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<東京怪談ノベル(シングル)>


ゆったりと、ゆっくりと。〜ナイト・ホスト・シンボライズ〜


閑古鳥が鳴いている…。
いや、実際に閑古鳥と言う鳥は見た事も鳴声も聞いた事は無いのだが。
門屋心理相談所はまさに今、そんな状態だった。
不真面目とは言わないが真面目とも言わないその仕事振りが仇となり当然のことながら・・・収入は言わずもがな。
門屋はどうしたものかと思案していると付けっ放しだったテレビの画面が視界に入ってきた。
そのテレビには、若いホストの密着取材の様子が映し出されていた。
それをボンヤリと見ていた門屋はふと、友人の顔が頭に浮かんだ。

「確か…ホストクラブのオーナーだったよな…」

以前、その友人のクラブでバイトをさせて貰った事があった。
しかしあの時は短い期間だったし、接客ではなくボーイ的仕事だった。

「どうせなら…ホスト、だよなぁ…」

ホストと言えば高収入。
と言う事は、数週間いや数日でのバイトでも高額な臨時収入が期待できるという事。
お水系スーツは持っていないがそんなものは借りればいい。
何よりも客の隣に座って話をしたり聞いたり酒を飲んだりで良い事だらけではないか。実際はそんなに甘い世界ではないのだが…。
頭の中でカチカチと計算し、門屋の眼鏡がキラリと光った。
次の瞬間には受話器を取って電話をしていた。

「あ、俺俺。…は?違うって詐欺じゃないって。ってかソレ微妙に古いぞ、そのツッコミ。」

門屋は友人に切々と相談所の現状を話して聞かせ、なんとか雇ってもらうように交渉をした。

「頼むよ、俺をもう一回雇ってくれ!火の車なんだよ!ちなみに、ホストでお願い!!」

しょうがないなぁ解った何時から来られる?、と聞いてくる友人に門屋は間髪入れず答えた。

「明日からでも」






翌日から門屋のホストバイト生活が始った。
着慣れぬスーツに身を包み履き心地が良いとはいえないローファーを履いての出勤は、多少の違和感を覚えるもののバイトの為だと思えば割り切れる。
ちなみに、今回のトータルコーディネートは友人のホストクラブオーナー。
門屋を知っているからそうしたのか、それとも友人の趣味なのか。
スーツの柄は彼の普段着ともいえる着流し風の模様で、ちょっと間違えばホストというよりサングラスを掛けポーチを持った肩で風切るお兄さん風だ。
しかし、白のYシャツをインに合わせノーネクタイでラフに着こなした姿は意外にもなかなか似合っていた。

開店前のミーティングで紹介された門屋は、本名ではまずいと言う事でその場で源氏名を与えられた。

「では "ショウ" 頑張れよ。」

結局、【門屋将太郎】の【将】を取って【ショウ】と決まった。
名字も何だかんだと言われたのだが、どれもピンとこないので【ショウ】だけとなったのだった。


彼の仕事振りは至って良好だった。
水を得た魚、とはまさにこの事かと思えるほど彼はのびのびと仕事をしていた。

「ショウ、3番に指名入ったよ。」

門屋は満面の笑顔で指名された3番テーブルについた。

「いらっしゃいませ。指名有難う御座います。新人の【ショウ】と申します。お隣に座っても宜しいですか?」

普段の門屋を知る者が今目の前にいる彼を見たら多分大潮の引き潮位に引くであろう、其れ位にインパクトがあった。
軽く会釈をしながら優雅に片膝をつき上目使いで指名客を見上げるその姿は正にホスト!

「え、えぇ、座って。」

若いお嬢さま風の女性客はポッと顔を赤らめ座るように促した。

「失礼します。あれ?まだ飲み物が来てないですね。気が付かなくて申訳御座いません。何かお召し上がりになられますか?」

マニュアル通りの台詞にも関わらずそうと聞こえないテクニックは天性のモノなのか、経験上の賜物か。
この仕事振りを相談所でも活かせればそれなりの収入が得られるだろうに…そうツッコミを入れたくなるほど。その前にその敬語が気持ち悪いとか突っ込まれそうだが・・・
程なくして飲み物がテーブルに届き、二人はカチンと乾杯した。
他愛もない会話が続いてそれなりに盛り上がってはいたのだが、ふと女性が見せる寂しげな笑顔が門屋には気になった。

「どうした?」

女性客に「普通にお喋りしたいから敬語は止めて」と言われあの気持ち悪いホスト口調は消えていた。

「え?」

「だってなんか寂しそうだからさ、どうしたのかと思って。」

「…何でも、ないよ?」

無理に笑顔を作ってみせる女性客に門屋は本来の臨床心理士としての本能が動いた。
彼女の言葉に出来ない声が聞こえてきた…そんな感じがした。
そっと顔を自分の方へ向けさせ彼女の目をジッと見つめるその姿は、傍から見ると立派に口説いている様にしか見えないのだが。
そうやってジッと見つめてくる門屋に彼女は段々居たたまれなくなって視線を膝へと落とした。

「大丈夫。」

上から降ってきた言葉に女性客は再び顔を上げた。

「大丈夫だ。心配ないよ。」

彼女の頭を小さな子の頭を撫でるように優しく撫でてやると、すぅーっと表情が穏やかになってゆき…彼女は小さく笑った。
何が大丈夫なのはいわない。けれどその言葉は彼女の心に届いた様だった。

「よし、歌うか?」

「あ!私とデュエットしちゃいます?」

「しちゃおう!」

先程までのしっとり雰囲気は何処へやら。
その後、周りのお客さんも巻き込んでの大カラオケ大会へと発展していった事は言うまでも無い。





明け方近くに店は閉店し、門屋もやっと仕事が上がりスーツを脱ぎ着替えていた。
ホストのバイトを始めてから思った事があった。
臨床心理の仕事とホストの仕事は何となく似ているかも…と言う事。
こんな派手な世界に来ると言う事は、何かしら悩みやら鬱憤やらを抱えている客も少なくない。
憂さ晴らしに騒ぎたい、そう思う客もいるのかも…
ホストの世界は煌びやかで華やかな世界だけど、そんなお客さんの心を癒す事も仕事の一つ、いやこれが一番大切なことかも知れない。

「まぁ相談所ではお客さんの前でお酒飲んだり〜カラオケ歌ったり〜とかはできないけど、さ…」

そこまで呟いて門屋はハタッと気が付いた。

「そうか、そうだ。【飲んで歌える門屋心理相談所】なんてのはどうだ?!」

誰かこの男にツッコミを入れてくれ!



相談所とは一味も二味も違った、楽しくもゆったりとした時間帯での仕事は彼に新たな発見をさせてしまったようだった。


<end>