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黒の翼
何かが閃いたのかも知れない。
ピカリ。
空に舞い上がる。
それはビロード、あるいは、
漆黒の翼。
学ランの少年が空へと身体を翻した。
それは儚くも甘い現実。少女の肩を黒の羽根が流れてゆく。
ここは神聖都学園の屋上。少女は床にぺたりと座り込んで、その様を、その在るがままをじっと見つめていた。
スカートの裾を握り締め、雫を零し出す。数滴スカートに吸われ、色を変えてゆく。それでも嗚咽を止められずに。
こんなにも、こんなにも悔しい筈なのに、あれ、変だな。力が入んないや…。
傍らには一通の封筒。
少女は中の便箋を取り出し、開いた。
涙でいっぱいの眼では到底読めはしない。少女は涙を拭い、震える手でそれを再度じっと見る。
でも大丈夫。どんなに涙がいっぱいでも、心配ないから。ほら一行。たった一言。
俺は鳥になる――――――――――――。
パタパタパタ。
スリッパをはためかせて少女が走ってゆく。目指すは一階にある保健室。
ガラ!
その扉を開けると、校医の香椎(かしい)先生と、もう一人…。
そう、見たことのない青年だ。あれ? でも擦れ違った事があるような……。
「そら、来たよ。この娘だ。ほら、何か言いたい事があるんだろ、門屋(かどや)」
門屋と呼ばれたその青年は、ああ、そうだ、スクールカウンセラーの先生だ。確か名を…門屋将太郎(かどやしょうたろう)と言うのだ。
「あ、えっと、何ですか? 話って」
「ああ、俺じゃなくてこっち。こちらさんが君に訊きたい事があるんだと」
そう言って椅子に座っていた将太郎を促し、趣味のワープロを叩きだす。個人的趣味で小説を書いているらしい。それよりワープロとは何とも時代遅れな。
将太郎はふぅと息をついて、少女を促した。
「じゃあこっちの椅子に座ってくれよ。俺もそっち行くから」
別の椅子へ移動し、二人は隣り同士で座った。干渉されるかしない。そんな微妙な隙間を空けて。
「ずばり言っていいかな。この前起きた自殺の事なんだけど」
とくん…。
少女の顔色が変わった。見る間に青ざめていくのが分かる。
「あ、それは―――――……」
「思い出したくないのは分かる。でもどうしても真実を掴みたいんだ」
別の学校でも自殺者が急増したのは聴いた。同じスクールカウンセラーの知り合いから聴いたのだ。
そしてメモのような手紙……。
そこに嬉々として書かれていた、呪いの言葉。
その場にいた少女が、今将太郎の眼の前にいる少女である。
彼女は事の始終を事細かに見てたのだ。
「何か気づいた事はないかな? 何でもいいんだ。まさか犯人の姿を見てはいないかと思ってね」
将太郎は怯えていた。もしかしたら自分がしでかしたのではないかと……。彼の副人格、“カネダ”。彼は破壊衝動的人格でとても危険なのだ。いや、危険なんて生易しいものではないのかも知れない。もしかしたらその間入れ替わってはいなかったのかと―――……。
それが不安で不安でたまらなかった。でも、訳はそれだけではない。将太郎がこの事件にこんなに親身になってるのは、………何故だろう。惹かれるものがある。
少女は静かにかぶりを振った。
将太郎は静かに胸を撫で下ろした。大丈夫。“自分”じゃない。
「私、政治くん……、あ、自殺したコの名前なんですけど、何か言いたい事があるからって、屋上に呼び出されたんです」
「うん。それで?」
「そして屋上に行ってみたら、彼、あの紙を見てぶつぶつ何か言ってたの。傍らには使用済みの薬のシートと、ミネラルウォーターが……」
「それは初耳だ。それから…?」
「彼、何か私に言いたい事があったような気が………」
「愛の告白ってヤツ★」
!
急に聞こえたハスキーな声に、一同は固まった。周りを見回す。しかしそれだけで、後はしんと静まり返ったまま。
と、刹那、ザアとベッドと部屋を仕切っているカーテンが開き、その人物は姿を現した。
「授業ふけて寝てたんだけど、何か面白そうな話が聞こえてね」
「貴方は……」
美貌の少年に、ほんのり顔を染めて少女は問う。
「俺? 俺は桐生暁(きりゅうあき) どうぞよろしく」
将太郎は半ば呆れ顔をしながら、暁に言う。
「これは子供の出る幕じゃないんだ。それに、愛の告白するヤツがどうして自殺なんか」
「言いたかったんじゃねーの? 最期だって分かってたんだし。で、アンタ誰?」
「初対面でアンタかよ……まぁいい。俺は門屋将太郎。この学校のスクールカウンセラーだ」
「へー。先生なんだ。そうは見えないけどな」
将太郎は無言で咳払いを一つした。あまり相手にはしたくないらしい。
「で、彼女。それで話は終わりかい?」
少女は将太郎と暁の間を見回しながら、こくりと頷いた。
暫くの沈黙が続いた。将太郎は様々な思いを頭に巡らせていた。
死んだ生徒の事。何故彼らは死ななければならなかったのか。そしてどのようにして死んでいったのか。
「あ、そうだ思い出した!!」
沈黙を破ったのは少女の高い声だった。
「貴方、CMで見た事ある! 確かMDウォークマンのCM!」
びしっと暁の前に人差し指を突き出し、少女は引っ掛かっていたものがとれたかのように言い放った。
「あ、ごめんなさい。今そんな話してる場合じゃないのよね」
そんな彼女の様子に、将太郎はクスリと笑みを浮かべ、優しく言った。
「いや、いいんだよ。何でも話してくれよ。これでもカウンセラーなんだからさ。あのCM俺も見た事あるよ」
「まるで、今回の一連の事件のように、散っていくんだ。羽根とか、光とか。まるで自殺者が落ちてゆく様のように………」
当の本人、桐生暁は顎に手を当て、感慨深げに言った。まるで再現でもしてるかのような。
まるで、自分が犯罪者なような気が否めなくなるような。
「あのCM綺麗だよなぁ。キラキラして。まるで空に溶け込むような感じがさ。ま、今回の事件とは関係ないんじゃない?」
校医、香椎が振り向きざまに口にした。ほら雲の切れ間に光が差したよと窓の方を示しながら。
「でも、何か罪悪感感じちゃうんだよね」
暁は背中をぼりぼり掻きながらぶっきらぼうに言い放った。
「なんだ、案外ナイーブなのか?」
将太郎の言葉に、益々頬を膨らまして暁はシャっとカーテンを閉めて不貞寝をしてしまった。
「じゃあ、また他校とも連絡とってみるか。何か掴めるかも知れないし」
そしてまもなく将太郎、暁、香椎、は神聖徒学園の自殺者がかなり多い所から、犯人はこの学園にいると予測した。
「あ、例の彼女〜!」
暁は校門の傍でその姿を見つけ、駆け寄っていく。
少女、村主由亜(すぐりゆあ)は声に振り返り、丸く眼を見開いた。ファンクラブまであるというその存在に。そこには、桐生暁がいた。
「アンタ、例の保健室の―――」
「村主です。この間は、どうも……」
「そうだ。あの後大丈夫だった? 気分悪そうにしてたけど」
由亜は頬を染めて、その長い睫毛を落そうとしていた。
「大丈夫です。ほら、アレがあったから」
「アレ?」
「はい。私叫んじゃったじゃないですか。桐生くんがCM出てるって」
「ああ……」
そうだ。はっきり覚えている。何せ自分の話題だっただけに。
「アレ、効果発揮した?」
にんまり由亜に笑いかける。
由亜は益々顔を赤くして、こくりと頷いた。
「ええ。とても。緊張も解けました」
「それは良かった。また保健室おいでよ。今回は事件の話抜きでさぁ。俺、たまに授業サボってあそこにいるから」
そして暁は由亜から眼を逸らし、眼を閉じて言い放った。
「俺、成績優良児だから。面白くない授業は出ない主義。ま、テストで満点とってればいいってワケよ」
「いいな。何でも出来て」
「そうでもないよ。俺日光苦手だし(笑)」
少女が可笑しげにクスクス笑う。まるで砂糖菓子みたいだ。
「そう、由亜ちゃんにいつかの保健室での顔なんて似合わないよ。今みたいに笑ってくれれば、可愛いから」
そう言って少年は、くるりと身を翻し、少女に言った。
「じゃ、俺こっちだから。じゃね」
タタタと駆けてく姿は見る間に夕日に呑まれ、消えてなくなった。まるでおとぎの国から出てきた可愛い猫のように、くるりといなくなった。
何処へ行ってしまったのかは分からない。でも、何処かへ……。
その消えてく様が自殺してしまった彼と被って、由亜の涙は滞りなく溢れるのであった。
「ちょっとこれ見てくれよ!!!!」
いきなりしかめっ面をして暁が保健室に飛び込んだ。
そこには香椎と将太郎。事件の事で話していたのだろう。
「ちょっと将ちゃん見てくれよコレぇ!!」
真後ろからガシリと将太郎の首を腕で挟み、ぐらぐら揺らす。
「な、何だその将ちゃんってのは!」
「いいじゃん、将太郎の将だろ? それとも改まって先生とでも呼んで欲しいのかな? なぁ、先生」
暁は香椎の方を見てにんまり笑った。晴れ晴れしい笑顔だ。
「つーか、俺は将ちゃんで、香椎先生は先生かよ」
離しなさい。と言わんばかりに腕をひっぺがしてやろうと思った瞬間、暁はいとも簡単に手を離してしまった。
行き場をなくした手は何処に行くのかな〜っと。将太郎はぽりぽり頭を掻いた。
「いいじゃん愛着あって。って、それ所じゃねーんだ! 今朝ポストに入ってたんだけど………」
ズラリ、広げるは六枚にのぼる便箋。
そこには事細かにこう記してある。
:
:
3:31 女の子と下校(どういう関係だろう)
4:21 今回は道草なしでの帰宅(いつもバイトしてるのにね)
4:22 玄関のドアを開けて閉める
4:25 家でずっとテレビゲーム(眼悪くするよ)
6:24 お風呂(案外長湯なんだ)
7:12 夕食(いつも独りで寂しそうだね)
:
:
暁の一日の行動が事細かに書かれていた。
「ムカっつくんだよ!! この夕食の言葉! 俺に両親がいないのをいい事に―――――――……!!!」
香椎が暁の背中を抱いてあげる。今にも泣き出しそうな顔をしている暁は、ここにある何より可哀想で。
ちょい、と便箋を突付いたりしてみていた将太郎は気づく。
「ちょっと待って、終わりに何か書いてあるな」
「ただのストーカーなら警察行くよ。でも、違うみたいだね」
君も、鳥になりたいの――――――――――――?
「どうしてお前の住所が分かったんだ? それからここで三人、推理してるなんて事―――」
「………気味悪いな…」
青い顔をしている暁を、将太郎は抱きしめた。
「大丈夫だ。大丈夫だから」
暁は想った。ああ、なんか、父さんがいたらこんな感じだろうか………。
「サンキュ。将ちゃん」
にんまり笑みを零す暁に、将太郎も口許を吊り上げずにはいられなかった。
ああ、なんて温かいんだろう。将太郎はクスリともう一度笑う。
やっぱり子供だなぁ。そう思いながら。
その時、クシュン!!
くしゃみをしたのは将太郎だ。ちょっと風邪気味かな。ぞくぞくする。でも何かここ、空気悪いな。負のエネルギーが滞っている。
「席を変えよう。近くの喫茶店にでも行ってさ」
「ほ〜ら来たぞ〜」
将太郎は笑顔でその便箋をひらひら蝶のように舞わせた。
そこには、将太郎の行動の始終が書かれている。
もちろん昨日のくしゃみの事も書いてあった。
「だ、大丈夫なのかよ」
「あ、俺にも来たよ。例の脅迫状」
にこにこしながら香椎は二人を見た。
「こんなコトで参るような俺じゃないの! 何処かのガキとは違うんだからな」
「テ、テメー!!」
将太郎に殴りかかろうとしている暁を、香椎は必死で止める。
「俺はデリケートなんだよ!」
シャ! またベッドから顔を出していた暁は下界へのその扉を閉じた。
「でも、これだけで十分精神的ダメージは大きい。本当に犯人は、俺たちまで殺す気なのだろうか」
「まだ殺すなんて言ってないじゃないか?」
「いや、ここまで踏み込んでしまったんだ。ヤツは俺らを殺す。そう思うよ」
将太郎は顎に手を当て、むーっと考え込んでしまった。
椅子に座っている香椎から見た背の高い将太郎は、まるで自分の行く手を隔てる壁のように思えた。
そこは屋上。
一人の男子生徒がいた。
彼は錠剤を飲み、待っていた。
告白しようとしている、女生徒を――――――。
ふと、一緒に貰った封筒に眼をやる。
何だろう。
何だろう。
気になるなぁ。
気にな―――――――――――。
刹那!
「止めろー!! その封筒を開けるな!」
将太郎は我を忘れその封筒に飛びついた。そしてびりっと破る。
「な、何なんですか貴方たち…!」
「俺らは、そうだな、探偵だな」
暁がにっと笑う。
「この錠剤を飲んでからこれを見ると催眠状態にかかるんだ!」
「え、えぇ!? 香椎先生から貰った薬ですよ!! 恋に効くまじないだって水面下で有名なんですっ」
「チッやっぱり!!」
「やっぱりって、分かってたの犯人!」
「くしゃみなんて一瞬の出来事さ。あの場にいたやつしか知り得ない事だ!」
「……………」
「どうした? 早く行くぞ!!」
二人は階下へ続く階段を下りる。
「で、でも、まだ信じられなくて……そんな、先生がっ」
保健室。
二人は同時に扉を蹴り倒した。
そこには誰の姿もなく、ただ温かな夕日が薄い薄い色で空気に混ざっていくような感じがした。窓は開いていて、程よい微風がレースのカーテンを揺らしている。
デスクの上は乱雑に荒れ、本がパラパラ捲れていた。
多分この手の中にあるあの呪いの文字も打たれたであろうワープロもなくなっていた。調べれば分かるだろう。文体は同じだ。
「いない………」
「教師だから、俺らの住所も分かったんだな…」
立ち去ろうとする将太郎に、暁は静止をかけた。
「待って、何か書いてある」
乱雑に書類の盛られたその一番上。そこにはこう、書かれていた。
俺が鳥になる――――――――――――。
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1522 / 門屋・将太郎 / 男性 / 28歳 / 臨床心理士】
【4782 / 桐生・暁 / 男性 / 17歳 / 高校生アルバイター、トランスのギター担当】
◆ライター通信
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こんにちは、新人ライターのヨルです。
この度は私の初小説にご参加頂きありがとうございます。
将太郎さんも、暁さんも、動かし易いかたで、本当に重宝させて
貰いました。ホントだったらもっと長くじっくりお話を書きたか
ったのですが、ページ数の限界でこの程度に収まりました。
本当はややオーバーしてるのですが、大目に見てやって下さい。
プレイングに添って頑張ってみましたが、やや不服かと思われる
箇所もあるかも知れません。こちらも大目に見てやって下されば
幸いです。汗。つーか全然心理戦してな……(げふ)汗。
ご意見ご感想などありましたら、気軽にメールして下さいませ。
またの機会がありましたら、お会い出来る事を心待ちにしており
ます。では!
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