攻撃というのは、正直戦闘方法としては美しくないが、無防備であり作戦としては相手を錯乱させるには最適な方法。
琥珀は軽く地面を蹴ると、単純に前だけに向かって攻撃をかけるモンスターの背中を魔爪で切りつけた。
前衛が居ない状態での後衛の攻撃に、モンスター達がいつ矛先を変えてもいいようにセレスティは結界を築き、自分達の安全を確保すると。
微かな水の波動がセレスティの周りにまとわり付いた。
薄い刃のように放たれる水は、鋭利な刃物となってモンスターを切りつけていく。
ブーストワイバーンの上でゼルバーンは、尚更苛立ちに顔を歪め唇をかみ締める。
それぞれが自分で役割を決め動き出し中、一人動きを止めてしまった汐耶は、此方に振り返った女性の顔に、どこか、誰かの面影を感じて一瞬顔を伏せる。そして、女性に向かって声が届くように叫んだ。
「どうしてプティクリュを!? 貴女は誰!」
どの女神もこの世界をどうにかしたいという思いを持っている。それぞれがそれぞれの道と方法を模索しあい、お互いの邪魔をする事があったとしても、それは勇者同士の話し。
どの陣営にも属していない冒険者としての立場の自分達が攻撃される理由が分からない。
しかも、プティクリュの存在を知り、モンスターを操る女性。
明らかに現実世界の人間である勇者ではない。
可能性があるとすれば―――……
「邪竜の巫女、ゼルバーン……」
ボソリと、潤が呟く。
「ゼルバーン?」
この場に来て、また新しい女神?
それとも、
「クロウ・クルーハを成体にする巫女だ!」
悠長に会話をしているように感じるが、モンスターの進撃は一切止んでいない。
それ以上に潤が強いだけ。
簡単に言えば、プティクリュをつれている潤だけが狙われ、その周りに居る草間と里美はとばっちりを受けているといった方が正しい。
汐耶も疑問に立ち尽くすだけでは状況は打破されないと、歩行系モンスターの進行方向を予想して、スカートに忍び込ませていた蛾尾刺を投げ、怯んだモンスターをカルッサで叩き伏せた。
「あのブーストワイバーンを落としましょう」
結界の強度を少しだけ上げて、セレスティが空に向けて顔を上げる。
この中で遠距離攻撃ができる力を持っているのは、シュラインとセレスティ。またその中の攻撃性だけを見るのならば、セレスティの方が特化している。
「このままじゃキリがない!」
ただの下僕系モンスターを屠るだけではあの邪竜の巫女ゼルバーンの力を削いだ事にはならない。
確実に撃退させなければ、此方の疲労が先に蓄積し、最悪の結果を招く可能性もある。
セレスティは十字架の錫杖を構えると、空に向かってチャクラム型の回転するウォーターギアを作り出し、空に向かって放った。
「何!?」
空を飛んでいれば遠距離系の攻撃には向いていない一行に、自分が攻撃される事はないとふんでいたゼルバーンは突然真横をすり抜けた水の回転刃に踏鞴を踏む。
「上がれ!」
攻撃を避けるよう命令を受け、飛び上がろうとしたブーストワイバーンだったが、気が付けば地面へと向かって頭が落ちていた。
「やった!」
地面から落下を始めるブーストワイバーンを見て歓喜の声を上げる。
しかし―――…
「あ!」
ゼルバーンは落下するブーストワイバーンをあっさり見捨て、別のワイバーンに飛び乗っていく。
「っく……」
悔しさに顔を歪め、ゼルバーンはばっと振り返りこの攻撃を向けた先に視線を向ける。その視線に気が付いたセレスティは、顔を上げるとニッコリと微笑んだ。
その微笑にゼルバーンは弾かれたように瞳を大きくすると、その拳を戦慄かせ、血が出そうなほどに唇をかみ締めると、マグ・メルドから去っていった。
しかし、親玉が居なくなったからといって呼び出されたモンスター達が大人しくなるわけではない。
一同は残りモンスターを片付けると、ほっと一息ついた。
【フラグ3:墓を知る者】
ゼルバーンを退け、里美の契約デーモンによって傷は完全に癒えたものの、精神的に被った疲労までも回復できるわけではない。
プティクリュを守れたことは、喜ばしい事ではあったが、結局なぜゼルバーンがプティクリュを狙ったのかという事は分からずじまいに終った。
「そういえば、男の人は…」
ペタンと座り込んだ潤がふと思い出したように振り返る。
「あれ?」
だが、ゼルバーンが「誰だ!」と口にし、潤もその姿を見た男は完全に消えている。
「男の人?」
琥珀は両手に装備していた魔爪を水晶に戻しながら首をかしげ問いかける。
「居たね、そういえば」
1人調査の為にマグ・メルドを訪れていた里美は、ゼルバーンがモンスターを召還した辺りにこの場に合流し、一瞬ではあったがその姿を見た気がした。
潤の頭の上からコロンと地面に転がり降りて、プティクリュはその短い足で歩き始める。
「何処へ行くのでしょう?」
1匹にして襲われてしまっては本末転倒。セレスティはその小さな足取りから視線を外さないように追いかける。
「ほら、武彦さん」
相変わらずプティクリュの姿が見えていない草間は、セレスティが何処でもない虚空を見つめているようにしか見えないし、正直この戦いの最中だってずっとプティクリュの姿が見えていたわけではないのだ。
ただ、襲ってきたから撃退していただけ。
「見えないと何か問題か?」
妖精の姿が見えないだけだろう? と、草間はやはり頑なに『妖精の塗り薬』を塗る事を拒否する。
本当になにがそんなに嫌なんだか。
「何かずっと考え込んでますね、汐耶さん」
ふと振り返った琥珀の言葉に、はっとしたように一瞬瞳を大きくして、汐耶はその後苦笑する。
「あの邪竜の巫女…ゼルバーンって、誰かに似ている気がして」
雰囲気とか、そういったものではなく、あの髪や瞳の色が、なんとなく――。
「皆さん、男の方とは彼でしょうか」
プティクリュを追っていたセレスティの先、虚ろな瞳で立ち尽くす男。
その姿は所々にノイズを走らせ、景色が透けている。
プティクリュは器用に男の前でお座りをすると、振り返った。
『……やっと繋がった!』
プティクリュから発せられた女性の声に、一同は視線をプティクリュに向ける。
「璃亜さん?」
『はい』
一応の確認に名前呼び、プティクリュは頷いた。
「今までどうしてたんです?」
知恵の輪にて限界だと言って会話が突然途切れてしまい、その先何をしたらいいのか分からなかった。
この質問に、プティクリュは苦笑いを浮かべると、
『彼女から取ってみれば、私もバグであり、侵入者みたいだから』
彼女?
璃亜の言葉から出た「彼女」という単語に誰もが首を傾げる。
だがそんな疑問にはお構いなしで、プティクリュは言葉を続けた。
『もう直ぐ彼を完全に実装化……実物化できます』
ノイズまみれの虚ろな瞳の男性。
「彼って、もしかしてヴェディヴィア…かしら?」
シュラインは知恵の輪で考えていた、アヴァロンとヴェディヴィアの関係から、彼=ヴェディヴィアではないかと問いかける。
『即席、偽ですけどね』
またもプティクリュは苦笑して答えるが、それが即席であろうとも、偽であろうとも、アヴァロンへと導いてくれるならば、自分たちにとって彼は『ヴェディヴィア』である事に変わりないのだ。
「でも、私達はリア・ファレルを持っていないわ」
シナリオを書いたという、広野・朝芽から聞いていた正規のイベントルート。それは、運命の石1つと引き換えに1PCをアヴァロンへと飛ばすというもの。
「偽ですし、いらないとか」
余りにも深刻に考え込んでいるシュラインに、琥珀は大丈夫なのでは? という意味合いも含めて答える。
『私は、託しましたよ? リア・ファレル』
プティクリュは自分の首についているベルに小さな手を乗せて、その音を鳴らした。
「このベルですか?」
セレスティの手の中の、アディラリアン・ムーンストーンで出来たベル。
それを見て、プティクリュは頷いた。
『もう少し、待ってて下さいね。これで完全に繋がったので、弄りやすいですから』
そこへ行くためのイベントがすっぽり抜けていた事で、その世界に存在はしていても、半切り離し状態だったアヴァロンから、直接此方に影響を与えるためには、どうしても端末か何かを置いておかないと妨害もあり、不完全にしか設置できなかった。
だから、最初の街のエベルでは、あんなにもノイズが入った映像と声しか遅れなかったのだと言う。
「ねぇ璃亜さん。彼女って言うのはゼルバーン?」
どこか喉に何か詰まっているような感覚がして釈然としない汐耶は、ふと問いかける。
『そう。今はゼルバーンね』
本当なら、彼女となってしまったあのプログラムは、この世界を一番外側から動かしていた存在、
『Tir-na-nog Simulator』そのもの―――
言い換えれば、この世界は彼女の体の中の一部と言ってしまえるだろう
だから、病気を治すための免疫機能のように、不具合を起こしているこの世界を、彼女は根底から消してしまおうとしていた。
しかしそれではこの世界に訪れている現実世界の人間までも一緒に消えてしまう事になる。
それを避ける為に、どうしてもこの世界を変えなければいけなかった。
「マスターコードがあれば、今からでも弄れないのかい?」
可能性のあるアクセスコードでは全て弾かれてしまい、最終的に根本を操作する事の出来るマスターコードを手に入れるために、璃亜を助けようとしていたのだ。
こうして話す事ができるのなら、先に聞いてしまって中からと外からと両方同時に行動を起こせるのではないかと里美は問いかける。
『マスターコードですか? j*dfへ¥rkp 分かりました?』
「……………」
『まぁ、そういう事ですよ』
絶句してしまった里美に、璃亜は苦笑する。
『本当に硬いプロテクト』
『もう直ぐとは言っても、今すぐじゃないから。そう』
プティクリュは辺りを見回すと、潤に顔を向ける。
『また彼女が来るかもしれないから、一緒に居てもらってもいいかしら?』
アヴァロンに行きたい潤にとって、一連の会話からこの男が完全に形にならなければ、自分の悲願が達成されないと、璃亜の申し出にすぐさま頷く。
『たぶん、数日以内に』
それでも数時間ではなく、数日となってしまう事に、相当の付加もあるように感じられた。
「私達もここで潤くんと一緒に待つわ」
頼んだのが潤1人だからといって、逆に独りだけにしておくのは忍びない。
「僕は大丈夫だよ。どうせ帰れないしね」
どれだけこっちの世界に居たって大丈夫だから、草間達は戻っていいと口にする。
『完成したら、ベルの音で呼びますね』
この場に残るプティクリュと潤に、帰れと遠まわしに言われてしまっては、ここで駄々をこねて一緒にいるわけにも行かない。
「何かあったら、直ぐ連絡してくださいね」
『分かってます』
それでもアスガルドに居なければ、ベルの音は聞こえないので、もし本当に何かあったときに現実世界に戻っていたら、どうにもならないわけだが。
「じゃぁ時々、何か食べ物でも持ってくるわね」
「ありがとう。シュラインさん」
そういった事にかけての気配りは流石とも言える。伊達に草間興信所の家事を担っているだけのことはある。
「潤くん…プティクリュを傷つけてはいけませんよ」
「…? 分かってますってば」
セレスティの言葉に潤は一瞬何のことを言われているのか分からなかったのか、きょとんと瞳を大きくするが、ゼルバーンがまた襲ってきた時の事を言っているのだろうと解釈して言葉を返す。
だが、セレスティは時々我を無くす潤が、何かの拍子でプティクリュを傷つけるのではないかと懸念しての言葉だった。
しかしそれも、推定の域を超えない憶測。
『……ゆっくりと、疲れを取ってくださいね』
その口調に何か含みながら、プティクリュは手を振る。
そしてまた、一同はベルが鳴るのを待つ事になった。
next 〜伝説の地〜
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/魔法使い】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/魔法使い】
【0638/飯城・里美(いいしろ・さとみ)/女性/28歳/ゲーム会社の部長のデーモン使い/僧侶】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書/戦士】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者/格闘家】
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/今回のゲーム内職付け】
*ゲーム内職付けとは、扱う武器や能力によって付けられる職です。
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■ ライター通信 ■
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Fairy Tales 〜墓を知る者〜 にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。残すところ後1話になりました。最後まで気を抜かずに行きたいと思います。いろいろと遊び心を用意していたのですが、話の流れ的に使用してしまうと先に進まないという状況に陥ってしまうため、本当に作中にて使用できないのが残念でなりません。
シュラインPL様におきましては、作中に出しました名称やアイテムに対して検索を行ってくださったように思います。本当にお手数をおかけしました。リア・ファレルの方を探索するシナリオも当初は用意していたのですが、こちらの予定していたシナリオリリースの遅れにより、こういった形に落ち着かせていただきました。
それでは、最終話にてお待ちしております。
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