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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


ぼくらのおもいで。

■ 物言わぬ光(オープニング)

 それが当たり前と思ってしまったのは何時だったろうか、そもそも当たり前という考え自体人間がどれ程同じ目に会えばそうだと感じる事になるのだろう。

(またかい? うるさい鏡だねぇ…)
 碧摩・蓮は豪奢な赤い髪を揺らせ、煙管から紫煙を上げると手元にある丸い鏡を見た。
 なんの変哲も無い、物はこのアンティークショップには無いのだが、自分がこの鏡を始めて見つけた日はこんなに霊的反応を起こさなかった筈である。なのに最近は。
「もう動くんじゃないよ」
 一番上の棚に無造作に置かれた曰く付きの品々の中に鏡を放り投げるようにして置く、上の棚にある品は元々地震的な振動やそこから間違って落ちても大丈夫な品ばかりだ、つまり鏡もそれと同系統の物というわけで、一番上の棚に投げ込んだ鏡はまるで一回りして戻ってくる玩具のように、一度木と他の商品との打楽器のような澄んだ音を出しながら蓮の手元に戻ってきた。

(何回目、だろうね…この子は)

 この鏡に何があるのか、それは蓮にもわからなかったが、ただ何処か神聖な空気と、どうしても人の側に居たいとでも思う力が働いているのだろう。何度離れても、何度別の場所に置こうとも蓮の、或いはこの店に来た客の手に収まろうと試みているようである。
「全く、どうしろってんだい?」
 鏡は答えない。いや、元々『物』なのだ、答える筈も無く、蓮はただその鏡に映る自分の姿を凝視した。

 鏡が来て何年、いやもしかしたら数ヶ月くらいだったかもしれない。
 なのにこんなにも存在感を放つようになったのはどうしてだろう、
「祭、かね?」
 祭りの浮き立った声、独特の香り人々の足音。そんな時に限ってこの鏡は反応するようにも思え、独り言のようにそう言って、煙管の中の空気をめいいっぱい吸いこむ。もう煙草やこういった類に慣れてしまった蓮の肺はその空気を思い切り取り入れるがこの鏡にはあまりそぐわない。
 そう、蓮にはこの鏡が自分より他の人間を求めているようにしか思えないのだ。何を訴えるわけではない鏡に小さな念と、何処かに戻して欲しいというような酷く寂しい光が見えていたのだから。
「どうしてあたしン所になんか来たんだい?」
 解決できるかわからない人間の元に来るとは酔狂な念だ、そう、笑ってやっても答えは返ってこない。
 当たり前ではある、この鏡は矢張り『物』であるのだから―――。


■ 求める物


 夏物の淡い水色が美しい服に白いショール、日傘も優雅に歩きながら、遠く彼方から聞こえるのは祭のお囃子だろうか。軽く、そして時折重いその音色は地を這い、天に昇るような声でシュライン・エマの耳に心静かに届く。
「流石にこの時期は皆浮かれてるわね」
 途中ですれ違う女性達の浴衣姿に、自分も浴衣を着て恋人と共に歩こうかと少しの笑みが零れる。尤も、その恋人は祭に出るというタイプではなさそうだが矢張りたまに位、女性の気持ちを考えるべきだ。
「私も蓮さんの所に寄ったらもっとお洒落して出かけるのもいいかも」
 最近特に仕事が忙しく、ゆっくり夏も楽しめなかったと思っては自宅、そして興信所に浴衣はあっただろうかと思考を巡らせつつ。特に用事、というわけではないが幽霊作家としての職業上、いつも興信所にいるわけにもいかず、このアンティークショップにもいい話がないかと訪ねては店主の話に聞きに扉を押す。

「おや、シュラインじゃないか。 また話でも聞きにきたのい?」
 話だけではなく依頼の手伝いもしている自分は聞くだけ、という事ばかりではないと苦笑したが店主とてなかなか食えない人間、今回もまた少し変わった物と思われる物を戸の前で腕組をしているシュラインを手招きし、そして、一枚の鏡を手渡した。


 アンティークショップに人が集まる事は珍しくない、寧ろ大勢人数で駆けつけて何かをする事も多く、蓮もそれには慣れてはいたが。
「それにしても、まさかこの子に気に入られる客が来るとはねぇ…」
 煙管をまた一つ肺に吸い込み口から紫煙を吐き出す。その手元に先ほどまであった鏡は始めに入ってきたシュラインの手に一度手渡したのだが、最後に小さな物音とと共に姿を現した四宮・灯火(しのみや・とうか)の小さな胸にすっぽりと収まるようにして舞い降りたのだ。

「これが例の気に入ったお客様の手元に行く、という事ですか?」
 一部始終を見ていたセレスティ・カーニンガムは灯火が黙りながら見下ろす鏡を一瞥した後、蓮に尋ねる。
「ああ、気に入っている、のかはわからないがここに居る中で一番波長の合った意識の元に行っているのは確かだね」
 意識、と言っているあたり蓮は灯火が人形であり血の通わない事に気を遣って話しているのだろう。セレスティも小さな人形であるその身体を自らの車椅子に座らせると丁度似た目線で話せるように皆の方へ向き直った。

「でもお祭の時期になって騒いでいたなら神社の御神体、っていうのが一番納得が行くとは思うの。 ただ、気に入った意識体の所へ行くという事だけはちょっと調べてみないとわからないけれど」
 小さな身体から離れない鏡をシュラインも何度か見、そして現状で一番考えられる意見を述べる。
「あたしもそうは思うんだけどね、何しろ店は空けられないし、そもそもどうしてここに居るのか…」
 困り果てた、と蓮はため息をつき、その言葉を考えるように、
「そうね、蓮さんの所へ来たのって、帰りたい所が近かったからとか、求める誰かに近かったとか。 あとは蓮さんがその鏡の求める人間に似ていたか…、その辺が考えられるんだけど…」
「最後の一つはこれで消えましたね」
 セレスティが言うのはシュラインの推理の最後、求める人間に近い人物を選んでいるとすればこの鏡は今蓮の手元にあるべきで、灯火の手元に来るべきではない。
 だが実際は何かを感じて小さな人形の身体に纏わりついているのだからこの推理のほぼ全てが外れに近い形となる。
「鏡の形状からして確かに私の今ある知識だけでも日本の神社の御神体と一致します。多分その線で探ってみて正解だとは思うのですが。 ただ、ポピュラーな形状すぎて細かな情報を探るまでしないと推理だけで断言できないのがある意味この鏡の特徴、でしょうか…」
 遠目で見てもただ丸く光るだけの鏡はそうは無い。ただの手鏡にはめられた物でも外れれば鋭利な角があるというのにこの鏡はその角の取り払われた形状、だがセレスティのよく見る範囲での美術品には及ばず、矢張り一見すればただの汚い鏡なのだ。

「この…鏡…きっと誰か…何かを思ってわたくしの所へ参られたのだと思います…」
 今まで静かに鏡を見守っていた灯火が細く、頼りない声で話し始める。それはまるでこの鏡の意思のように誰かに縋るように静かで、
「四宮さん、この鏡の声が聞こえる?」
 シュラインの問いに灯火はただ首をこくりと頷かせると、情報の手がかりが出来てよかったと少しだけ場の雰囲気が柔らかく微笑えむ。
「……わたくしもこの鏡の力になれるのならば……なりたいと思います…」
 灯火の表情に微笑みも悲しみも無い。が、同じ物から生まれた心としてまた鏡を見ると小さく首を傾げた。

(…あなたの求めるものはなんなのでしょう…わたくしと同じ……大切な方への思いでしょうか……?)


■ 思い出を遡って


「ねぇ蓮さん、この鏡借りていって良いかしら?」
 アンティークショップ内で推測を話した所で何が解決するわけでもない。空が夕日になってしまい、そろそろ全員互いの家に帰るのが本来なら妥当だが、シュラインとしてはこの不思議な鏡の憂いを取り除いてやりたく、
「そうだねぇ。 まぁ確かにウチにあっても売れて引取られるのは流石にこの子も不本意だろうし…何か別の良い所があったら探してやってくれるかい?」
 矢張り自分が探してきた鏡、少しは惜しい気持ちもあるのだろうが、この物体に居ついている意識はどうやら蓮とは別の何かを求めているようで、振られちゃったね、と苦笑しながら申し出を受け入れる。

「ついでにこの鏡が反応しだした時期、…今年だけなのかしら?」
「いや、それは違うね。 毎年さ、だからだろうか…随分と当たり前の事になっててね」
 問いに答える蓮はふと目を細めると、この鏡はいつもこういった祭の時期に反応するのだと言った。毎年、毎回反応するものだからその時期だけは鬱陶しくもなり、だけれど時期が過ぎてしまえば忘れてしまうのだと。
「お祭に関係はあっても特別な何かに反応しているわけではなくて時期全てに反応している、という見方が正しいのでしょうか?」
 外に出る手配をしていたのだろう。セレスティも車椅子に付属された携帯機器を置き、シュラインと蓮の会話を纏めるかのように言葉を紡げば、双方が小さく頷く。
「わたくしが…この鏡の言葉をお聞きする事なら出来ます……」
 セレスティの膝の上に座る灯火は鏡を持ち、そしてその鏡面に自身の顔を映す。古ぼけた鈍い光はあまり鏡として役には立たないものの意思を持ったその力だけは確認できた。
「そうですね、私も過去を読み取る事ができますし、ここは一つ車でこの鏡のあるべき場所を探しながら相談した方が良さそうです」
 手配はしておきましたから、と言うセレスティは流石に動くのが早い。シュラインも情報収集には足が必要だと判断している為、ここは全員、異存は無さそうである。

「じゃあ四宮さんは出来るだけこの鏡の言葉を教えてくれるかしら?」
 美術的な情報網が使えなく、あまりにも特徴の無い鏡は灯火とセレスティの能力。そしてシュラインの考えを順次当てはめていく他無い。
「はい…この鏡は確かに言葉を紡がれますが…もう既に年月が経ち過ぎたのでしょう…声も擦てしまっております……」
 灯火の目線は一度シュラインに向き、そしてまた鏡を見る。きっと会話を幾度も試みているのだろう、似たような存在として話し、声を聞いてはいるがなかなかどうして決め手となる会話が出てこないようで、
「鏡にも心は御座います…気持ちの昂ぶりに己が望みも完全には紡げないかと思います…」
 通訳は出来るが全て話せばきっと長い会話となってしまうと灯火は小さな声で話す。鏡にもきっとつもる話というものがあったのだ。
「わかったわ、じゃあ四宮さんは鏡の通訳を。 セレスティさんは…」
「ええ、車が着次第そこで私の力も試してみましょう」

 シュラインが必要情報を管理し、セレスティが移動や鏡の過去を探り、灯火は矢張り鏡の立場とその思いを伝えるのが妥当な役割だろうと頷きあう。

(あなたの思う方は…求めている方はどのようなお方なのでしょう……わたしくに聞かせて下さいまし…)
 祈るように何度も繰り返される鏡の思念に灯火は話しかける。
 勿論その言葉は場に居るシュラインやセレスティには聞こえはしないが言葉を感じる事の出来る灯火にはしきりに何かを訴えているようでそのつど、小さな光が彼女の青い瞳を照らし出した。

「やはり…ここではありませぬ…早く…早くこの鏡を求める場所に…求める方に連れて行ってさしあげましょう…」
 セレスティの車がアンティークショップ前に着き、戸の開く音と共に灯火もまた店から出る。途中鏡の声が外の祭囃子に寂しげな声を上げたのを聞くと矢張り求めるものはきっとこの祭の何処か、誰かにあるのだと灯火の口はまるで鏡にのっとられたかのようにしてシュライン達に向けられる。
「この祭囃子に反応するのならばきっと多くの方々に愛され使用されてきたのでしょうね…、どういう経緯でここに来たのかはまだ理解できませんが、きっと寂しいのでしょう…」
 豪華なリムジンには車椅子ごと入る場所があり、セレスティは膝の上に座る灯火の言葉を聞きながら悲しげに眉を顰めた。
 もう殆ど日は落ちてしまい彼の人魚としての暑さに弱い点は夜風に克服の兆しが見えてきたがそれでも続く祭りに少し、自らがどうしても参加できずに過ごした寂しい気持ちが重なってくる。
「近い祭のお囃子ですら反応する…という事は不特定多数の祭で何か…いいえ、ここは四宮さんとセレスティさんの情報を纏めるしかないようね」
 全員が車内に落ち着いた後、シュラインはある程度今まで得た情報と推測した情報を統合させる為手帳にペンを走らせた。

 まず、鏡は御神体として祭られていたというのが妥当な線であり、美術品というまでの価値は無い。何より毎年祭に反応して何処かのそういう事柄に関係する事が今までの雰囲気と蓮からの聞き込みで分かった事なのだが。
「おかしい、というのも変だけど。 結局この鏡がここに来た経緯と求めているのが人なのか神社なのかがわからないわ」
 求める何かならば灯火が聞き出す事も出来るだろうが、普通大切にされている筈の御神体がこの場にあるという事は、もう無くなってしまった場所の物、そして人知れずわたってきた物という事になる。
 あらかたシュラインが今までの纏めを話せば灯火は、
「求めるのは…人であり場所なのでしょう……祭は人が居てこそのもの…ただ帰る場所を求め…そしてその場所を見失っているのだと…この鏡の思念は語りかけて下さいます…」
 鏡と同じ位小さな手を鏡面に当て、大きな瞳を閉じて彼女は言葉を紡ぐ。
「なる程、寂しいという感情が出る所には確かにそういう意味合いがあってもおかしくないですね…」
 灯火のように言葉として聞き取れないのがある意味残念だとセレスティは言いながら車椅子の背もたれに身体を預けた。
「セレスティ様ならばきっと…聞こえるはずです……。 わたくしができるのは…この鏡の求める何かを聞く事……正確な場所を突き止めるのに…お力をお貸しくださいませ……」
 自らに膝を貸してくれている人物に灯火は向き直り鏡を手渡す。
「鏡は…不本意な出来事でその居場所を去る事を余儀なくされました……わたくしに語られる言葉はその嘆き……ですから…できる事ならその場所へ…」
 手から手に渡る時に灯火は今まで鏡から聞き取れた言葉を紡ぐ。心のある物が語るそれは確実に真相に近くなっているのだろう、シュラインの目も少し細められまたペンが鏡の辿った道を探るようにして進められた。
「ええ、言葉とまではいきませんが四宮さんの言う通り特定の場所ならば掴める筈です。 シュラインさん、情報の纏め、お願いしますね」
「そっちの方は大丈夫よ、こういう時に特化した能力が無いのは残念だけど、纏め役なら得意だもの。 セレスティさんが場所を掴んだらもう一度情報のまとめをするから行き先の指示はよろしくね」
 少しだけ纏め役が得意という自らの言葉に苦笑したシュラインだがセレスティが能力で鏡の過去を読み取る間その一部始終を見守りながら同じようにこれ以上何か調べる必要は無いかと思案している。

 リムジンは未だアンティークショップから離れられずに居るが、灯火とセレスティ、どちらの情報も集まればすぐにでも目的地に走れるよう、準備は整っている。後はその小さな手と白く細い手が全ての真相を見極める時を待つだけ。

「すみません、車を西に出してください。 それからシュラインさん、この鏡の辿った真相あらかた理解はできましたので纏め、宜しくお願いします」
 灯火の手に重なるようにして置かれた自らを優しく退け、セレスティは内線で運転手に声をかけるとシュラインに向き直る。どうやら気持ちの意図を聞いた後に自らの能力を行使したのが先に全てを理解する結果となったのだろう、有無を言わさず車を走らせる彼の言葉はしっかりとシュラインに事の真相を打ち明け始めた。


■ 盗まれた思い


 神社の御神体であった鏡は元々既に終焉を告げる祭に飾られていたらしい、最後の祭に飾られ大勢の人間に見守られながらこの社で最後を迎えるのを待っていた姿がセレスティには見えたのだ。
「けれど、祭は続く…いいえ、続けたいと思う子供の無邪気な考えがそれをさせなかったのね?」
 シュラインは車の走るスピードに身体を時折揺らせながら、灯火とセレスティの言葉から出た話を確認するかのように話す。

 終わりを告げる祭に飾られた御神体。だが御神体さえ無くなり祀る対象が無くなればまだ楽しい祭が続くのではないかと当時の子供は悪戯に鏡を盗み、そしてその後自分達の間違いと願いにも関わらず終わってしまった祭を悲しむようにして盗んだ物をゴミとして捨ててしまったのだ。
「最後でも御神体として祭を見届けたかった思いが四宮さんに語りかけて、セレスティさんの能力で今その祭の現場に向かっている…なんだか寂しい話ね」
 手帳にメモした文字を辿りシュラインは額に手を当てため息をつく。あるべき場所から人の悪戯で持ち出され、罪を隠蔽する為の子供じみた行為が結局この鏡の嘆きを産んでしまったのだから人の業を責めるべきか、鏡の気持ちを察するべきかと思考が行き来するのである。

「…鏡は子供を恨んではおりませぬ……ただ元にあった場所に…最後の祭を見たかった……それが望み…」
 塞ぐように俯くシュラインに灯火は人の悪意より鏡の居場所を探す今に感謝すらしているのだと言う。実際鏡の光も鈍い中だが少しづつ光を取り戻してい、
「四宮さんの言う通りですね、実際蓮さんに拾われ、こうして私達が社に連れて行く事ができる。 例え最初は廃棄される場所に置かれた物だとしてもきっと、この巡り合わせを喜んでいると思いますよ」
 車内から見える景色に時折祭が見え、そして消えていく。この鏡のあった場所もこれ程までに華やかな行事が行われ、そして今帰る所にそれが無いと思うとシュラインは切ない気持ちを抑えられなかったが、
「そうね…少しでも憂いを取り除けるんだもの。 塞いでちゃ報われないわよね」
 何度も見えては消え、そしてまた顔を覗かせる祭囃子に少しだけ遠くから眺める御神体の気持ちがわかるような気がして口元を綻ばせる。


「シュライン様…セレスティ様…ここがお社……鏡の求めていた場所……思いの募る大切な場所で御座います……」

 
 灯火が鏡を窓に向けるようにして立ち上がった先、そこは紛れもない古い社。だがどうしてだろう、その景色は決して寂れた場所ではなく華やかな祭の行われる暖かい道なりであった。
「これは…意識体の見せる擬似的な空間…でしょうか?」
 早々に車を止めさせるとセレスティは目を見開く。
「擬似的にしても随分人の気配が…いいえ、まるで他の祭そのものを持ってきたみたい…」
 シュラインもここが鏡のあった場所とは今までの真相からかけ離れすぎていると目を疑った後、それでも灯火が指し示すこの場所が鏡の求める場所だと理解したのだろう、車のドアを開け外に出るとまた一つ。

「これ…この雰囲気…私の…私達の思い出そのものが祭になっているんだわ…」
 流行の短い浴衣ではなく古く味のある物を身に纏った人間達、ポスターを売っている店ばかりではなく、ヨーヨーや輪投げ、そしてお化け屋敷などが連なる屋台。それらが全て今現在の祭りではないと瞬時に判断したシュラインはセレスティ達の居るドアを開け、この場所に出る手伝いをしながらも過去の祭を模した景色に目を奪われていた。


■ 色褪せない場所


 肌を撫で通り過ぎていく風は夜風、東京のどこにだって吹いていて今他の場所で祭を楽しんでいる人間にもきっとこの風が吹いているだろう。
 だが、その風は共有できてもシュライン達は確実に普通の人間が入る事はできない祭へと足を運んでいる。列を成す屋台は活気はあってもその場にあるという存在感は無く、通る人々もどこか違う年代の雰囲気を思い起こさせた。
「これは…どうした事でしょう…」
 リムジンを降りたセレスティも灯火を一度歩きやすいように地面に下ろし、目を丸くした。運転手にはただここに停まっていてくれと言っただけだが果たして車の中の部下にもこの光景は見えているのだろうか。
「…わたくしたちの…思い出で作られた一時的な場所なのでしょう……ひとときの祭を…この鏡は望んでいる……」
 灯火が鏡を自分の耳に当てながら夜風に黒髪を揺らせた。その横には顔の見えない少年が立っていて、
「四宮さん!?」
 シュラインは灯火がその少年に攫われてしまうのではないかと声を上げる。
「…大丈夫でございます…この方はきっと…わたくしの思い出の方……」
 側の少年が灯火の影からすり抜けるようにして出たもう一人の―――昔の灯火を連れたって歩いていく。
「戻る前に最後の祭を…ですか。 そうですね、少しだけ付き合うのも良いかもしれません」
 ねぇ、とセレスティはシュラインに言い二人は少しだけ微笑んだ。向かう先は全員違うけれど境内で会おうと子供じみた約束をして。


「昔のお祭…か…」
 シュラインは祭の屋台の列を堂々と見て回った。いや、この擬似空間が擬似である以上触れる事はもしかしたら可能かもしれないが結局は子供のごっこ遊びのように食べられない林檎飴や飛ばない輪ゴムという世界になっている筈だ。
 実際何度かぶつかりそうになった祭の見物人にも掠った筈だというのにすり抜けて行ってしまったのだから見ているだけという選択も間違ってはいない。

「あら、輪投げ? やだわ昔はまっちゃったのよね」
 現在の文字とは逆の書き方で書かれた輪投げの屋台は古く、店主も歳をとっていていかにも目が見えなさそうにしている。子供の頃確かに一度は好きであった屋台は結局の所どんなに輪を入れても景品があまり当たったとは言ってくれなくて。
『お嬢さん、もう一回投げてみるかい?』
 ふと、老人店主が輪を一つ持ってシュラインの横に居るらしい誰かに手渡した。

(私…? 昔の私も居るの…?)
 振り向くのが怖くて、それでも元気良く投げると答えた声は女性へとなる前のシュライン少女そのもので、ほんの少しだけと目をやった先には白い中にピンクの花模様を散らせた幼き頃の自分が意気揚々と輪を投げるその姿が目に入る。

 えい、と投げた輪が何度目だったのかはわからない。が、くるくると回って上手に的に入ったその風景に喜び、屋台の店主がまたやられてしまったと頭を掻く。
『もう景品もらえるわよね?』
 きっと輪を入れても入れても、何度も誤魔化しに近い文句で景品を渋られていたのだろう。たった一つ貰った大きなスーパーボールを皺のある手から受け取ると嬉しそうに天に投げて遊ぶ。
「ああ、駄目よ。 そんな事してたら今に落として…」
 これから起こる事も、今現在の自分が何か言って聞こえるわけでもないというのにシュラインは幼い自分に手を伸ばし宙を掴む。結局、大きく綺麗な空色のスーパーボールは二度、三度と宙を舞い次には幼い彼女の手には収まらず逃げるようにして祭の最後尾、最後尾へと走っていってしまう。

「はしゃぎ過ぎるからよ、もう…」
 自分だというのにまるで子供を追いかける母親の気分で幼い後を追う。この先にあるのは現実世界なのだろうか、それともまだ子供の頃の自分が待っていてくれるのだろうか。
(昔の自分と目が合っちゃったら、私。 消えちゃうのかしら)
 よく聞く都市伝説で似たような物があったと苦笑し、祭を抜け出した自分を追いかければ矢張り空色のスーパーボールをようやく手にしたその身体がシュラインの方を向き―――目が合った。

 きっと全く幼い自分は今を生きるシュラインなど目に見えていないのだろう。蛍の小さな光を纏いながら見るのは祭の景色、はしゃぐ人々、祭囃子の大きな音。それら全てを飲み込むような幼い青い瞳。
「あの頃は結構観客的に物を見ていたのかもしれないわね…はゃぐだけはしゃいで、外に出ればああ、自分は何しているんだろうって…子供ってそういう所があるのかも…」
 セレスティや四宮もそろそろ社に行っているだろうか。シュラインは昔の自分に聞こえない筈の別れを告げてその場を離れる。
 きっと、あの鏡を盗んだとされる子供もきっと遊び半分ではしゃぎ、祭の外に出た時には自分のその盗んだ姿に嘆いたに違いない。それをどうする事はできないけれど、それでもシュラインは今子供だった自分を通して盗んだ子供の姿の影を見、理解してやれるような気がしていた。


 社に着くとそこだけが祭とは関係のない何かのような気がする大きな鳥居と古ぼけた木の腐り具合の目立つ小さな建物が目に入る。
「そろそろ鏡を元にもどしてあげましょうか」
 シュラインとセレスティ、灯火の三人が揃うと誰がどうというわけでも無く苦笑し、人形である身体の胸に抱かれる鏡を持ち上げた。
「……これであなたは幸せになれるのでしょうか…?」
 灯火は壊れ物を扱うようにセレスティに持ち上げられた身体を更に伸ばし、御神体が置いてあったであろう社の窪みに鏡をはめる。言葉には勿論という言葉が返ってきたのだろう、問いをした後の彼女の瞳はどこか微笑んで見える。

「でも、ここに戻したからといってこの祭が終わるわけではないのね」
 不思議な夢のような空間は鏡を元に戻しても終わる事無く続いていて、シュラインは腕を組み何かを考えるようにして屋台に灯る光を見つめた。
「もう少しこうしていたいのでしょう。 …それに誰に害があるわけでもありません」
 セレスティの言葉も尤もだと、灯火をまた車椅子に乗せシュライン達は乗ってきたリムジンへと引き返す。
 途中、眩しい光が三度、社から太陽の如く光り、それが彼らへの感謝と別れの挨拶だと思うと何か酷く寂しいものがこみ上げてくる。
「いつか…また…あなたの祭にあのお方と……」
 窓から見える景色に灯火は言葉を紡ぐ。それがまるで祭囃子のように、重く、軽い天の調べになり宙に消えた。


 子供の頃から続く祭という行事、それが永遠に夏に続き夏に終わる物だと誰もが思うだろう。
 だがしかしその祭一つ一つには思い出があり、シュラインが体験した子供の頃の祭もまた、幼い彼女と一つの風景があったからこそ当たり前の風景として何処かに残る。

 ―――そう、まるで御伽噺のように、いつまでも、シュラインの生命と共に。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【3041 / 四宮・灯火 / 女性 / 1 / 人形】

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■         ライター通信          ■
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始めましての方もそうでない方もこんにちは。
新米…と言えるのかそろそろ謎に満ちたライターの唄と申します。
この度は『ぼくらのおもいで。』のご発注有り難う御座いました!
夏の一つの思い出として書きたかった題材の一つでしたのでとても楽しく書かせていただきました。
テーマの一つは『ぼくらのおもいで。』とあるようにぼく=PC様という図式と鏡を持ち去った子供の思い出。
もう一つはいつもあると信じている物を観客的に見た時、どう思うのだろうという事を題材として取り上げてみました。
色々至らない点もあるかと思いますが、少しでも楽しんでいただける事を願っております。
個別箇所は過去の祭の所と相変わらずOP、EDに少し儲けてありますので時間がお許しになれば他の方の文も読んで頂けるとテーマがよりしっかり見えてくる…と願いたいです。

シュライン・エマ様

いつもご参加下さり有り難う御座います!
今回三窓と私の中では枠が多い方なのですが、少しでも多い人数で行動できたと思ってくだされば幸いです。
プレイングの方、とても細かくわかりやすかったのですが、今回は鏡の心等読めるPC様がいらっしゃったので疑問を投げかける方へとまわって頂きました。
また、昔の思い出の描写はとても考え深く、人である事を一番考え、そして思ってくださったと思っております。

毎回の事ですが人物像を壊してしまっていたら申し訳御座いません。
誤字や表現の仕方等不備が御座いましたらメールにてご指摘頂けると幸いです。
また、依頼なりシチュなりでお会いできる事を切に祈って。

このお話がまた一つ、シュライン様の思い出になれば嬉しいです。

唄 拝