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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 夏祭り

 ひたすらいい天気だった。
 昨夜ラジオのニュースで聞いた所では、今年もまた熱中症で人がばたばた倒れる騒ぎがあったらしい。
「俺も気を付けないといけないかも…」
 今度買い物をする時は、帽子も候補に入れておこう、そんな事を考えながら青年――桐苑敦己が真っ青な空を仰ぐ。
 辺りは青々とした田畑が広がっており、その中を僅かに通り抜ける風がほんの少しばかりの涼しさを思い出させてくれる。
 そんな、暑いことさえ除けばのんびりとした敦己の一日が、始まろうとしていた。

*****

「おや珍しい、こんな何も無い所によう来なさったな」
「ぶらっと足が向きましてね。ああ、この棒アイスひとつもらえますか」
 電車を乗り継いだり、適当な場所でバスを使ったり。時間に縛られることなく、気が向けばぷらぷらと自分の足で行けるところまで行ってみる。
 そうして辿り付いたここが、名前も知らない土地のどこか。その、大通りだろうか、1本道路が通じている中で店を開いていた駄菓子と日用雑貨の店で、気付けば敦己はそこの主らしい老婆と世間話に興じていた。
 こうした予期しない出来事が好きで、無計画に旅を続けていると言っても良い。
 ――そう言えば、誰かが言っていた。『計画を立ててする旅は、旅ではない』と。
 それは間違っていると思う。何故なら、ひとは計画している間も含めて旅をしている、と思っているから。
 単に、自分にはそれが性に合わないだけだから。
「これからどこに行きなさる?」
「あー…全然考えてません」
 アイスをぺろりと平らげて、日陰で涼を取っていた敦己がそう答えてちょっと照れ笑いする。すると、老婆がその言葉に笑い、
「そうかそうか、それなら丁度良かった。この近くの社で今晩お祭りでね、興味があれば行きなさってはどうかね?」
「んっ、それは良いですね。是非お願いします。あ、あとそうですね、それならこの辺りに泊まれるような場所はありますか?」
「すぐ近くに民宿があるよ。そこの婆は口は悪いが料理はまあ食べられるからね。どれ、連絡してあげようか」
 よいせと小さな身体で立ち上がると、思っていたよりも身軽に店の奥へと消えて行く。
「ありがとうございます」
 顔を店の奥へと向けて一声かけ、太陽の照りつけで白く見える外をのんびりと眺め出した。――そこへ、ばたばたと子どもらが駆け込んでくる。
「ばーちゃーん、アイスーーーーー…って、誰だお前」
 半ズボンに真っ白いシャツ、そして大きな麦わら帽子に真っ黒に焼けた肌。
 顔や背は違えど、そんなお揃いの姿の子ども達が敦己を胡散臭げにじろじろと見上げる。
「ばーちゃんは?」
「…ああ、奥にいますよ。俺はここで休ませてもらってるんです」
「ふーん」
「ねえねえアイスは?買っていい?」
「だめだよばあちゃんいないもん」
「えーーーーーーー」
 それぞれの目当てを、ケースの上からもの欲しそうに眺める子ども達の姿に、自分も小さな頃はああだったのだろうかとふと感慨に耽ってしまう。
 その時、
「おうおう、よう来たな。ちゃんと金は持ってるか?」
 とことこと電話を済ませて来たらしい老婆が、コップに麦茶を並々と注いだ盆を手に戻って来た。
「あっ、ばーちゃん。俺これがいい、これ」
「はいはい。焦らんでもちゃぁんとあるからね」
「そう言ってこの間売り切れてたじゃないかー」
「そりゃあ長い人生そう言う事もあるだろうよ。いいから選んだ選んだ」
 ことん、とさり気なく敦己の前に麦茶を載せた盆を置いて、子どもらの側へ歩いて行く老婆。
「…ありがとうございます」
 小声でそれに礼を言い、こくこくと麦茶を喉に流し込む。
 思っていたよりも喉が渇いていたらしく、麦茶はあっという間に身体の中に吸収されていった。

*****

「おうおう、よう来なさった」
 案内された民宿は、言われた通りすぐそこにあった。先程の老婆に負けず劣らずぴんしゃんとした老婆がにっこりと嬉しげに笑って敦己を部屋へ案内する。
「最近はなんだ、温泉ブームやらリゾートホテルやらでみーんなそっちに行ってしまって、旅人なんぞ珍しいと思ってたわ。ここもそろそろ畳むかねえと考えてた所だよ。お客さんが来て丁度良かった、このうちも喜んでるだろ」
「…でも、自分のようにぶらぶらと旅に出る者からすれば、こう言う民宿みたいなのは助かりますよ。一応、野宿出来るように用意はしてますけど、それでも布団があると無いとでは全然違いますから」
「そーかそーか。そりゃあ、歓迎しないといかんなぁ」
「ああっ、それはお構いなく」
 …手持ちはそれほど多く無いとは言え、実際にはこの手の店でいくら盛大な宴を行ったとしても、軽く賄えてしまうだけの財力はあるのだが、それこそ敦己の性には合わないので慌てて辞退する。
「なに、お客さんから毟ろうなんて思ってないよ。さ、ここが今晩の部屋だ。一番見晴らしの良い場所だから、のんびりしてっておくれ」
「はい」
 客がいないと言うのは本当の事らしい。窓を開けると涼風がふわりと頬を撫で、敦己は思わず顔を綻ばせていた。
 一休みした後で、素朴な、だが味わいのある料理に舌鼓を打ち、ゆっくりとこぢんまりした風呂に浸かり、浴衣に着替えた所で夏祭りの開催場所を教えられる。
 浴衣のままでいいから行っておいでと民宿の老婆に勧められ、からころと古風な音を立てながら、提灯でも灯しているのか、ほんのりと明るい場所へ向かって歩いて行く。
「あれー」
 そんな敦己の背中に、頓狂な声がかかった。振り返ると、麦わら帽子も被らず浴衣に子ども下駄と言ういでたちのいがぐり頭がかっくんと首を傾げている。
「おっちゃん、ばあちゃんのとこにいたよな?」
「――おっちゃん…ああ、駄菓子屋のおばあさん?ええ、じゃあ君はあの時の子ども達ですね」
「おう。でもどうしてここに?誰かの親戚なのか?」
「いえいえ。このお祭りを見て行くといい、って勧められたんですよ。今晩は民宿泊まりです」
「へー」
 少年の目が好奇心で輝いていた。
「なあなあ、あの民宿って中もぼろっぼろだって言うけどホントか?俺、中入れないんだよな。あそこの家はばあちゃんだけ残して町に行っちゃって、もう戻って来ないみたいだしさ」
 確かに、民宿であれば余程の事が無い限り地元の人間は泊まる事も中に入る事も出来ないだろう。
 くすっ、と敦己が笑って、
「とても綺麗に片付いていましたよ。ご飯も美味しかったですしね」
 その話を聞いてちょっと悔しげな顔をした少年に、もう一度笑いかけた。
「――でも、こんなちっちゃいお祭りを見たって面白くもなんともないだろうに」
 いつの間にか、2人で並びながら話をする2人。
「そうですか?こういう風景、俺は好きですけどね」
「そりゃあ、滅多に見ないからじゃないか?オレなんかに言わせれば、なーんにも無くてつまんないぞ、こんなトコ」
 ――小さな山の中腹に置かれた小さなお社へ参る、ただそれだけのもの。山を降りればお菓子や玩具を売る店がいくつか開いているが、それだってこぢんまりと纏まっているとしか見えない。
「じゃあ、君にはこのお祭りはつまらない?」
「うーーん…ううん。好きだよ、だって祭りだし」
 何遍も何遍も誰かが上り下りし続けてきた、磨り減った石段を転ばないように昇って行くと、いくつも赤い提灯がぶら下った中でほんのりと輝いている小さな社が見えてくる。
「着いた着いた。えーっと」
 がさごそと賽銭を探っている様子の子どもと同じく、自分もいくらかのお金を賽銭箱に入れて手を合わせ、軽く拝んでから周囲を見渡して、あれ?と首を傾げた。
 今まではごく少数の人間にしか会っていなかったから気付かなかったが、今こうして周りを見ると、そこには浴衣姿の子どもと老人たちしか見えない。大人は?と思い見れば、社の中で儀式を行っている古風な衣装を着た神主だけが、唯一の大人に見えた。
「ねえ、君」
 お祈りも済んで、さっさと下に下りようとした子どもへ話し掛ける。
「なに?」
「いや、何だか随分大人の姿が少ないなと思いまして」
「あーそのこと。うん、いないよ。本当はこの祭りには帰ってくる筈だったんだけど、仕事の予定が長引いて駄目だったんだって。で、俺達だけ来たんだ」
 少年の――少年に限らず、この村の大人達はほとんどが町に出て行ってしまっているのだと言う。そして今は夏休みに入ったところであり、毎年祖父母と共にここで暮らすのが子ども達の習慣になっているらしい。
「あと、冬休みと春休みもここに来るんだ。正月はだいたい皆来てるから賑やかだぞー」
 どこか自慢げな口調の少年が何故だか微笑ましくて、釣られて敦己も笑う。
「さ、お参りも済んだし行こうよ。オレかき氷食べたいんだ」
 賽銭とは別に臨時のお小遣いを貰ったんだ、と、にっと少年が笑ってその手に小さな財布を握り締めた。

*****

「お帰り。楽しかったかい?」
「そりゃもう。友達も出来ましたよ」
 その言葉に、敦己の帰りを待っていたらしい民宿の老婆が目を丸くし、そして愉快そうに笑った。
「あんたみたいな人がいつも客に来てくれたら、退屈しないで済むんだろうけどね」
「俺は全国ぶらぶら渡り歩いてますからね、そうそう来れませんよ。残念ながら」
 最後の言葉は少しばかりの本心だった。
 特に何がある訳でもないこの村の風景が、雰囲気が、嫌いではなかったからだ。
 尤も、敦己はどこに行っても大抵その場所に馴染んでしまうから、どこででも似たような事を思うのだが。
「それじゃあ、ゆっくりおやすみ。夜更かしするんじゃないよ」
「分かりました、おやすみなさい」
 ぺこりと挨拶して、ぎしぎし鳴る階段を上がって行く。
 心地良い疲れが体を包んでいて、老婆に注意されるまでもなく布団に潜り込んだ途端ふわりと眠りに落ちていた。

 ・

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 ――ざっざっざっ、と室内箒が畳を掃く音で目が覚める。その音がまた実に耳に心地いい。
 ちょっとごろんと寝返りを打ち、
「ふあぁぁっ」
 大きく欠伸をしてから伸びをすると、ぱたりと箒の音が止んだ。そしてばたばたと近づいて来る足音、扉をノックするのももどかしく戸があけられる。
「おはようございます」
 敦己は清々しい気持ちで布団の上に起き上がると、ぺこりと頭を下げた。
「お…おはようございます」
 そこに居たのは、敦己と同年くらいの、よく日に焼けた青年の姿。何故だか酷く当惑したような顔で敦己を見詰めている。
「?――どうか、しましたか?」
 と、聞いてから、あれ?と首を傾げる。そう言えばこの村には今、大人がほとんどいないのでは無かったかと。それとも、敦己が寝ている間に町から戻ってきていたのだろうか。それなら敦己がここにいる事は知らないだろうが。
「お客さん…いつチェックインしました?」
 やはり知らなかったらしい。それは申し訳ない事をした、とちょっと姿勢を正し、
「昨日の午後です。ええっと、そこの駄菓子屋さんのおばあさんに紹介してもらって、ここの民宿のおばあさんが案内してくれたんですけど。息子さんですか?」
「―――――――――――」
 どうしたんだろう、と思った。
 相手が目を飛び出さんばかりにして、敦己を凝視していたから。
 それから何も言わずに軽く会釈すると、箒をその場に放り出してばたばたと階段を駆け降りて行く音が聞こえる。
 それから少しして、再び、今度は手に2冊の宿帳を持って走り込んで来た。新しい方をざっと見て首を傾げ、そしてもう1つの古い方をぱらぱらと開いて最後の方でぴたりと手を止める。
「あ――桐苑敦己さん?」
「そうですよ。あの…何か問題でも?」
「い、いいいえ、そういうわけじゃ…でもおかしいな。こっちの宿帳なんてもう長いこと使ってないのに」
 男が顔を上げた。
「駄菓子屋のばあちゃんに教えられて、ここのばあちゃんが受けたんですね」
「そうですよ?随分と御元気なおばあさんたちでした。帰る前に挨拶して行きたいんですが、忙しいですか」
「――それが」
 男が言いよどんだ後、
「ばあちゃん…2人とも、もう10年以上前に亡くなっているんですよ」
 …え?
 一瞬聞き間違えたかと思ったが、目の前の相手は真剣な、そして少しばかり気味の悪そうな顔で敦己を見詰めている。
「俺が高校に入るか入らないかって頃に、その頃はまだ現役でぴんぴんしていたんですけどねえ」
「えーとそれじゃあ、あなたが今はこの民宿を経営しているんですか」
「ええまあ、まだ半人前もいいトコですが…ばあちゃんの孫娘と縁がありましてね」
 照れたように笑う青年が、ふと敦己を見て首を傾げた。
「……そう言えば…どこかで会いませんでしたっけ?」
「いいえ、初めてだと思いますよ」
 そうだよなぁ、と青年が呟いてから、
「ああっとすみません、それじゃあ急いで朝食の支度をして来ますね」
 またばたばたと下へ降りて行った。今度は宿帳も残したまま。
「忙しそうですねー」
 そんな事を呟きながら、古びた宿帳を手に取る。…確かに、自分が記したのはこちらのデザインの方だった。――が、こんなにぼろぼろだっただろうかと思いながらぺらっとめくると、最後の方に自分の名がきちんと自分の筆跡で記されている。
「じゃあ、やっぱりこっちの方に書いたんだ」
 ぱたんと宿帳を閉じながら、敦己はもう一度首を傾げていた。
 若女将手ずからの朝食を済ませ、代金を払って外へ出る。
「……………あれ……」
 やや寂れた印象は受けるものの、それは昨日感じた比ではない。
 敦己の目の前には、小さいながらしっかりと機能している商店街の姿があった。少し目を離せば、昨日は無かった駅の姿も見える。
「……え?」
 まさか一晩でこんな町が出来る筈は無い。
 ちょっと歩くと、駄菓子屋が見えた、が、その店も昨日よりは品揃えも店構えもどことなく新しく見える。奥では老婆ではなく恰幅の良い女性が老婆の居た位置に座っていた。
 ――もしかして。
 昔、ここがまだ町だった頃に旅人として訪れてしまったのだろうか、などと言う事をぼんやりと考える。
「それが本当かどうか分からないけど、おばあさんたちにちゃんと挨拶したかったな」
 何しろ心地良い一夜を案内してくれた2人だから。
 そう思いながら、民宿と駄菓子屋の2つにぺこりぺこりと頭を下げる。

 ぐるりと後ろを見ると、『昨夜』の名残か、社へ続く道に、まだ取り外していない赤提灯がぷらぷらと風に揺れているのが見えた。


-END-