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Fairy Tales 〜墓を知る者〜
私を呼んでいる、声が聞こえる
語りかける、詩が聞こえる
それはとても耳障りで
まるでこの世界のようだ
不具合は排除しなければいけない
なのに、止めよと語りかける
この詩は『私』を支配しようとしている
『私』を……
Tir-na-nog Simulatorを!
プティクリュを頭に載せた黒崎・潤と、草間・武彦の前に突如現れた邪竜の巫女ゼルバーン。
「貴様達が手に入れたモノを渡してもらおう」
小さな虹色の妖精は、ゼルバーンに向けてしきりに唸る。
「渡せない!プティクリュは僕が探すアヴァロンの鍵だ!」
「違う!!」
潤の言葉を遮るようにゼルバーンは叫ぶ。だが、彼女自身がどうして叫んだのかが理解できないように、口元を押さえ狼狽した。
「お前も何者だ!」
全てを知っているはずなのに、潤と草間の後ろで立ち尽くす男は、見覚えが無い。
「誰の事言って…」
ゼルバーンの視線が自分達を飛び越えて、背後に向かっている事に潤は振り返る。草間も軽く視線だけを一瞬向けたが、今にも仕掛けてきそうなゼルバーンから視線を外さない様、振り返る事はしない。
すぅっと手を上げ、ゼルバーンから放たれる強力なモンスター達。
「っく……」
流石に、二人では分が悪い。
だが、今更助けを呼びに行っている暇はない。
リ――――ン……
その時、プティクリュのベルが高らかに響く。
まるでこの場所を、皆に教えるかのように……
【フラグ1:飯城・里美の場合】
荷物の整理をしようと道具袋を探っていたときに見つけたこの見慣れないベル。
一体全体いつこんなものを手に入れたのかもまったく思い出せないが、自分の道具袋に加わっていたと言う事は、自分のものなのだろう。
考えられるとすれば、クェスティング・ビーストを倒しプティクリュの出現によって手に入れる事ができた。
―――プティクリュ……
ベルを手に、頭の中で何かの結論に至りそうになるが、里美はむっと口元をゆがめ、とりあえずコレが普通のアイテムか、そうでないものか鑑定でもしてもらおうとネヴァンをたずねる事にした。
知恵の環によく滞在している彼女ならば、他の女神よりもこういった事に詳しそうだ。
里美は荷物をまとめると女神の社へと赴く。
知恵の環へとまた赴いているかもしれないと思ったが、ネヴァンが知らないといった場合に他の女神に聞いてみるのもいいかもしれないと社へ赴く事にしたのだった。
どの女神にも属さない冒険者という立場ではあるが、女神に会うために特別な謁見が必要であるという決まりはない。
先日聞いた話の内容を考えれば、女神の方がこの世界にあるべき『個』ではない存在なのだから。
「こんにちは。ネヴァン」
運の良い事にネヴァンは女神の社に滞在していた。
「こんにちは……」
里美の挨拶にネヴァンも小さく挨拶を返す。
相変わらずその距離は遠く、しかもネヴァンは木の陰に隠れて顔だけを少し出している。
完全に近寄ってくるのは知恵の環にいるときだけか。
だが、里美はその距離はまったく気にすることなく、道具袋からベルを取り出した。
「これ、何かわかるかい?」
里美にはネヴァンが何処にいようとも、このアイテムを認識し、鑑定してくれれば距離はどうでもいい代物なのだ。
「……それ」
一瞬瞳を大きくしたように見えたが、ネヴァンはそのまま顔を伏せる。
「ごめん…分からない」
「ありがとう」
なんとなくそんな予感はしていた。
里美は手短にお礼を述べると、女神の社を後にする。
他の女神にもやっぱり聞いてみようかとも思ったが、自分の中のゲーム開発部長としての予測が、このベルの正体を掴みかけていた。
プティクリュの首についていたベル。
それが、このベルの形に似ていた気がする。
だとしたら、自分だったら、このベルとあのプティクリュの首のベルは関連性がある物にする。このベルが鳴ったとき、危険か何かを知らせるような設定を―――
もし何かあったら直ぐに連絡が取れるように、里美はジャスパー・リングを確認し、辺りを見回す。
そして、ジャンゴを後にすると、マグ・メルドへと足を向けた。
☆
推測によって誰かを動かし無駄足となってはいけない。
予想の範囲から出ないのならば、自分で真実を確かめ、その確実性を手に入れてから連絡すればいい。
そう、里美は思い、1人また『幸せの野マグ・メルド』に降り立った。
マグ・メルドといえどその広さは大きく、たどり着いたといっても、それはマグ・メルドの端っこでしかない。
だが、この地に入ったとき、そのベルの音は街にいた時よりも大きな音が鳴り響いた。
里美は辺りを見回しながら、何かしらの手がかりを探すために瞳を凝らす。
流石に幸せと名が付いていても「野原」であるマグ・メルドは広いだけで隠れる場所は殆ど無い。いや、殆ど無いわけではない。
自分の大きさでは隠れられるかどうかは分からないが、所々に小さな木が密集して生えている。何とか目をこらせば、何処から持ってきたか分からないような巨石がポンポンと落ちていたりと、完全に見渡せるような野原のつくりにはなっていない。こういったポジションを取れるかどうかという戦略性を示しているのだろうか。
里美はもしかしたら何かあるかもしれないという感の元、何かあったら姿を隠せるようにとそういった巨石を目指して歩いた。
ブォ―――――
突然里美の髪やマントが風で舞い上がる。
(何だ?)
舞う髪を押さえ顔を上げると、数匹のブーストワイバーンが何処かへ向かって飛び去っていった。
(モンスターが統率を保って…? そういうイベントか?)
里美はブーストワイバーンが飛ぶ先を見つめ、すっと瞳を細くする。
(やはり、何かある!)
里美はそう思うと、地面を蹴り全力で駆け出した。
ブーストワイバーンが動きを止めた場所から一番近い巨石の陰に隠れ、なんとか瞳を凝らす。
人の姿がまるで豆粒のようだった。
[ 武彦さん! 潤くん! 何処にいるの!? ]
ジャスパー・リングから響いた声に、里美は一瞬びくっと肩を震わせる。
ジャスパー・リングから響いたシュライン・エマの声はどこか切羽詰っており、ジャンゴに居ると思っていた草間や潤の姿が見えなくなっていることを物語っていた。
(まさか……)
あの豆粒の人影を判別しようと里美は目を細める。
その瞬間、里美が持っていた道具袋がブルブルと震え始めた。
リ――――ン……
突然に鳴り響くベルの音。
里美は一度道具袋の蓋を開けベルを手にするが、また人影に向けて観察するような視線を向けた。
数匹と思っていたブーストワイバーンの数が一気に増え、空を不自然な黒い影で覆っていく。
それが、豆粒の人影を攻撃し始めた。
「…!!」
里美が居る場所からの距離はまだ遠い。
思わずジャスパー・リングを確認すると、里美はジャンゴに居るであろうシュライン達に向けて言葉を発した。
「マグ・メルドだ! 急いで!!」
たとえ草間や潤が反応を出来ない状態だとしても、これで知らせる事が出来た。
「草間! 潤!」
「飯城!?」
やはり、あの豆粒の人影は草間と潤。
里美は横からブーストワイバーンの頭をメイスで叩き落し、二人に合流する。
「お前、どうして!?」
「それはこっちの台詞だろう!」
襲い掛かるブーストワイバーンの攻撃を避けながら、草間は里美に問いかける。だが、悠長に会話を楽しんでいるような状況ではなく、それに今この場所に草間や潤が居る事の方がイレギュラー。
「今は、この状況をどうにかしましょう」
「そうだね」
理由や会話は、全てが終ってからでも遅くない。
一同はそれぞれの得物を構えなおした。
【フラグ2:邪竜の巫女ゼルバーン】
里美からのジャスパー・リングによる呼びかけに加え、持ち主にしか音を知らせないベルの導きもあいまって、シュラインを始め、セレスティ・カーニンガム、綾和泉・汐耶、来栖・琥珀もマグ・メルドへと足を踏み入れた。
吠えるドラゴンの鳴き声。
唸る風を切る音。
鉄鋼物同士がぶつかり合う高いとがった音。
その全てがマグ・メルドから響きあう。
シュラインが呼びかけたとき、二人が答えなかった理由がなんとなく分かった。
挟み撃ちにするようにたどり着いた先に、空から舞い降りるブーストワイバーンの攻撃を、草間は普段の雰囲気からは想像できないような動きで避けていく。
潤は元々からの経験なのだろう、クラウ・ソナスをうまく操り急所狙いでブーストワイバーンを切り倒していた。
シュラインは、すぅっと息を吸い込むと、反響させるようにある特定の周波数の声を発する。
妖精の花飾りがシュラインの声を補助し、ブーストワイバーンの動きを止めた。
「武彦さん!」
草間や潤に襲い掛かっていたブーストワイバーンはシュラインの声から発せられた麻痺の効果によって、土煙を上げて地面に落ちる。
「たぁ!!」
一足先に草間達と合流していた里美は、落ちたブーストワイバーンにメイスを振り下ろし、シュライン達が来た事に顔を上げる。
「っく……」
攻撃に加わっていないブーストワイバーンの上、たゆたう金髪の女性は、すっと腕をあげると、勢い欲振り下ろした。
その動きと共に、挟み込むようにたどり着いた汐耶達の頭の上をまた新たなワイバーンが翔けぬける。その飛行に巻き上がった風に飛ばされないよう帽子を押さえ、汐耶が叫んだ。
「彼女が親玉ね!」
「その通りです!」
汐耶の叫びに潤が女性をにらみつけたまま答える。
「プティクリュ…?」
予想通りプティクリュが騒動の中心にはいたが、その位置は潤の頭の上。しかも戦う潤にしっかりとくっ付いて、それでも 潤の頭の上から更に上を向いて女性に吠えていた。
「きりが無いな」
そう、空を飛ぶ事が出来ない自分はモンスターを呼び出す女性を止めなければ、この戦いに終わりは無い。
「あのブーストワイバーンを、地上に落とさなきゃですね」
琥珀は白銀狼の魔爪を両手に装備しなおして、空を見上げる。
目算的に、跳躍で届くだろうか。
「わらわらと増えおって…!」
女性は後から現れたシュライン達に振り向き、忌々しそうにぎりっと唇を噛むが、構わずブーストワイバーンだけではない竜属性のモンスター達に命令する。
「あの犬を殺せ!」
狙いは、プティクリュの消滅。
「絶対、そんな事させない!」
潤は女性に向かって叫び、その言葉に頷くように里美も風に舞ったマントを翻す。
「あぁ!ようやく正しき道が見えそうなんだ、そんな事はさせないよ!!」
叫びと同時に里美の背後に顕現した契約デーモン『ジーザス・クライスト・スーパースレイヤー』が、蓄積した傷跡を一気に回復させる。
シュラインは声を発し、草間達に襲い掛かるモンスター達の動きを制していく。
混乱の特殊効果を受けたモンスターは味方を攻撃し始め、自滅していき、麻痺や眠りの特殊効果を受けたモンスターは地面に落ちた。
届くようならば、本体の直接撃破を考えていた琥珀だったが、女性が乗っているブーストワイバーンまでの距離は遠い。
だが、潤達に襲い掛かるモンスターはたとえ飛行系であろうとも、琥珀がジャンプして届かない距離ではない。
「助太刀します!」
背後から攻撃というのは、正直戦闘方法としては美しくないが、無防備であり作戦としては相手を錯乱させるには最適な方法。
琥珀は軽く地面を蹴ると、単純に前だけに向かって攻撃をかけるモンスターの背中を魔爪で切りつけた。
前衛が居ない状態での後衛の攻撃に、モンスター達がいつ矛先を変えてもいいようにセレスティは結界を築き、自分達の安全を確保すると。
微かな水の波動がセレスティの周りにまとわり付いた。
薄い刃のように放たれる水は、鋭利な刃物となってモンスターを切りつけていく。
ブーストワイバーンの上でゼルバーンは、尚更苛立ちに顔を歪め唇をかみ締める。
それぞれが自分で役割を決め動き出し中、一人動きを止めてしまった汐耶は、此方に振り返った女性の顔に、どこか、誰かの面影を感じて一瞬顔を伏せる。そして、女性に向かって声が届くように叫んだ。
「どうしてプティクリュを!? 貴女は誰!」
どの女神もこの世界をどうにかしたいという思いを持っている。それぞれがそれぞれの道と方法を模索しあい、お互いの邪魔をする事があったとしても、それは勇者同士の話し。
どの陣営にも属していない冒険者としての立場の自分達が攻撃される理由が分からない。
しかも、プティクリュの存在を知り、モンスターを操る女性。
明らかに現実世界の人間である勇者ではない。
可能性があるとすれば―――……
「邪竜の巫女、ゼルバーン……」
ボソリと、潤が呟く。
「ゼルバーン?」
この場に来て、また新しい女神?
それとも、
「クロウ・クルーハを成体にする巫女だ!」
悠長に会話をしているように感じるが、モンスターの進撃は一切止んでいない。
それ以上に潤が強いだけ。
簡単に言えば、プティクリュをつれている潤だけが狙われ、その周りに居る草間と里美はとばっちりを受けているといった方が正しい。
汐耶も疑問に立ち尽くすだけでは状況は打破されないと、歩行系モンスターの進行方向を予想して、スカートに忍び込ませていた蛾尾刺を投げ、怯んだモンスターをカルッサで叩き伏せた。
「あのブーストワイバーンを落としましょう」
結界の強度を少しだけ上げて、セレスティが空に向けて顔を上げる。
この中で遠距離攻撃ができる力を持っているのは、シュラインとセレスティ。またその中の攻撃性だけを見るのならば、セレスティの方が特化している。
「このままじゃキリがない!」
ただの下僕系モンスターを屠るだけではあの邪竜の巫女ゼルバーンの力を削いだ事にはならない。
確実に撃退させなければ、此方の疲労が先に蓄積し、最悪の結果を招く可能性もある。
セレスティは十字架の錫杖を構えると、空に向かってチャクラム型の回転するウォーターギアを作り出し、空に向かって放った。
「何!?」
空を飛んでいれば遠距離系の攻撃には向いていない一行に、自分が攻撃される事はないとふんでいたゼルバーンは突然真横をすり抜けた水の回転刃に踏鞴を踏む。
「上がれ!」
攻撃を避けるよう命令を受け、飛び上がろうとしたブーストワイバーンだったが、気が付けば地面へと向かって頭が落ちていた。
「やった!」
地面から落下を始めるブーストワイバーンを見て歓喜の声を上げる。
しかし―――…
「あ!」
ゼルバーンは落下するブーストワイバーンをあっさり見捨て、別のワイバーンに飛び乗っていく。
「っく……」
悔しさに顔を歪め、ゼルバーンはばっと振り返りこの攻撃を向けた先に視線を向ける。その視線に気が付いたセレスティは、顔を上げるとニッコリと微笑んだ。
その微笑にゼルバーンは弾かれたように瞳を大きくすると、その拳を戦慄かせ、血が出そうなほどに唇をかみ締めると、マグ・メルドから去っていった。
しかし、親玉が居なくなったからといって呼び出されたモンスター達が大人しくなるわけではない。
一同は残りモンスターを片付けると、ほっと一息ついた。
【フラグ3:墓を知る者】
ゼルバーンを退け、里美の契約デーモンによって傷は完全に癒えたものの、精神的に被った疲労までも回復できるわけではない。
プティクリュを守れたことは、喜ばしい事ではあったが、結局なぜゼルバーンがプティクリュを狙ったのかという事は分からずじまいに終った。
「そういえば、男の人は…」
ペタンと座り込んだ潤がふと思い出したように振り返る。
「あれ?」
だが、ゼルバーンが「誰だ!」と口にし、潤もその姿を見た男は完全に消えている。
「男の人?」
琥珀は両手に装備していた魔爪を水晶に戻しながら首をかしげ問いかける。
「居たね、そういえば」
1人調査の為にマグ・メルドを訪れていた里美は、ゼルバーンがモンスターを召還した辺りにこの場に合流し、一瞬ではあったがその姿を見た気がした。
潤の頭の上からコロンと地面に転がり降りて、プティクリュはその短い足で歩き始める。
「何処へ行くのでしょう?」
1匹にして襲われてしまっては本末転倒。セレスティはその小さな足取りから視線を外さないように追いかける。
「ほら、武彦さん」
相変わらずプティクリュの姿が見えていない草間は、セレスティが何処でもない虚空を見つめているようにしか見えないし、正直この戦いの最中だってずっとプティクリュの姿が見えていたわけではないのだ。
ただ、襲ってきたから撃退していただけ。
「見えないと何か問題か?」
妖精の姿が見えないだけだろう? と、草間はやはり頑なに『妖精の塗り薬』を塗る事を拒否する。
本当になにがそんなに嫌なんだか。
「何かずっと考え込んでますね、汐耶さん」
ふと振り返った琥珀の言葉に、はっとしたように一瞬瞳を大きくして、汐耶はその後苦笑する。
「あの邪竜の巫女…ゼルバーンって、誰かに似ている気がして」
雰囲気とか、そういったものではなく、あの髪や瞳の色が、なんとなく――。
「皆さん、男の方とは彼でしょうか」
プティクリュを追っていたセレスティの先、虚ろな瞳で立ち尽くす男。
その姿は所々にノイズを走らせ、景色が透けている。
プティクリュは器用に男の前でお座りをすると、振り返った。
『……やっと繋がった!』
プティクリュから発せられた女性の声に、一同は視線をプティクリュに向ける。
「璃亜さん?」
『はい』
一応の確認に名前呼び、プティクリュは頷いた。
「今までどうしてたんです?」
知恵の輪にて限界だと言って会話が突然途切れてしまい、その先何をしたらいいのか分からなかった。
この質問に、プティクリュは苦笑いを浮かべると、
『彼女から取ってみれば、私もバグであり、侵入者みたいだから』
彼女?
璃亜の言葉から出た「彼女」という単語に誰もが首を傾げる。
だがそんな疑問にはお構いなしで、プティクリュは言葉を続けた。
『もう直ぐ彼を完全に実装化……実物化できます』
ノイズまみれの虚ろな瞳の男性。
「彼って、もしかしてヴェディヴィア…かしら?」
シュラインは知恵の輪で考えていた、アヴァロンとヴェディヴィアの関係から、彼=ヴェディヴィアではないかと問いかける。
『即席、偽ですけどね』
またもプティクリュは苦笑して答えるが、それが即席であろうとも、偽であろうとも、アヴァロンへと導いてくれるならば、自分たちにとって彼は『ヴェディヴィア』である事に変わりないのだ。
「でも、私達はリア・ファレルを持っていないわ」
シナリオを書いたという、広野・朝芽から聞いていた正規のイベントルート。それは、運命の石1つと引き換えに1PCをアヴァロンへと飛ばすというもの。
「偽ですし、いらないとか」
余りにも深刻に考え込んでいるシュラインに、琥珀は大丈夫なのでは? という意味合いも含めて答える。
『私は、託しましたよ? リア・ファレル』
プティクリュは自分の首についているベルに小さな手を乗せて、その音を鳴らした。
「このベルですか?」
セレスティの手の中の、アディラリアン・ムーンストーンで出来たベル。
それを見て、プティクリュは頷いた。
『もう少し、待ってて下さいね。これで完全に繋がったので、弄りやすいですから』
そこへ行くためのイベントがすっぽり抜けていた事で、その世界に存在はしていても、半切り離し状態だったアヴァロンから、直接此方に影響を与えるためには、どうしても端末か何かを置いておかないと妨害もあり、不完全にしか設置できなかった。
だから、最初の街のエベルでは、あんなにもノイズが入った映像と声しか遅れなかったのだと言う。
「ねぇ璃亜さん。彼女って言うのはゼルバーン?」
どこか喉に何か詰まっているような感覚がして釈然としない汐耶は、ふと問いかける。
『そう。今はゼルバーンね』
本当なら、彼女となってしまったあのプログラムは、この世界を一番外側から動かしていた存在、
『Tir-na-nog Simulator』そのもの―――
言い換えれば、この世界は彼女の体の中の一部と言ってしまえるだろう
だから、病気を治すための免疫機能のように、不具合を起こしているこの世界を、彼女は根底から消してしまおうとしていた。
しかしそれではこの世界に訪れている現実世界の人間までも一緒に消えてしまう事になる。
それを避ける為に、どうしてもこの世界を変えなければいけなかった。
「マスターコードがあれば、今からでも弄れないのかい?」
可能性のあるアクセスコードでは全て弾かれてしまい、最終的に根本を操作する事の出来るマスターコードを手に入れるために、璃亜を助けようとしていたのだ。
こうして話す事ができるのなら、先に聞いてしまって中からと外からと両方同時に行動を起こせるのではないかと里美は問いかける。
『マスターコードですか? j*dfへ¥rkp 分かりました?』
「……………」
『まぁ、そういう事ですよ』
絶句してしまった里美に、璃亜は苦笑する。
『本当に硬いプロテクト』
『もう直ぐとは言っても、今すぐじゃないから。そう』
プティクリュは辺りを見回すと、潤に顔を向ける。
『また彼女が来るかもしれないから、一緒に居てもらってもいいかしら?』
アヴァロンに行きたい潤にとって、一連の会話からこの男が完全に形にならなければ、自分の悲願が達成されないと、璃亜の申し出にすぐさま頷く。
『たぶん、数日以内に』
それでも数時間ではなく、数日となってしまう事に、相当の付加もあるように感じられた。
「私達もここで潤くんと一緒に待つわ」
頼んだのが潤1人だからといって、逆に独りだけにしておくのは忍びない。
「僕は大丈夫だよ。どうせ帰れないしね」
どれだけこっちの世界に居たって大丈夫だから、草間達は戻っていいと口にする。
『完成したら、ベルの音で呼びますね』
この場に残るプティクリュと潤に、帰れと遠まわしに言われてしまっては、ここで駄々をこねて一緒にいるわけにも行かない。
「何かあったら、直ぐ連絡してくださいね」
『分かってます』
それでもアスガルドに居なければ、ベルの音は聞こえないので、もし本当に何かあったときに現実世界に戻っていたら、どうにもならないわけだが。
「じゃぁ時々、何か食べ物でも持ってくるわね」
「ありがとう。シュラインさん」
そういった事にかけての気配りは流石とも言える。伊達に草間興信所の家事を担っているだけのことはある。
「潤くん…プティクリュを傷つけてはいけませんよ」
「…? 分かってますってば」
セレスティの言葉に潤は一瞬何のことを言われているのか分からなかったのか、きょとんと瞳を大きくするが、ゼルバーンがまた襲ってきた時の事を言っているのだろうと解釈して言葉を返す。
だが、セレスティは時々我を無くす潤が、何かの拍子でプティクリュを傷つけるのではないかと懸念しての言葉だった。
しかしそれも、推定の域を超えない憶測。
『……ゆっくりと、疲れを取ってくださいね』
その口調に何か含みながら、プティクリュは手を振る。
そしてまた、一同はベルが鳴るのを待つ事になった。
next 〜伝説の地〜
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員/魔法使い】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い/魔法使い】
【0638/飯城・里美(いいしろ・さとみ)/女性/28歳/ゲーム会社の部長のデーモン使い/僧侶】
【1449/綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)/女性/23歳/都立図書館司書/戦士】
【3962/来栖・琥珀(くるす・こはく)/女性/21歳/古書店経営者/格闘家】
【整理番号/PC名/性別/年齢/職業/今回のゲーム内職付け】
*ゲーム内職付けとは、扱う武器や能力によって付けられる職です。
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■ ライター通信 ■
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Fairy Tales 〜墓を知る者〜 にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。残すところ後1話になりました。最後まで気を抜かずに行きたいと思います。いろいろと遊び心を用意していたのですが、話の流れ的に使用してしまうと先に進まないという状況に陥ってしまうため、本当に作中にて使用できないのが残念でなりません。
ゲーム製作者としての感から、里美様には皆様より一足先にマグ・メルドへと足を踏み込んでいただきました。アイテムせっかく配布したんですが、あまり使っているように思えなくてすいません。たぶん、作中に反映されていない裏でも会話があるだろうと思いますので、そこで使用していると思っていただけると嬉しい…かなぁ(待)
それでは、最終話にてお待ちしております。
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