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<東京怪談ウェブゲーム 神聖都学園>


++   指輪の中に   ++


《オープニング》

 小さな手の平には、おおよそそぐわぬきれいな宝石のついた指輪が握り締められていた。
 丁寧に切り揃えられた短髪の少年は、下唇を噛み締めてじっとその指輪に視線を落とす。
 やがて少年は神聖都学園の門の前に立つと、意を決したように駆け出した。

「済みませんっ!!」

 少年は帰り際の学生達の前で大声を張り上げた。

「僕のお母さんを探してください!!」

 ……え? 何故に学校で!?

 数名の者達が今にも泣き出しそうな顔をして俯いた少年へと近づいてゆく。
「どうしたの? 迷子になったの??」
「お母さんって……この学校に居るの?」
 次々と話し掛ける生徒達の山を掻き分けて、響・カスミが現れた。
「どうしたの? 何かあったの……?」
「先生、子供が……」
 彼女が中心部に居る子供に視線を向けると、少年は顔を上げて大粒の涙を零した。
「えっ………」
「まさか……先生の…………?」
「ちょっと!? 冗談やめてよ……!!」
「そ……そうですよね……まさかね?」
 少々の疑惑と共に、少年の母親探しが幕を開けたのだった―――


《発端》

「どうしたの? 何だか騒がしいみたいだけど……」

 月夢・優名は丁度学校帰りだった。
 彼女は少年を取り囲む数名の学生、そして響・カスミの元へと歩み寄る。

「この子、お母さんを探しているらしいのよ」
「……お母さん、ですか?」
「えぇ、詳しい話はまだ聞けて居ないのだけれど……」
「そうなんですか……いつもの怪奇事件かと思いましたけど、違うんですね」
「………今、何かいったかしら?」
 響は優名の言葉を聞こえなかった事にしたいらしい。
 優名はふぅ、と息をついて響を見詰めると、ちょい ちょい と袖を引っ張られて、視線を其方へと向ける。
「お母さん」
「………え? あたし??」
 見れば件の少年が、優名の袖を掴んでいる。
「うん、お母さん!」
 少年はこくりと頷くと、嬉しそうな顔をしてそのまま優名に抱きついた。
「ゆ〜な、あなた一体いつ子供を……」
「え? あたし、違うよ?」
「何言ってんのよ、そのこゆ〜なの子供なんでしょ??」
「ち、違うってば〜。絶対にいつものやつだよ。ほら、ここの事だから「六歳で出産!」とか、「未来から来た子供!」とか……ありそうでしょ?」
 優名はそういって溜息をついてみせると、抱き付いたままの状態でいる少年に向かって「ね?」と問い掛ける。
 しかし少年はにっこりと笑い、首を振った。
「お母さん、僕の事、知らないふりをするの?」
「ち、違うよ…だから……あたしはね…?」
 困りに困った優名は、ふと思いついたことがあってぱちりと両手を合わせるような仕草をして見せた。
「そうだ、お母さんのお名前は?」
 そう言って首を傾げてみる。しかし少年からの返答は、先の彼の行動から容易に想像のつくものであった。
「優名」
「えっと、容姿とか」
「鏡見てよ。髪は黒くてこの位まであるんだ!」
 少年はそう言って片手で背中を指差す。
「「「事件は解決したようね? ゆ〜な」」」
 皆の熱い視線を受け止めながら、優名はハハハ、と乾いた笑いを浮かべた。

 どうやら本当に「いつもの怪奇事件とは違う」ようだった。


《捜査》

「ねぇ、キミ、名前は?」
「………健太」
 少年は少し悲しそうにそう告げると、繋いでいる優名の手を一瞬だけきゅっと強く握った。
「あの……そんな顔、しないで。お母さん探し、あたしも手伝ってあげるから、ね?」
「………お母さんなら、此処に居るもん」
「………だから、あたしは…」
 健太が今にも泣きそうな表情をしたのを見て、優名は思わず押し黙った。
「やっぱりタイムマシンとかかな……? あたし、身に覚えが無いし……何年から来たとか、覚えてるかな?」
「2005年だよ。僕、この年までタイムマシンなんて乗った事無いもん。見たことも無いし」
「え? そうなの…? でもなぁ…」
 優名は考え込んでう〜ん、と首を捻る。その仕草がなんとも愛らしい。
「ねぇ、お母さんの苗字は?」
「月夢」
 優名は間髪いれずに返答を返す少年に、思わず口を閉ざしてじっと彼を見詰める。
「お母さんはどうして僕の事、覚えてないのかな?」
 健太は瞳を震わせながらも、空いた方の拳をきゅっと強く握り締めた。
 優名はその姿に子供としての彼の「強さ」を見た。
 しかし、そこからは「今此処にある問題の解決点」は見つからない。
「ねぇ、その指輪……見せてもらってもいいかな?」
 優名は残る手掛かりの指輪に焦点を絞る事にした。
 彼女が当初考えていた行動は一切使えないだろう。
 本当は母親の名前を聞き出して、学生課行って事情を話して名簿から探してもらった方が早いかな。等と考えていた。もしもその「お母さん」が教師であるのなら先生達が動くだろうし、等と軽く考えていたのである。
 後は取り合えず新生児室を含む大学院、そして託児所を含む幼等部、「ここ」だからこそ広がる無限大の可能性に溜息を零しつつも新生児室を含む附属病院をも確認してもらった方が良いかな? と、色々と考えていた。
 しかし健太は優名を「お母さん」と呼ぶのだ。
 母親の名前は「月夢・優名」だといい、母親の容姿も全て優名のそのものであると言った。
 優名は幾度も溜息を洩らさずには居られなかった。
 此れではもう、残る手掛かりの指輪に頼るしかなかった。

 優名は少年から差し出された指輪を受け取ると、その美しい宝石のついた指輪をじっと見詰めた。
 別段婚約指輪や結婚指輪の類ではないらしい。
 明らかな「装飾」を意図して作られた指輪―――
 先端部分には一滴分ほどのアメシストが埋め込まれ、周囲を小さなダイヤモンドが彩っている。
 何処にでもありそうなデザインの指輪だ。
 何処に仕掛けがあるのでもなく、ごく普通の指輪だった。
 名前も彫られては居ない。
 勿論タイムマシンでもなければ、中に母親が封じられているわけでもなかった。
「もう……どうしたらいいのかな」
 優名はほとほと困り果てて、手を繋いだ少年が自分を見上げてにこりと微笑む姿をじっと見詰めた。
 健太は飽きもせずににこにこと笑いながら優名を見詰めてくる。
 優名はふと、考えた。
 健太はお母さんを探している、それでは―――
「ねぇ、お父さんは?」

 そう、母親を探しているのなら、父親は一体何処にいるというのだろうか。
 優名は少年の前に屈み込むと、やさしく微笑んだのだった。


《お父さん》

「お父さん! お母さんを見つけてきたよー!!」
「健太!?」
 少年は優名の手を引いたままその男性の元へと駆け出した。
 電話で呼び出しを受けた男性は、学内で健太と、彼の連れた優名の姿とを確認すると、驚いたような表情を浮かべてから、困ったような顔で少年が抱きついてきたのを受け止めた。
「この人でしょ?」
「あ、……あぁ、その……いや」
「………違うの?」
「あの〜…どういう事ですか?」
 優名は男性に向けてそう質問すると、困った様子で自身を見詰める男性を見詰め返した。
「健太には……母親が居ないんです」
 男性は気まずそうにそう口を開くと、健太が優名を「お母さん」と認識した理由を話し始めた。
 事の顛末はこうだった。
 少年の母親は彼を産んで間も無く何処かへ行方をくらませたのだという。
 何の事は無い、他所に男をつくって逃げていったのだと、その男性は軽く笑いながら優名にそう告げた。
 優名が母親として大抜擢された理由はごく迷惑な理由からだった。
 「この辺りを通りかかる度に学内を歩く優名の姿を見かけていたから」だそうだ。
 男性は可愛らしい優名の姿に惹かれていた。
 いつも見かけるたびに彼女を見詰めていた。それは決して恋と呼ぶべきものでは無かったけれど、好意を持っていたのは確かなのだ。
 やがて健太は母親を持たぬ事に疑問を持つ年頃になった。
 男性は仕方が無く優名の写真を見せてこう言ったのだそうだ―――
「この人がお前のお母さんだよ」
 それから健太に問われるうちに、名前から、何処に居るのかまでを―――
 好意を寄せられるのは嬉しいのだが―――こういった事で利用されるのは迷惑である。
 健太にはしっかりと「違う」事を認識しては貰ったが、この先も恐らく、懐かれたままになりそうである。




――――FIN.


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 【2803/月夢・優名/女性/17歳/神聖都学園高等部2年生】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして、月夢・優名さん。ライターの芽李<メイ>と申します。
 この度は『指輪の中に』にご参加頂きまして誠にありがとうございました。
 母親探し、お疲れ様です。
 まぁ色々とありましたが、お陰様で彼は無事に(?)親元へと帰れたようですね。
 怪奇事件でも何でもなく、何だかありがちインプリンティング(違)なオチで済みません。笑
 それでは、いつかまたお会いできる日を楽しみにしております。