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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


期末テスト争奪戦

 学生にとって夏の始まりとは、決して楽しいものではない。なぜなら夏が来れば期末テストもやってくるからだ。
 以前は私立神聖都学園も例外ではなく、夏休み前に数日をかけて期末テストを実施していた。ところが、数年ほど前から職員室に問題用紙を盗み出そうとする不心得者が侵入するようになってからテストの内容は変化した。
 学校側では侵入者を阻止しようと試みたのだが、なにせ学園に通う生徒といえばひと癖もふた癖もある能力者ばかり。普通の人間では手に負えなくなり、いつしか期末テストの時期になると特別な警備員を雇うようになっていた。
「今では問題用紙の奪い合いが期末テストみたいなものですよ」
古参の警備員が笑う。実際、学園の年間予定表の中に「期末テスト争奪大会」が記載されているくらいだから、評価につながっているのだろう。
 学園側がそのように対応しているので、問題用紙を奪う側の生徒もそれほど罪悪感なしに挑戦できた。宝探し感覚である。警備員の目をかいくぐり、職員室までたどり着いて問題用紙を入手した生徒は、英雄並に尊敬される。
 今夜、戦いは幕を開ける。

 広い校庭に、数十人の生徒が集まっていた。同様に学園の校舎内にも、この時期だけ雇われた特別警備員が配備されている。彼らは揃いの制服を着用しており、生徒たちには敵か味方か、一目で見分けがつくようになっていた。
 午後九時のチャイムが、争奪戦の始まりを告げた。次にチャイムが鳴るのは二時間後の午後十一時。それまでに生徒側は答案用紙を入手しなければならないし、警備員側は数学教官室を死守しなくてはならない。
 答案用紙を入手し損なってもそれから徹夜で勉強すればまだなんとかなりそうな、午後十一時という終了時間が、良心的である。
「うーん、暑いですね」
額に浮かんだ汗をシャツの袖で拭い、久良木アゲハは手の平をウチワ代わりに扇いでいた。夜とはいえ雨上がりの七月は地面から湯気が湧きあがっているようだった。体内から蒸されるような感覚は、アゲハだけでなく回りの生徒たちの顔も歪めている。
 学園へ忍び込むにあたって、アゲハの服装は動きやすさを重視した黒い長袖のシャツとジーンズ。頭には目立つ色の髪を覆い隠すために、長いストールを巻いていた。そのストールの端が、アゲハがきょろきょろと頭を動かすたび尻尾のように振れている。
 と、死角からいきなりストールの端を引っ張られた。
「なあ」
話しかけてきたのは茶色い頭に学生服姿の、勝気そうな少年。年はアゲハとそう変わらないだろう。草摩色だ、と少年は名乗った後
「あんた、俺と勝負しないか?どっちが先に答案用紙を手に入れられるか、勝負」
単刀直入な物言いはやや乱暴ではあったが、どこか人好きのする愛嬌があった。いい性根を持っているように見える。だからアゲハは
「面白そうですね」
迷いもせず、挑戦を受けていた。

 色が正面から行くというので、アゲハは奇襲を狙った。玄関に入るとすぐに据えつけの靴箱の上に飛び乗り、天井に開いている通風孔を開くと天井裏へするりと侵入した。
 天井裏は狭く、膝を折って肘で這って進まなければならなかった。通風孔から差し込む灯りがところどころ、足元を照らしていてなかなか不気味である。だが、警備員らしき気配はなく、一番安全そうなルートでもあった。
「罠が張られてなければいいんですけど」
しかし、用意されているとしても鳴子くらいだろう。学園は明日も生徒たちが通学するのだから、彼らに危険が及ぶような仕掛けはされていないと考えていいはずだった。
「第一、侵入しているのも生徒なんですしね」
長く伸びたストールの端で自分の口元を多い、這うたびに上がる埃を吸わないよう注意しながらアゲハは進んだ。最初に見つけた縦穴を登って一気に三階まで上がり、そこから学教官室に近い場所まで這っていくつもりだった。
「・・・・・・あれ?」
三階の天井をしばらく進んでいくと、左のほうでなにかが動く気配がした。人の大きさではない。もう一度見てみると、人形くらいの大きさのものと一回り小さなものが、うごめいている。なにか、緑色のものがキラキラと光っている。幽霊か妖怪か一体なんだ、と慌てたアゲハは思わず立ち上がろうとしてしまい、天井裏が狭いのを忘れていた、天井に思い切り頭をぶつけた。
「いたた・・・・・・」
「お、おい。大丈夫か?」
頭を抑えうずくまっていると、そのうごめいていたものが声をかけてくれた。心配してくれるのか、悪いものではなさそうだと思いアゲハは顔を上げる。するとそこにいたのは、緑色の目をしたネズミが二匹。
「ネ、ネズミ!」
ネズミが喋るなんて、とうろたえたアゲハは数歩よろめき、驚いた拍子に通風孔の蓋を踏み抜き、そこから落ちてしまった。
 一応、ネズミの名誉のために補足しておこう。アゲハに声をかけたのは鈴森鎮、ネズミではなく鎌鼬である。普段は人間の小学生として生活しているが、気分によって鼬の姿に変身することもできる。そして、鎮のそばにいたのはイヅナのくーちゃん。明るいところで見れば非常に愛嬌のある、仲良しコンビだった。
 とはいえ、全てを知らないアゲハは天井裏から足を踏み外してしまった。

「・・・・・・その、大丈夫ですか?」
「多分、大丈夫です」
どこから警備員が現れるのだろうか、と身を固くしながら三階の廊下を歩いていると、突然天井から人が落ちてきた。初瀬日和は踵を返し、今来たほうへ逃げ出そうとしたのだが、頭を抑えてうめく声が少女のものだったので、立ち止まった。
 アゲハは日和に助けられ立ち上がると、体に異常はないかどうか体の関節をぐるぐると回した。背中と首の辺りが痛んだが、テストを続行するのに支障はなさそうだった。
「ありがとうございます。ところで、あなたもテストを受けているんですか?」
「ええ」
あなたが警備員でなくてよかった、とアゲハは屈託なく笑った。だが、多少危険に接したことのある日和にはそのアゲハの眼差し言動に、油断のないことが感じられた。アゲハは全身の感度を高め、周囲をうかがっている。
「もしよかったら、一緒に行きませんか?一人じゃ、心細くて」
日和がアゲハを誘ったのは、社交辞令ではない。悠宇と離れて行動していることが自身を不安にさせていたし、元々暗いのは苦手だった。
 アゲハは赤い瞳で日和の顔を少し覗き込んでいたが、やがてにこりと笑うと
「いいですよ、よろしく」
と、手を差し出してきた。少し照れくさく感じながらも、日和はその手を握ろうとした。
 温かい手が触れ合おうとした直前、アゲハの感覚は不穏な気配を捉えた。尖った針のような気配は柱の影から、鋭く忍び寄ってくる。立っていたのは黒い服を着た長身の男、東條薫。どうやら警備員の一人らしい。
「日和さん、逃げてください」
「え?」
「暗いのが恐いなら、これを貸してあげますから」
つながれるはずだった手に渡されたのは、小さなペンライト。返してくださいね、とつけ加えるアゲハに日和はかすかなゆとりを見た。
「返すわ」
約束して、日和はアゲハから離れた。
 そしてアゲハと薫は対峙した。

 ぎりぎりの間合いを隔て、薫とアゲハは相手の気をうかがっていた。
「どこの武術だ」
薫が一言尋ねる。アゲハの答えもまた、簡潔である。
「我が家の秘伝です」
見慣れない、独特の構えだった。一方薫は、それとわかるほどはっきりとした合気道の凛とした構えを見せている。アゲハが間合いに飛び込んできたら、しなやかに受け流すつもりだ。
 合気道というのは相手の力をそのままに利用して、投げ返すというものなのでアゲハのように一撃必殺の拳を持っている場合は迂闊に近寄りがたかった。相手を倒すつもりで込めた力が、そのまま自分に戻ってくるのである。
「そんなに、本気になるんじゃない」
自分の力は決して使おうとしない薫は、どちらかといえばアゲハより余裕があった。
「こんなゲームで明日のテストが受けられなくなったらどうするんだ」
悪い人ではないのだ、とアゲハは思った。ただ意地悪な人だ。
「どうすれば、平和的に終われますか?」
「お前がその危なっかしい構えを解いてくれれば、終わるさ」
最初に殺気を送ってきたのは薫のほうなのに、なんでもないように言う。そうは思いつつも、アゲハが構えていた手を下ろすと薫もゆるやかに腕組みをした。
「それで、これからどうするんだ?」
「まだ答案用紙を探すつもりです」
アゲハが思ったとおりのことを口に出すと、薫は苦笑した。
「それじゃ、やっぱり俺はお前の邪魔をしなけりゃならない」
数学教官室は、薫の背中にある角を曲がったすぐそこだった。学園の三階は回廊のようになっているので、反対側から回っても行けるのだが、どちらにせよ薫は阻止しなくてはならない。それが仕事だからだ。
「このまま、十一時になるまでここにいてくれるのが理想なんだがな」
「それは、俺たちのセリフだ!」
突然、どこからか声がした。と同時に天井から大きな布と、二人の少年が降ってきた。
「よう、アゲハ」
「あなたは確か、草摩色、くん」
一緒にいるのは羽角悠宇。二人とも、以前薫に行く手を阻まれ仕返しを企んでいたのである。
「行くぞ」
悠宇と色、それにアゲハが加わって三人は廊下の角を曲がった。そして「数学教官室」と札の出ている部屋の扉をガラリと開いた。

教官室の扉を開けると、色の顔にいきなりなにかが落ちてきてへばりついた。
「うわっ、なんだ!?」
「あ、ネズミ!」
「違う、こいつ鼬だ!鎮だ!」
聞いたことのある声に、廊下の物陰に隠れていた日和が顔を上げる。アゲハは気づき、声をかけた。
「日和さん、大丈夫でしたか?」
「アゲハちゃん」
ペンライトを返しつつ再会を喜びながら、日和は悠宇を気にした。
「悠宇くん、あの・・・・・・その、私の知り合いなの。どうしたのかしら?」
誰のことかと一瞬考えたが、色と一緒にいた少年の名前だった。
「あいつなら、窓から飛び降りたぜ」
教官室の中に残っていた色は、あいつ飛べるなんてずるいよなあと言いながら血の滲む指先を舐めていた。が、いきなり
「嫌な予感がする」
と、顔をしかめた。色は、自分の血を飲むと数分後の未来が頭に浮かんでくるのだ。
 その嫌な予感がなにかというのは、すぐに判明した。教官室の机の上に置いてあった数学の答案用紙は、問題のみが記載されていて答えの欄は真っ白だったのだ。つまり、今から家に帰って自力で問題を解かなければ意味がないのだ。
「・・・・・・いっしょに、勉強しましょうか?」
「そうね」
アゲハと日和は顔を見合わせて、眉間に薄い皺を寄せて笑った。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

2320/ 鈴森鎮/男性/497歳/鎌鼬参番手
2675/ 草摩色/男性/15歳/中学生
3524/ 初瀬日和/女性/16歳/高校生
3525/ 羽角悠宇/男性/16歳/高校生
3806/ 久良木アゲハ/女性/16歳/高校生
4686/ 東條薫/男性/21歳/劇団員

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■         ライター通信          ■
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明神公平と申します。
今回は個別部分がかなり多く、完成品の量に対し
下書きがかなり長くなってしまいました。
初めて書かせていただきまして、口調などちょっと
不安だったのですがとても楽しかったです。
同じ年代の人が多いノベルでは、友達が増えて
くださるといいなあと思いながら書いています。
ちなみに作者の試験の思い出といえば、英訳で
「go to 外国」
と書いて2点もらったことです。
なんでもやってみるものです。
またご縁がありましたらよろしくお願いいたします。
ありがとうございました。