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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


『小瓶の中身は?』



 綺麗な物から不思議な物、怪しい物までもが棚に並べられている魔法薬屋内の片隅で、シリューナ・リュクテイアは蛍光色に染まった魔法薬の入った瓶に、今作り上げたばかりの透明の薬品を注ぎ込んでいた。そっと、一粒も垂らさないように慎重に、シリューナが透明の液体を全て入れ終わると、瓶の液体の水面で泡が弾け、数分立つと青い透明な色へと変化した。
「ひとまず、ここまではうまくいったみたいだが」
 別世界の住人であるシリューナは、その頭脳に様々な魔法の知識を蓄え、やってきたこの世界で魔法薬の店を営んでいた。
 その高い魔法の知識を利用して、得意な系統の魔法効力を、水や装飾品等に封じ込める事が出来る為、数日前に考えた暑い日に涼むための物を生成しようとしていたのであった。シリューナが書き付けておいたメモには、この魔法物質が完成するまでの過程が書かれている。シリューナは、そのメモに、自分を完全に包み込むぐらいの、魔力で作り出した大きな水の球体を発生させるまでの経過を書き付けていた。その作り出された水の球体に、自分が入る事で涼しもうという計画なのだ。
 水の球体の中に入ってても呼吸は出来るようにし、数十分経過したら球体が完全蒸発するように、後始末も簡単になるような仕組みを加えたものを、小瓶に詰めようと考えていたのであった。
 それを今、作り上げようとしているのだが、なかなかうまくはいかない。球体の元となる、青い液体を作り出すところまではうまくいったのだが、シリューナが頭の中でイメージしている通りにいかない。
「ふむ、何かやり方が間違っているのか?」
 それでも諦めず、シリューナはもう一度初めから作り直して見る事にした。今度は、先程よりもじっくりと、丁寧に魔法を液体へと注ぎ込んでみた。
 同じように青い液体が出来、今度はうまく球形になったものの、数秒もその形を保つことが出来ずに、水の入ったゴム風船がはじけるような音を立てて、水の球形は崩れ去ってしまった。
「惜しいところまでは、いってるみたいなんだけどな」
 その後、数時間に渡って、シリューナは何度もその魔法物質を作りあげようと試みた。だが、何度やっても、水をうまく球形のまま何十分も維持させる事が出来ない。球形にする事自体はすでに成功しているのだから、この魔法物質を完成させる為にはあと少し、何かが足りないのだろう。
 シリューナは根気良く実験を続けたが、ついにそれを完成させる事は出来なかった。
「仕方がないな。日を改めて、もう一度考えよう」
 少し休んで、頭を切り替えれば何が欠けているか、ということに気が付くかもしれないと思い、シリューナは残った失敗作の液体を全部小瓶に詰めて、棚の隅の方へと置いた。これらは後で処分をする物だから、棚の目立つところへ置いてもしょうがないと思ったのであった。



「それから、その机も拭いておいてくれ。端の方に汚れが残っているんだ」
「はい、師匠〜!」
 その日シリューナは、弟子であり同族の少女、ファルス・ティレイラに、魔法薬屋内の掃除をさせていた。
 しばらく掃除をしていなかったせいで、魔法薬を作り出す時に使ったガラクタ器材などが溜まってしまい、今日まとめて捨てるつもりであった。それならついでに掃除もしてしまおうと、シリューナは部屋の掃除をティレイラに全て任せ、自分は魔法効果が薄れ商品にならない魔法薬の処分をする為に、棚にある魔法薬を全て引っ張り出し、これはいる、こっちはいらないと、捨てる物とそうでない物を振り分け、捨てる物をひとつにまとめていた。
「師匠、ごみがこんなに出たけれど」
 机を拭きながら、ティレイラが言う。
 生活資金稼ぎの為に、なんでも屋をこなすティレイラは、シリューナの言う事をひとつも漏らさずに良く聞き、機敏に動き部屋の掃除をこなしていた。部屋の片づけで出たごみをすでにまとめ、シリューナに言われた机の掃除も、もうすぐ終わりそうであった。
「大体片付いたみたいだな」
 部屋を見回し、シリューナは呟いた。
「結構捨てるものが出たな」
「師匠、他に掃除するところはありますか?」
 そう言って、ティレイラは机を拭いた雑巾を水につける。
「いや、これで大丈夫だろう。ご苦労だったな、ティレ」
 シリューナが優しい笑顔を見せると、ティレイラは嬉しそうな顔で自分を見つめ返した。
「ティレ、ちょっと用事があるんでな、これから出かけてくる。残ったごみだけ、捨てておいてくれ」
 シリューナがティレイラにそう言うと、彼女は元気良く答えた。
「わかりました!いってらっしゃいませ!」



「師匠、もう行ったよね」
 外が見える窓をぞっと覗き込み、ティレイラは景色を慎重に見回した。そして、シリューナらしき人影がまったく見当たらない事を確認すると、ティレイラは先ほど掃除をしていた部屋へと戻り、静かな足取りでごみの山へと近づいた。
「どうせ捨てるなら、触っても構わないと思うし!」
 ティレイラは先ほど、シリューナが捨てておいてくれと指差した、魔法の小瓶を手にとった。
 シリューナが数日前、何かを懸命に作っていたのは知っていた。それが何かなのかは、結局聞く事はなかったが、シリューナの作ったものなのだから、面白い魔法が入っているに違いない。
 掃除中にこのいくつかの小瓶を見つけ、その場で開けてみようとも思ったが、シリューナに見つかったら何か言われると思い、その場はひとまず真面目に掃除をしておき、師匠が出かけるのを待っていたのであった。
 青色の小瓶を手に取ると、ティレイラは蓋に指を当てて、一気に開けた。
「わぁっ!?」
 開けた瓶から、水が飛び出してきた、と思ったらそれは球体になり、ティレイラの身体を自分の悲鳴と一緒に包み込んだ。
 突然の出来事に、ティレイラの胸はまだ高鳴っていたが、水に包まれた心地の良い感触に触れ、一気に驚きも静まっていくのを感じていた。
 それは、まるでプールの中にいるような心地で、不思議と呼吸も出来る。涼しくて気持ちがいいな、と思った瞬間、視界の水の壁がだんだんと崩れ、数十秒も立たないうちに、水の球体は完全に消えてしまった。
「あれ、もう消えたの?とっても、涼しかったのに」
 ティレイラは眉をひそめて呟いた。
「師匠、こんな面白いもの作ってたんだね。だけど、何ですぐ消えちゃうのかな。もっと長く続けば、真夏には冷房代わりになるじゃない。こんなのを捨てるなんてもったいないなあ」
 そう呟いて、ティレイラはまだ開けていない、足元に残っているいくつかの小瓶に視線を落とした。
「それとも、もしかして」
 すでにティレイラの手は小瓶を掴んでいた。今のは少ししか効果がなかったけど、他の瓶の中身はもっと長持ちするかもしれないと思ったのだ。ティレイラは残りの小瓶をあけて、今度こそもっと長持ちするのが出てくるかもと、胸に期待を抱いていた。
 ところが、次に開けた瓶から飛び出した水も、先ほどと同じように、数十秒もすると消えてなくなってしまう。今度こそもっと魔法の効果が持続すると、また別の小瓶を開けるが、それもまたすぐに水が消えてしまった。
 ティレイラはもう、片っ端から瓶の蓋を開け続けたが、水の魔法が長持ちするものはひとつもなかった。
「これじゃあ駄目じゃない。もっとこの水の魔法が持続するもの、どうしてないのかしら」
 ティレイラはすでに諦めていたが、全部開けてみないとわからないとわずかながら期待を抱きつつ、最後に残った小瓶を開けた。
「これも駄目ね」
 先ほどと変わらず、瓶から飛び出した水が球形になりながら自分を包んだのを見て、ティレイラはがっかりとうなだれた。
 ところが、今までならすでに消滅するはずの水が、まだ崩れずに自分を包んでいる。ティレイラは心の中で時間を数えていたが、この水だけはもう数分はこの状態を保ち続けているのであった。
「やったあ、最後の最後で当たりが出たじゃないの!」
 心地よい水の感触を味わっているティレイラであったが、その数秒後に、少し感触が今までと違うような気がしてきた。
 最初は、自分の気のせいかと思ったが、徐々に水の球体の透明度が薄れていき、また柔らかい水の感触から、粘り気のある心地の悪い感触へと変化していくのを体のあちこちで感じた時、ティレイラはそれが異常事態だと悟り、慌てて水の外へと出ようとした。
 もうすでに、涼しさも心地よさもなくなっていた。代わりに自分を包み込むのは、全身にからみつく粘り気のある、一瞬でも触れたくない生ぬるくて気持ちの悪い感触だけであった。
 ティレイラは、まるで油の中にいるような気分であった。早く外へ出たいのだが、粘り気が手足に絡み付いているせいで、身動きもままならない。さきほど自分が楽しんでいた気持ちよさなどはもう、今ではすっかり忘れ、魔法の水なんてどうでも良くなっている。そして、ゴミとは言え、興味本位で勝手に師匠の小瓶を開けてしまった自分を恨んでいたが、もはやどうにもならない。
「師匠、助けてぇー!」
 粘液がまとわりついて、身動きがとれないティレイラが、のどの奥からそう叫んだ時、正面のドアが開いて、シリューナが姿を表した。
「あっ、師匠!!」
 すでに目に涙を浮かべているティレイラであったが、シリューナの姿が視界に入った瞬間、もう大丈夫だ、と心が落ちついた。
「ふむ。ファンタジーな物語で良く見かける、スライムにつかまると、こんな感じなんだろうな」
 シリューナは笑顔を浮かべていた。そして、ティレイラを包んでいるねばねばな液体のそばに転がっている小瓶へと視線を移していた。
「何でこれだけすぐに消えずに、こうも粘液のある物質になったものか。もしかしたら、細かい手順に問題があったのかもしれない。ティレ、しばらくそのままでいてくれ」
 それを聞いて、ティレイラの顔から即座に安堵の表情が消え去った。
「この水の魔法、持続させるのに困っていたんでな。今後の魔法薬生成の為の役に立つと思えば、そんなスライムみたいなのに取り込まれている事ぐらい、どうってことないだろ?」
「し、師匠っ!!???」
 何て事ない、さっぱりとした笑顔でシリューナは答えた。
 スライムにもがき苦しむ自分を笑顔で見守りつつ、粘液を手にとって質を調べているシリューナを見て、自分を助ける気がないんだと、ティレイラは悟ったのであった。
 だけど、涼しい夏を過ごす事を思えば、これぐらいの犠牲はしょうがないのかなあとも、ティレイラは懸命に調査を続けている師匠を見て思ったのであった。(終)



◆ライター通信◇

 初めまして!シチュノベの発注有難うございます、新人ライターの朝霧青海と申します。
 水の魔法、具体的にどんな感じかな、と頭にイメージしながら執筆しておりました。細かな部分では、ある程度設定を考えて、流れを作り、プレイングにそってお話をすすめてみました。ティレイラさんとシリューナさんの関係を、うまく表現できていればいいなあと思います。
 それでは、今回は有難うございました!