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ザリガニ釣り
●とある昼下がり
大きな貯め池に糸をたらし。煙草の煙を吹き。
草間武彦は空を見上げた。文句なしの晴天。
「食うか?」
へらりと笑う同行の男がするめをすすめてきた。
名目は一応仕事。これでも。
「書類整理から逃げるええ名目の、か?」
「なんのことだ?」
水面に目を戻す。すさまじい色をしている。
何かいるような気がしないが、それでもいるそうだ。
「ここに逃げた筈なんやけど、っと!」
ふいに男がせわしなく動いた。
垂らす糸が張り詰め。竹を斬っただけのさおがきしみ。糸が切れた。
「ザリガニ釣り、だったよな?」
一瞬だけ見えた獲物を反芻する。
「書類整理から逃げるええ名目のな」
「だから、なんのことだ?」
空に目を向ける。
(……飛ばなきゃいいんだがな)
文句なしの、晴天。
●いい天気
草間興信所、所長席。未整理の書類や資料に埋もれる机の上に一枚の紙。
『五色の依頼で ザリガニ釣りに行ってくる 草間』
冒頭六文字の横には、何度か塗りつぶした跡。
●おでかけ
「ま、天気も良いし、仕方がないのかしらね」
炊事場でシュライン・エマ(―・―)は一人ごちた。
計画性も何もあったものではない。いや、前日までは、確かに計画があった。
『報告書書き』と『書類整理』。
(どういう依頼なんだか)
一応、支払い問題のない相手とは言え、首を傾げるのも無理はない。
それ以上にあの草間が依頼の確認をしっかりしているのか。
「まったく、もう」
それでも弁当を詰めつつ笑顔な自分が、シュラインには少しおかしかった。
●とんでもない
(いたですよ)
草むらから草間の背中をうかがい、蜂須賀大六(はちすか・だいろく)はほくそえんだ。
書類整理か逃げる名目の仕事。さすがにそれを見逃すわけには行かない。
「ふふふふふう〜ぅ」
脇に置いていた麦藁帽子をかぶれば、準備は万端。
「おんやあ、草間さんではないですかあ? き、ぐ、う、ですねえ?」
出来るだけ、にこやかに。出来るだけ、自然に。
真っ赤なアロハの男は、十人ほどの手下と共に、釣り人に歩み寄っていった。
●
「これはどういう集まり?」
持参した弁当の包みを広げながら、シュラインが岸辺の一同を見まわす。
「親睦会」
「あまり深めたいとも思わないな」
「酷い言いようですねえ。あ〜っと、一缶千円でどうです?」
手下から麦酒を受け取る大六が聞くも、即座に断られる。
「依頼、よね?」
「どっちかっつうと……いやいや、依頼っすよ? 一個も〜らい」
どうやら密約があるらしい。弁当からおむすびをかっさらう五色やこちらを見ない草間の様子から、シュラインはそう判断した。
「ま、いいわ。それで? ザリガニを釣るにしては随分な道具だけど」
ザリガニ釣りと聞いて、割り箸に糸を結んだものを想像していたシュラインからすると、竹ざおを使う釣り人二人の装備は奇異に映る。
「俺もそう思ったんだが、ことわざも時に役に立つらしい」
「ことわざ?」
「だははははっ。なるほどなるほど。確かにこんなちんけな道具など笑止!」
ばっと手を上げる大六に呼応して草むらからクレーン車が出てくる。
「むう。そう来るか」
「いかにも。そう、昔の人は言いました『大は小を兼ねる』」
「かねてないかねてない」
胸を張る大六に、シュラインが呆れ顔で手を振る。
その間にも、手下たちがクレーンの大きなかぎ爪にこれまた大きな肉の塊を引っ掛ける。
「何人前になるやろなあ」
「なんの肉かにもよるだろ」
「ずばりカニバリズム」
「食えなくなるから止めてくれ」
アスパラの肉巻きを見つめ草間。
「今、ザリガニ釣りの歴史が変わる!」
かぎ爪がゆっくりと静かに貯め池に沈んでいく。
ガツン。
すぐにワイヤーの引きだし速度が上がった。巻き取りだけでは間に合わず、車自体もバックさせる。
「ヒ〜ット♪」
「うそっ!」
嬉々として手下に引き上げを命じる大六が、さらにデーモンを召還。召還されたデーモン『ホーニィ・ホーネット』もさらに小型の蜂を展開する。
「さらに言いました。『念には念を』」
自動小銃をリロード。水面に向ける。
拮抗はそう長くなかった。対象が引き込むことをしなかったのだ。それとは逆にワイヤーの流れに沿って浮上することを選んだ。つまり。
「がははははははっ! は〜ちの巣にしてやる!」
誰もがそれが何かを判断するより早く。
大六の自動小銃が火を吹いた。デーモンの機関砲が火を吹いた。小型の蜂が機関砲を連射した。
水煙が立ちこめた。
しばらくして。
「何、あれ?」
「ザリガニ」 「マッカチン」
釣り人二人がこともなげに答える。
「いや、あのね。ザリガニって、これぐらいの大きさで」
「謎実験の謎失敗作で次元逃亡中のザリガニ」
「でかくて飛ぶかもし……待て。なんだ、その実験というのは」
更に正当化しようとして。草間は五色に顔を向けた。
「さあ? 回覧板にはそこまで書いてなかったし」
と、黒スーツの懐から出した灰色のクリップボードを渡す。
「『ザリガニが逃げました。捕獲にご協力下さい』」
「『羽は有るけど飛びません。なお、生死は不問』。おお、撃っちゃっていい、と」
示された場所を読んだ大六がニヤリと笑う。
「もう撃ったやん。マガジン一本分」
「弾かれたよな。でかいのもちっこいのも全部」
「それは言わないでいただきたい」
先の対象はあのまま悠然と水中へと帰っていった。岸辺にはかぎ爪のなくなったクレーン車がたたずんでいる。
「これ、どこから回ってきたの?」
にこやかに談笑するくわえ煙草の男どもを他所に、回覧板を読んでいたシュラインが眉を寄せた。確かに見だしは回覧板。判子を押す場所もある。
「そりゃ、お隣さんや」
へらりと笑う五色に、シュラインは追求するのを止めた。いや、より正確に言えば、考えるのを。
「世の中、色々あるものね」
ただ、帰ったら某節足生物捕獲道具を増やそう、シュラインはそう深く誓った。
●池のど真ん中
「先ほどの一幕で、釣れることは立証済み!」
「弾幕でワイヤー切れたけどな」
「ですから、それは言わないで頂きたい」
釣り人の数は増えていた。
「カゴか何かに誘い込むとかした方が良くないかしら?」
「何を言うか! ザリガニ釣りで釣らんでどうする!」
「然り然り。そして、うかつに掴みに行って挟まれる!」
「痛いんだよな、あれ」
がしりと手を組む五色と大六。草間もまたしたり顔で煙を吹く。
「……なら、鎖にスタンガン等使い電流流して痺れさせるとかは?」
「おおう♪」
涌きあがる歓声に、シュラインはこめかみをおさえた。
「てなことで、殺し屋! 白い二人乗りボートを準備!」
「今更か?」
「了解であります! 釣り上げたら狙撃でOK?」
「死ぬわ!」
「おんやぁ? くっさまさんが乗るとは言ってませんけどぉ?」
「そういやこんなにええ天気やもんなあ」
「……なら、あらためて聞く。誰と、誰が、乗る?」
「僕、狙撃手♪」 「僕、回収係♪」
「てめえらまとめてザリガニの餌になれぇいっ!」
●ザリガニ釣り
「日も暮れてきたし、そろそろにするか」
茜空に手を伸ばし、大きく伸びをする。
「そろそろも何も」
本日の釣果。魚、蛙、水草、倒木、長靴、番傘、金属鞄、猫、人他。
「しっかし、釣れんかったなあ」
「案外、仕留めていた」
「まずない」 「ないわね」 「せやな」
小銃を構えポーズを取る大六に、釣果のカッパも含めて首を振る。
「ま、なんにせよ、だ」
もう一度、大きく伸びをして草間が言った。
「明日、晴れたらまた来ればいいさ」
「つまり晴れたら書類整理をしない、と」
「う。いやそのやっぱり依頼を途中で放り出すのはまずいだろうん」
一息で言い明後日を向く草間に、シュラインは詰め寄ったのも忘れ思わず噴き出した。
「よろしい。ただし」
ザバ ザババ ザバ ザバ
水音。幾つもの。そして。
「……いっぱい飛んでったな」
「ああ」
それよリ数日、所長席の筆記音がしばらく止むことはなかった、と日誌には記されている。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 職業】
0086 シュライン・エマ(しゅらいん・えま) 女性 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0630 蜂須賀・大六 (はちすか・だいろく) 男性 街のチンピラでデーモン使いの殺し屋
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■ ライター通信 ■
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どうも、平林です。このたびは参加頂きありがとうございました。
ザリガニ釣りです。ええ、決して某鬼のエビ(?)ではないです。
なら、なぜ飛ぶのか……さあ?
では、ここいらで。いずれいずこかの空の下、再びお会いできれば幸いです。
(05/雨音/平林康助)
追記:ぶっ放しました……ました?
『イメージと違うだろうなあ』と思いつつ、悪ふざけさせていただきました。
まだ一缶千円なのは、良心的、なんでしょうかね?
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