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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:夜をあるくもの  〜かたりつぐ命〜
執筆ライター  :水上雪乃
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜4人

------<オープニング>--------------------------------------

 緑川優と名乗る少年が草間興信所に保護されたことによって、事態は新たな局面を迎えた。
「どうして不死人の情報なんか持っていたんだ?」
 草間武彦が訊ねる。
 まずは、それが問題だった。
 不死人に関する情報は、もともと新山綾がもたらした。
 それまで、怪奇探偵すら知らなかったことなのである。
 ただの高校生である優が知っているということ自体がおかしい。しかもすでにここまで調べているなら、調査を始めたのはもっとずっと前ということになる。
「‥‥‥‥」
 黙り込む少年。
「あるいは、ハッキングか?」
「‥‥はい」
「かなりヤバいことに首をつっこんでるんだぞ? お前さん」
 予想どおりの返答に溜息を吐く草間。
 おそらくは内閣調査室あたりのコンピュータに侵入して独自の調査を始めたのだろう。
 執念と調査能力の高さは買うが、なにしろリスクが高すぎる。
 北の魔女からの情報によると、この件に関して動いている組織はCIA、IO2、クルセイダー、MI6、そして内調。
 事態がもう少し深刻になれば、陸幕あたりも動き出すだろうし、ロシアや中国の諜報機関も動くかもしれない。
 各国の諜報機関や特務機関が絡んだ不死人の争奪戦である。
 正直にいって、一介の探偵にどうこうできるレベルの話ではない。
 高校生が手を出すなど論外だ。
「消されるぞ? マジで」
「‥‥‥‥」
 黙り込む少年。
 怪奇探偵としては、とんでもないお荷物を拾ってしまったことになる。
「それでもおれは‥‥七海の目を治さないと‥‥」
「あのなぁ」
 ぼりぼりと、草間が髪を掻き回す。
 脳細胞がオーバーヒート気味だ。
 前述の組織のうち、たったひとつを相手にしたところで勝算はほとんどない。
 人員も財政基盤も違うのだから。
 だいたい、優をこちらに抱き込んだ以上、綾というかイギリス王室からの資金援助だって疑わしくなってしまう。
「どうしたもんかな‥‥」
「お金の方は、私が何とかするよー」
 戸口から響く声。
 よく知っている声だ。
「絵梨佳っ!? きいてたのかっ!?」
「ついに復活だよー」
 にこにこと笑う少女。名を芳川絵梨佳という。ヨーロッパ諸国に強いパイプを持つ財閥の一人娘だ。
 最近までずっと沈んでいたのだが。
「ダメだ。芳川家を巻き込むことはできない」
「そんなこと言ってる余裕ないじゃん。総力戦でしょ。こうなったら」
「あのなぁ‥‥」
 どうしてこう、誰も彼も現実を直視してくれないのだ。
 相手は国家レベルなのに。
「私にはみんなと一緒に戦う力なんかないけど、こういうバックアップならできるから。ね? 巻き込んじゃってよ。お願いだから」
 大人びた笑顔。
 心の季節は進んだということだろうか。
「‥‥わかった」
 やや躊躇った後、草間が頷いた。
 いずれにしても資金は必要なのだし、ここから先、綾が敵に回る可能性だってある。懇意にしている警察官僚だって国家に所属している以上、どういうスタンスになるか判らない。
 となれば、芳川家のバックアップがあるのはありがたい。
「まずは、こいつが使い込んだ親の貯金を埋めないとな」
「しょっぱいスタートねぇ」
 呆れたように絵梨佳が笑う。
「しかたないだろ。すぐに手を付けれそうなところっていったら、そのくらいしかない」
「すみません‥‥」
 恐縮する優。
 とはいえ、この少年は不死人と思われる人物の顔をしっている。
 その分だけ、怪奇探偵たちが有利なはずだ。
 現時点では。











※かたりつぐ命、の第2話です。
 ここから先は、やり方によっては綾や稲積警視正も敵に回る可能性がでてきます。
 誰と手を結び、誰と敵対するか、そのあたりを計算しながら行動してくださいね。

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夜をあるくもの  〜かたりつぐ命〜

 永遠とはなにか。
「孤独だ」と、守崎啓斗は思う。
 不死とはなにか。
「呪いだ」と、佐倉勝利は自嘲する。
 いつまでも続く命。
 自分を知るものが誰もいなくなっても。
 誰も自分のことを思ってくれなくなっても。
 なにもかも滅んでしまっても、なお尽きない命。
 孤独の呪いという言葉は、たしかに相応しい。
「もしこの世に永遠があるとすれば」
 シュライン・エマが口を開く。
 それは想いだけだ。
 なにかを成そうとする思い。たとえ中道に倒れても、遺志を継いで歩く人がいるなら、思いは消えない。
 思いのバトンは、永遠にリレーされてゆく。
「あるいは、絆ですね」
 飛鷹いずみが言った。
 親から子へ、そして孫へ、さらには曾孫へと続いてゆく連鎖。
 何気なく繰り返される生命活動そのものが永遠なのだろう。
「だが、本当はそれすらも永遠なんかじゃない」
 紫煙をくゆらせながら、巫灰慈が苦笑する。
 どれほど崇高な理想も、どれだけ高貴な血統も、いずれ変質し、濁り、べつのものへとかわってゆく。
 この星にだって終わりがあるように。
 思いにも絆にも終わりがある。
 時は、森羅万象の上に屹立する絶対の専制者だ。
 すべてのものを、生物だろうとそうでなかろうと、例外なく押し流す。
 どんな野心家でも、時の神にだけは絶対に勝てない。
「だからこそ、人は永遠を求めるんだろうよ。それを愚かしいと思うかい?」
 総括するように草間武彦が言い、守崎北斗が軽く肩をすくめた。
 新宿区にあるちっぽけな探偵事務所。
 不死や永遠の談義をするには、やたらと所帯じみた場所だ。
 ただまあ、雰囲気が出なくとも、やらなくてはいけないことは厳として存在する。
「さしあたり、緑川はパソコンに触るの禁止な。あと、外出するときもや家に帰るときも、俺たちのだれかがついて行くから」
 きっぱりと言い切る啓斗。
 しゅんとなる緑川優。
 厳しいようだが、これは仕方のない措置だ。
 不死人を調べ回っていた少年が各国の諜報機関にマークされていないという保証はどこにもない。もし泳がされていたのであれば、不死人とおぼしき人物と接触しかかったことで、少年の役割は消失する。
「で、役目が終わったらどうなると思う?」
 ものすごく意地悪そうな顔で北斗が訊ねた。
「‥‥‥‥」
「お礼の金一封をもらって、はいさようなら、ということにはならないだろうぜ」
 沈黙する少年に代わって応えたのは巫だ。
 もちろん、彼もまた意地悪な顔と口調を作っている。
 諜報機関や特務機関というのは、べつに殺人鬼集団ではないが、人道主義者の集団ではそれ以上にない。必要とあれば殺人を躊躇わないだろう。
 秘密を知っている上に、もう用済みの少年など、消されない方がおかしいというものだ。
「どう考えても、あなたは関わりすぎています。ことはあなた一人では済まないかもしれません」
 冷酷にすら響くいずみの声。
 最年少の彼女だが、仲間たちに比して知性で劣っているわけではない。むしろ軍師役をつとめられるほどに少女の頭脳は明晰だ。ただ、やはり経験と年齢の不足から、実戦感覚よりも理論を優先してしまう傾向はある。
「七海が‥‥」
 あわてて席を立とうとする優。
「もちつけって」
 溜息を吐いた北斗が、その肩を押さえた。
「お前が落ち着けよ。餅ついてどうするんだ」
 やれやれと首を振る啓斗。
 兄弟漫才をしている場合ではないというのに。
 優の思い人‥‥風間七海に危険が迫っている可能性は否定できない。これはいずみが指摘したとおりだ。
 ただし、それは各国情報機関が優の存在を知っているという前提に基づいている。
「いまのところ、どっちだろうな」
 ちらりと巫が佐倉を見る。
 むろん、彼に解答の持ち合わせがあるわけではない。
「微妙だな。知っているという前提で動いた方が良いような気もするけど」
「こっちの思惑がやぶ蛇になったときが怖いわね」
 語を継いだシュラインが腕を組んだ。
 あまり派手に動くのはまずい。
 かといって、動かずにいれば現状は変わりようがない。
「それでも俺は‥‥七海の目を‥‥」
「あなたはそればかりね。でも、不死人だから万能の力を持っているという保証はどこにもないんですよ?」
 ぴしゃりと、いずみが言い放つ。
 優は黙り込み、佐倉が肩をすくめた。
 少女の言葉は幾重にも耳に痛い。
 死ねない、というだけで、すでに万能ではないだろう。
「あなたは健康体です。ですが、自分が健康だという理由だけで、病気の人を治せますか?」
 その通りだ。
 超能力でも霊能力でも良いが、それは万能ではない。
 単に科学的な説明がつかないというだけのことで、限界もあれば、不可能など数え切れないほどある。
「あなたが提供してくれた不死人の情報、たったそれだけで、あなたとあなたの恋人を諜報機関から守ってあげるというのは、ずいぶんとこちらに不利な取引なんですよ」
 かなり厳しいことを言っているが、これもまた完全な事実だ。
「でもまあ、関わってしまったからな」
 いずみの肩を軽く叩き、
「見捨てるってわけにもいかねーだろ」
 啓斗と北斗が微笑する。
 お節介は、怪奇探偵の流儀のひとつだ。
「もうっ」
 ぷっと頬を膨らます少女。
 こうすると年齢相応で、なかなかチャーミングである。
「よし。決めた。七海って娘もガードする。啓斗、北斗」
 草間の言葉。
「了解した」
「任せとけって」
 忍者ブラザーズが、それぞれの為人で対応する。
 チームリーダーの怪奇探偵が決心した以上、彼らに否やはない。
「最悪ここに保護するぞ」
「いや、だったら芳川の家に保護した方が良くはないか?」
 佐倉が提案する。
 たしかに絵梨佳の家なら、緑川家と風間家の人間を全員保護しても手狭にはならない。
 だが、
「絵梨佳をあまり巻き込みたくはないな」
 巫が言った。
 双子とシュラインも頷いている。
 すでに充分な額の資金提供を、絵梨佳というか芳川財閥はしていくれているのだ。これ以上を望むのは迷惑をかけすぎることになる。
 それに、と、なにか言いかけて首を振る草間。
 いまはまだ不確定要素が多すぎる。
「巫と佐倉、それにシュラインといずみは、優の情報をもとに不死人を追ってくれ。こそこそとな」
 怪奇探偵が言ったのは、それだけだった。


 バビロニアといっても、古代バビロニアと新バビロニアの二種類がある。紀元前の一八九〇年頃から栄えたのが古代バビロニア王国だ。
 この時代のものとしては、バベルの塔やバビロン神殿などが有名である。
 空中庭園が作られたのは紀元前六〇〇年頃だから、新バビロニア王国のときだ。
 草間興信所や各国の諜報機関が追っている不死人は古代バビロニアから生きている、といわれている。
 ざっと四〇〇〇年前の話である。
 もちろん見てきた人間などいるはずもない。
「物理魔法だって、せいぜいが二〇〇〇年の歴史しかねーんだぜ? 途方もなさすぎて想像すらつかんよ」
 苦笑する巫だったが、逆にいうと、その頃からすでに現在の科学力では計り知れないなにかがあった、ということである。
「うんと昔はね。国家がオカルトを独占していたのよ。それに対抗するために科学が生まれたといっても良いくらい」
 シュラインの言葉。
 邪馬台国しかり古代中国しかり。
 有名な軍師、諸葛亮だって怪しげな占星術や神仙術を用いているほどだ。
「いまは科学が世界を支配しているけどな」
 自嘲気味に言う佐倉。
 啓斗や北斗と同年くらいにしか見えない彼だが、じつはメンバーの中で最年長である。
 第二次大戦中に製造された死霊兵器の零より、さらに長い時を生きてきた。
 不死、という表現が近いが、
「ただの呪いだ。こんなものは」
 ということになる。
 ちなみに死ぬ方法がないわけではないので、厳密な不死とは異なってはいる。だが、自殺の方法など知っていても意味はない。彼が望むのは、ごく自然な老衰死だ。
 普通に老い、普通に死んでゆく。
 それがどれほど貴重か、佐倉は知っている。
 少なくとも、知っているつもりだ。
 歳を降らない身体など‥‥。
「なにを考えていました?」
 すっと横に立ったいずみが訊ねる。
 調査開始から三日。
 驚嘆すべきスピードで不死人が潜伏しているとみられる安ホテルを掴んだ探偵たちである。
 強行突入するか、あるいは理解ある歩み寄りをおこなうか、判断はなかなかに微妙だ。
「いや。たいしたことじゃない」
「そうですか?」
 納得したようには見えなかったが、簡単に引き下がる少女。
 他人の事情を忖度しないのが怪奇探偵の流儀ではあるが、いずみの性格も一役かっている。あまり他人に懐く娘ではないのだ。
「ま、最初はフレンドリーにいってみましょ。その方が何かと都合が良いはずだわ」
 方針を定めるのはシュラインだ。
 草間がその場にいないときには、この美しい細君が決定役である。メンバーもそれを承知している。
 とくに付き合いの長い巫などはなおさらなのだが、
「初手で間違うと後々まで響くぜ」
 珍しくシニカルなことを言った。
「灰慈?」
「いや、気にすんな。なんか嫌な予感がしているだけだ」
 最初から高圧的に出て良い結果になるはずがない。
 それは巫も充分に理解しているが、このときは奇妙に現実的でない不安が彼の内心に巣くっていた。
 言語化するには難しく、他人に伝えるにはもっと困難な不安。
「なんでもねぇ。さっさと会っちまおうぜ。不死人とやらに」
 路上にタバコを捨て、踵で乱暴に揉み消す。
 いずみが嫌な顔をしたが、文句は言わなかった。
「そう、ね」
 爪弾いてみなくては、弦の調子は判らない。


 七海という少女は、不幸だった。
 事情は充分に同情に値するし、できれば救ってやりたいと思う。
「けど、なんか暗いよな」
 ぽりぽりと頭を掻く北斗。
 風間邸の近くに潜んでいる。さすがに若い娘に二四時間張り付いているということもできないからだ。
「家族の愛に包まれているのにな。それに緑川みたいに命がけで守ろうとする者もいる。けっして不幸な境遇ではない」
 啓斗が応えた。
 光を失ったのは、たしかに不幸だ。だが、自分を命がけで守ってくれる存在があることを不幸とはいわない。
 そう少年は思っている。
 世の中には親に殺される子供がいる。子供に殺される親もいる。
 愛する人に裏切られるなど、それこそ日常茶飯事だ。
 それでも人間は、なんとかかんとか生きているのだ。
「俺らだって同じだよなぁ」
「まあな」
 啓斗と北斗は両親をすでに失い、近しい肉親といえば互いを持つだけだ。しかし、それを不幸だと思ったことはない。
 かつてはあったかもしれないが、少なくともいまは思わない。
「俺を愛してくれる奴がひとり。俺を憎んでいる奴がひとり。それでも俺を忘れないでいてくれる奴がひとり。俺が死んだら墓に花を供えてくれる奴がひとり。全部あわせて、たったのひとり」
「なんだそりゃ? 兄貴」
「なにかの台詞だ。うろ覚えだけどな」
「‥‥ひとりいりゃじゅーぶんじゃん?」
「俺もそう思う。それに‥‥」
 彼らには友がいる。幾多の戦場をともに走り抜けた、かけがえのない。
 頼もしい戦友、姉と慕う女性、頼りないけど頼りになる怪奇探偵。厄介事ばかりを持ち込む北の魔女。目の離せない妹のような探偵クラブの面々。
「腐れ縁みたいだけどなー」
「愛すべきしがらみ、ってやつさ」
「‥‥‥‥」
「なんでそこで黙り込むんだ?」
「兄貴の口から愛なんて言葉がでるとは‥‥ほらほら、さぶいぼ」
 律儀に鳥肌の立った腕を見せる弟。
 にこにこと笑顔のまま啓斗が顔を近づけ、
「ぐぴょっ!?」
 脳天をゲンコツで叩かれた北斗が地面にうずくまった。
「問題は、だ」
「ぁんだよぅ〜〜‥‥」
 真顔の兄と涙目の弟が会話を再開する。
 現状の再確認だ。
 CIAやIO2といったアメリカがらみの組織は、不死人の存在を認め、自分たちの陣営に取り込もうとしている。
 MI6やクルセイダー、それに内調は、不死人の存在を隠蔽し、できれば闇に葬ろうとしている。
 綾はイギリスと日本の政府の依頼で動いているのだから後者のスタンスだ。
 では怪奇探偵の立ち位置はどうか。
 もともとは綾のからみで動き始めたのだからスタンスはアメリカと逆になる。が、不確定要素である優を抱き込んでしまった。
 これによって、多少は方針に変更が出るだろうか。
「でんの?」
「大筋は変わらないと思う。不死など存在しない、という結論を導くためのな。けど」
「けど?」
「途中経過は少し変わるかもしれない」
 思慮深げに腕を組む啓斗。
 全然わかりませーん、という顔を北斗がした。
 苦笑を浮かべかけた兄だったが、不意に唇を噛む。
「しまった‥‥」
 もうひとつの不確定要素があるのだ。
 つまり芳川財閥の支援。
 優や七海のような無名人ではない。当然、諜報機関もその動きを察知する。その程度のことを草間が判らないはずがない。
 そして、メンバーの全員を動かす指示を出した。
「草間‥‥死ぬ気かっ!?」
 走り出す。
 気づいてしまったのだ。黒髪の怪奇探偵が何をしようとしているのかを。
「兄貴っ!?」
 慌てて後を追う弟。
「いったいどうしたんだよっ!」
「芳川の家だっ! あいつら‥‥あいつら、自分が囮になって敵を引き付けるつもりなんだっ!!」
「なにぃっ!?」
 幻視した。
 炎上する豪邸。
 倒れたまま動かない人影。
 その中には、草間や零や綾、そして絵梨佳の姿も‥‥。
「くそっ」
 勢いよく頭を振って不快な想像を打ち消す北斗。
 飛び乗ったFTRのエンジンが咆吼する。
 眠りから覚めた野獣のように。
 間髪を入れず啓斗も飛び乗る。
「いけっ!」
「飛ばすぜっ!」
 タンデムのバイクが、夜の街を駆ける。


 私は死を望む。
 と、銀髪の男が語った。
 二〇代にも四〇代にも見える容貌。
 諦観なのか、自嘲なのか、にわかには判断の付かない笑みが刻まれている。
 黙然と聞き入る探偵たち。
 シュラインも佐倉も、饒舌な巫も辛辣ないずみも、口を開かずに次の言葉を待った。
「私が手術を受けたのは約四〇〇〇年前。当時、私は一三歳だった。いまはいくつに見える?」
 不死人が微笑する。
 つまり、不死人は成長するのだ。
 その速度が極端に遅いのは、ある意味で長命種に近いのかもしれない。
「‥‥人工的に作られた長命種‥‥」
 うめくシュライン。
 厳密には不死ではない。不死ではないが、そんなものが実現可能なら人類の歴史は大きく変わる。
「私もそう思った。人々に光明をもたらす技術なのだ、と」
 蒼眸の美女の内心を読んだかのように話を続ける不死人。
「だから私は、バビロニアの滅亡以後も、幾人かにこの技術を提供した。だが‥‥」
 人類は変わらなかった。
 せっかくの技術も、一部権力者が独占しようとするだけだった。
 繰り返される歴史。
 次々と生まれ落ちる野心。
 無意味に散ってゆく命。
 不死の術すらも戦争の道具にされてゆく。
 だから、彼はいつの頃からか歴史に関わるのをやめた。
 四〇〇〇年を越える生は、彼にとって苦痛と絶望しかもたらさなかった。
「ですが、いままたあなたの技術を欲している者がいます」
 いずみが話す。淡々と。
「米国大統領サイリード・モリス。そしておそらくは彼だけではないでしょう」
 何の修行も必要としない。手術によって得られる永遠に近い命。
 そんなものがあるなら誰だって欲しがる。
 苦笑を漏らす佐倉。
 欲しいならなってみれば良いのだ。
 そしてなった後に、無限の後悔にむ苛まれればよい。
「七海さんといったかな。その人を手術するは容易い。もちろん瞳も再び開くだろう。だが、それで本当に良いのかな?」
 不死人が話題を変える。
「‥‥‥‥」
 咄嗟には応えられない探偵たち。
 亡者どもに追われる人を、またひとり増やすだけだ。
 それ以上に、なんの事情も知らない少女に、永遠の孤独という呪いをかけるのか。
「‥‥本人に選ばせるべきだろう」
 佐倉の言葉。
 だが、それはずいぶんと残酷である。
「一五、六の娘にか?」
「それ以前の問題として、目だけ治す方法はないんですか?」
 建設的な問いかけをするいずみだったが、不死人がそれに答えるよりはやくシュラインの携帯電話が鳴る。
「もしもし? 啓斗? どうしたの?」
 七海に張り付いていたはずの忍者ボーイズからの報告。
 瞳の蒼さが顔全体に広がってゆくように立ちつくす美女。
 ただならぬ気配を仲間たちが察する。
「どうやら緊急事態のようだな。いきなさい。大切な人々の元へ」
 あっさりと不死人が言う。
 説明も受けていないにもかかわらず、何が起こっているのか判ったのだ。
「‥‥あなたは、本当に何でも知っていますね。サン・ジェルマン伯爵」
 探るような瞳のいずみ。
 苦笑を称える不死人。
 その呼び名が正解だとも不正解だとも、彼は言わなかった。
「話は後だっ! 絵梨佳の家に向かうぞっ!」
 シルビアのキーを握りしめて走り出す巫。半瞬遅れて佐倉が続いた。
「いずみちゃん」
 少女を促してシュラインも走る。
 やや躊躇った後、いずみも踵を返した。
 彼女たちが乗るのはハイエース。機動力に不安が残るが指揮機能を持った一両である。
 慌ただしく去ってゆく探偵たちを、不死人が見送る。
「‥‥‥‥」
 わずかに動く唇。
 音波になるには小さすぎる言葉は、誰の耳にも届かなかった。


















                      つづく


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

  (もりさき・けいと)
0568/ 守崎・北斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・ほくと)
0554/ 守崎・啓斗    /男  / 17 / 高校生
  (もりさき・けいと)
0086/ シュライン・エマ /女  / 26 / 翻訳家 興信所事務員
  (しゅらいん・えま)
0143/ 巫・灰慈     /男  / 26 / フリーライター 浄化屋
  (かんなぎ・はいじ)
1271/ 飛鷹・いずみ   /女  / 10 / 小学生
  (ひだか・いずみ)
2180/ 作倉・勝利    /男  /757 / 浮浪者
  (さくら・かつとし)

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。
「かたりつぐ命 〜夜あるくもの〜」お届けいたします。
ついに不死人(と思われる人物)が登場しました。
彼は、本当にいずみが言ったとおり「サン・ジェルマン伯爵」なのでしょうか。
そしてそれ以上に、芳川邸で何が起こっているのでしょう。
草間の思惑は。
各国情報部の動きは。
というわけで、次回に続きます。
楽しんでいただけましたか?

次回は7月18日と予告いたしましたが、当日は海の日(祝日)なので、オープニングの掲載が間に合わないかもしれません。
その場合は、7月19日(火)午後9時30分からの受注になります。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

それでは、またお会いできることを祈って。