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ゆったりと、ゆっくりと〜夜空に咲く華〜
門屋 将太郎が所長を務める『門屋心理相談所』が存在する都内某所の雑居ビル。
古い、ボロい、今にも壊れそう…等、そこを拠点としている者としては不本意この上ない評価をされるこのビルであるが、しかし、一つだけ良い所がある。
それは、屋上からの眺め。
絶景だと胸をはって言えるほどではないが、なかなかに良い。
自分の趣味にあっている、というだけの話なのかもしれないが、将太郎は結構な頻度でここへ足を運んでいた。
悲しいかなビルの評価は先に述べた通りであり、賑わいとは正反対の環境が彼を迎えてくれた。もっとも、静かな空気は嫌いではない為に、自然、足を運ぶ回数も増えるのだが。
そんな場所も、今夜は違う様相を呈していた。
「……っと、こら、危ないだろ」
不意と、てんってんてん…と転がってきたサッカーボールを片手で受けとめた将太郎は、赤、青、黄色の鮮やかな色合いのレジャー用シートに腰を下ろしたまま、近寄ってきた小学生位の少年に声をかける。
どうやら、ボールの持ち主らしい少年に笑みを浮かべ渡そうとするが、
「ごめん、ごめん。おじさんっ」
「…。……。………お・に・い・さ・ん・だ」
笑顔のまま表情を固め、ひょいと少年の手の届く範囲からサッカーボールを逃がす。
「……ごめんなさい、おにーさん」
「よし!」
どうやら将太郎の言いたいことが解ったらしい少年が訂正を加えるのに、満足げに頷き、今度こそ将太郎はボールを少年の手に渡した。
「…こんなトコでなにやってんのー?」
再び奪われない為か、ぎゅうっと大事そうに胸にボールを抱えた少年は、だるそうにあぐらをかいて座る将太郎を見つめ、ご尤もな質問を口にし、上から下までじぃーっと視線を走らせる。
何やら不審者を見るようなそれに、クーラーボックスに肩肘をついたまま、渋面になった将太郎は、「場所取り」とぼそりと呟き、しかし尚不思議そうな表情を見て取れば補足すべく更に口を開いた。
「あのな、坊主。良い場所っていうのはなぁ、早めにとっておかないと駄目なんだよ。でないと、ちっこい花火しか見えないだろうが?わかったか?」
ちちち、と指を振って説明して見せた将太郎に疑問符をいくつも浮かべていた少年は、ふーん、と気のない返事をし。
「花火、好きなんだね?おじさん」
「おう。良いぜ、花火はでかけりゃでかいほどいい…――って、お兄さんと呼べって言ってるだろうが!」
向けられた問いに機嫌良く応じる将太郎だったが、またも不名誉な呼称に訂正を求めるべく抗議をするも、少年は既に将太郎の手の届く範囲には居なかった。
ぱたぱたと駆けていく少年の先には、母親らしい女性とその横に娘に肩車をしてやっている父親だろう男性の姿。
そして、その周囲には似たような家族連れや恋人同士らしい二人連れの姿もちらほらとあり、常閑散としている屋上はそれなりに賑わっていた。
彼らの目的は、今夜行われる花火大会の主役、打ち上げ花火。
毎年この日は、ボロいだの、古いだの言われるビルの価値が認められる日なのである。
「おじさん、かぁ……いや。俺はまだ若いぞ」
何事か話しているらしい先の少年達をぼんやりと視界に収めながら一人ごちた。
姉の子供からしてみれば、自分はれっきとした『おじさん』なのであろうが、まぁ、離れているが故に未だ20代の自分は『お兄さん』だ、と主張し。
――…よもやこれから先、その甥と同居することになろうとは、未来を知る力など持たぬ将太郎には予想もつくはずもなかった。
姉といえば、良く忌憚のない意見をくれたものだ、と肘をついていたクーラーボックスを開けながら昔言われたことを思い出す。
花火大会と言えば花見の場所取りよろしく、前日からクーラーボックス持参の上、レジャーシートで雑魚寝しつつ、自分の為に特等席を確保する自分に対し、姉は呆れ気味に『なんとかと煙は高いところが好き』とあり難くないお言葉をくれたものだった。
「まぁ、まるっきり否定もできないかも、な」
ぷしゅ、っとクーラーボックスから取り出した冷えた缶ビールを開けながら、軽く肩を竦める。
確かに自分は子供の頃から高いところが好きだった。
病院やビルの屋上で、豆粒のような人間や風景、ビルをぼーっと眺めているのが好きで、何時間でも眺めていられた。
そうして大人になった今でも、ここに来ると気分が落ち着く。
ふうっと、視界が鮮やかな色に染まり、将太郎は慌てて頭上を振り仰いだ。
―――…パァ――…ン。パパパパ……ン。
一呼吸遅れて届いた軽快な破裂音と共に、顔を上げた将太郎の視界に広がるのは、夜空に咲いた色とりどりの鮮やかな炎の華。
鬱陶しい暑さを吹き飛ばすよう景気良く次々と花開く炎の華達の宴に、将太郎の口端が愉快そうに上がった。
「たーまやーッ♪」
乾杯をするよう缶ビールを掲げ上機嫌で宣った彼の声に、目のさめるような美しい色彩と幾つもの破裂音が応じた。
<FIN>
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