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<東京怪談・PCゲームノベル>


Battle It Out! -The Teddy Bear's Tea Party-


 お空の上で織姫と彦星が感動の再会を果たしたその数日後。
 ロマンも遠距離恋愛もへちまもない学生や社会人が集うジャズバー『Escher』では、早くも夏バテの気配が漂い始めていた。
「暑い……」
 言わずともわかりきっているその一言を、それでも敢えて口にせずにはいられない水上彰人である。
「なんでこんなに暑いの? 冷房、効いてないんじゃない?」
 水上はやる気のなさが滲み出た顔で、カウンターの奥にいる橘夏樹を振り仰いだ。
「効いてないっていうか、ずばり壊れてるのよね。修理中」
 一人で扇風機を占領している夏樹も、同じくだれきった様子で水上に答えた。
「なるほど。道理で辰彦君が寄りつかないわけだ」
 辰彦君というのは、水上が講師をしている予備校の教え子だ。用がなくとも、むしろ用があってもEscherに入り浸っている寺沢辰彦は、今日に限って「あ、僕自習室で勉強しますんでー」などとのたまって、水上と共に店へ行くのを断ったのだった。正しくは「自習室で勉強」ではなく、「自習室で避暑」だろう。
 水上は身を乗り出すと、扇風機を首ふりにした。年季の入った扇風機は、がたがたと音を立てながら水上のほうを向いた。が、すぐに明後日の方向を向いてしまう。
「……暑い……」
 もはやそれしか言うことがなかった。スーツをだらしなく着崩してバーカウンターに伸びる。
「言わないで。余計に暑くなるから」
 夏樹はうるさそうに片手を振った。
「心頭滅却すれば何とやら、かな。今から無心になろう」
「禅寺にでも行ってきたら?」
「あ、いいね。山の中で涼しいんじゃない? お寺って避暑地だよね、多分」
「わりと適当なこと言ってるでしょう、彰人」
「カキ氷でも作ろうよ」
「そうしましょうか……」
 が、その必要はなかった。
 木戸についたカウベルが鳴り響き、来客を告げたかと思うと、華奢な少年が扉を潜って入ってきた。
 少年、というのはあくまで見た目から判断した形容だ。正確な年齢は誰も知らない――謎めいた素顔を隠し持つマリオン・バーガンディは、
「こんにちはー、アイス持ってきました」
 その愛敬だけ見るならやはり『少年』と呼ぶ他ない花を散らすような笑顔を浮かべ、カウンタの前までとてとてと歩いてきた。
「あれ、なんだか暑いですねぇ、ここ」
 水上の隣りのスツールにちょこんと腰を下ろし、マリオンは扇風機の風を浴びようと首を伸ばす。やわらかそうな黒髪がふわりと揺れた。金色の目をんーと細めて伸びるその様子は、猫か、小動物の印象だ。
「折角来てくれたのに暑くてごめんね、マリオン君……」
 夏樹は客のほうへ扇風機を向けてやる。
「どうしちゃったんですか? この暑さ」
「冷房が壊れちゃったのよ……」
「あらぁ、それは大変」
 うちの庭師を連れてくれば一発で直るかもしれませんけど、とマリオンはぼやいた。
 夏樹と水上は、エアコン修理のどこに庭師の出番があるのだろう、と疑問に思ったが、マリオン自身も含め、彼の雇い主とその周辺は何かと謎の多い人物に固められているので、突っ込まないでおくことにした。
「ま、アイスを食べて暑さをしのいで下さいな」
 マリオンは、じゃーん、と小振りのクーラーボックスの蓋を開けた。
 ドライアイスの煙が晴れるのを待って中を覗き込むと、そこにはクマがいた。
 クマ?
 水上と夏樹は二人揃って首を傾げる。
「クマさんなのです。可愛いでしょう?」
「……冷凍熊?」
 ジョークだか本気だかわからない水上のコメントに、うむ、と得意げに頷くマリオン。
「冷凍テディベアです」
 手の平サイズのクマ。チョコレート色に抹茶色、バニラからチョコチップ入りまで完全網羅。
 要は、テディベア型のアイスなのだった。
「わぁ、可愛いわね。どこで買ったの?」
 これでいて女性らしい嗜好も持っている夏樹が、顔の前で指先を合わせて子供っぽくはしゃぐ。
「特注ですよ、もちろん。ヴァレンタインのときに、クマの型を作ってもらったんです、チョコレート用に。なので今回は、アイスの型にしてみました」
「へぇ、さすがマリオン君。総帥のとこのデザートはいつも美味しいのよねぇ」
 暗に「また何か持ってきてね」と催促するようなことを言いつつ、夏樹はテディベア踊り食い作戦の準備にかかった。といっても、用意するものは三人分の食器のみである。
「マリオン君は、他に何か飲む?」
「あ、それじゃ、つめたーいアイスティーとパフェを一つお願いします。フルーツたっぷり載せてね」
「了解。……うーん、やっぱり甘味とお茶のほうが売れ行き良いのね……」
 こうして、喫茶店と化したジャズバーでは、テディベア・ティーパーティーが開催されることになったのだった。

    *

 ところで、全国に愛好家を持つテディベアの誕生について、二つの有名なエピソードがある。
 そのうちの一つが、アメリカ合衆国第二十六代大統領の、セオドア・ルーズベルトにちなんだものだ。
 1902年、ルーズベルト大統領のために熊狩りが開かれた。しかし狩りでは一頭も仕留めることができず、大統領のためにと、生け捕りにされた小熊が差し出される。大統領はこれを撃つことを拒否し、逃がしてやった――という美談があったそうだ。これにちなんで、「テディ」とルーズベルト大統領のニックネームを冠したクマのぬいぐるみが発売され、一躍人気者になったのだった。
「――つまりテディベアは、一番古いものでも、私より一世紀以上若いことになるんです」『不思議なこと』に耐性のない人が聞いたら「ん?」と首を傾げてしまうようなことをさらりと口にすると、マリオンは自分のフルーツパフェの上に、テディベアアイスを一匹載せた。仲良くチェリーと肩を並べている。「だから私のコレクションの部類では比較的新しいほうなの。それでもやっぱり、骨董品のテディには味があるんですよねぇ」
 良かったら今度私のコレクションをお目にかけますよ、と夏樹に向かって言う。夏樹は喜んで誘いに乗った。もしかしたらマリオンか彼の雇い主の家に上がりこめるかも、という期待があったのは言うまでもない。
「僕にはどれも同じに見えるんだけど……どんなのが好きなの?」
「私としては、やっぱりもこもこした手触りのテディが良いと思うのです。今も一人欲しい子がいて、オークションで狙ってるんですけど」
「ふーん……もこもこ?」テディベアの機微に疎い水上は、『もこもこ』自体どんなものか想像できなかった。生憎もこもこではないが、形ばかりは正真正銘のテディベアアイス・チョコチップ味を、ひょいと口の中に放り込む。「うん、美味しい」
「彰人さん、折角のテディなんだからもっと味わって下さいよう」
「そうは言っても、これ、一口サイズじゃないか」
「あ、それだったら大型テディを持ってくれば良かったですね」
「大型?」
「こーんなのです」とマリオンは『大型』のサイズを両手で示した。「大きいのは、食べにくい、というかそれ以前に食べ切れないと不評なので持ってこなかったのですけど。大きいテディなら彰人さんだってじっくり味わえますよね?」
「それは……食べ切れたら料金無料(ただ)、とかそういうノリじゃないのかな……」
「三人がかりだったら食べれるんじゃない?」と夏樹。
「三人がかりでスプーン構えてクマアイスを突き崩していくの? ちょっとスプラッタだね」
「もー、彰人さんはどうしてそういう可愛くないことを言うんですかぁー!」
「食べ物だしなぁ……」
 そしてまた、ひょいぱく。マリオンは不満そうに唇をすぼめた。
「とりあえず、涼しくはなったよ」そこはかとなく満ち足りた様子で、水上は言った。「内側から冷やすのが一番効果的だよね」
「そうなのです。人間様はそれができるから良いんですよね。私の大事なコレクションはそうはいかないんですよ! 冷房が壊れたなんていったら、多大な損失を被ってしまいます……」
「ああ、絵とか?」
「絵もそうですし、他のアンティーク品も。でもとりわけ、絵画の管理は大変ですねぇ」
 マリオン・バーガンディが単なる蒐集家ではなく、元キュレーターであることを今更思い出す二人である。
「日本なんか湿度が高いから、余計に大変なんでしょう?」
「湿度は大敵ですよ。油絵などは絵の具が割れてしまいますし。芸術品は優しく扱ってあげないと」
「楽器も、温度や湿度で音の高さが変わっちゃうからね」と夏樹。「メンテナンスが比較的お手軽な人間様だって、暑いのが苦手なのよー」
「あはは、暑いと歌う元気が出ないんですね、夏樹さん。夏バテしないようにしっかり栄養補給して下さいね」
「テディベアは、食べ過すぎるとお腹を壊しそうだけどね」
 言いつつも、クーラーボックスたっぷり詰まっていたクマアイスは、着実に減っていた。
 マリオンのパフェも、残り三分の一までかさが減っている。最後までとっておいた赤いチェリーを美味しそうに味わって、マリオンはフルーツパフェをフィニッシュした。
「ふぅ、お腹いっぱいです」
「私もお腹いっぱいよー。もうしばらく歌えそうにないわ」
「あら、栄養補給が十分すぎても歌えないんですねぇ」
 ある意味芸術品よりもメンテナンスが大変ですね、とマリオンは笑った。

    *

「さて、たくさん美味しいものも食べたところですし」
 マリオンは、ぱん、と両手の平を合わせた。
「もう帰るの?」
「いいえ」
 水上の問いを、マリオンはにこにこ笑顔で否定した。その笑顔になんとなく不吉なものを感じ取ったのは、それこそ狩りで追い回される熊の本能というかなんというか。
「……何?」
「Escherに来たら、見ずには帰れないものが一つあります」
「見ずには帰れないもの?」
 マリオンは、水上を期待に満ちた目で見つめた。「彰人さん、何か面白いことしてくれるんですよね」
「……僕?」
 嫌な予感が当たってしまったようだ。
「ね?」
 決めてかかるようなマリオンの口調に、水上はうっとたじろいだ。
「彰人さんって、言動が微妙にズレてて面白いんですもの」
「僕はしがない予備校講師なんだけどな……」
 その予備校の生徒達にも「水上先生って言動が天然でウケる」とか影で囁かれているのを、本人は知る由もない。
 マリオンは、満面に『期待』の二文字を浮かべ、主人の褒美を待つ犬のように水上をじーっと見つめた。
「……うーん、どうしようか?」
 水上は言うほどは困ってもいなさそうな調子で、夏樹に意見を求めた。
「手品でもやったら?」
「手品? 手品ねぇ……」
 水上はクーラーボックスに目を移した。テディベアが一匹、残っていた。
 じゃあ、と冷たいテディベアをつまむと、
「今からこのテディベアを一瞬のうちに消してみせます」
 手品師というよりは、怪しい詐欺師みたいに言った。
「わぁ、ほんとに手品ですか?」
「うん、多分」
 それじゃ行くよ、と三つカウントすると、水上はマリオンの目の前でテディベアを消してみせた。
「……ほえ?」
 マリオンは、手品の種がわからなくて、というよりは呆気に取られて、間の抜けた声を上げる。
「消えただろう、一瞬のうちに」
 水上はもごもごと不明瞭に言った。
「あんたねぇ……。それは『消した』んじゃなくて『食べた』んでしょうが!」
 夏樹は水上の頭をどついた。
「痛いよ、夏樹君。字義通り消したじゃないか、嘘はついてないよ」
「っていうか、最後の一個! 私が食べようと思ってたのに!」
「マリオン君、ご馳走様」
「ご馳走様、じゃないわよ! 蓋を開けてみればあんたが一番食べてるじゃないの!?」
「意外にイケるね、テディベア」
「本来は食べ物じゃないのよ、わかってる!?」
 ――わいのわいの。
 相変わらずの賑やかな雰囲気が楽しくて、マリオンはついふきだしてしまった。
「あ、ほら、マリオン君にウケたよ」
「違うッ!!」
 そんな二人のやり取りを横目に、マリオンはふふっと笑みを零しながら言った、
「次は一番大きいサイズを持ってきますね」
 彰人さんが一瞬で消せないようにね。

 気だるい夏の午後は、こうしてのんびりと過ぎ去っていく。



Fin.



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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■マリオン・バーガンディ
 整理番号:4164 性別:男 年齢:275歳 職業:元キュレーター・研究者・研究所所長

【NPC】

■橘 夏樹
 性別:女 年齢:21歳 職業:音大生

■水上 彰人
 性別:男 年齢:28歳 職業:予備校講師

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、雨宮です。
 久しぶりのゲームノベルとなりました。復帰第一弾にマリオン君のお話が書けて嬉しく思っております。
 ルーズベルト大統領のテディベアエピソードは有名ですね。改めて史実を調べ直す際にオンライン上のテディベアショップなどへ立ち寄ってみたのですが、なんだかあの愛くるしさに虜になってしまいそうです(笑)。一匹一匹(一頭?)に命を吹き込まれているわけですから、テディも芸術品と一緒ですね。「鑑賞する」の他に「愛でる」というオプションが加わるのがぬいぐるみの良いところだと思います(笑)。
 暑さがますます厳しくなっていく今日この頃ですが、夏バテしないようにお気をつけ下さいませ。
 それでは、ご参加ありがとうございました。