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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


真夏の大掃除・ゴキブリ殲滅大作戦!
 
 思えばなぜ、今までそいつを見たことがないのかと不思議なくらいこの部屋は汚れていた。
 古い雑居ビルの小狭い一室、草間興信所のオフィス内はいつも、所長の草間・武彦(くさま・たけひこ)が散らかした資料だかゴミだかわからない物でごった返している状況なのだ。
 それでもまだ普段はきれい好きな妹の零(れい)が掃除をしているために、奇跡的に『奴ら』の侵略の手を逃れ続けてこられたのだろうけれど・・・。
 近所の商店街で行われる『夏の恒例大謝恩セール』。一定額毎に引ける福引の、今年の特等は『豪華ハワイ十日間の旅』。
 お目当てのサイフォンセットをはずして見事特等を引き当てた武彦は、海外旅行など行った事もない零にチケットを譲ることにした。が・・・・・。
 それが後に、こんな悲劇を生み出すことになってしまうとは・・・。
 零が出発してちょうど一週間、アバウトな武彦の管理の下、興信所はちょっとしたカオスとなり始めていた。
「さすがにこれは・・・・・ちょっと・・・マズい・・か・・・」
 壁を走り回る黒色の塊に、武彦の背中を生ぬるい汗が伝い落ちてゆく。もちろん彼には、そこまで汚くしたという気はないのであるが、現実問題として『例のヤツ』が発生しているのだから仕方ない。

『本日臨時休業。取り込み中につき入室は厳禁!!』

 入り口のドアにそう張り紙をして、武彦は戦闘準備を整えに近くのドラッグストアへと向かった。



 晴れた午後、デーモン使いの何でも屋、黒人美女のジュジュ・ミュージーはコンビニで大量のビールを買い込んでいた。
「…オー!まさかレイがフクビキあてて、イッシューカンもルスにしているなんて!!」
 盛大なため息をついてジュジュは右手に持った買い物カゴを見る。そして籠の中に山積みにされた大量の缶ビールと、申し訳程度のつまみの袋に満足そうに大きく頷いた。
「う〜ん、バッチリ…ジャマ者もいないし、今日こそタケヒコをミーにメロメロね♪」
 剣呑な企みを抱きながら、ジュジュはしなやかな足取りでレジに向かう。のーブラの胸に張り付くタンクトップに、店員の視線が釘付けになる。いや、彼のみならず店内の男性は、皆そろって彼女の胸を見ていたが、ジュジュ自身はそんなことお構いなく、鼻歌交じりに財布から金を出す。
「オーケー、ちょうどピッタリありそうよ」
 小銭入れの中をまさぐり探し、細い指で小さな硬貨を掴む。
「ワン、トゥー、スリー………フォー。これでオーケーね?」
 レジのカウンターに小銭を並べ順に数え上げていく。その間も店員の目はひたすらジュジュの胸とウエストを行き来する。
「………あっ…はい!確かにちょうどいただきます。…どうぞ、こちらお品物ですね」
「サンキュー!」
 赤面する店員にウインクして、ジュジュは受け取った袋を抱え上げる。よく冷えたビールが胸元に触れ、ほてった肌をひんやりと刺激した。
「んん〜…やっぱりナツはビールねぇ……タケヒコの喜ぶカオが浮かぶわ」
 弾んだ気持ちで店を出ると彼女は、草間興信所のある通りへと足取りも軽く突き進んでいった。

「タケヒコ〜!久しぶり、元気してた………ヤだっ、なんでキーがかかっているの?」
 ドアノブを何度もガチャガチャ回し、ジュジュは唇を尖らせて怒る。その直後に張り紙に気付くものの、ろくに読みもせずベリベリと剥がし、手持ちのライターで端に火をつけて燃やして灰を廊下へと投げ捨てた。
「…またシャッキントリかしら?タケヒコもホントにコリないオトコねえ。こんなモノ張ったってイミないのに…まあ、イイわ。とりあえずナカ入りましょ」
 バッグから鍵束を取り出すと、ジュジュはその一つを鍵穴に差す。カチリ、と軽い音がして鍵が半回転してロックがはずされた。
「こんなコトもあろうかと合鍵を作っといたのはセーカイだったわぁ〜」
 ルンッと語尾を軽く引き上げてジュジュはもう一度ノブを回す。今度は軽く回転して扉は、手前へとゆっくり引き開けられた。
「タケヒコ、居留守なんかしたってダメよ。諦めてミーとビール飲みましょ〜!!」
 甘い声でささやくジュジュを迎えたのは、相変わらず渋い顔をした武彦……ではなかった。
「ホヮット!?なに、この白い煙は?」
 扉を開けた途端噴出してきた濃密な白煙がジュジュを包む。なにかの薬剤らしいそれは彼女の喉と鼻を激しく刺激していた。
「うっ…ごほっ……ナニよこれはいったい……っ!!…ひょっとして毒ガス?タケヒコ、マフィアからも狙われてるの!?」
 勘違いもいいところであったが、本人はいたって真剣である。煙を避け奥の机にいるはずの武彦を助けに足を進める。
「タケヒコ〜、タケヒコ無事でい………!?」
 二、三歩歩いたところで爪先が、なにやら柔らかいものにぶつかった。反射的に見下ろしたその先には、絶え間なく脈動をする布袋。
「なっ……なにっ!?…いったいコレはなんなの?」
 なにか袋詰めにでもしたのだろうか。もぞもぞと膨れ上がっては萎む奇妙な動きを見せるその袋は、ジュジュの足元付近を中心として、前後左右あちこちへ動いては時折「キーッ」という奇声を上げていた。
「これはひょっとして…新種のモンスター?」
 それとも武彦のペットだろうかとジュジュが首を捻りじっと見つめていると、後方から激しい羽音がして、なにかが向かってくる気配がした。
「………!?」
 とっさに軽く腕を上げて、顔への直撃をかろうじて避ける。「パシリッ」と小気味良い音を上げて一度はジュジュから離れていった『ソレ』は、そのまま空中を軽く旋回して、ピタリと彼女の胸元に止まった。
「んも〜、うっとおし…ィイヤァーッ!!」
 艶のある褐色の肌にとまるそれより更に艶のある黒い羽虫。それが何であるか理解した瞬間、ジュジュは甲高い悲鳴を上げていた。
「あ……あ…あ………」
 震える声を紡ぎながらジュジュの手は、肩から下げたバッグの中を探る。指先に求めていた金属のひんやりと硬い感触を感じ、ジュジュは即座にそれを掴み抜き取る。
「アクマーーー!!」
―――ガゥンッ……
 銃声が、狭い部屋の中に低く響き渡る。ジュジュの手に握られた拳銃から、うっすらと煙が噴き出していた。
「はぁ……はぁ…はぁ……」
 大きく息をつくジュジュの視界を再度、黒っぽい影がスッと抜けていく。その瞬間、ジュジュの理性は完全に吹き飛んだ。
「イヤァー!タケヒコォー!!」
 叫びながら何度となく銃を撃ち、目に映った悪魔を屠っていく。だが、撃ち殺したと思った瞬間には、別の一匹が逆側から現れてジュジュの身体へふわりと近づいてくる。
「ヘルプ!…誰か……誰かミーを助けて〜〜〜!!」
 拳銃に込めた銀の弾丸は相当高価な特別品だったが、今のジュジュにはそんなこと関係ない。撃って、撃って、ひたすら撃ちまくり、弾が切れると再びバッグを探る。
「………確かアレも入れていたはず…」
 周囲に視線を張り巡らせながら、ジュジュは鞄の中をかき回す。バッグの底、隠すようにしまわれた皮製の小さな巾着の中、決して誤爆しないように厳重に固定されたソレを取り出すと彼女は、唇でそのピンを掴み抜いた。
「……コレでユーたちもオシマイだわ!!」
 部屋の中心へソレを投げようとジュジュが大きく振りかぶったその瞬間、彼女の手は後ろから来た誰かに、ぐいっと掴まれて動きを止めた。
「…っ!!誰?ユーもアクマの手先なの!?」
 刺す様な視線でジュジュは背後へと突如現れた人物を振り返る。だがそれが、額に汗を浮かべた武彦だと気付いてジュジュはその胸にしがみついた。
「タケヒコ〜、アクマがっ!黒いアクマがぁ〜〜〜!!」
 ドサクサに紛れ、などという意図もなく、ジュジュは武彦に身体をすり寄せる。悪魔的な気性を持つ彼女だが、ゴキブリは大の苦手だったのだ。
「助けて〜!アクマが襲ってくる〜〜〜!!」
「…なにバカなこと言ってんだ、お前は!悪魔なのはお前の方だろうが!!」
 翡翠色の瞳に涙を浮かべ縋り付くジュジュの脳天を叩き、武彦は冷たい口調で言った。
「ほらっ、早く抜いたピン渡せって。このままじゃ手を離した瞬間に、事務所ごと爆発をするだろうが!!」
「タ〜ケ〜ヒ〜コ〜〜!」
 ぶすくれたジュジュを引き剥がし武彦は、床に落ちたピンを慎重に拾う。そのまま右手に持った手榴弾の安全レバーの隙間に差し込むと、すっかり薄まった白煙の中を手探りで机に向かって歩く。
「………よし。これでひとまずは大丈夫だろう。…そういえばお前、怪我はなかったか?」
 本体とレバー、それにピンをきつくセロハンテープで固定して武彦は、ようやくほっとしたように息をついた。そしてジュジュに向かって心配そうに怪我の有無を優しく尋ねかけて…。
「……タケヒコ?ミーはそっちにいなくてよ?」
 部屋の更に奥まった場所を見つめ、話しかける武彦にジュジュが問う。怒ってそっぽを向いているにしては口調も声もずっと優しいもので、ジュジュは彼がなぜそんなことをするか、まったく理解することができなかった。
「まったくとんだ災難だったな……まあ、もう大丈夫だ、安心しろ。『悪魔』の暴走は俺が止めたから…」
「…タケヒコ?」
「あの………本当に平気、ですか?」
 ジュジュがもう一度武彦の名を呼び、その背中に指を伸ばした時だった。誰もいない煙の向こう側から、高い、少女のかすれ声が響いてきた。
「ああ、もう何にも心配いらん」
 武彦がそう言ったその瞬間、煙の中から少女が現れた。そう、まさに忽然としか言えぬ急激な出現をして少女は、その場所に怯えながら立っている。
「…ホヮット?……ホヮイ!?ナゼ?ドコに隠れてたの!?」
 驚きの声を上げるジュジュに少女は「あ……えっと…その…」と俯き口ごもる。そんな少女の頭を撫で武彦は、「気にするな」と短くジュジュに告げた。
「それよりこの部屋、どうしてくれるんだ?お前のせいで壁が穴だらけだぞ!」
 渋面を作り怒る武彦に、さすがのジュジュもしゅんと頭を垂れる。
「……ソーリィ、でもミーのせいだけじゃない。すべてはあの黒いアクマが原因よ!」
 あくまでも悪いのは『奴ら』だと、主張するジュジュの言い分に武彦は「勝手に入ったお前が悪いんだ」と、同情のかけらも見せず切り捨てる。
「入り口に張り紙してあっただろ!…ったく、せっかく高い金かけて、『パルサン』買いこんできたってのに…」
「まあまあ、草間さんそう怒らずに」
「そーだよ、今更後の祭りじゃん」
 いつの間に事務所に入りこんだのか、陽に灼けた筋肉質の男と背の高い少年が草間の肩を両側から軽く叩いて言った。
「元はといえば草間さんが事務所をゴミ屋敷にしたのが悪いんだしさ」



「しゃあないなあ、俺が一肌脱ぐか…」
 噴霧後わずか一時間ほどで、ジュジュが扉を開けてしまったために『パルサン』の煙は拡散されてゴキブリたちの大半は生き残った。こうなったら直接駆除しかないと、意気込む武彦に志羽・翔流(しば・かける)は鉄扇を向けて言った。
「要するに追い出せればいいんでしょ?…まあちょっと、俺に任せてみなよって!」
 ふわり、と彼が鉄扇で仰ぐと部屋の中に突風が巻き起こる。その風に煽られるようにゴミや、武彦の机の上に置かれた書類の束が中空へ舞い上がった。
「隠れる場所と餌さえなくなったら、『奴ら』だって姿を見せるんだから…」
 その声が聞こえているかのように、部屋のあちこちから黒い塊が、何匹も群れをなして現れる。
「イヤー、やめて!アクマが、アクマがくるぅー!!」
 絶叫して武彦にすがりつくジュジュの瞳には涙が浮かんでいる。
「大丈夫だって。『奴ら』は水龍が、ちゃんと事務所の外に追い出すからさ」
 軽くウインクして今度は右の手を、ゆっくりと舞うように動かし出す。その広げた指の一つ一つから、ごく小型の水龍が出現し、無数の水しぶきを上げ虫たちを、窓の外に向かい追いやっていく。
「…ほいっ、終了。後は部屋の中とか、ちょこっとだけ片付ければOKさっ!」
「………これのどこが『ちょこっと』なんだ!?」
 翔流が出した龍のしぶきによって、事務所の床は水浸しになっていた。おまけに識別なくなんでも飛ばす“突風”がゴミから要る書類まで、何でもかんでも一緒くたに飛ばし、部屋の隅にごみ溜めを作っている。
「…いや、でもゴキブリはいなくなったし……」
 「ねっ!」と苦笑する翔流に武彦は、額に手を当て深く後悔する。
(手伝いを、頼まなきゃ良かったのか…?)
 自分一人で地道にゴキブリ除去と、掃除をしたほうが懸命だったかと、武彦は今更ながらい思った。
「わかってるって。ちゃんと拭いてくから…」
「もちろん俺もお手伝いしますよ。大丈夫、夕方くらいまでには、すっかり綺麗に片付いてますって」
「わ…私も、がんばって掃除します」
「ミーもよ。タケヒコ、そんなスネないで」
 すっかり沈み込んだ武彦を気遣い、皆が皆懸命に声をかける。
「まあ……そうだな…みんなで頑張れば……」
 それにこれ以上は状態の悪化も起こりようがないもんなと自嘲して、武彦は雑巾を手に取った。
「じゃあ、まあ、掃除に取り掛かるとするか」

 が、数分後武彦はもう一度、自分の判断の甘さを後悔する。
「あれっ?この袋なんか動いてません?」
「あっ……それは…」
「うわーーー!!」
 ゴミ山から現れた布袋を、何の気なしに開いた榊・圭吾(さかき・けいご)の顔が混乱の色に染まる。
「ネ…ネズミ……ネズミの大群がぁ〜!!」
 十数匹のネズミが波打つように、袋から室内へと逃げていく。それを見てクリスティアラが小さく悲しそうな声でそっと呟く。
「…ああぁ〜……やっと全部『保護』したのにぃ…」





『…振り出しに戻る?』

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

☆ 0585/ジュジュ・ミュージー/女/21歳/デーモン使いの何でも屋(主に暗殺)

★ 2951/志羽・翔流(しば・かける)/男/18歳/高校生大道芸人

☆ 3954/クリスティアラ・ファラット/女/15歳/力法術師(りきほうじゅつし)

★ 5425/榊・圭吾(さかき・けいご)/男/27歳/メカニック