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<東京怪談・PCゲームノベル>


中盤事変

「みーちゃんの『なまえ』は、みーちゃんだよ。」

来店した客人は、黒い髪を真っ直ぐに流した少女だった。
いや、ただの少女ではないようだ。
独特の雰囲気がその周りを取り巻いていて、そこいらの少女とはわけが違う。
それに一番気になるのは無造作に携帯された重圧感のある鉈である。
紅の後ろから隠れるようにして少女を見ていた朱鷺は、紅に目配せしたが、混乱中の紅にそれが伝わるわけもない。

紅は祈るように「みーちゃん」と聞いたまま本へ書き込んだ。
生み出したその文字は、一度ぐにゃりと形をねじらせ「月帝・瑞希」という名前へ変化した。
おそらくこの少女の本名だろう。
少女は無邪気にその場に座り込んで、変化した自分の名前を指でなぞっていた。

「どうか頼む、アイツを倒して私の息子を・・・。」

悲痛な声が響いた。
本に興味を奪われていた瑞希は、突然ぱっと顔を上げる。そして薄く、微笑んだ。

「“アイツ”って、わるもの?」
「ああ、もちろんだ。私からあの子達を奪う、最悪な悪者だ。」

憎しみを腹いっぱいに含んだ言葉。瑞希はそれを聞いて黙っていた。
ただ薄く、笑う。
それから思い立ったようにひょいと体上がり、本に広げた右手を重ねた。

「わるものは、みーんなこわしちゃうの。だってみーちゃんは、わるものをこわすのがだいすきなんだもん。」

微風が長い髪を揺らし、暖かな光は彼女の顔を後ろから照らした。
目一杯の光の中、少女をかたどる様に影が生じて、薄い微笑がいつまでも残り、そうかと思えば刹那の間に本の中へと沈んでいった。



◆ ◆ ◆ ◆



日はもう暮れかかっていた。某山中の開けた土地に、二人は座りこんでいた。
座るでは語弊があるか、ほとんど彼等は倒れていると言うに等しい状態であったのだから。
息を切らして薄ら目を開けると、目前に敵の大群。立ち向かってめちゃくちゃに傷ついた心と身体はもう立ち上がれない。それでも上手く動かない両足を叱咤して、のろのろ立ち上がる兄、東雲。トゲトゲしている金髪は夕日と泥をかぶって無残な形をしている。敵に咬まれた左肩の傷は、どうやら深いらしい。右腕で強く抑えども、血が出るばかりで一向に痛みは引かない。

「なんだ時雨、へばったのか・・・?俺はまだ、行くぞ。」

大剣を担ぎなおして、ゆらりと前を見据える。夕陽を浴びる兄の姿に弟も力を貰う。

「冗談・・・俺がお前より先に、くたばって・・・たまるか。」

東雲よりも戦闘能力が優れない時雨は、東雲よりも目に見えて重傷だった。
それでも痛む身体を押し切って装備した数珠を引き抜く。

「お前は俺のサポート無いと・・・ただの馬鹿なんだから、ちょっと待ってろ。」

心労に蝕まれた東雲の顔を、ついに一度も見ないまま駆け出した。狙いは敵の急所と思われる額の飾り。
駆け出して、踏み込んで、飛び上がって、敵の真上を捉えた。
数珠を振りかざすタイミングもばっちり、これなら・・・いける!

「・・・・・・・っ、駄目だ・・・かわいくて攻撃できない!!」

自分の身長ほどにも飛び上がっていた時雨は、そう言いながら無残に地面へどしゃりと落ちた。そこをすかさず敵が獲物と狙い構えるので、東雲は慌ててそれよりも早く時雨を引きずり戻す。
そう、敵は非常に可愛いのだ。大きさは1メートルほどで、うさぎのぬいぐるみのような外見をしているモンスター。
瞳は赤くキラキラと輝いて、毛はふさふさのピンク色だ。おまけに可愛らしく“きゅー”と鳴く。

「可愛いが攻撃してくるんだぞ、殺さないと殺される!」

引きずられて更にドロドロになった時雨を一喝。兄貴気取りの東雲は少々気分がいい。しかし時雨も黙ってはいない。

「じゃあお前がやれよ!」
「できるかよ、こんな声で鳴かれたら頭撫でたくなるんだよ!」
「それで頭撫でてて左肩咬まれたのは誰だよ!」
「俺だよ!」

ついに兄弟喧嘩を始める始末である。
その喧嘩に終止符が打たれるまでモンスターが大人しく待つはずもなく、じりじりと間合いを詰めてきた。
もちろん兎跳びである。跳ぶ度に揺れる小さな尻尾がまた可愛らしさを際立たせる。
しかし、モンスターは可愛らしい姿で近付きながらも、肉食動物特有の獲物を狙う目が光っていた。
兄弟喧嘩に夢中な彼等は敵の進軍に気付く気配も無い。

「きゅうぅうー!!!!!」

一匹のモンスターが一際大きな鳴き声を上げた。
それは顔に切り傷を負ったモンスターで、この群れのリーダーらしい。
大群はリーダーの合図に従い一斉に駆け足。大群で一斉に攻め、ふたりとも一気に仕留めるつもりだ。
二人が気付いた時にはすでに遅く、武器を構える暇どころか、防御を取ることさえできなかった。



殺される―――




痛みも死も覚悟して、その瞬間に身構えた。それしか兄弟に道は無かったのだから。

・・・しかし、いつまで経ってもそれは起こらなかった。
その代わりに、大きな何かが倒れる音と、可愛らしい鳴き声。そして血の音がした気がした。
どれも一度に、瞬間的に起こったので、良くわからなかったが、恐る恐る硬く閉じた瞳を開ける。思わず息を呑んだ・・・。
モンスターの大群がバタバタと倒れて、・・・死んでいる。
たった一瞬に何が起こったのか、兄弟には理解ができない。
あたり一面血の海と化し、モンスターはただの破れたぬいぐるみのようだ。
・・・しっかりと身体から血を滴らせていたけれども。


「くすくすくすクス♪わるものは、こわさないとね。」


死んだモンスターの山から可愛らしい声が響いた。
折り重なった塊の上に佇む小さな影、それはモンスターの返り血で真っ赤に染まっている。そして薄い微笑み。

「誰だ?」

問いかけたのは東雲だった。
突然の惨状にガタガタと震える時雨を庇いつつ、その影に視線を送る。
影は夕陽に照らされて形をつくり、瑞希の顔をはっきりと現した。
瑞希は東雲をちらりと見ると「みーちゃんだよ」と可愛らしく言って、死体を躊躇無く踏み倒しながら近寄ってくる。
その様には思わず東雲も退いたが、相手から殺気はちっとも感じ取れなかったので、時雨を自分の後ろに隠すだけで大剣を構えたりはしなかった。
それに、瑞希は見れば見るほどただの可愛い少女に見えた。ただ、彼女の背景は恐ろしい地獄絵図のようであったけれども。

「・・・きゅうぅ。」

瑞希が踏んだ瞬間、足元のぬいぐるみの一つが声をあげた。
どうやら瑞希の攻撃からかろうじて生き残っていたものらしい。
身体は大きく切り裂かれていたものの、その目にはまだ鋭い光。
それを見定めた瑞希は、血に濡れた鉈を握り返し、疾風でも巻き起こさん勢いで振り下ろした。
斬りつけたピンクの肌から鮮血が飛び、血潮は瑞希の顔から身体から一心に注いだ。
肌を滑る鮮血を満足そうに眺めて、嬉しそうにしている。
あまりの光景に声も出なかった東雲だが、ある存在に気がつき、はっとした。先ほどのリーダーと数体のモンスターは仲間を盾に生き残ったのだ。
死体の山の陰に、夕日を浴びてピンクの肌を赤く染めながら瑞希を見据えた。
それに瑞希も気がついたのか、ゆっくりと振り返る。
降りかかった血潮に気分を良くしていた瑞希は、楽しそうにそれらに歩み寄ると片っ端から攻撃を開始する。
いや、もう攻撃というよりは虐殺に近いかもしれない。
素早い動きは見るものを圧倒させ、また一方魅力的にも感じさせる。
鉈はその機能を存分に発揮し、それに切り裂かれて生き残っていることなど不可能だった。

「あといっぴき。」

気がつけば数体いたモンスターは遂にリーダーだけとなり、淋しいものだった。
瑞希はお構いなしに再び鉈を握り返すと、風のように立ち向かう。目指すのは真っ赤な血潮が溢れる様。
完璧な間合いに満足しつつ懐に飛び込むと、額の飾りを貫いた。
盛大な音を立てて倒れるモンスター、しかし予期していたような血は生まれない。
このモンスターは、飾りの部分を上手く突けば血も何もなく綺麗に殺すことができ、毛皮などに重宝されるとは有名らしい。
最後の親玉が倒れたと知って安堵する兄弟とは反対に、瑞希は不機嫌な感情で一杯だった。
生まれるはずの血潮を拝むことができず苛立つ心を隠しきれない。

「赤いのだしてよ!!」

ついには癇癪を起こして倒れた親玉を鉈で滅多刺し始める。
ピンクの毛皮は無残に赤く染まり、死してなお時間が経っていない親玉は瑞希が望むような血潮を惜しみなく吐き出した。
降りかかる赤いものは瑞希を楽しませ、喜ばせる。
ただ恍惚としてわるものを倒す瑞希を夕陽は黙って照らし、血潮を更に赤く染めて瑞希をより一層喜ばせるばかりだった。






「あの・・・なんつうか、有難うな。俺達ふたりじゃ間違いなく死んでたわ。」

モンスターの山を背景に東雲が手を差し出し、軽く握手した。時雨もその後に従う。
瑞希の手から彼等の血がついたがそんなに気にならなかった。

「わるものは、みーちゃんがみんなこわしちゃうの。だってみーちゃんせいぎのみかたなんだもん!」

一度にこりと笑ったので、思わず兄弟揃ってどきりとした。
瑞希はなお血に濡れた鉈を握って、バイバイと声をかけた。そして既に沈みきった夕陽の方へと消えていった。


「なぁ東雲、俺女の子にだけは気をつけようって思った。」
「奇遇だな、俺もだ。」



◆ ◆ ◆ ◆



「おお、有難う有難う。私の息子は君のお陰で救われた。」

元の世界に瑞希が戻ると、待ち構えていたと言わんばかりに紅が飛びついてきた。
それを朱鷺が引っつかんで引き離す。

「本当に有難う、お茶でも飲んでいかない?」

朱鷺がほんのり香る紅茶の葉を見せたが、瑞希は興味なさげに鉈についた赤いのばかり見ていた。
結局朱鷺の言葉に返事を返さないまま、兄弟に言ったようにバイバイと声をかけ店を後にした。
カランと鈴がなったかと思うと、店のドアは閉じられて瑞希の姿は見えなくなった。紅夫婦は深く頭を下げて言った。



「またのお越しをお待ちしております。」



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC

【5219/月帝・瑞希(つきみかど・みずき)/女/75歳/せいぎのみかた】

NPC

【安倍 紅(あべ くれない)/男/23歳/星屑書店店長・小説案内人】
【安倍朱鷺(あべ とき)/女/22歳/星屑書店・店員&主婦】

【安倍東雲(あべ しののめ)/男/15歳/霊闘師】
【安倍時雨(あべ しぐれ)/男/14歳/新米陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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初めまして、今日和♪ライターの峰村慎一郎です。
この度は有難う御座いました。

心が壊れてしまっている瑞希ちゃんが「わるもの」を壊すのを止める時は
破壊し尽した後だろうと思い、彼女には極限まで闘って頂きました;
なにがともあれ紅の愛息子達を救ってくれた彼女は安倍家の正義の味方です^^
東雲に隠されてあまり多くを見ていなかった時雨ですが、瑞希ちゃんが自分の為に頑張ってくれたのがよくわかっているようです。
お礼にお手製のお札をお別れの際に手渡したようです。
まだ新米陰陽師なので大した力はありませんが、宜しければ使ってやってください。

それではまたお会いできる日を祈りつつ・・・
本当に有難う御座いました。

峰村慎一郎